タカコさんと愉快な仲間達―YAMATO―

良治堂 馬琴

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『実行犯』

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『実行犯』

「総監、本日より部屋付き兼秘書官としてお世話になります。宜しくお願い致します」
「よく来てくれた、今日から頼むよ」
「はっ」
 場所は大和陸軍太宰府駐屯地、西部方面旅団総監部本部棟の総監執務室。陸軍の制服に身を包んだキムが挙手敬礼をする相手は部屋の主である黒川。その彼はいつもの笑みを浮かべて軽く返礼をし、ソファへの着席を促しつつ自らもそちらへと歩き出す。
「急に決まって悪かったな、或る程度纏まった異動辞令に紛れ込ませないと流石に妙に思われるんでね」
「いえ、普段から急な無茶振りには慣れていますから」
「……あの上官だとな……うん、気持ちも苦労も分かるよ……」
「はい……お気遣い痛み入ります……」
 異動して来て初日では何処に何が有るか分からないだろうから、そう言って部屋付きのキムに対して上官である黒川が茶を淹れ、二人はソファに座り向かい合う。
 タカコが自らが率いる本隊に先駆けて潜入させていた斥候役、キムとカタギリの正体が露見したのは少しばかり前の事。その際にはちょっとした修羅場が展開されはしたものの、その際に敵方の工作員である北見と呼ばれていた男が確保され、大和軍は内に抱え込む火種を一つ潰す事が出来た。それと同時に大和軍――、黒川と高根、そしてタカコの間の結び付きは更に強固なものとなり、その一環として実現したのが、博多駐屯地から西方旅団総監部へのキムの異動だった。
 博多駐屯地は駐屯地司令の横山自身が黒川の草、目と耳の役目を長年務めている事も有り、情報の収集と大ワ間での共有には然して問題も無い。太宰府はと言えば博多とは距離も有る為、タカコと通じている人間が一人は欲しいと黒川が主張し、それに沿う形で配置換えが行われた形だ。
 私生活の方も少しばかり面白い事になり、
『自分達の上官の世話を外部の方ばかりに押し付けるのは申し訳無い』
 というキムとカタギリからの申し出により、タカコと敦賀に続き二人が更に住み込む事となり、現在の黒川宅は少しばかり賑やかな状況となっている。黒川としては少々窮屈だと思わないでもないが、タカコや敦賀と違い、キムとカタギリは何も言わなくても家の細々とした雑事を申し出てくれたり進んでこなしてくれているから、そう悪いものでもない。
「それじゃ、早速で悪いんだが、あそこの書類の山を分類してもらえないかな」
「はい……随分有りますね。長い間いなかったんですか、秘書官」
「いや、あれは君の上官絡みのでね。他人の目には触れさせられないものばかりで。金庫に仕舞ってたんだが、そろそろ容量の限界なんだ。重要度の低いものに印を付けてあるから、夜にでも焼却炉に」
「ああ、そういう事でしたか。分かりました」
 黒川が指し示すのは執務机の上の書類の山の数々。成程タカコ絡みの情報では事情を知らない人間に見られるわけにいかないだろう、キムはそう思いながら立ち上がり、書類の山を一つ抱え隣室へと向かって歩き出す。
「いや、それに関してはここで、応接セットでも使ってやってくれ。万が一にも人に見られるわけにはいかないから」
「そうですね、分かりました」
 そんな遣り取りの後に書類を応接セットの机の上に置きソファへと腰を下ろし、キムは手にした書類へと視線を落とし素早く内容へと目を通しながら保管と廃棄に分類し始める。
 分類してくれとだけ言われたのに手にした書類の全ての内容に目を通すのは、大和側が何を何処迄把握しているかという事を確認する為。ここに積み上げられたものが全てだとは思っていないし、他陣営である自分達に手の内の一部でも晒すのだ、黒川のこの指示も、彼の思惑の内の一つなのだろう。実際、作業を始めてからずっと、自分の一挙手一投足に向けられている黒川の意識と視線が、ぴりぴりとした感触で肌に伝わって来る。
 それはキムにとって特段不愉快なものではなく寧ろ軍人としては当たり前の行動であり、それが一万人規模の兵員を取り纏める総監職に在る陸軍准将ともなれば当然の行為であり考えだとしか思わない。逆に気を許し切っている方が同盟相手としては心配だと思いつつ作業を進めれば、或る一つの神束を手にしその内容が何であるかに気付いた時、キムの動きは突如として停止し、意識は暫くの間過去へと立ち戻る事になった。

 突如として博多の街に発生した活骸の群れ、その出現に街は一瞬にして混乱と恐慌に陥り、たった数時間で数多くの犠牲者が出た。今は多少鎮静化しつつあるとは言っても未だ混乱の真っ只中、活骸に直接殺された者や火災での犠牲者、その全てを合わせた最終的な犠牲者数は想像すら出来ない状態だ。
 陸軍の指揮は博多にいた西方旅団総監が執っているらしく、対馬区へと定期の出撃をしていた海兵隊の主力部隊も夕方近くになってから舞い戻り、二つの指揮命令系統の下、事態の収拾へと向けて兵員が動いている。自らの主であるタカコはと言えば少し前の出撃で負傷した為に対馬区へは出ておらず、散弾銃の試射の為に陸軍管轄の射撃場へと来ており、海兵隊基地へと戻る際に何故か陸軍総監の黒川が彼女だけを連れて出て行った、そこ迄は把握していた。
 しかし、その後タカコの姿をキムが見かける事は無く、陸軍の一兵士として駆け回る中で数度黒川の姿は見かけたもののその周囲にも彼女の姿は無かった。この混乱の中では仕方の無い事、彼女も博多市街地へと出て活骸の掃討に励んでいるのだと思おうとしたものの、何故かその事が妙に気掛かりだった。
 海兵隊へと潜入しているカタギリから、海兵隊総司令を介してタカコと黒川が知り合い、友人付き合いをしているらしいという事だけは聞いている。タカコの大まかな出自も黒川には伝わっているらしいのに、警戒対象であり有益な情報の塊であるタカコが、陸軍と海兵隊、その二つの組織の九州方面の頂点どちらの監視と保護の外へと出てしまっているらしかった。その状況がキムにはとても信じられず、それと同時に非常に嫌な感覚を胸の内にへばり付かせ続けていた。それでも表向きの陸軍兵としての立場を捨てる事も出来ず命令に従い与えられ任務をこなし続けていた中、事態が思っていた以上に深刻なのだと気付いたのは深夜になってから。
 黒川が博多駐屯地司令の佐竹へと指揮を任せ、数人を率いて指揮所を出て行ったのは、彼が海兵隊基地から戻って来てからの事。それ迄以上に緊迫しきった面持ちになり顔色は僅かに青褪め、何か、とても嫌な事が起きたのだと、遠目に見ていたキムにすらはっきりわかる様子だった。その後どうにか人の目を避けつつ事情を探り続けていた中で目にしたものは、自らの戦闘服の上着を腕の中のタカコに被せ倉庫から走り出して来た黒川の姿。戦闘服からは傷だらけの脚や腕や身体が覗き、全裸に近い状態なのであろう事が窺えた。顔も酷く殴られたのか腫れ上がり、まさか、と思いはしたものの、それは黒川が口にしていた
「衛生班を!息は有る!!直ぐに処置を!!」
 という叫びが否定してくれた。
 黒川が飛び出して行った後、倉庫から出て来たのは拘束された三人の陸軍兵。下半身には何も身に着けていない者ばかりで、一人は上に肌着を着ているだけ。それを目にした瞬間、中で何が行われていたのか、はっきりと把握した。
 その後も偵察を続け、連行されて行った三人が博多駐屯地の中で拘束されているという事を確かめ、見張りがいなくなる時機を窺い続けた。騒乱の中で妙な気を起こし女を犯し、その相手がタカコだった、事がそんな単純な事ならまだ良いが、万が一敵の斥候が関与していたとしたら、彼等がタカコの正体を知っていたとしたら、事態はより深刻な状態へと陥るだろう。そうなる前に――、そんな散弾を頭の中でしていたキムの背後に、突然人の気配が現れる。
『ケイン!ここで何を――』
 禍々しさすら感じる気配に反射的に身構えて振り返れば、そこには海兵隊基地に海兵として潜入している筈のカタギリの姿。陸軍と海兵隊の関係はあまり芳しくないのに何をしに来た、キムがそう問おうとする前に、ゆらり、と、カタギリの姿と気配が揺れた。
『待て!何を考えてる!!』
『離せ!殺してやる!俺が殺してやる!!あの人をあんな――』
 目の前に現れた同僚であり仲間でもある友人は、完全に怒りで我を忘れていた。タカコへの忠誠心は部隊の中でも群を抜いているカタギリ、腐り始めていた境遇から救い出し全力で動ける環境を整え与え重用してくれている事からもそれは当然の事であり、彼の場合はそれに加えて男としてタカコを愛しているという事は部隊の人間であれば誰でも知っている。そんな彼がタカコが何をされたのかを知ればどんな行動に出るのかは火を見るよりも明らかで、しくじったな、キムは内心でそう吐き捨て舌打ちをしつつ、手近な部屋の扉を開けてその中へとカタギリを押し込め自らも入る。そして後ろ手で施錠しつつもう片方の腕でカタギリを床へと押し倒しその上へと覆い被さった。
『馬鹿か!何でこっちに来た!!今迄の潜入を全て無駄にするつもりか!!』
『離せ!ボスが、タカコさんが何をされたのかお前だって――』
『知ってる!だから俺もあそこにいた!』
『分かってるなら離せ!俺があいつ等を殺して――』
『ボスの心労をこれ以上増やすな!海兵隊のお前が陸軍内で動いて露見する様な事が有ればボスに今以上の危険が及ぶ事になるんだぞ!!あの人をそんな目に遭わせたいのかお前は!』
『じゃあボスがされた事を!お前は!お前は――』
 揉み合い床を転がりながらの言い合い、感情を抑えたキムとは違いカタギリは言葉も動きも激情に支配されきっており、やがて何もかもが許容量を超えたのか、
『ボスが!ボスが!……タカコ……さん……が……!!』
 と、憤怒の形相で譫言の様にそう繰り返した後は双眸から涙を溢れさせ、顔を覆って呻く様な泣き声を漏らし始める。
『……俺は何もしないなんて言ってないぞ……お前はここにいろ……俺が、殺る』
 海兵隊の人間として存在している上に感情に支配されきっているカタギリが動けば、全ての事態が悪い方向へと動くだけ。陸軍の人間として存在し理性を保っている自分が動けば良いだけの事なのだと、キムは自らとカタギリにそう言い聞かせ、部屋を出て行った。

『斥候、か……やはり要らん事を吹き込まれていたか……もう用済みだ、そのまま死ね』

 見張りが離れた隙に忍び込んだ拘束部屋、中にいた三人から手短に話を聞いたキムはいつもの穏やかな笑みを浮かべてそう呟き、腰のナイフを抜いてそれを一人の喉元へと突き立てる。
 サクッと刺した後は僅かに引き抜き抉りながらもう一度突き立て、それを抜いた後は流れる様な動きで喉の正面から頸動脈へと掛けて皮膚と血管を切り裂きながら刃を滑らせる。その男が倒れ込む前に、残りの二人が事態を把握する前に同じ動きをもう二回。

『今のケインなら、自分を見失う程に怒っているから楽に死ねたと思うが……生憎と俺はそこ迄自分を見失ってないんだ……悪いな。失血死か窒息死かどっちが先かな……恐らくは失血死だと思うが……俺達の神を、軍旗を汚した報いだ』

「金原?」
「……え、あ、はい、すみません、ぼーっとしていました。何か?」
「……いや、何でもないよ。作業を続けてくれ」
 黒川の声に回想から現実へと引き戻され、声のした方へと向き直ってみれば、向けられたのは何とも含みの有る言葉と眼差し。それにいつもの笑顔を浮かべて返事をし作業を再開すれば、暫く経ってからまた声を掛けられた。

「……有り難う……それと、すまなかった。彼女の友人として……いや、大和軍人として礼と詫びを言う」
「……お互い、夫々の事情と誓いに従い、すべき事したい事をしただけです……そうでしょう?」
「……ああ、そうだな」
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