大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第299章『一線』

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第299章『一線』

 最優先目標、ワシントン軍特殊部隊指揮官であるタカコ・シミズ大佐、その彼女は現在鳥栖演習場の中にいる様で、今自分達が侵入して来た役場跡地の内部にはいないらしい。大和正規軍を取り漏らす事になったとしても捕獲し連れ帰れ、そう言わしめる程の重要人物と対峙出来ないのは少々つまらない気もするが、そこは仕事だと割り切って自分達は中の人間を始末する事に注力するか、男はそんな事を考えつつ小銃を持ち直し周囲へと気を配る。
 自分達よりも先に正面から入った部隊は全滅の憂き目を見たらしい、入口に対人地雷を仕掛けられ、それから逃れる事の出来た残りも小銃の掃射を受けたらしく入口近くに全員が死体となって転がっていた。中に入ってからもあちこちに大小問わず罠が仕掛けられ、それを無力化しつつの歩みはひどく遅く、その間にも上層階からか、狙撃銃の発砲音が聞こえて来る。その合間合間に仲間が携行砲で応戦している様子も音と振動で伝わって来るものの、ずぶの素人同然だと思っていた大和軍の、思っていたよりもずっと統制の取れた動きに若干の苛立ちを感じてしまう。
 タカコ・シミズとその部下達と大和軍の間でどんな密約が為されたのかは分からないが、それでも相応の技術供与の便宜がワシントン側から計られているいる事が窺い知れる現状、特殊部隊の指揮官殿は随分と『柔軟な』対応をした様子だと吐き捨て、小さく舌打ちをした。ワシントン勢が出ているのは当然として、大和軍の練度も想定していたよりも随分と高い。教導隊が創設された事は鳥栖の演習場の動きを見ていて把握はしていたが、それとほぼ同時進行で隊員を選抜し特殊部隊としての動きも仕込んでいた事が窺え、少々相手を見縊り過ぎていた様だ、そう自分達の甘さを戒める。
 しかし今更それを取り戻す事も出来ず、とにかく目の前に有る事態への対処を、そう意識を切り替えようとした時、前方に人の気配が現れた。他に教えようとしたが建物の中に入ってからは掃討を優先させるという事で部隊全員が単独で動いており近くには誰もおらず、相手の力を過小評価してその選択をした事に若干の後悔をしつつ、相手の気配も一つである事に望みを賭けるか、そう考え、気配を殺して静かに歩みを進めた。
『行き止まりかよ……クソが』
 聞こえて来たのは女の声、ワシントン語だが、誰だ、そう思いながら物陰へと身を潜めれば、先へと進めなかったのであろう相手が、曲がり角の向こうから、こちらの様子を窺いながら静かに出て来る。その姿は現在演習場内に出ている筈の最優先対象、戻って来ていたのか、男はそう考えながら対象が小銃を持っていない事を確認し、素早く、最小限の動きで物陰から対象の前へと飛び出した。
『動くな』
 途端に相手の顔に差す緊張の色、近くに銃を置いているのか咄嗟にそちらへと動こうとするのを銃口で追い掛ければ、振り切るのは無理だと悟ったのか悔しそうな面持ちになりつつもその場へと立ち止まった。
『無駄な抵抗をしなければ殺す気は無い、一緒に来てもらう。生かして連れて来いという命令だ』
『……断ったら?』
『残念だが、この場で死んでもらう』
 単純且つ明確な返答、そこに何の含みも嘘も無い事は相手にも伝わったのだろう、ほんの僅かな時間何かを考える素振りを見せた対象はやがて諦めた様に溜息を吐き、そして、静かに両手を上へと掲げて見せる。
『……分かったよ、連れて行け。部下にも同じ扱いを』
『それは約束出来ない、連れ帰れと命令されているのはお前だけだ。他は抵抗を見せれば即座に殺す』
『……クソ野郎が……!!』
『それが命令だ』
 部下の安全は保証出来ないという言葉に俄かに気色ばむが、それでも状況の不利はよく分かっているのか、鋭い眼差しで睨み付けつつも動きはしない様子に、男は
『動くなよ、拘束する』
 と、短くそう言って腰に付けた袋から手錠を取り出しつつ対象へと歩み寄った。
 対象はそれ以上は抵抗する事も悪態を吐く事も無く、それでも完全に拘束する迄は気も抜けない、拘束後も即時離脱しなければ応援が来るだろう、状況を甘く考えてはいられないと手早く手錠を掛け、歩き出そうとした、その時だった。
「やれ」
 たった二音の短い大和語、その意味を図りかねた刹那、突然背後に大きな気配が現れた事に気付くと同時に、ごきん、という音と共に視界が九十度のほぼ真横へと倒され、それから僅かに遅れて身体が床へと倒れ込むのを男は感じ、それが男がこの世で感じた最後の感覚となった。
「綺麗に決めたじゃないか、やるね」
「危ねぇ橋渡りやがる……別にこうしなくても良かったんじゃねぇのか」
 既に事切れた男の前に立つ二人、タカコと、そして敦賀。先程迄の緊張感は何処ぞへと消え失せたタカコが笑いながら言えば、呆れた様子で敦賀が言葉を返しつつ男の死体をまさぐり鍵を探し出し、タカコへと後ろ手に掛けられた手錠を外してやる。
「いやいや、確証は有ったが、念の為確かめておこうと思ってな」
「……何をだよ」
「お前が人を殺せるかどうか」
「……どういう意味だ」
 唐突なタカコの言葉、活骸へと変異した仲間や子供も今迄に殺しているというのに今更何を、そう思い眉間に皺を寄せる敦賀を見上げてにやりと笑い、タカコは言葉を続けた。
「活骸と人間、この両者の間には大きな隔たりが有る、物理的にもそうだが、それを殺そうとする人間の心理的にもな。私と一緒にいる以上、活骸を殺すのと同程度にあっさりと人間を殺せないと駄目だ、でないとお前も私も死ぬ事になる」
「……それで?」
「鳥栖曝露の時、お前、屋上で飛び出した私の後を追って出て来て、敵をあっさり斬り殺しただろう?あの時に、『ああ、こいつは私と同じ世界に立ってるんだな』って思ったんだよ、人を殺す事を割り切れて、それで壊れてしまわないで済む世界に。だから、今回のバディに選んだんだ。でも、念の為にもう一度それを確かめたのさ、一線を余裕で超えられて、それを気に病まないでいられる、イカレ野郎かどうかをな」
「……それで?合格か、俺は」
「合格合格、逆にあっさりし過ぎてて若干引き気味な位よ、タカコさん」
 事も無げにそう言い放ちからからと笑うタカコ、自分がもし躊躇してしまったら、それで反応が遅れたらどうするつもりだったのかと若干の頭痛を感じつつ彼女の顔を見れば、返されたのは真っ直ぐな強い眼差し。ああ、こいつは自分の感性と、そして俺の事を全面的に信用しているのだ、そこに疑問も疑念も生まれる余地は欠片も無いのだ、敦賀はそう思い至り、溜息を吐きつつ外した手錠と鍵を腰に付けた袋へと仕舞い込み、それからタカコの頭を少々乱暴に撫で回した。
「無茶し過ぎだ馬鹿女、お前はアレか、部下や旦那や周囲に心労与えるのが趣味なのか」
「んー……趣味ってか、生き甲斐?」
「……殺すぞ……とにかく、行くぞ」
 ケインやヴィンスが事有る毎に浮かべていたげんなりとした面持ち、今なら彼等があんな顔をしていた理由もその気持ちもよく分かる、敦賀はそんな事を思いつつ歩き出し、タカコがその後に続き、二人はまた何処かへと消えて行った。
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