大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第313章『制圧』

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第313章『制圧』

 原動機建屋の中で轟音を立てて回転する巨大な原動機を説明を受けながら見ていた時、突然開いた扉とその向こうから現れた覆面をして武装した十数人の男達。何が有ったのか判断する前に咄嗟に腰に手を伸ばし得物を抜けたのは高根と黒川の二人だけ、他の面々は中央に長く居過ぎて得物は腰の飾りと化しており、辛うじて柄に手を遣り半身を抜いた副長以外は反応も出来なかった。
「動くな!!」
 相手から向けられたのは銃口と、そして制止を命じる怒声。それに従わず拳銃を抜いた護衛達には容赦無く引き金が引かれ、銃弾は恐ろしい程の正確さで引き金に指を掛ける前の彼等を貫き、そして同時に絶命至らしめる。
「……高根総司令、黒川総監、刀を、収めろ」
 床に崩れ落ちる護衛達、それを目の当たりにして中央の面々から小さく悲鳴が上がる中、既に臨戦態勢に入っていた高根と黒川に向けて副長の制止の声が掛かる。分が悪い事は明らかだがそれでも、と二人が副長を見てみれば既に鞘へと戻された太刀、そして柄からも手が完全に離れているのを見た二人は、悔しそうに歯を軋らせつつも命令に従いゆっくりと太刀を鞘へと戻した。
 その後は暫しの間無言での睨み合い、こちらは一歩も動けない中相手側は次々に室内へと入り込み、高い位置へと移動しつつ取り囲む様にして配置に就く。万が一妙な動きをすれば即座に射殺する心積もりなのだろう、その際に同士討ちにならない様に跳弾の角度も考えた上での高低差を付けた配置、本気の様だなと思いつつ黒川が隣にいた高根を見れば、こちらもまた同じ事を考えていたのか小さく頷いて返された。
「中央制御室に移動する、妙な考えは起こさない事だ」
 覆面の男の一人が静かに、しかしはっきりとそう伝え、副長がそれに
「分かった、従おう」
 と言葉を返せば、包囲は瞬時に狭められ小銃を下ろした代わりにナイフを抜きその鋒を押し付けられ、一行はゆっくりと中央制御室へと向かって移動を開始する。明瞭な大和語ではあるがそれに滲む異様な抑揚、外国人である事はそこから窺えて、煽動された大和人ではなく敵勢が直接乗り込んで来た事が伝わって来た。目出し帽の穴から覗く双眸、そこに在る瞳の色も灰色や緑や水色で、大和人らしい人間は少なくともこの場にいはいないらしい、黒川はそんな風に周囲の様子を窺いつつ逆らう事も無く歩き続け、やがて入った中央制御室の床に全員纏まって座る様に命令され、高根と頷き合いながら無言のままゆっくりと腰を下ろし胡坐を掻いた。
 近くには前以て拘束されていたらしい発電所の技術者達が同じ様にして座り、或る者は恐怖に見開いた双眸を中空に向け、或る者は膝を抱えてそこに顔を押し付け震え、刃向う事等考えもしていない事を身体全体で表している。そして、その近くに転がる陸軍の戦闘服を着た兵士達の死体、壁に開いた小銃の弾痕、原動機建屋から移動して来る間にも幾度も目の当たりにしたそれ、原動機の音で自分達は気が付かなかったが、警備に当たっていた彼等は責務を果たそうとしたのだという事が窺えた。
 いつか来るという事は分かっていた。それでもたった数日前に鳥栖での大規模な戦闘を終えたばかり、相手側も態勢を立て直す時間が必要だと思っていたのに、こちら側がそう判断するのを見越していたかの様な鮮やか且つ迅速な行動に小さく舌打ちをする。中央制御室は敷地内で一番内陸側、岸壁側の貯蔵区域から汽缶建屋、そして原動機建屋へと移動して来たがその間妙な動きは一切察知出来なかった、そして、拘束されてここへと移動する間に銃声も聞かなかった事から判断するに、敵勢はどうやら内陸側、正門を突破して内陸側の各区域を迅速に制圧し自分達のところへとやって来たらしい。汽缶建屋や貯蔵区域にも警衛は配置されているが、そちらは自分達の後に、まさに今制圧をしているところなのかもしれない。
 事情をよく知る横山、そして同じく事情に通じ高根の腹心である小此木、その二人に黒川と高根夫々の日常の業務の代行を任せ置いて来ていて良かったとそう思う。正門から突っ込んで来たのであれば、それなりの騒ぎになっていて隣接する海兵隊は勿論陸軍にも話は伝わっている筈だ、そうなれば腹心二人の判断の元、即座にタカコ達ワシントン勢と教導隊を中心とした人間が集められ、奪還の為の編成が為され行動に移るだろう。よりによって自分達上層部が人質となってしまったのは何とも情けない限りだが、こうなってしまった以上は下手に動かず、頼もしい部下達の働きに望みを賭けるしか道は無い。
「……おい、そっちは大丈夫か」
 こちらもまた同じ様な事に思いを馳せていたのか小声で話し掛けて来る高根、敵だけでなく事情を知らない副長を始めとした中央の面々にも気取られてはならないと言葉を選んでいる彼に、黒川もまた同じ様にして言葉を返す。
「……ああ、横山も他の連中も優秀だ、直ぐに編成を整えて行動に出てくれるだろうよ」
「お互い良い部下を持ったな」
「全くだ」
 軍専用施設で起きた事件、警察は端から部外者だから余計な嘴を突っ込まれる事も無い。他の陣営と縄張り争いをする必要が無いからその点は楽だな、そんな遣り取りを交わしつつ、自分達を取り囲む男達へと視線を移す。
 無駄の無い動き、即座に行動出来る足の位置と体勢、躊躇いは微塵も感じられない鋭く冷たい眼差し、対人戦闘の経験等絶無に等しいが、それでもよく訓練された優秀な兵士である事が伝わって来る。この彼等と戦う事になるであろう部下達、タカコを始めとしたワシントン勢が奪還部隊の中心となる事は間違いは無いだろうが、足りない分を埋めるのは自分達の部下、その彼等の無事を祈らずにはいられない、これは高根もそうだろう。
 さて、これからどうしたものか、そんな事を各々が考えていた時、突然中央制御室の扉が開かれ、その場にいた兵士達と同じ様に覆面をした大柄な体躯の男が室内へと入って来る。その彼に向かい姿勢を正し敬礼をする兵士達、成る程、この男が彼等の指揮官か、そう思いながら見詰めていれば、男が視線をちらりと周囲にやった後で口を開く。
「敬礼は省略、引き続き配置に」
 どくり、と、黒川の心臓が嫌な鼓動を刻む。その様子は外見にも現れていたのだろう、横にいた高根が眉根を寄せ
「おい、龍興?どうした?」
 そう問い掛けて来るが、黒川の意識にはそれは届いていなかった。
「……何だ、随分と面白い人間を人質にしたな」
 自分達に一瞥をくれた後に何かに気付いた様に戻される視線、表情は窺えないが随分と楽しそうな声音が鼓膜を叩く度、黒川の心臓がどくりどくりと嫌な音を立てる。

「……言っただろう、黒川総監、諦めなければ手に入れるのは絶望だけだと」

 言葉と共に脱ぎ捨てられる目出し帽、タカコの亡夫と同じ顔、海兵隊墓地で見たのと同じ顔が、狂気と冷たさを滲ませた笑みを湛え、黒川へと向けられていた。
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