大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第337章『終結』

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第337章『終結』

『……我が子を奪い仲間を奪い夫を奪い……今度はこいつ迄私から奪うのか!!殺してやる!殺してやる!!私がこの手で!!』

 敦賀には理解出来ない言葉、それでも彼女の凄まじい怒りだけは伝わって来る。その彼女が両手で銃を持ち銃口をヨシユキへと向け引き金に指を掛けた瞬間、僅かに早くヨシユキの銃口が噴射音を立て、直後タカコの側腹部が細長く弾け飛び彼女の身体は音を立ててその場に崩れ落ちる。
「タカコ!」
「おい!タカコ!!」
 今迄タカコに制止され様子を窺っていたドレイクが一瞬だけ振り返り、敦賀もタカコの様子を気にしつつも腰から抜いた銃をヨシユキへと向け、引き金を引き絞ろうと指を掛けた。
「――!待て!動くな!!」
それを制止したのはヨシユキへと向き直ったドレイクの声、一体何を、相手は一人こちらは二人、どちらかが被弾しても確実に殺れると思い無視をしようとした敦賀の耳に、目に、絶望的な状況が飛び込んで来る。
 二階層をぶち抜いた造りになっており天井の高い室内、丁度その半分程の高さの壁には室内を一周する形で壁に柵付きの通路が作られており、取り囲む様にしてそこに姿を現した目出し帽を被り陸軍の戦闘服に身を包んだ十人程の男達。全員が銃を構え、その全てが自分達に狙いを付けている。ぐるっと取り囲んではいても上からの狙撃、角度が付いているから同士討ちの心配は無い、少しでも動けば全方位から銃弾が撃ち込まれるであろう事は敦賀にも理解出来た。
「俺が何も準備せずに姿を現すと思うか?ドレイク、お前の行為は明確な裏切りで、本来なら現場指揮官判断で殺すところだが今殺したんじゃ面白くない、今回は全員見逃してやろう。敦賀上級曹長、黒川少将、君達もだ」
 そう言って再び薄く笑う男、一歩、また一歩と後退り遠ざかって行く。
「上級曹長、少将、彼女がどちらを選ぶとしても君達は彼女との愛を深めるが良い……それが最高に達した時、最も効果的な方法でそれを彼女から奪ってあげよう、精々足掻くが良い、実に楽しみだ。ああ、それと彼女に伝えておけ、子曰く、――愛民可煩也――、部下を、兵をあまり愛するなと……それがお前の最大の欠点だと、何度も言わせるなとな……それじゃ」
 やがて扉の向こう側に消えて行った身体、周囲にいた男達もそれに合わせて音も無く姿を消す。追おうとは誰も言わなかった、態勢を整えない追走が死しか生まない事は全員がよく分かっていたから。
「とにかく……今はタカコと黒川総監の手当を……急ごう」
絞り出す様なドレイクの声音、それに弾かれる様にして敦賀も動き出す。何がどうなっているのか全く分からない。一体これからどうなるのか、底知れない不気味さを感じつつ、敦賀は銃の自らの腰へと差し込んだ。
「おい、龍興、移動するぞ、立てるか?」
「……無理、足の腱やられた……縦にナイフ入れられたみてぇでよ……断裂しちゃいねぇが立てねぇ……」
「……背負ってやる、手は離すなよ」
「……悪ぃな……」
 いつ敵が戻って来るかも分からないという状況の中、いつ迄もこの場に留まっている事は得策ではないと中央制御室へと移動を開始する事にしたものの、手酷く痛めつけられた黒川は自力では立てず、その彼を敦賀が背負って立ち上がれば、その横では腰の袋から取り出した手拭いでタカコの腹の傷を縛り上げたドレイクが、彼女を抱き抱えて立ち上がる。
「取り敢えず、早く中央制御室にいる本隊に合流するぞ兄弟、俺じゃ満足な応急処置も出来ん」
「……ああ、分かってる……行くぞ」
 二言三言手短に言葉を交わして歩き出す二人、意識を失ってはいなかったのかそれとも途中で目を覚ましたのかドレイクの腕の中のタカコが顔を歪めて身を捩り何かを言い掛けるが、
「じっとしてろブラザー、『奴』はもう消えた。今はさっとと合流してここを解放して、その後は傷の手当だ」
 ドレイクがそう言ってタカコの頭を撫で、横を歩いていた敦賀と彼に背負われていた黒川も同じ様に手を伸ばし、ぼさぼさになった髪へと指先をそっと触れさせた。そうして警戒しつつ中央制御室へと入れば、黒川が生きている事を喜ぶ声や彼とタカコの負傷に気が付いて応急処置を求める声が上がり、ジュリアーニとマクギャレットが駆け寄って来て手早く服を脱がせて処置へと取り掛かる。
「外部との連絡はどうなってる!」
「柵の向こう側はもう態勢が整ってる!こっちの準備が整えばいつでも出られるぞ!!」
 あちこちから声が飛び交う中、タカコの脇に膝を突き手当てを手伝っていた敦賀の視線に高根の姿が入る。自分に向かって口元が何か動いたなと顔を上げてそちらを見れば、視線と口元だけで
『タカコノカオ』
 と、そう言っているのが読み取れた。次に視界に入ったのは高根の横にいる自らの父の姿、彼もまたこちらへと、正確にはタカコへと視線を向けており、その時点で漸くタカコが目出し帽を脱ぎ素顔を晒してしまっている事に気が付いたものの、今更どうする事も出来ずに何事も無かったかの様に視線をタカコへと戻す。せめてこれ以上注目される事の無い様にと手当てを手伝いながら父とタカコの間に割って入る形で姿を隠しはしたものの、少々拙い事になったかも知れない、それだけははっきりと感じ取り敦賀は小さく舌打ちをする。
 本来であればこんな現場に投入される筈の無い、経験の浅い女性海兵。それが何故、という事は父が中央の人間で現場には縁遠いとは言っても、否、寧ろだからこそ疑問に思う筈だ。事態が事態だったのだから特例中の特例で、指揮所の横山と小此木も万が一問われたとすればそう答えはするだろうが、それで納得してくれれば良いのだが、そんな事を考えつつ包帯をきつく締め上げれば、丁度そこに動線確保の連絡が入って来る。
「移動を開始するぞ!!重傷者から先に搬出する!全員指示に従って下さい!!」
 飛び込んで来た島津が状況を判断して咄嗟に小隊長の任を代行し、指揮官然として振る舞いこの場を統率し始める。これで多少なりとも疑惑の目が逸れれば良い、敦賀はそう胸中で呟きタカコを抱き抱えて立ち上がり、扉へと向かってゆっくりと歩き始めた。
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