大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第297章『戦端』

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第297章『戦端』

 薮内健吾、年齢、二十八歳、職業、大和海兵隊下士官、階級、二等軍曹。
 生家は貧しく子沢山、そんな家庭の三男坊として生まれた身では高等教育を受ける事は望めず、中学卒業後は出身地である舞鶴の工廠の下請け企業へと入り、その工場で働いていた。しかし生来の血の気の多さからか僅か二年で職を辞し、向かった先は大和軍の地方協力本部。そこで手続きを踏み適性試験を受け、無事に海兵として任官してからもう直ぐ十年、絶望的に生存率の低い海兵隊で強かに生き残り、二等軍曹の階級に相応しい実力を身に付け、更に上を目指そうと日々精進している。
 その彼が今、太刀の代わりに小銃を手にし、半ば呆然として自分を取り巻く状況を感じていた。
 タカコが皆を地下へと退避させているのを見ながらジュリアーニに付いて外へと出れば、先ず向かったのは敷地の中の小さめの別棟。その中に入り地下へと続く階段を降り、地下の床に腰を下ろして外の様子を窺い続けた。
「……来た、一応頭庇って」
 ジュリアーニのその言葉に両腕で頭を抱えて膝へと押し付ければ、それとほぼ同時に激しい振動と爆音が空気を建物と身体を揺らし、そのあまりの凄まじさに身体が強張る。頭上から降り注ぐ壁の欠片、ここに直撃したら自分はどうなるのか、考える迄も無いその状況の中、緊迫した空気には全くそぐわないいつも通りの調子でジュリアーニが口を開いた。
「狙いが外れてここ直撃しないと良いねぇ、もしそうなったら半端に退避してる分、結構長い事苦しむね」
「こっ、恐い事言わないで下さいよ!」
「いやぁ、案外多いよ?迫撃砲って弾頭自体には指向性無いから、射手の狙いが外れる事多いから」
「弾頭に指向性って……そんなの有るんですか?」
「うん、ワシントンでは開発中らしいよ、俺も詳しい事は全然知らないけど。俺、現場の人間だからね」
 彼の言葉の通りなのか、本庁舎の最上階ではなく至近距離の地上へと弾着しているのか大きくなる振動、身体が激しく揺さぶられ噛み締めた奥歯が激しく鳴る程の衝撃に息を詰めれば、ジュリアーニはそんな薮内の様子を見て笑いながら言葉を続ける。
「この感じだと飛び越えたり手前に弾着したりで地上やそこに在る別の建物に被害出てるみたいだけど、それでもかなりの割合で狙い通りに本庁舎にブチ当ててるところを見ると、敵さん、随分と有能だね。それに迫撃砲での飽和攻撃とか、これもう非正規戦じゃなくて正規軍同士の戦闘だよねぇ、あ、立て籠もってるこっち側が非正規って事かな?」
「いや……笑い事じゃないですからそれ」
 あはは、と、状況を全く理解していないのでは思える程の能天気な笑い、慣れているのかも知れないがと引き気味で言葉を返せば、それから暫くして砲撃が終わったのか空気の振動が途絶え、時折外壁か何かが地面へと落ちる音だけが聞こえるようになった。
「もう出ますか?」
「いや、まだだ。もう直ぐ迫撃砲と俺達の間に入っていた先遣隊が前進を開始してここに侵攻して来る。そいつ等が中に入ってからだよ、俺達の仕事はここだと見つかるかも知れないから、もう少し奥に移動しよう」
 砲撃が止んでから数分、少しずつ、地上に人の気配が現れ、それが少しずつ包囲を狭める様にして近付いて来るのが伝わって来る。
「……来ましたね」
「ああ」
 その後はお互いに黙り、地上の気配を窺う事に専心した。時折聞こえて来る言葉は薮内には理解出来ず、それを聞く薮内の胸には、自分達は今から本当に他国の敵勢力と戦うのだという実感が湧き上がった。
 気配を殺す事暫く、この別棟にも敵は入って来た様子だが、地下へは降りる事無く踵を返して外へと出て行った様子で、それを疑問に思った薮内にジュリアーニが
「近くに弾着したみたいだ、それで一階はかなり崩れてるらしい。地下への入口も見つからなかったのか崩れてたのか、出るのは大変そうだけど、逆に助かったね」
 と、小さな声でそう告げる。それからもう少しだけ待機し、そろそろ地上に出ても良さそうだと言って立ちあがったジュリアーニに続き一階へと上がる階段を昇れば、その出口はやはり瓦礫に半分程塞がれており、二人は静かにそれを退けつつ、何とか外へと這い出した。
 出てみれば建物の直ぐ脇に砲弾が落ちたのか壁の一部は崩れ落ち、瓦礫の向こうには地面に空いた穴が見える。そして更にその向こうには無残な姿を晒す本庁舎の姿、その正面に在る崩れ掛けた玄関から静かに中へと入って行く隊列を目にした瞬間、薮内の心臓は、一つ大きく、跳ねた。
 もっと近くで様子を崩れかけた壁際へと寄れば、次の瞬間、彼等が入って行った玄関付近から爆音が轟き、それに反射的に身を伏せれば、細かな破片と振動が二人に襲い掛かる。タカコの仕掛けた罠か、直接的な戦闘の始まりだと内心で吐き捨て、何とか難を逃れたらしい敵が外へと飛び出してきたところで、手にした小銃を構えその引き金に指を掛け、そして、一気に引き絞った。
 撃ち出される銃弾、僅か数十m先でそれを身に受けて身体を捩りながら地面へと倒れ込む敵の姿。隣ではジュリアーニが同じ様に掃射を行い、敵は二つの射線を受け、応戦しようと試みるもそれは叶わず、銃弾が銃口から出鱈目に吐き出される小銃を手にしたまま地へと伏せて行く。
「伏せろ!」
 横から響いた声に床へと身を伏せれば、小銃を右手のみで操りつつ肩に掛けた袋の中から左手で手榴弾を取り出したジュリアーニが鉄球に付いた留金を口で引き抜きそれを外へと、敵へと向かって投げつける。その直ぐ後に爆音が響き渡り、埃を巻き上げた風が吹き付けて来た。
「……佐藤先生……何か……凄いっすね……」
「そう?あ、はい、また頭下げてねー」
 その言葉に従い頭を下げれば、再度肩に掛けた袋の中から手榴弾を取り出した彼が留金を引き抜きそれを放り投げる。そして薮内と同じ様にして隣へと伏せた。
 タカコの選定を受けた高根からジュリアーニの相棒役へと指名されたのは一週間前。それと前後して銃器の扱い方や体捌きを徹底的に叩き込まれ、教官役がタカコだと知らされた時には他の男性陣にしごかれるよりは楽そうだと思ったものの、その甘い考えは開始数秒でものの見事に粉砕された。
 ワシントン勢の司令官たるタカコ、高根の様に高い指導力を備えているのであろう事は理解してたつもりだったが、一兵士としても彼女は非常に優秀で、あの小さな身体の何処にそんな力を秘めているのかと思う程の強さで簡単に捻じ伏せられた。
 そして、今もまたその凄まじさを目の前に叩き付けられ、それを何とも思っていない素振りのジュリアーニの様子に、こいつ等は一体どんな生活を送っているのかと頬を汗が伝い落ちる。
「さ、移動しようか。一か所に留まってると的になるだけだからね」
 相変わらず何とも掴み所の無いジュリアーニの笑顔と言葉、薮内はそれに薄ら寒いものを感じつつ素直に従い立ち上がり、静かに外へと出て行った。
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