大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第291章『指揮所』

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第291章『指揮所』

 遠くで数秒間聞こえた複数の銃声、タカコは窓の外へと視線を向けそれを聞きながら
「……始まったな」
 そう短く呟き、ポケットから取り出した飴を一つ、口に放り込んだ。
 場所は役場跡地の建物の中、会議室だったであろう部屋に散乱した椅子や長机を並べ直して整えられたそこが今回の掃討戦の本当の指揮所であり、室内にはタカコ以外にも敦賀や高根や黒川、他の教導隊員数名の姿も有った。
「囮役の分隊か?」
「恐らくね……ああ、そうだ」
 高根の問い掛けに言葉を返しながら立ち上がったタカコが窓辺へと歩み寄り、窓の桟に両手を掛けて外へと身を乗り出し目を凝らす。その視線の先は先程銃声が聞こえて来た方角、やがてその地上から空へと駆け上がった赤い一筋に、薄く笑いながら踵を返し元いた場所へと戻って来る。
「よし、演習場に出ている全分隊へ下令、所定の動線を辿り本指揮所へ転進」
 タカコのその様子に黒川が無線係へと命令する。ここ迄は事前の打ち合わせ通り、お偉方を餌として置いておいた囮の指揮所の方も、無事敵を制圧出来たという報告は先程聞いた。ここからは今度は自分達が敵を誘き寄せる餌になる、一軍の司令官が二人もいるのにとんだ扱いだな、そんな事を考えつつ、机上の図面へと視線を落とし最終確認をするタカコの横顔をそっと盗み見た。
「これだけ細かく進行方向を変え続ければ迫撃砲による攻撃は心配しなくて良い、あれは設置に時間が掛かり過ぎる。車両ごと持ち込まれていたとしても今回の様な動きをする部隊への打撃としては全くの不向きだ。埋設型も指向性も地雷は既定の導線を外れ無い限りは大丈夫、点検に点検を重ねて設置されていない事は確認済みだ。最も警戒すべきは個人携行型の対戦車砲、一人で担げるし発射迄の時間も短いし発射してからの逃走も容易だ。一度に大量の人間を戦闘不能にする事も可能だし、小銃や狙撃銃よりもこれに頼っての攻撃になって来るかも知れない。この排除については有効射程範囲内を私の部下が警戒に当たってる。大和に望む事は決められた動線を辿りここへと到達する事、先ずはそれをお願いしたい」
 囮を出しそれに食い付いて来るのを待ち、相手の技量や出方を窺う、それは先程の銃声で達成されたと見て良いだろう。この後は演習場内の全兵員をこの役所跡地へと結集させ、敵勢がそれに食い付いて来るのを迎撃する、タカコの発案によって始まったこの作戦、どうか上手く行ってくれと、地図を指し示し説明をする彼女を見つつ黒川は小さく息を吐く。
 演習場内に車両が入り込んでいる痕跡は複数見つかっている、大和軍でも使用しているトラックと同程度かそれより少し大型である事を窺わせる車輪の跡とその深さ、あれを見るに恐らくは鳥栖曝露の時に指揮所へと撃ち込まれた迫撃砲も積み込まれているだろう。大和軍がこの跡地を指揮所として使用している、それが敵方に伝わればそう簡単には動けないと判断され、ここを攻撃出来る距離と位置に迫撃砲も設置される筈だ。それが撃ち込まれるのが早いか、それとも自分達がそれを発見し制圧し無力化出来るのが早いか、なかなかに緊迫感の有る競争になりそうだ。
 これは演習ではない、本土の治安維持を担う陸軍ですら経験の無い類の『実戦』、初めてのそれに掌にじっとりと滲んだ汗を黒川が戦闘服の裾で数度擦れば、敦賀や高根や他も似た様な心境なのだろう、ピリピリとした空気を身に纏いつつ、タカコの説明を黙って聞いている。
 説明するタカコの方はと言えば、こちらは慣れているのか余裕の無さは全く見受けられず、鋭い眼差しと身体を覆う覇気は有れど、その表情には余裕がありありと見て取れる。それは今迄に見た事が無い程に力強く、自分はこんな彼女は知らない、まるで見知らぬ他人の様だ、と、黒川の内心にそんな不快感にも似た感情が湧き上がる。敦賀はどう思っているのかと彼へと視線をやれば、何故かこちらへと向けられた彼のそれとかち合い、その後ふい、と逸らされる。恐らくは同じ事を感じていたのかも知れないが、何にしても状況が全く気に入らない、と、そんな事を考えた。
 しかし、今はそんな個人的な事に拘泥している場合ではない。こちらへと向かっている分隊、そして自分達、総勢百名以上の命と大和のこれからが懸かった掃討戦の勝利へと専心しなければ。立案はタカコに頼り切り、今も分隊の援護を彼女の部下達に頼っているとは言えど、全分隊が跡地へと入って迎撃の態勢に入れば、人数の多い自分達大和軍がその作戦の中心になる事になる。
「私は立案は出来るし指揮も出来る、私の部下も良い働きをしてくれる。しかし、人数、頭数だけはどうしようもない、これは大和側に頼るしか無い、宜しく頼む」
 タカコのあの言葉は、自分や高根やそれが指揮する大和軍を信頼してくれているからこその言葉、個人的な事に拘泥しあの信頼を裏切る様な事だけは有ってはならない、そう自らに言い聞かせつつ、黒川もまた最終打ち合わせへと意識を集中させて行く。
『第五分隊から指揮所。敵と接触、戦闘に入る。送れ!』
 突然外から聞こえて来た銃声、それに少し遅れて入って来た無線の内容、掃討戦の最終段階がとうとう始まった、その場にいる全員の視線と纏う空気が鋭さを増し、室内の空気は更に張り詰める。
「……さぁ、始めようか」
 そんな物々しい空気の中、静かに、しかしはっきりとしたタカコの言葉が響き渡り、面々はそれを受けて動き出した。
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