大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第314章『要求』

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第314章『要求』

「一km以内は完全に封鎖!蟻一匹通すなよ!!」
「火発の図面取り寄せろ!!敷地の全部を含めたやつだ!!」
「編成急げ!!相手の出方を窺い次第直ぐに出られる様に準備しておけ!!腕利きを集めろ!!」
「装備は清水に一任しろ!あいつの要求ならどんなものでも全て用意しろ!!」
「沿岸警備隊の浅田司令到着しました、お通しします!」
 緊迫感に満ちた海兵隊基地本部棟内の会議室、海兵隊に交じって陸軍も慌ただしく出入りする中、ロの字型に組まれた長机に海兵隊副司令の小此木と陸軍博多基地司令の横山が並んで着席し、方々に指示を出している。
「遅くなりました、すみませんね。海上にはウチの艦艇を取り敢えず五隻配置してます、入港していたのと近くにいたのを掻き集めました。一応、佐世保にも応援を頼みまして、追っ付け到着すると思います」
 そこにやって来たのは沿岸警備隊博多基地司令の浅田、船での襲撃は今のところ無いと付け加え、二人の横に腰を下ろす。
「それで、どうします?ウチは密漁船なんかの臨検を強行する位の事しかしていませんし地上での事には全くの門外漢です、海上からの砲撃や後方支援はウチの独壇場ですが、今回はあまり役には立てませんよ」
「それで充分です、陸軍も海兵隊も逆に海上の事は何一つ満足に出来ません、艦艇も持ってませんしね。正面からは我々が睨みを利かせられますが、敵の背後に警備隊がいてくれればこれ程心強い事は有りませんよ」
 お互いに得手不得手もはっきりし縄張りも本来は全く違う海兵隊と陸軍、そして沿岸警備隊。まさに国難としか言い様の無い現状では縄張り争いには何の意味も無い。夫々の得意分野で協力し合う以外に解決への道は無い事は三者共によく理解している。今のところ敵からの要求は無いが、追々それは出されるだろうし、火発を占拠された以上はいつ電力が遮断されるか分からないという事で、編成の準備と共に火発が電力を供給している全ての基地や駐屯地に対して発電機の稼働を命じ、それが整うのを待っている状況だ。
 火発の正門は敵の突入後はがっちりと固められ、少しでも近づこうとすれば容赦無く銃撃されそれで既に十数名が死亡したという報告を受けている。それ以前に突入時も警衛や周辺を警戒していたトラックが銃撃され、そのほぼ全てが死亡した。何とか生き残った者の証言によれば、突入したトラックからだけではなく周辺からの狙撃も受けた様子で、突入時も狙撃時も、発砲音は聞こえなかったと言っていた。
 それを聞いたタカコは
「サプレッサーを使われたか……派手に来るかと思ってたが、確実性を優先したな……本気だよ、相手は」
 とそう吐き捨て、サプレッサーとは何かと問われ
「サウンドサプレッサー、銃声を低減させる減音装置の事だ、銃声から自分の耳を保護したり周辺に気取られない為に使うが、今回の場合は後者だな」
 そう答え、装備を組み直す、と付け加えて部屋を出て行った。
 やがて予想通りに発電所からの電力が遮断され、博多全域が夕暮れの中に沈んで行く。即座に発電機が稼働を開始し、軍事施設だけは光を取り戻した。軍に協力しているからという事で軍用火発から電力の供給を受けている軍の街博多、そちらに迄電力を都合してやれる程には夫々の基地や駐屯地の発電機は大きくは無く、街に住む人々は突然の大規模停電に狼狽している事だろう。ましてやまだ寒い時期の上にこれから夜を迎える時間帯とあっては不都合も多い筈、遠からず問い合わせが殺到しその対応にも追われる事になるに違い無い。
 そうして封鎖された正門と岸壁を挟んで睨み合い、じりじりとした時間が過ぎて行く中、敵からの要求が拡声器を通して伝えられたのは戦端が開かれてから四時間が経過した夜になってからの事だった。
「相手からの要求、入りました!軍備の即時解体、電力を始めとした軍が独占しているものの民間への開放、実験で殺した民間人への謝罪と遺族への補償、政府と軍が軍の非道を公式に認め謝罪する事、拘束されている仲間の解放、以上です!!三十六時間以内に要求に従わない場合、陸軍の黒川総監と海兵隊の高根総司令を含む人質は全て射殺し火発も爆破すると言ってます!!」
 博多の三軍の司令と副司令が揃う海兵隊基地の会議室、正門前にいる部隊によって無線機の拡声機から知らされたその内容に、流石に三人共が怒りを露わにして椅子から立ち上がる。
「ふざけるな!出任せばかり言いやがって!!」
「何を謝罪しろと言ってるんだ敵は!!」
 身命を賭して国防の任に就いていた事を全て否定される言葉の数々、三人共に博多やその周辺の出身で国防に対する意識は人並み以上で、その彼等にとってはこれ以上無いという程の侮辱に塗れた要求に立場も周囲の目も忘れて激昂し、近くにいた人間が慌てて宥めに入る様子をタカコは静かに見詰めていた。
 要求の内容がまるで出鱈目である事は相手側が一番理解しているし、そもそも謝罪開放や解放云々は単にそれを聞く事になる博多の住民、そして煽動役として外に残している使い捨ての大和人に対しての顕示に過ぎず、考えてもいないだろう。
 但し、だからと言って無視は出来ない、時間内に何等かの迎合する素振りを見せなければ人質は本当に殺されるだろうし施設が爆破される事は間違い無い。区切られた時間は三十六時間、それ迄に装備の選定と選抜と準備を済ませ実際に施設に侵入し、そして奪還する、ぎりぎり間に合うかどうかという程度の時間しか残されていない。その状況の中、さて、どう攻めるべきか、と、片眉を上げて小さく息を吐いた。
 日本海は常に大荒れ、水温も南からの潮流が流れ込んでいるとは言え今の時期はまだ低い。そんな海から攻めて上陸するのは体力を消耗するだけで不利に働く事しか無いが、それでもガチガチに固められているであろう陸上から攻める事も、徒に体力と弾薬、そして員数を消耗するだけだという事も分かり切っている。
 沿岸警備隊の艦艇に乗り込み海から接岸し上陸するというのは不可能だ、岸壁には人員と砲が設置され、小型の艦艇でも近付く事は不可能だろう、現状も艦艇は恐らく数百mから一km程度の距離を空けて監視をしている筈だ。そこから防水式の潜水服を着て泳ぐとしても低い水温と荒れた海流、体力の消耗具合は著しいに違い無い。しかし、陸上の守りは更に堅い筈、海兵隊と陸軍が大挙して包囲している中、それに対しての備えは厚く手堅いに違い無い。
 どちらを採ったとしても厳しい戦いになる、それならば望みの多い方に賭けるしか無いか、そう思い至ったタカコは、漸く落ち着きを取り戻し椅子へと座り直した三人に向かって静かに口を開いた。

「海から行こう。浅田司令、支援を頼みます」
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