大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第342章『同盟、そして、友情』

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第342章『同盟、そして、友情』

「……本当に、申し訳無い」
 タカコのその締めの言葉と深く下げられた頭、まだ脇腹の傷も痛むだろうに微動だにしないその姿を見て、三人共、長い事身動ぎ一つ出来なかった、呼吸すら出来なくなった気がした。
 彼女は、これで恐らくは抱え込んでいた秘密も闇も、全て吐き出したのだろう。手札を全て曝け出し切った状態、手札はもう一枚も残っていないに違い無い。
 事実だけを見れば、確かにタカコの存在によってあのヨシユキという男もこの大和に呼び寄せる結果となってしまった事は確かだが、それでもその責や咎が彼女に在るわけではない。彼女は命令に従い任務としてこの国に赴き、責務と成り行きで締結された仮初めの同盟に何処迄も忠実であろうとした、それだけだ。それなのにその事に関して今迄一度たりとも申し開きの一つすらして見せる事は無く、自分は悪くないのだ、そう主張する事も無かった。任務を否定する気は無いのだろうが、それでも立場の違う大和軍、そして大和人にその事に対しての理解を強要するどころか積極的に求める事も無く、意見が決裂すれば残念だが袂を分かつだけだ、そう言うに留まって来た。
 不器用で、実直で、只管に真摯で、清廉という言葉がぴったりのタカコの振る舞い、そんな彼女を自分達はもう三年近くもの間見続けて来たのだ。彼女の人柄はもう十二分に理解している、今更彼女に別の思惑が有るとは微塵も思わないし、ヨシユキとの因縁を今迄言えなかった、言いたくなかったのは、過去の経緯と、そして彼女とヨシユキとの関係性を考えれば無理も無い事だろう、誰も、少なくともこの場の三人は咎め立てよう等とは欠片も思っていない。
 それでもこうして全てを投げ打つ形で告白してくれたのは、偏にタカコの真摯な性分からの事。よくよく不器用な奴だ、敦賀を不器用だ朴念仁だと言う割には本人も大概だな、高根はそんな事を考えつつ笑って立ちあがり、一歩、彼女の前に進み出る。
「自分の罪悪感を軽減する為に俺達に赦しを求めるな、そんなに悪いと思ってるのなら一人で勝手に罪悪感に苛まれてろ、俺達はお前の罪滅ぼしの道具じゃねぇよ」
 以前昏睡から目を覚ましたタカコに高根が謝罪した時に彼女から向けられた言葉、それを思い出しながら口にすれば、下げられたままのタカコの頭が弾かれる様にして上がり、驚いた様な眼差しが高根へと向けられる。
「……だっけか?ここでお前が目を覚ました時、お前が俺に言った言葉。あの時の自分の気持ち思い出してみろ。お前は、俺等が悪いと思ってたか?恨みに思ってたか?そうじゃねぇってのなら、俺も敦賀も龍興も、あの時のお前と同じだ。誰もお前を悪いとは思ってねぇし恨んでもいねぇよ」
「……で、も」
「でももだっても無ぇ、お前と同盟を締結したのは俺だ、大和海兵隊の当代の総司令だ。その俺がそう言ってるんだから海兵隊最先任の敦賀がそれに逆らう筈は無ぇし、協調関係に在る陸軍西部方面旅団総監の龍興も俺と同意見だよ、なぁ?」
「……ああ、総司令」
「何か美味しいところごっそり持って行かれてる気がして釈然としないんだが……まぁ、そうだな」
 いつもの様に鷹揚に言って見せ、その後に敦賀と黒川の方を向いて笑いながら尋ねる高根、問われた二人は『今更何を言っているのか』とでも言いた気な面持ちで若干呆れた様に言葉を返し、そして三人で揃ってタカコの方へと向き直る。
「……そりゃまぁ、お前の義理の兄貴がそれだけやばい奴でこの国に関わって来ちまってるってのは多少は驚いたけどよ、でもそれは結果としてそうなっただけの事であって、お前の所為じゃ決してねぇだろうが。何でも自分一人で抱え込もうとするな、そんな小さいナリと細い腕で抱えられるもんなんて高が知れてるだろうがよ、ばーか。そういう時はな、周りの奴を巻き込んで一緒に持てば良いんだよ、何の為に俺等がいるんだ……同盟相手の前にもうダチだろうが、俺達は」
 高根のその言葉と共にタカコの頭に乗せられる彼の右の掌、太刀を握るだけあって体格よりもやや大きめの手がぐしゃぐしゃとタカコの髪を乱暴に撫で回す。高根のその何とも気持ちの良い振る舞いと、そして、その後ろからタカコへと向けられる敦賀と黒川の優しい眼差し、それを受け止めたタカコが堪え切れずに涙を溢れさせれば、それを見た高根の動きが、ぴたり、と停止する。
「……うわ、こいつの涙初めて見た!おい敦賀!龍興!!これはアレか、信じても良い涙なのか!?お前等なら何回もこいつの泣き顔見た事有るんだろ、どうなんだよ!?」
 以前高根の執務室で黒川が言っていたタカコの嘘泣きの話、それを覚えていた高根が驚きつつも笑いながら問い掛ければ、二人は
「まぁ、良いんじゃねぇのか?」
「だなぁ、俺から見てもそれは本気泣き」
 と半ば呆れを含んだ声音で言葉を返し、高根はそれを聞くと妙にきらきらした眼差しでタカコの方へと向き直る。
「……俺さぁ……凛と、嫁と知り合ってからはっきり自覚したんだけどさぁ、こう、なんつーの?庇護心擽られる様な女に弱い性癖らしいんだよな……やだ、何これ可愛い……」
 その言葉とわきわきと動く彼の両手の十指に、出ていた涙も引っ込んで飛び退ったのはタカコ、聞き捨てならんと立ちあがったのは敦賀、気持ちは敦賀と同じく、しかし負傷の為起き上がれず顔だけを上げたのは黒川。
「ばっ……ふざっけんな!私は自分が独り身の時に独り身の男を複数相手にするのは許容範囲だがな、不倫をする趣味は無ぇぞ近寄るな!!」
「おい馬鹿女!それはそれで問題発言だろうが!!それより真吾!!妻帯者が出て来るんじゃねぇ引っ込んでろ!!」
「真吾!おめぇあんな可愛い嫁さん泣かせるつもりか!!つーかその手止めろ!いやらしいんだよおめぇがやると!!」
 周囲のそんな怒声にも構わずタカコににじり寄る高根、じりじりと扉の方へと後退りやがて踵を返し走り出そうとしたタカコにうしろから難無く追い付き、彼女の首に腕を掛けて抱き寄せ、耳朶へと口を寄せて何事かを囁いた。
「おい!真吾!!てめぇ本気でブチこ――」
「敦賀、ちょっと来い、タカコが龍興の秘密教えてくれるってよ」
 こめかみに青筋を立てて拳を握りしめ更に声を張り上げた敦賀に、不意に顔を上げた高根が声を掛け、それに勢いを挫かれた敦賀に向かい高根が更に言葉を投げ掛ける。
「ほら、さっきここ入って来た時に龍興が言ってた『男としての名誉』ってやつ、教えてくれるってよ」
「ちょ!真吾待て!!いやタカコが待て!!絶対に話すなよ!!」
「……そりゃ確かに面白そうだな……取り敢えず離れろ、気分が悪ぃ。龍興は黙ってろ、うるせぇ」
「待て!!待って!!」
 話される事の内容の見当がついてしまった黒川が必死で制止するものの、それに従う者は誰もおらず、彼の悲痛な叫びも虚しく三人は壁際で固まってコソコソと話し出す。場を和ませようという高根の機転かそれとも生来の気質によるものなのか、何れにせよ、どう捉えても重くなりかねなかった話題と空気は彼の動きによって有耶無耶になり、何処かへと流されて行った。
 その後、タカコが話した内容により、彼女が黒川だけでなく高根と敦賀の二人からも口を揃えて
『お前は男の敵だ』
 と、そう断言されたのは、また別の話。
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