大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第316章『佐世保』

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第316章『佐世保』

 事が起きてから車両の出入りは何処も激しく、タカコ達を乗せたトラックは誰にも怪しまれる事無く海兵隊基地を出て一路沿岸警備隊佐世保基地を目指して走り出した。直線距離にして約八十km弱、時間にして四時間程、大荒れの日本海への入口に当たる軍港へと到着した時には既に日付が変わった頃合いだった。
 浅田から事前に根回しの電話が入っていたのか一行を出迎えたのは佐世保基地司令の堀井、浅田よりも五歳程若く見える彼とその部下の出迎えを受け、トラックは基地の内部へと入りそのまま艦艇が接岸している岸壁へと誘導される。
「既に準備は整ってる、装備と人員を積み込み次第離岸するぞ!!」
「堀井さん、助かったよ、急なお願いだったのに有り難うね」
「お願いじゃないでしょうよ、群司令の命令とあっちゃ従わないわけにゃいかんでしょ。もう大変でしたよ、既に火発沖合に周辺から呼び戻した艦艇送ってるのに更にもう一隻都合しろってんだから」
「いやぁ、悪かった悪かった、今度美味い焼酎送るからさ、それで勘弁してくれよ」
「俺は芋か麦が好きですね、蕎麦はクセが強いからちょっと」
「お、麦で良いのを見つけたんだよ、それ送るからさ、な?」
 トラックの助手席から降りたのは浅田、沿岸警備隊内の事であれば自分が出発迄きっちりと見届ける、そう言い切ったのは博多基地司令と兼任する上位の役職である、西部方面艦艇群司令としての矜持も有るのだろう。その彼と年月も深さもそれなりの付き合いをしているのか、堀井も砕けた調子で笑顔を浮かべながら言葉を交わしていた。
「……それで、どうなんです、博多の方は」
「なかなか厳しいね……黒川さんと高根さんだけでなく、中央のお偉いさんも纏めて人質に取られてる……あの人等に万が一の事が有れば、例え火発を奪還出来たとしても俺も陸の横山さんも海兵隊の小此木さんもクビは免れんな……下手すりゃ軍法会議だよ」
「何とか上手くいくと良いんですがね……突入は彼等が?」
 初っ端の砕けた調子は不意に鳴りを潜め、笑みを消した鋭い眼差しと硬い声音になる二人、そんな仲堀井が装備を次々と艦艇へと積み込んで行く面々の方を見れば、浅田は静かに頷いて見せる。
「ああ、陸と海兵隊からの選りすぐりの精鋭揃いだ、全員が教導隊に選抜されてる人間だよ……陸上での事は彼等に任せるしか無いが、俺達は海上から彼等の援護をしてやろう。それが海の男の務めってもんだ、なぁ」
「そうですね……先ずはうちの人間が連中を無事に岸迄送ってやりますよ、陸のモヤシ共は装備背負っての荒海での遠泳なんぞどだい無理でしょうから」
「そうだな、佐世保も優秀な人間が揃ってる、頼むよ」
「任せて下さい」
 二人の言葉はそこで途切れ、後は装備を積み込む急襲部隊とそれを手伝う佐世保基地の兵員の慌ただしい動きを黙ったまま見詰めていた。
 装備の積み込みが終わったのは到着から五分も経たない頃、後は自分達が乗り込むだけとなった急襲部隊二分隊が出発前の挨拶をと浅田と堀井の前に整列する。
「規定ですので目出し帽着用の非礼御容赦下さい。御協力感謝します、また、火発沖合迄とそこから先の岸壁迄の協力、宜しくお願い致します、敬礼!」
 秘匿性を保持する為に教導隊の人員はその氏名から階級に至る迄の一切を公開されていない。声は島津のものだが佐世保の人間である堀井が彼を知る筈も無く、誰だか知らんが頼むぞ、と堀井は返礼をし、その後に彼の上官である浅田が右手をこめかみへと掲げて見せる。
「以降艦内でも敬礼は省略、任務の遂行に全てを集中させろ」
「はっ!」
 言葉と共に下げられる浅田の右手、それに応えて教導隊も敬礼を解き、素早く踵を返して艦艇へと乗り込んで行く。
「……二人ばかり、随分と線の細いのがいましたね……女ですか?」
「さぁな……俺もそこ迄深く関わってるわけじゃないし、知ってたとしても口外は出来ん、分かるだろう?」
「は、それは……まぁ、男でも女でも、どっちでも良いから作戦を成功させて欲しいですね」
「ああ……連中ならやってくれるさ、そう信じよう」
「……そうですね」
 急襲部隊が乗り込んでから直ぐに係留用の太い鉄縄が係船柱から外され、艦艇は大きな水音を立てながら急速に離岸し夜の海へと消えて行く。
 地上での戦闘行動等何も知らない自分達、彼等を無事に陸に届けた後は沖合で、そしてこうして基地で成功と全員の無事を祈る事しか出来ない。
「……頼むぞ」
 堀井のその小さな呟きは、海鳴りの音に掻き消され隣にいた浅田の耳にも届く事は無かった。

「……何も見えないな、そして……揺れるな……酔いそうだ」
 博多沖迄戻るには北東へと向かう海流を捉まえてそれに乗れば早ければ一時間程、艦艇の乗員からそう聞かされたタカコは、潜水服を着た後は何をするでもなく真っ暗な海を見詰めていた。船首が海水を割って進む水音と低く響く原動機の音、それに人の気配や多少の物音が混じる中無言のままで暗闇へと視線を遣り続けていれば、不意に後ろから軽く後頭部を叩かれて振り返る。
「ぼーっとしてん……」
 打撃を加えた相手はいつもの如く敦賀、タカコと同じ様に装備の上に潜水服を着込み、後は帽子を被り服と接続し酸素ボンベを背負うだけとなった彼の、目出し帽から覗く双眸が僅かに見開かれたのに気付いて、タカコは逆に眉根を寄せた。
「……何」
「……いや……お前……凄まじく不格好だな……」
 沿岸警備隊の兵員の最も小柄な人間よりも更に小柄なタカコ、そのタカコに宛がわれた潜水服は最も小さいものだが彼女には大き過ぎ、着用不能という程ではないがあちこちが明らかにだぶついていて、まるで子供が大人の服を着ている様な按配になってしまっている。
「うるせぇ!!そういうお前こそ若干生地が引き攣れてるじゃねぇか!!」
「大声出すな馬鹿」
 敦賀はと言えばこちらは最も大きなものを支給されたものの、彼の大柄な体躯には少々きついという調子で、急拵えなのだから仕方の無い事ではあるものの、正規軍の特殊部隊としてはどちらも少々情けない風情にどちらからともなく溜息が漏れる。
「……ま、やるしかねぇな」
「……だな」
 不格好でも情けなくとも、ここ迄来た以上後戻りは出来ないしする気も無い、それっきり双方言葉は無く、並んで暗い夜の海を暫くの間見詰めていた。
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