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第298章『狙撃』
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第298章『狙撃』
泉新次郎、年齢、二十二歳、職業、大和海兵隊兵卒、階級、上等兵。
父も兄も祖父も、凡そ分かる限りの男性親族は皆海兵隊の兵卒として任官し、兄は二十歳を迎える前に、父と祖父は数人子を為した後に戦死した。幼い内に男手はいなくなり、母や姉は
「せめてお前だけは」
と頑なに任官に反対していたが、姉は難産、母は癌で相次いでこの世を去った時、泉は高校の卒業を目前に控えていた。学費の事は全て片付いていたし就職先も既に決まっていて心配する様な事は何も無かったが、彼が選んだのは民間企業の内定を蹴り大和軍の協力本部の扉を叩く事だった。
そうして任官し三年、死線を何度も潜り、運良くなのか実力なのか、命を長らえ鍛錬と任務に没頭する毎日。体格はそう良い方ではなく、力技に頼る事は出来ないと技術を磨く日々を送っていた彼に新たな役目が与えられたのは少し前の事。
「良いね、光るものを持ってるよ。よし、お前にするか」
射撃の訓練の最中に自分を見ていたタカコにそう言われ、散弾銃の代わりに渡されたものは、狙撃銃だった。
それからタカコや今回の作戦で組む事になったキムの手解きを受け、狙撃の技術を身に付ける為の特別な訓練を受ける事になり、将来的には教導隊の狙撃手として運用するからそのつもりで、責任者の黒川と高根から直々にそう申し渡されたのは一ヶ月程前の事。小銃を標準装備とする教導隊の中でも別枠の扱いとはと妙に心が逸ったが、当面は訓練のみなのだから先ずは気を落ち着けて与えられた役目に専心を、そう思っていた矢先、今回の計画が知らされ、自分がそこへと投入される事を知った。
「気負わなくて良い、肩の力を抜け」
緊張が伝わったのか、隣に座って銃の調整をしていたキムが穏やかな笑みを浮かべつつ、そう言って泉の肩を叩く。
「あ、いや、はい……いきなり実戦かと思うと、どうしても」
「まぁ、確かにな。しかし、身体に力が入ってると弾は当たらない、無理でも身体から力を抜くように努力しろ」
「はい……難しいですけど」
砲撃の後に移動したのは本庁舎の最上階、激しい砲撃を受けて壁のあちこちに穴が開き外が見える惨状で、先程迄自分達がいた部屋を覗けば、そこはもう原型を留めてはいなかった。キムとジュリアーニが担いで来た複数の敵の死体なのか、バラバラになり最早嘗て人間だったとは思えない程に引き裂かれた肉片、その欠片が壁にこびり付いているのを眺めつつ配置に就く。
「正面はマリオと薮内軍曹が受け持ってる、中はボスと敦賀、俺達は裏側だ。君は左翼側を、俺は右翼側を見る」
「はい」
事前に説明を受けた通りの配置、床へと伏せて崩落した壁へとにじり寄り、狙撃銃を構えて照準器を覗き込む。まだ外に動きは無い、しかし砲撃が止んだ以上遠からず敵が侵攻して来るのは間違い無いだろう。自分達の役目は出来るだけ多くの敵を仕留めここへとやって来る数を減らす事、それだけだ。
「携行砲を持ってる筈だ、撃ち殺す対象だけでなく、全体に目を配る事を忘れるな。相手も本職だ、何発か撃てば発射場所の見当は直ぐに付けられるだろう、携行砲を持ち出して来たのが見えたら即時退避、場所を変えて狙撃を続けろ」
「はい」
下手を打てば自分が死ぬだけではなく仲間にも大きな損害を出す事になる、それだけは避けなければ、そう思いつつ粘ついた唾液を無理矢理に嚥下すれば、ごくり、と、思いの外大きな音が耳の奥に響いた。
「……来た」
そうして気配を殺して床に伏せ外の気配を窺う事数分、照準器の中に人影がぽつり、ぽつりと現れ始める。
「余り近くなると気付かれ易くなる、始めよう」
先程迄とは違い低く冷たくなったキムの声音、直後銃声が響き渡り、それが間断無く二発三発と響く中、前方の人影が一つずつ倒れて行く。そうだ、見ているだけでは、そう思った泉も狙撃に取り掛かり、命中率はキムに及ばないものの、それでも少しずつ敵の兵員を削り取っていった。
その間に数度携行砲の砲口をこちらへと向けられ、それから逃げる事数回。掻い潜りつつ狙撃を続ける内、泉の中に何とも言い表せない感覚が湧き上がって来る。先程迄感じていた熱く逸る感覚ではなく、それとは真逆のとても冷たい、そして落ち着いたもの。照準器を通しての視界が自らの感覚と一体化する、引き金も狙撃銃の柄も銃身も、その全てが自分の肉体と融合する様な感覚。それが放つ銃弾は自分の思い描いた通りに相手の身体へと突き刺さり、それに何とも言えない冷たく落ち着いた快感を感じている自分を、泉ははっきりと自覚していた。
階下からはタカコと敦賀の仕掛けた仕掛けが発動する爆発音が、屋外からはジュリアーニと薮内の手にした小銃の銃声が聞こえて来る。けれどそれは今迄とは違い、何処か遠くで起きている事の様で、泉の意識は完全に銃と一体化し、屋外に潜む敵へと向けられている。
それを見て目を細めて小さく笑ったのはキム、どうやら我が上官は良い人選をした様だ、そう思いつつまた笑い、空になった弾倉へ次の弾を素早く込める。今迄こんな戦法に縁が無かったから見当たらなかっただけで、大和にも我々が求める才能を有している人間は数多くいる、今は埋没し眠っているだけ。そう言っていたタカコ、やはりこういう方面で人を見る目だけは確実に有る、これで大人しく後方へと下がって指揮官然として偉そうに踏ん反り返っていてくれれば、下としては心労も減るし言う事は無いのだが、と、そう考えつつ弾込めを終え、次の標的へと銃口を向け、引き金に指を掛けた。
泉新次郎、年齢、二十二歳、職業、大和海兵隊兵卒、階級、上等兵。
父も兄も祖父も、凡そ分かる限りの男性親族は皆海兵隊の兵卒として任官し、兄は二十歳を迎える前に、父と祖父は数人子を為した後に戦死した。幼い内に男手はいなくなり、母や姉は
「せめてお前だけは」
と頑なに任官に反対していたが、姉は難産、母は癌で相次いでこの世を去った時、泉は高校の卒業を目前に控えていた。学費の事は全て片付いていたし就職先も既に決まっていて心配する様な事は何も無かったが、彼が選んだのは民間企業の内定を蹴り大和軍の協力本部の扉を叩く事だった。
そうして任官し三年、死線を何度も潜り、運良くなのか実力なのか、命を長らえ鍛錬と任務に没頭する毎日。体格はそう良い方ではなく、力技に頼る事は出来ないと技術を磨く日々を送っていた彼に新たな役目が与えられたのは少し前の事。
「良いね、光るものを持ってるよ。よし、お前にするか」
射撃の訓練の最中に自分を見ていたタカコにそう言われ、散弾銃の代わりに渡されたものは、狙撃銃だった。
それからタカコや今回の作戦で組む事になったキムの手解きを受け、狙撃の技術を身に付ける為の特別な訓練を受ける事になり、将来的には教導隊の狙撃手として運用するからそのつもりで、責任者の黒川と高根から直々にそう申し渡されたのは一ヶ月程前の事。小銃を標準装備とする教導隊の中でも別枠の扱いとはと妙に心が逸ったが、当面は訓練のみなのだから先ずは気を落ち着けて与えられた役目に専心を、そう思っていた矢先、今回の計画が知らされ、自分がそこへと投入される事を知った。
「気負わなくて良い、肩の力を抜け」
緊張が伝わったのか、隣に座って銃の調整をしていたキムが穏やかな笑みを浮かべつつ、そう言って泉の肩を叩く。
「あ、いや、はい……いきなり実戦かと思うと、どうしても」
「まぁ、確かにな。しかし、身体に力が入ってると弾は当たらない、無理でも身体から力を抜くように努力しろ」
「はい……難しいですけど」
砲撃の後に移動したのは本庁舎の最上階、激しい砲撃を受けて壁のあちこちに穴が開き外が見える惨状で、先程迄自分達がいた部屋を覗けば、そこはもう原型を留めてはいなかった。キムとジュリアーニが担いで来た複数の敵の死体なのか、バラバラになり最早嘗て人間だったとは思えない程に引き裂かれた肉片、その欠片が壁にこびり付いているのを眺めつつ配置に就く。
「正面はマリオと薮内軍曹が受け持ってる、中はボスと敦賀、俺達は裏側だ。君は左翼側を、俺は右翼側を見る」
「はい」
事前に説明を受けた通りの配置、床へと伏せて崩落した壁へとにじり寄り、狙撃銃を構えて照準器を覗き込む。まだ外に動きは無い、しかし砲撃が止んだ以上遠からず敵が侵攻して来るのは間違い無いだろう。自分達の役目は出来るだけ多くの敵を仕留めここへとやって来る数を減らす事、それだけだ。
「携行砲を持ってる筈だ、撃ち殺す対象だけでなく、全体に目を配る事を忘れるな。相手も本職だ、何発か撃てば発射場所の見当は直ぐに付けられるだろう、携行砲を持ち出して来たのが見えたら即時退避、場所を変えて狙撃を続けろ」
「はい」
下手を打てば自分が死ぬだけではなく仲間にも大きな損害を出す事になる、それだけは避けなければ、そう思いつつ粘ついた唾液を無理矢理に嚥下すれば、ごくり、と、思いの外大きな音が耳の奥に響いた。
「……来た」
そうして気配を殺して床に伏せ外の気配を窺う事数分、照準器の中に人影がぽつり、ぽつりと現れ始める。
「余り近くなると気付かれ易くなる、始めよう」
先程迄とは違い低く冷たくなったキムの声音、直後銃声が響き渡り、それが間断無く二発三発と響く中、前方の人影が一つずつ倒れて行く。そうだ、見ているだけでは、そう思った泉も狙撃に取り掛かり、命中率はキムに及ばないものの、それでも少しずつ敵の兵員を削り取っていった。
その間に数度携行砲の砲口をこちらへと向けられ、それから逃げる事数回。掻い潜りつつ狙撃を続ける内、泉の中に何とも言い表せない感覚が湧き上がって来る。先程迄感じていた熱く逸る感覚ではなく、それとは真逆のとても冷たい、そして落ち着いたもの。照準器を通しての視界が自らの感覚と一体化する、引き金も狙撃銃の柄も銃身も、その全てが自分の肉体と融合する様な感覚。それが放つ銃弾は自分の思い描いた通りに相手の身体へと突き刺さり、それに何とも言えない冷たく落ち着いた快感を感じている自分を、泉ははっきりと自覚していた。
階下からはタカコと敦賀の仕掛けた仕掛けが発動する爆発音が、屋外からはジュリアーニと薮内の手にした小銃の銃声が聞こえて来る。けれどそれは今迄とは違い、何処か遠くで起きている事の様で、泉の意識は完全に銃と一体化し、屋外に潜む敵へと向けられている。
それを見て目を細めて小さく笑ったのはキム、どうやら我が上官は良い人選をした様だ、そう思いつつまた笑い、空になった弾倉へ次の弾を素早く込める。今迄こんな戦法に縁が無かったから見当たらなかっただけで、大和にも我々が求める才能を有している人間は数多くいる、今は埋没し眠っているだけ。そう言っていたタカコ、やはりこういう方面で人を見る目だけは確実に有る、これで大人しく後方へと下がって指揮官然として偉そうに踏ん反り返っていてくれれば、下としては心労も減るし言う事は無いのだが、と、そう考えつつ弾込めを終え、次の標的へと銃口を向け、引き金に指を掛けた。
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