大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第343章『課業明け』

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第343章『課業明け』

 火発占拠から一ヶ月が過ぎた九州は福岡博多、その歓楽街である中洲の一角の飲み屋の個室、時刻は夜。
「まぁ……あれだ、元気出せよ」
「そう簡単に言わないで下さいよ……」
 隣り合って呑んでいるのはドレイクとカタギリ、カタギリの横にはキムが座り、困った様に笑いながらドレイクと同じ様にしてカタギリを宥め、三人の向かいには鳥栖曝露で合流して来たタカコの部下三人が座り夫々思い思いの物を口にしている。
 ドレイクを除く五名の上官であるタカコは今晩は当直の為にこの場にはおらず、その代わりというわけでもないのだがドレイクが空いた席に収まっている格好だ。元々本国にいた時分から定期的に部下達だけで集まり、タカコに対しての愚痴を零し合ったり今後の事やタカコの世話や警護の事等を話し合って来た。タカコもまたそれに対して何も言う事は無く、寧ろ部下達だけの時間をきちんと確保してやれずに済まないなと、そう言いながら呑み代として纏まった金額を他には何も言わずに渡して来る程で、大和に来てからは初めてだが、本国では月に一回程の頻度で持たれていたこの集まりは、タカコの部下達にとって色々な意味で重要な意味を持つものだった。
「って言うか……何で大尉が同席してるんですか……この場の話は俺達だけの間で収めるのが昔からの約束事なんですよ、ボスに話されたりしたらたまんないんですけど」
「馬鹿、俺は別にあいつの飼い犬でも何でもないぞ、高根総司令やら小此木副司令やらツルガがお前等と一緒なら外出しても構わないって言うから、基地の外の空気吸って酒も飲みたくなったからついて来ただけだ。別に何話そうがあいつには話さないよ、兵隊同士の……何だっけ、あー、そう!ジンギってやつ位俺にも分かってるって」
「……なら良いですけど」
 面白くなさそうにそう言ってコップの中身を飲み干すカタギリ、それを見ていたジュリアーニが猛特訓の末に最近漸く使い方を習得した箸を箸置きの上に置いて口を開いた。
「馬鹿だよねー、ケインも。そりゃさ、気持ちの問題だから言ってどうこうなるものじゃないのは俺だって分かってるけどさ、何度も言ったじゃん、ボスを女として見ててもボスはケインを男としては見ないし、タカユキって相手もいるし、そもそもそう簡単に制御出来る相手じゃないよって」
「黙れよ!と言うかな、何で全員揃ってるこの場で言いだすんだよ!!」
「えー、そりゃ、ケインとジャスがそんな話してるからでしょ、ねぇ」
「少佐……俺迄纏めるのは止めて下さいよ、ケインが愚痴言ってるから付き合ってただけですからね、俺は」
 実質半民の形態を採っている上に、司令官であるタカコの意向を受け、部隊内では互いの階級に拘らない付き合いが成り立っている部下達とは違い、ドレイクはあくまでも部外者、階級が一つ上のジュリアーニに対してはそれなりに畏まった態度をとり、巻き添えは勘弁してくれと笑いながら箸で厚焼き卵を突き刺して口に運ぶ。
 今回は特に火急の案件は無く、マクギャレットが太宰府駐屯地から陸軍の用件で博多駐屯地へと出向いて来て偶々全員が博多に揃った。それを見たタカコに
「大和軍の方もまだ暫くは演習も無いから皆で呑みに行って来たらどうだ?偶には息抜きして魂の洗濯でもして来い、いつも苦労かけて悪いな」
 と金を渡され、それならばと課業明けを待って全員で中洲へと繰り出したという事も有り、話題と言えば夫々の極々個人的な事ばかり。中でもカタギリのタカコに対してのなかなかに屈折した想いは、タカコ本人は別として近しい者ならばほぼ全員が知っている所為か、格好の酒の肴になっている状態だ。
「いや……いやいやいや、待てよ。マリオ、お前だって俺の事言えんだろうが」
「えー、俺?何でさ?」
「お前がボスに惚れてるって話だよ!」
「あー、惚れてるって言うか……まぁ、確かにそうなのかも知れないけど、俺の本望はボスをこの手で殺す事だからねぇ。だから、俺が殺す前に他の奴に殺されちゃたまんないからボスを守ってるの。布団に入ると考えるのはいつもその事だよねぇ……どういう状況でどういう殺し方にするのが一番気持ち良いかなぁってさぁ」
 ジュリアーニの、控えめに言ったとしても少々異常なこの性癖、こちらもまた近しい者であれば誰でも知っている事であり、その対象がタカコである事もまた同様だ。そういった按配なので若干うっとりとした表情のジュリアーニが突然口にした物騒な内容についても誰も驚く事は無く、
「……また始まりましたか、ジュリアーニ少佐のいつものビョーキが……」
「見慣れれば何という事も無い、慣れだな、慣れ」
「いや、ウォーレン少佐は落ち着き過ぎです」
「……はぁ……もうやだこの部隊……おい、アリサ、ヴィンス、お前等は気にならないのかアレ」
「……別に、見飽きた。そろそろ別の芸が欲しい位」
「俺もまぁ……見飽きたな」
 と、そんな代わり映えのしない会話が、恍惚としている本人を無視して繰り広げられるのみ。
 その空気が変わったのは、一行が個室に入り三時間程も経ってから。体質的にアルコールをあまり受け付けないマクキャレット以外はそれなりに酒も進み、日頃の疲れも有ってかややぐってりとし始めていた中、その中でも比較的酔いの浅かったウォーレンが酔い覚ましの緑冷茶を一気に飲み干して静かに口を開いた。
「……そろそろ基地に戻る時間だ、意見の統一を確認しておこう」
 この集まりでそんな話題が出るとすればタカコの事についてのみ、最後の最後に漸く本題かと全員の視線に鋭さが戻り姿勢を正す中、それを見渡したウォーレンが普段通りの落ち着いた声音で言葉を続ける。
「もう直ぐ……後一ヶ月程で我々に与えられた期限が切れる、そうなった後の話だ。その際に万が一マスターがこの国に残るという選択をした場合、我々は誰もその決定には異を唱えない、マスターの御意志を尊重する、それは良いな?」
 その言葉に返される声は無く、沈黙は了承ととったウォーレンは先を続ける。
「万が一そうなった場合、本国に残して来ている残りの人員はどうするのか、部隊はどの様な形にするのか、それも全てマスターの御意向次第だ。我々の誰も、それに異論を差し挟む事が有ってはならない。その上で、自分の処遇についてのみ、本意と違うものになったら意見する、それも良いな?我々にはもう本国に果たす義理も誓う忠誠も無い、マスターの御傍が良ければその旨を伝えれば良い、恐らく無碍にはしないだろう。尤も、マスターの気性から考えれば、個人的な感情を優先させて任務を放棄する事は絶対に無い、帰国を選択される筈だ……その時に大和側が障害となるならば、我々はそれを全力で排除する……良いな?」
「了解」
「了解」
「了解」
「了解」
 夫々から短く上がる肯定の言葉、『手駒』や『飼い犬』や『猟犬』、そんな言葉よりももっと強く頑なな意思。まるで神の前に跪く――、そう、これは最早『信仰』であり彼等は『信者』なのだ、彼等の様子を黙って見ていたドレイクはふとそんな事を考え、そして、手にしていたコップの中に残っていた焼酎を一気に飲み干した。
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