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第315章『決断』
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第315章『決断』
「海から行こう。浅田司令、支援を頼みます」
タカコのその言葉に、室内は水を打った様な静けさに包まれた。
「本気なのか?今日は比較的穏やかとは言え波の高さは一m以上、水温だって十度も無いんだぞ?監視をしてる艦艇から泳いで辿り着くとしても距離は一km近く有る、防水式の潜水服を着ていたとしても多少は水も入る、どれだけ消耗するか――」
「だからですよ。我々がそう判断する様に相手もそう思っています、だから、完全に監視が無くなっているわけではなくとも正面に比べれば幾分と手薄でしょう。加えて言えばこれから夜になる、更には都合の良い事に今にも降り出しそうな曇天、海中から忍び寄れば発見される確率はかなり低くなります。晴れていれば月の明かりで話も違いましたが、天気だけは相手にもどうこう出来るものじゃない、この部分だけは天佑ですね」
事も無げにさらりと言い退けるタカコ、話を聞いていた小此木が言うのは簡単だが勝算は有るのかと口を開けば、
「正面から突っ込むよりは高いよ。侵入を警戒して全ての照明を点灯させているだろうし、正面の監視はガチガチに固められてるだろう。そんな中で突破しようとすれば人質は直ぐに殺される、十数人いるんだ、一つしくじる毎に一人殺されて死体を正門からこちらへと向けて投げ捨てられる、それだけだ。私でもそうするね」
何とも冷淡な口調でそう言い捨てた。
発電所の占拠等大和軍にとって未経験の出来事、恐らくは経験の有るであろうタカコの言う事に従う外無いのはこの場の全員が理解しているものの、海兵隊と陸軍は不慣れな海からの侵入に不安を隠せず、沿岸警備隊は海をよく知っているからこそタカコの言葉に無謀であると思わざるを得ず、何とも言えない重苦しい空気が室内を支配する。
タカコも陸軍の人間、彼女としても本音は陸上から攻めたいところなのだろう、その上他の人間と比べれば小さく貧弱な身体、潜水服越しとは言えど冷たい海水に身を晒せば消耗は人一倍激しいであろう事は理解しているに違い無い。それでも尚海から行くべきだと言うのであれば、それはもう他には手が残されていないという事の裏返しなのか、話を聞いていた浅田は一度大きく深呼吸をし、黒髪よりも白髪の方が多くなった短髪をガシガシと掻きながら口を開いた。
「……分かった、使用する装備を全てトラックに積み込んでくれ、潜水服はこちらで用意する。準備が整ったら突入する人間全員を佐世保基地へ運ぶ、そこから艦艇に乗り込んでもらい海上経由で火発の沖合に引き返す。不慣れな海だ、お前達は自分の身体を岸壁迄運ぶ事に専念しろ、装備は全て防水布で梱包してうちの腕利きに運ばせる……海の事は我々沿岸警備隊に任せてもらおうか」
「有り難う、御座います。海上の熟練者の協力が有れば、これ程心強い事は有りません」
淡々とした、しかし熱い力の籠った遣り取り、そこ迄言うのであれば、一蓮托生、その決断に賭けるしか無いかと小此木と横山も顔を見合わせて頷き合い、周囲は彼等の言葉に促されて動き出す。
「先程選抜した二分隊を集めてくれ、侵入迄の流れを説明する!」
「装備はどうするんだ、海からの侵入になったから何か変更は有るのか!?」
「使うのは侵入してからだから基本は変わらん、厚着だけしっかりすれば良い!!」
慌ただしく動き始めた周囲に合わせてタカコも立ち上がり動き出す。その様子を見守っていた敦賀とドレイクはそんな彼女に向かってゆっくりと歩み寄り、ドレイクはタカコの肩に、敦賀は頭へと掌をそっと置いた。
「ゾクゾクするな、こういうのは久し振りで。思い切り暴れてやろうじゃねぇか、なぁ?」
「俺等がついていける程度にブチかませ……頼むぞ」
まだ完全には切り替わっていないのかきょとんとした眼差しが二人へと向けられ、そしてその後鋭く且つ力強くも全開の笑顔が向けられる。
「Trust me、任せな」
「とらすとみー?大和語で話せ馬鹿女」
「任せろって事だよ」
「……そうか、俺等も死ぬ気で気張る、頼むぞ」
「ああ」
そんな遣り取りを交わして歩き出せば、部屋の隅に控えていたタカコの部下達も歩み寄って来る。
「どうだ、準備は」
「はい、もう整ってます」
「いつでも動けますよ」
「そうか……リーサ」
「……アリサです、ボス。何か?」
「お前も来い、人出が足りん。タツさんは人質だし、いてもやる事は無いだろう」
「了解しました、ボス」
数日前の鳥栖以外では現場に出る事も無く、火傷の化粧をして黒川の秘書官として動いていたマクギャレット、今回も来いと言われたのが少々意外だったのか僅かに双眸を見開き、直ぐに普段の動きの無い表情に戻り首肯する。
人出が足りない、それはタカコの正直なところだった。実際であればProvidenceの全員を投入しても不安が残る程の大掛かりで厳しい作戦内容、それでもいないものはどうしようも無く、大和人を掻き集めて対応するしか無い。彼等が全く役に立たないとは言わないが、今は一人でも少しでも腕の立つ者が欲しい。本来であれば女を前線に投入してくはないのだが、こればかりはどうしようもないとマクギャレットへも命令せざるを得なかった。
マクギャレットが性差で配置に差を付けられる事に強い抵抗感を持っている事はタカコにも分かっている。実際彼女の技量は他の部下に比べて遜色が有るわけでもなく、今迄後方に据える事が多かったのはタカコの影武者という彼女にしか無い特性の他、女であるという事も大きく影響していた。こういった本音は誰にも言った事が無いから彼女が真意に気付いているとは思わないし知ったとしたら甚く機嫌を損ねる事になるのは明らかだが、出来れば投入せずに済めば良かったな、そんな風に考えてしまう。
健康な女にはそれにしか出来ない役目が有る、健康を損ねていたとしても望ましい役目が、頭が固い古いと言われようとこればかりは事実だし間違っているとも思わない。出来る事ならそれに専念させてやりたいのだが、タカコはそんな事を考えつつ、取り敢えずは目の前の任務に意識を集中させるか、そう小さく呟いて動き出した。
「海から行こう。浅田司令、支援を頼みます」
タカコのその言葉に、室内は水を打った様な静けさに包まれた。
「本気なのか?今日は比較的穏やかとは言え波の高さは一m以上、水温だって十度も無いんだぞ?監視をしてる艦艇から泳いで辿り着くとしても距離は一km近く有る、防水式の潜水服を着ていたとしても多少は水も入る、どれだけ消耗するか――」
「だからですよ。我々がそう判断する様に相手もそう思っています、だから、完全に監視が無くなっているわけではなくとも正面に比べれば幾分と手薄でしょう。加えて言えばこれから夜になる、更には都合の良い事に今にも降り出しそうな曇天、海中から忍び寄れば発見される確率はかなり低くなります。晴れていれば月の明かりで話も違いましたが、天気だけは相手にもどうこう出来るものじゃない、この部分だけは天佑ですね」
事も無げにさらりと言い退けるタカコ、話を聞いていた小此木が言うのは簡単だが勝算は有るのかと口を開けば、
「正面から突っ込むよりは高いよ。侵入を警戒して全ての照明を点灯させているだろうし、正面の監視はガチガチに固められてるだろう。そんな中で突破しようとすれば人質は直ぐに殺される、十数人いるんだ、一つしくじる毎に一人殺されて死体を正門からこちらへと向けて投げ捨てられる、それだけだ。私でもそうするね」
何とも冷淡な口調でそう言い捨てた。
発電所の占拠等大和軍にとって未経験の出来事、恐らくは経験の有るであろうタカコの言う事に従う外無いのはこの場の全員が理解しているものの、海兵隊と陸軍は不慣れな海からの侵入に不安を隠せず、沿岸警備隊は海をよく知っているからこそタカコの言葉に無謀であると思わざるを得ず、何とも言えない重苦しい空気が室内を支配する。
タカコも陸軍の人間、彼女としても本音は陸上から攻めたいところなのだろう、その上他の人間と比べれば小さく貧弱な身体、潜水服越しとは言えど冷たい海水に身を晒せば消耗は人一倍激しいであろう事は理解しているに違い無い。それでも尚海から行くべきだと言うのであれば、それはもう他には手が残されていないという事の裏返しなのか、話を聞いていた浅田は一度大きく深呼吸をし、黒髪よりも白髪の方が多くなった短髪をガシガシと掻きながら口を開いた。
「……分かった、使用する装備を全てトラックに積み込んでくれ、潜水服はこちらで用意する。準備が整ったら突入する人間全員を佐世保基地へ運ぶ、そこから艦艇に乗り込んでもらい海上経由で火発の沖合に引き返す。不慣れな海だ、お前達は自分の身体を岸壁迄運ぶ事に専念しろ、装備は全て防水布で梱包してうちの腕利きに運ばせる……海の事は我々沿岸警備隊に任せてもらおうか」
「有り難う、御座います。海上の熟練者の協力が有れば、これ程心強い事は有りません」
淡々とした、しかし熱い力の籠った遣り取り、そこ迄言うのであれば、一蓮托生、その決断に賭けるしか無いかと小此木と横山も顔を見合わせて頷き合い、周囲は彼等の言葉に促されて動き出す。
「先程選抜した二分隊を集めてくれ、侵入迄の流れを説明する!」
「装備はどうするんだ、海からの侵入になったから何か変更は有るのか!?」
「使うのは侵入してからだから基本は変わらん、厚着だけしっかりすれば良い!!」
慌ただしく動き始めた周囲に合わせてタカコも立ち上がり動き出す。その様子を見守っていた敦賀とドレイクはそんな彼女に向かってゆっくりと歩み寄り、ドレイクはタカコの肩に、敦賀は頭へと掌をそっと置いた。
「ゾクゾクするな、こういうのは久し振りで。思い切り暴れてやろうじゃねぇか、なぁ?」
「俺等がついていける程度にブチかませ……頼むぞ」
まだ完全には切り替わっていないのかきょとんとした眼差しが二人へと向けられ、そしてその後鋭く且つ力強くも全開の笑顔が向けられる。
「Trust me、任せな」
「とらすとみー?大和語で話せ馬鹿女」
「任せろって事だよ」
「……そうか、俺等も死ぬ気で気張る、頼むぞ」
「ああ」
そんな遣り取りを交わして歩き出せば、部屋の隅に控えていたタカコの部下達も歩み寄って来る。
「どうだ、準備は」
「はい、もう整ってます」
「いつでも動けますよ」
「そうか……リーサ」
「……アリサです、ボス。何か?」
「お前も来い、人出が足りん。タツさんは人質だし、いてもやる事は無いだろう」
「了解しました、ボス」
数日前の鳥栖以外では現場に出る事も無く、火傷の化粧をして黒川の秘書官として動いていたマクギャレット、今回も来いと言われたのが少々意外だったのか僅かに双眸を見開き、直ぐに普段の動きの無い表情に戻り首肯する。
人出が足りない、それはタカコの正直なところだった。実際であればProvidenceの全員を投入しても不安が残る程の大掛かりで厳しい作戦内容、それでもいないものはどうしようも無く、大和人を掻き集めて対応するしか無い。彼等が全く役に立たないとは言わないが、今は一人でも少しでも腕の立つ者が欲しい。本来であれば女を前線に投入してくはないのだが、こればかりはどうしようもないとマクギャレットへも命令せざるを得なかった。
マクギャレットが性差で配置に差を付けられる事に強い抵抗感を持っている事はタカコにも分かっている。実際彼女の技量は他の部下に比べて遜色が有るわけでもなく、今迄後方に据える事が多かったのはタカコの影武者という彼女にしか無い特性の他、女であるという事も大きく影響していた。こういった本音は誰にも言った事が無いから彼女が真意に気付いているとは思わないし知ったとしたら甚く機嫌を損ねる事になるのは明らかだが、出来れば投入せずに済めば良かったな、そんな風に考えてしまう。
健康な女にはそれにしか出来ない役目が有る、健康を損ねていたとしても望ましい役目が、頭が固い古いと言われようとこればかりは事実だし間違っているとも思わない。出来る事ならそれに専念させてやりたいのだが、タカコはそんな事を考えつつ、取り敢えずは目の前の任務に意識を集中させるか、そう小さく呟いて動き出した。
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