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第325章『立場と事情』
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第325章『立場と事情』
じっとりと濡れた自らの下半身、ズボンの布地が肌に張り付く感触が気持ち悪いなと思いつつ高根は小さく舌を打ち、周囲を取り囲む兵士達へとちらりと視線を遣った。
拘束されてからどれ位の時間が経ったのか、腕時計は取り上げられ部屋に窓は無く、時間の経過が全く分からない。便所に行かせてくれという要求がお偉方達から上がり始めたのはどれ位前だったか、それは結局
「……垂れ流せ、あっちの連中はそうしてる」
と、火発職員の集団を顎で指し示されてあっさりと却下され、それから程無くして我慢の限界を超えたのかあちこちに小さな水溜りが出来始めた。高根自身は特に便所へ行く事を要求する事も無く、限界だなと思った後は膀胱を締め付けている筋肉を弛緩させ放尿してしまう。出してしまった後の寒さと感触は嫌なものだが、小便を漏らしたのは小学校の時以来でも活骸との戦いで汚れるのには慣れているので大きな抵抗は感じなかった。
「……大丈夫ですか、副長」
「……ああ、この歳になってまさか漏らす羽目になるとは思わなかったが……まぁ、しょうがないな。しかし、君は随分と開き直ってるな、出す時も躊躇していなかっただろう」
「自分等海兵隊は対馬区への出撃と活骸を斬る時に、汚れる事には慣れてますからね。初めての出撃で恐怖で漏らす奴もいますし、活骸の体液を浴びるのは毎回です。後は……仲間の遺体を集める時にも」
「……そうだな……しかし、総司令に迄伸し上がった君も抵抗は無いのか?」
「偉くなったとは言っても、自分も少佐に昇進する迄は現場の人間でしたしね。それに、出撃の時には自分も毎回対馬区に出てますから」
「頼もしいな……しかし、この事はお互いに内密にしておかないか」
「そうですね、沽券に関わります」
「……息子にも内密に頼むよ」
「了解です」
僅かにおどけてみせた調子の副長の言葉、高根はそれに小さく笑って首肯し、ゆっくりと視線を天井へと向けた。
黒川が指揮官然とした男に連行されてからもう二時間程になる。要求が出され時限が設けられた事は、拘束されてから暫くして聞かされた。それ迄は自分達は大事な人質なのだろうから、抵抗さえしなければそう易々と傷つけられたりする事は無いだろうが、それでも彼だけが拘束されて連行されて行った理由は皆目見当がつかず、高根の心に何とも言えない焦燥感を生み出している。
あの男と黒川の間には何らかの関わりが有る、それを黒川の口から聞く前に彼が連行されてしまい何も聞けないままだが、穏やかな間柄でない事だけは確かだろう。何とも言い表し様の無い不気味さを感じさせたあの男の穏やかな笑みと言葉、そして、その男を愕然とした面持ちで見ていた黒川。何かが有るのは明白だがそれが分からない。
一体自分の知らないところで何が起きているのか、黒川が自分へと積極的に話を持って来なかったのであれば、陸軍内の事か、それかタカコが絡んでいる事だろう。彼女に配慮をするのは想いを寄せる男としては当然なのだろうが、それでもきな臭い事案が絡んでいるともなればそこは意識を切り替えて直ぐに教えて欲しかったと思わずにはいられない。
この点だけは黒川は立場も目的も見失いつつあるなと思う他は無く、タカコ達ワシントン勢を中心とした救出部隊に救出され解放された後は、この事について配慮も何も無しに話をするしか無い、そう思い至り小さく溜息を吐く。
彼が愛情と執着からタカコをこの大和に留め置こうと試行錯誤を続けている、それについては何も言うつもりは無い、それは寧ろ自分の企みにとっても好都合な事だ。しかし、それで情報の共有が阻害されるとなれば話は別だ。タカコが浜口に刺されて生死の境を彷徨った時、その事実そのものを彼から隠蔽しようとしていた自分が言えた事ではないのは確かだが、それでも極めて重要と思われる事について彼から何も知らされていないのは、痛いとしか言い様が無い。
尤も、自分もあの男を写真だけとは言え見た事が有った、それを黒川どころか敦賀にすら言わずに胸の内に留めておいたのは確かで、どうにもタカコや彼女の部下達の抱える事情に配慮し過ぎていた様だと、黒川に続いて自らをも戒めた。
お互いに色々と事情や思惑が有って下手を打ったらしい、ここから挽回は出来るのかと一抹の不安を感じずにはいられないが、それでも出来る事をやるしか無い。
そこ迄考えてふと思い出すのは凛の事、昨日の朝はいつも通りに彼女に口付け、そして随分と大きくなった腹に頬擦りをして中の我が子達へと話し掛けて家を出た。自分の人生に不要とすら思っていた優しさと愛しさ、手にした今となっては失う事はもう考えられず考えたくもない。恐らくは小此木から連絡が行き事情は知らされているだろうが、心細い思いをしているだろう。芯の強い彼女の事だから人前では泣きはしていないだろうが、一人になった時にはきっと泣いているに違い無い。早く帰って無事な姿を見せて安心させてやりたい、そして、緊張の糸が切れて泣き出すだろう彼女を抱き締め、宥めてやりたい。
しかし、それも先ずは救出部隊の襲撃が無事に終わらなければどうにもならない。自分達人質は力量的にも動かずに大人しくしているしか無く、きっともう敷地内には侵入しているであろうタカコ達の部隊へと思いを馳せ、頼むぞ、と、高根は小さく呟いた。
「……臭いな」
「……みっともないな……他にばれなきゃ良いけど」
「なぁに、そこい等はうちの人間が上手くやりますよ。幸いな事に真隣がうちの、海兵隊の基地です。救出されたら先ずはそっちに運んでもらって、シャワーを浴びて着替えてから移動しましょうや」
日没迄、後数時間。
じっとりと濡れた自らの下半身、ズボンの布地が肌に張り付く感触が気持ち悪いなと思いつつ高根は小さく舌を打ち、周囲を取り囲む兵士達へとちらりと視線を遣った。
拘束されてからどれ位の時間が経ったのか、腕時計は取り上げられ部屋に窓は無く、時間の経過が全く分からない。便所に行かせてくれという要求がお偉方達から上がり始めたのはどれ位前だったか、それは結局
「……垂れ流せ、あっちの連中はそうしてる」
と、火発職員の集団を顎で指し示されてあっさりと却下され、それから程無くして我慢の限界を超えたのかあちこちに小さな水溜りが出来始めた。高根自身は特に便所へ行く事を要求する事も無く、限界だなと思った後は膀胱を締め付けている筋肉を弛緩させ放尿してしまう。出してしまった後の寒さと感触は嫌なものだが、小便を漏らしたのは小学校の時以来でも活骸との戦いで汚れるのには慣れているので大きな抵抗は感じなかった。
「……大丈夫ですか、副長」
「……ああ、この歳になってまさか漏らす羽目になるとは思わなかったが……まぁ、しょうがないな。しかし、君は随分と開き直ってるな、出す時も躊躇していなかっただろう」
「自分等海兵隊は対馬区への出撃と活骸を斬る時に、汚れる事には慣れてますからね。初めての出撃で恐怖で漏らす奴もいますし、活骸の体液を浴びるのは毎回です。後は……仲間の遺体を集める時にも」
「……そうだな……しかし、総司令に迄伸し上がった君も抵抗は無いのか?」
「偉くなったとは言っても、自分も少佐に昇進する迄は現場の人間でしたしね。それに、出撃の時には自分も毎回対馬区に出てますから」
「頼もしいな……しかし、この事はお互いに内密にしておかないか」
「そうですね、沽券に関わります」
「……息子にも内密に頼むよ」
「了解です」
僅かにおどけてみせた調子の副長の言葉、高根はそれに小さく笑って首肯し、ゆっくりと視線を天井へと向けた。
黒川が指揮官然とした男に連行されてからもう二時間程になる。要求が出され時限が設けられた事は、拘束されてから暫くして聞かされた。それ迄は自分達は大事な人質なのだろうから、抵抗さえしなければそう易々と傷つけられたりする事は無いだろうが、それでも彼だけが拘束されて連行されて行った理由は皆目見当がつかず、高根の心に何とも言えない焦燥感を生み出している。
あの男と黒川の間には何らかの関わりが有る、それを黒川の口から聞く前に彼が連行されてしまい何も聞けないままだが、穏やかな間柄でない事だけは確かだろう。何とも言い表し様の無い不気味さを感じさせたあの男の穏やかな笑みと言葉、そして、その男を愕然とした面持ちで見ていた黒川。何かが有るのは明白だがそれが分からない。
一体自分の知らないところで何が起きているのか、黒川が自分へと積極的に話を持って来なかったのであれば、陸軍内の事か、それかタカコが絡んでいる事だろう。彼女に配慮をするのは想いを寄せる男としては当然なのだろうが、それでもきな臭い事案が絡んでいるともなればそこは意識を切り替えて直ぐに教えて欲しかったと思わずにはいられない。
この点だけは黒川は立場も目的も見失いつつあるなと思う他は無く、タカコ達ワシントン勢を中心とした救出部隊に救出され解放された後は、この事について配慮も何も無しに話をするしか無い、そう思い至り小さく溜息を吐く。
彼が愛情と執着からタカコをこの大和に留め置こうと試行錯誤を続けている、それについては何も言うつもりは無い、それは寧ろ自分の企みにとっても好都合な事だ。しかし、それで情報の共有が阻害されるとなれば話は別だ。タカコが浜口に刺されて生死の境を彷徨った時、その事実そのものを彼から隠蔽しようとしていた自分が言えた事ではないのは確かだが、それでも極めて重要と思われる事について彼から何も知らされていないのは、痛いとしか言い様が無い。
尤も、自分もあの男を写真だけとは言え見た事が有った、それを黒川どころか敦賀にすら言わずに胸の内に留めておいたのは確かで、どうにもタカコや彼女の部下達の抱える事情に配慮し過ぎていた様だと、黒川に続いて自らをも戒めた。
お互いに色々と事情や思惑が有って下手を打ったらしい、ここから挽回は出来るのかと一抹の不安を感じずにはいられないが、それでも出来る事をやるしか無い。
そこ迄考えてふと思い出すのは凛の事、昨日の朝はいつも通りに彼女に口付け、そして随分と大きくなった腹に頬擦りをして中の我が子達へと話し掛けて家を出た。自分の人生に不要とすら思っていた優しさと愛しさ、手にした今となっては失う事はもう考えられず考えたくもない。恐らくは小此木から連絡が行き事情は知らされているだろうが、心細い思いをしているだろう。芯の強い彼女の事だから人前では泣きはしていないだろうが、一人になった時にはきっと泣いているに違い無い。早く帰って無事な姿を見せて安心させてやりたい、そして、緊張の糸が切れて泣き出すだろう彼女を抱き締め、宥めてやりたい。
しかし、それも先ずは救出部隊の襲撃が無事に終わらなければどうにもならない。自分達人質は力量的にも動かずに大人しくしているしか無く、きっともう敷地内には侵入しているであろうタカコ達の部隊へと思いを馳せ、頼むぞ、と、高根は小さく呟いた。
「……臭いな」
「……みっともないな……他にばれなきゃ良いけど」
「なぁに、そこい等はうちの人間が上手くやりますよ。幸いな事に真隣がうちの、海兵隊の基地です。救出されたら先ずはそっちに運んでもらって、シャワーを浴びて着替えてから移動しましょうや」
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