大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第296章『阿吽』

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第296章『阿吽』

「走れ走れ走れ!急げ!!」
 響き渡るタカコの声、そしてそれに被さる様にして大人数が慌ただしく駆ける足音が狭い空間へと反響する。場所は役場跡地の建物の中、その階段室の入口にたったタカコが声を張り上げる前を、大和軍の面々が地下へと向けて駆け下りて行く。
「敦賀!指向性地雷準備しておけ!封鎖したら直ぐに設置するぞ!」
「もう出来てる!!」
「ボス!俺達はもう出ます!!」
「よし、行け!!」
「了解!!」
 全分隊が到着してから五分程、迫撃砲はこの建物を取り囲む様に設置される筈だ、外へと逃げる道は無い上に早ければもう直ぐ砲撃態勢に入れるだろう、時間を無駄にする余裕は何処にも無い。慌ただしく二人の司令官を含めた兵員を地下へと避難させ、その最後尾についてタカコも階段を駆け下りる。
「防火扉だからそれなりの耐久性は有ると思うが用心するに越した事はない、扉を閉めたら後は全面溶接して封鎖しろ!その後は扉の前に室内の紙を隙間無く積み上げろ、本棚や机は遠ざけろ、万が一扉が吹き飛ばされて手榴弾でも放り込まれたら棚や机じゃ防げない上に被害が拡大する!」
「紙で防ぎきれるのかよ!?」
「無いよりはマシ程度だが勢いと破片を吸収してくれる!!後、最悪の場合は銃撃戦になるがその時は全員耳栓を忘れるな、こんな密室だ、一瞬で鼓膜がビリビリになるぞ!!」
 こんな話をしている時間すら惜しいのだ、とにかく教えた通りにしろ、タカコはそう言って黒川との会話を半ば無理矢理に打ち切って鉄扉を閉める。その瞬間、懐中電灯の明かりに照らされて見えた、こちらへと向けて伸ばされた彼の手は見ないふりをして一つ大きく息を吐き、直ぐに顔を上げて一階へと向けて階段を駆け上がった。
「敦賀、地雷の設置を――」
「準備はもう出来てる、配線はこれで良いと思うが念の為確認しながら設置してくれ」
「……やるじゃん」
 一階へと上がり敦賀へと声を掛ければ、この後の流れは既に頭に入っているのか後は設置し起爆するだけとなった指向性地雷を敦賀が手渡して来る。基地曝露の時に扱っていたのを見て覚えたのか、タカコは彼の落ち着き払った様子を見てそう思いつつ小さく口笛を吹き、にやりと笑ってそれを受け取り設置に取り掛かる。
「おい、これ敵に見つかったらどうするんだ、回収されて地下の扉に発破掛けるのに使われでもしたら――」
「対物じゃねぇ、対人だ」
「そういう事か、了解」
 対人地雷だから分厚い防火壁を吹き飛ばす程の威力は無い、それを省略しても敦賀には伝わったのか会話はそれで途切れ、後は階段室の天井に地雷を設置する作業を黙々と進める。
「上は?」
「どうせ砲撃でズタボロにされる、仕掛けても意味無ぇよ」
「……だな。ほら」
「あいよ……よし、移動するぞ」
 敦賀はタカコの作業の進捗を見てはいるもののタカコの視線は手元から動かず、二人の視線が絡む事は無い。そんな中でも敦賀が必要な道具や部品を差し出すのと同時にそれを求めるタカコの手も差し出され、示し合わせたわけでもないのに絶妙に噛み合った時間が流れ、お互いにその事に気付いていないのか、やがて設置を終えたタカコが足場にしていた手摺から飛び降りて、二人は次の行動に移る為に動き出した。
「……来た……!!」
 二人の耳に届いた空気を何かが切り裂く高い音、顔を見合わせて今出たばかりの階段室へと駆け込めばそれと同時に激しい振動が建物全体を襲い、頭上からぱらぱらと細かな破片が降り注ぐ。
「……どれだけ続く?」
「分からんな……こっちの狙い通りに上に注意が向いたからこそ、いきなりの突入じゃなく砲撃になったと思いたいんだが」
「……アレか、マリオとヴィンスが担いで来た敵の死体を囮にしたのか」
「ああ、それで誤魔化されてくれてると思いたいね……それなら、司令塔がいる筈の指揮所を重点的に叩く筈だ。そうなれば狙うのは最上階、階下はそう損害を受けずに済むだろう」
 遮蔽物も多いから仰角を抑えた状態での砲撃はどちらにせよ出来なかったと思うが、そう言いながら天井を見上げるタカコ、敦賀は天井から降り注ぐ破片が増えた事に眉根を寄せ、無言のまま彼女の後頭部へと手を遣って抱き寄せ、顔を胸板へと押し付けた。
「何してんの」
「怪我でもされちゃ話にならねぇ。馬鹿でも何でも、今の俺達にとってはお前の頭が生命線だ」
「……大人しく守られてやるよ」
「そうしろ」
 間断無く撃ち込まれる砲弾、上階を狙っている筈なのに振動はこの一階をも激しく揺らし、どれだけ激しい砲撃なのかが伝わって来る。もし砲弾が逸れて下層階を直撃すれば、自分達も無事では済まないかも知れない、そんな状況の中、二人は階段室の中の薄闇の中寄り添い、静かに時が過ぎ去るのを待ち続けた。
 それがどれ程続いたのか、砲撃の音は止み、それに続いて振動も殆ど感じなくなり顔を上げる。この静寂は嵐が去った証ではない、嵐の前の静けさだ。もう直ぐ激しい戦いが幕を開ける、そんな事を考えつつどちらからともなく身体は離れ、階段室を出て今度こそ歩き出した。

「生きて帰るぞ」
「ああ、一緒にな」
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