大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第317章『上陸』

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第317章『上陸』

 上下に大きく揺れる船体、低く響く軋み、船体に当たって弾けた波の飛沫が時折身体に掛かるのを感じながら、タカコを始めとした部隊の面々は五百m程前方に見える火発の照明を見詰めていた。
 沖合に集結した沿岸警備隊の艦艇は十五隻、東シナ海と太平洋側にいた西方艦艇群の艦艇の相当数が招集され、少しずつ間合いを詰めながら火発の様子を海上から警戒している。その最中に陸上から威嚇砲撃を受け、これ以上は近付くなという警告か、そう判断が為されそれからずっとこの距離を維持している。そんな緊迫した中でタカコ達を乗せた艦艇が到着しこれから海中へと飛び込もうとしている中、艦長の吉岡が厳しい面持ちで面々の前へと現れた。
「敬礼は省略、そのままで話を聞け。今から君達はこの大荒れの日本海に飛び込み五百m泳いで陸地に辿り着いてもらうわけだが、夜間、荒れた海、低い水温、これだけ悪条件が揃う中での潜水は我々沿岸警備隊でも滅多にやらん、少しでも気を抜けば全滅の可能性も有るという事を忘れるな。我々が同じ様に潜水服を着て岸壁迄同行するが、君達は我々を気遣う必要は無い、陸のモヤシに心配される謂われは無い、心配されるのは君達の方だ。とにかく自分が岸壁迄辿り着く事だけを考えろ、装備は我々が運び上陸の時に渡す。陸の事は我々にはどうにも出来ん、この国難に対処出来るのは君達だけだ、我々はその後方支援に全力で当たらせてもらう、健闘を祈る、頼んだぞ!」
「はっ!!」
 訓辞の後はもう海へと飛び込むだけ、帽子を被り潜水服と接続し外部との完全な遮断を確認し酸素ボンベを背負い、それを潜水服と接続し内部への空気の供給を確認出来た者から艦長を始めとした艦艇の面々に敬礼をし、次々に暗く荒れた海へと飛び込んで行く。飛び込んだ先には既に準備を整えていた沿岸警備隊の潜水士達が防水布でがっちりと固められた荷物と待ち構えており、急襲部隊として編成された教導隊二分隊計二十三名はやがて全員が冷たく暗い海へと降り立った。
 全員が飛び込んだ事を確認した沿岸警備隊の潜水士が船上に向かって手を上げ確認の合図を送った後は全員がそのまま海中へと身を沈め、四、五mの深さ迄潜行し火発へと向かって泳ぎ始める。海上は波が大きくうねり、それに翻弄されて体力の消耗が激しくなる上に敵に発見され易くなる、海中であれば明かりを持っていなければ発見される危険性は格段に減る上に、海流はともかくとして波に身体を持って行かれる事は無いから、長距離を泳いでも消耗は幾分かマシになる、そう説明された。
 照明で進む先を照らす事は出来ない為、火発の強力な照明がぼんやりと届くとは言えほぼ真っ暗な海中を固まって泳ぎ、先導を務める潜水士が時折海面に顔を出し方向を確認し軌道を修正する。その繰り返しの為に一行の進みはひどく遅く、百mを泳ぐのに三十分程をかけながら、ゆっくりと、ゆっくりと火発へと向かって近付いて行った。
 そんな中、やはり消耗が激しかったのはタカコとマクギャレットの二人、鍛えているとは言っても女の身、肉体の持つ基礎的な力はやはり男を凌ぐどころか及ぶものですらなく、時折遅れそうになるのをその度に殿を務める潜水士に抱えられて押し戻され、足ひれを履いた足に力を込めて海水を蹴る。
 潜水服は防水がなされているものの、身体から出た汗がじっとり服を濡らし、やがてその水分を通して海水の冷たさが肌へと届き始める。強張る筋肉、動かし難くなる脚、このまま岸壁迄辿り着けるのか、教導隊がそんな事を考え始めた時、ふと周囲を満たす海水の温度が上がった、そんな気がした。何故、そう思った面々の前にやがて現れたのは火発の巨大な排水口。汽缶で熱せられた真水が蒸気となり原動機へと送られその回転機を回し、日本海から汲み上げられた海水で冷やされて再び液体へと戻る、その蒸気を冷やした後排水口から海へと戻される熱せられた海水の温かさが、一行を優しく迎え入れている事に気が付いた。
 荒れた海流と海面、低い水温のそこへ温かな流れが入り込み、温度差で流れは更に激しく複雑になる。それでも冷たいところよりは余程居心地が良く、暫くの間その海中で身体を休めた後は岸壁にぴったりと寄り添う様にして油槽船の方へと移動し、岸壁とは反対側の油槽船の側面へと張り付いて海上へと顔を出す。
 油槽船の乗組員も拘束されて陸上へと下ろされているのか、見上げる巨大な船体の何処にも明かりや人の気配は無い。
「侵入します、上から縄梯子を下ろしますから、それで直接船に上がって下さい」
 そう言ってやがて動き出したのはウォーレンとジュリアーニ、船体側面に沿って泳いで行きやがて姿を消した彼等の顔が上空から覗いたのは三十分程経ってから、内部は安全だと手信号でそう伝えた後に縄梯子が放られ、近くの者からそれを掴んで海面からゆっくりと上空へと上がって行く。
 最後に残ったのはタカコ、縄梯子の横に放られた縄に装備の包みを固定する沿岸警備隊の潜水士達へと
「有り難う、協力感謝する」
 と、帽子を脱ぎ去ってそう声を掛ければ、身体を数度強く叩かれ、
「しっかり頼むぞ、全てお前達に懸かってる」
 その言葉と共に、空いた手をがっしりと握られる。
「任せてくれ」
 強く握り返しながらそう答え、その後は視線を真っ直ぐに上へと向けて昇り始める。長時間脚を不慣れな動かし方をした所為で鈍く重く痛むが、今は休んでいる場合ではない、空はもう白み始め、もう少ししたら九州の大地の向こう側から太陽が顔を出す。そうなれば動く事は一切出来なくなる、少しでも早く甲板に上がり、船内に身を潜めなければ、タカコはそう考えつつ、縄を掴む手に力を込めた。
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