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第349章『営外』
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第349章『営外』
商店が集まった日中人通りの多い区画へと出た後は、先ずはタカコの服をと服屋へと入り、シャツを一枚と下着を上下一揃い購入し、その後は雑貨屋で敦賀の髭剃りの替え刃を購入した。この後は何処に行こうか、茶でも飲んで一休みするかと言いながら揃って店を出れば、大きな腹を抱えて買い物袋を持った凛と出くわした。
「あ、凛ちゃん!」
「あ、多佳子さん、敦賀さん。お久し振りです」
「久し振りじゃないよ!いや、久し振りはそうなんだけど、妊婦さんが何やってんの!荷物貸して、持つから!」
「これ位平気ですよ、少しは動かないと逆に――」
「良いから!敦賀、持て!」
いつもの柔らかな笑顔を浮かべて頭を下げる凛、タカコはその彼女に血相を変えて走り寄り、彼女が手にしていた荷物を取るとそれを敦賀へと手渡す。凛にしてみれば過保護過ぎる高根の所為で買い物位しか運動する事も無いから、出来れば邪魔はしないで欲しいと思わないでもないのだが、高根と似た様な性癖と言うか感覚を持っているタカコとしては、そんな事は知った事ではなく、そもそも妊婦に重い物を持たせる等有り得ないと考えているから、凛から全ての荷物を奪ってしまい、
「もう帰るんでしょ、家迄送るから」
と、そう言って凛を促し歩き出す。
「有り難う御座いました、でも、あんまり心配して頂かなくても大丈夫ですよ?真吾さんが過保護過ぎて運動不足な位ですから。それはそれでお産が大変らしいですし、無理の無い範囲でやってますから」
「そうかも知れないけど、妊婦さんが重い物持ってるのみたら手助けしちやうでしょ、やっぱり。それじゃ、またね」
「はい、有り難う御座いました」
上がってお茶でもという凛の申し出を固辞したのは敦賀、タカコもそれに異を唱える事は無く荷物を渡した後は玄関先で別れ、二人は再び中洲の方向へと向かって歩き出す。その二人の歩みが止まったのは中洲へと戻ってから暫くしての事、不動産屋の前で突然敦賀が立ち止まり、手を繋いでいたタカコも先へは進めずにその場へと立ち止まる。
「敦賀?どうしたんだ?」
「……いや、基地の近くに良い物件が無いかと思ってな」
「物件?何でまた、営外に出るつもりなのか?」
「お前と飯食うのもお前を抱くのも、何するにもいちいち営外に出ないといけねぇだろうが、今のままだと」
「……え」
「掃除と洗濯はギッチリ仕込まれてるから問題は無ぇし、料理はまぁ……追々覚えれば良いか。何にしろ二人いれば分担でどうにかなるだろ」
「……あの、それって」
「どうかしたか、阿呆面が更に間抜けな事になってるが」
敦賀が言わんとしている事はタカコにも薄らと分かる。しかし自分には何の相談も無く勝手に話を勧めている事に唖然とし、漸く形となって出た言葉は少々間の抜けたものだった。
「いや……お前が一人で営外に出て、私がそこに通うんじゃ駄目なのか」
「却下だそんなもん、俺が出るのならお前も一緒だ。お前は俺の傍にいるって言ったんだ、お前がそう言うんなら俺はもうお前を手放す気は欠片も無ぇ。二人して営外に出て、一緒に暮らすんだよ。これからはお俺の家がお前の家だ。何だ、お前、その程度の覚悟も無くて俺の傍にいるって言ったのか?」
余りにも真っ直ぐな敦賀の言葉、タカコはそれに押し黙り、どう言葉を続けたら良いものかと下を向く。敦賀の方も一気に言い過ぎたと思ったのかそれ以上は何かを言う事も無く、唯、
「……もう行くぞ、茶でも飲むか」
と、それだけを言ってタカコの手を引いて商店街の方へと向かって歩き出す。
その後は喫茶店で休憩した後は再び細々とした買い物を続け、早めに夕飯を済ませて連れ込み宿の部屋に入ったのは随分と早い時間。タカコがソファに腰を下ろせば敦賀もその隣に続き、外で買って来た焼酎の炭酸割りの缶を開けてそれを一口啜り、タカコも同じ様に口を付けたのを横目で見ると、少しばかり考え込んだ後静かに話し出した。
「……昼間言った事だがな、俺はあれを譲る気は無ぇ、お前を連れて営外に出る」
「……いや、それは分かったし反対もしないんだが……そうじゃなくて、さ」
「お前が何を言いたいのかは分かってる。千日目が来たら俺達と離れて本国に戻る、以前そう言ってたのは覚えてるし、その考えが変わったわけでもねぇんだろうから、あの時の言葉通りにする気なんだろうよ」
敦賀のその言葉にタカコは僅かに双眸を見開き、
「……覚えてたのか……ああ、そうするつもりだ」
それだけ言って再び缶に口を付け、ぐい、と、煽り、それからまた言葉を続ける。
「だから、私と一緒に過ごす為に営外に出るってのなら、それは――」
「――戻って来れば良い、俺はそれ迄待ってるから」
「……え、だって、何年掛かるかも分からないんだぞ」
「それがどうした。海を挟んで遠く離れた他国同士、それに加えてお前の方は色々とややこしい事情も立場も抱えてる、年単位で時間が掛かるのはしょうがねぇ。だとしても、お前が俺のところに戻って来るんなら、その間だけお前が俺の傍にいないのは我慢してやる……だから、帰って来い、大和に、俺のところに。それ迄、俺は俺とお前の家で、待ってるから」
真っ直ぐな、そして純粋な言葉。それはタカコの色々な柵で雁字搦めになった心へと染み渡り、凝り固まったそこを優しく解していく。
帰国するから想いを受け入れられないのだと、傍にい続ける事を正面切って請われたら想いごと切り捨てなければならないのだと、それしか考えていなかった。何年待たせる事になるか分からない、敦賀を連れて行くわけにもいかない。だとしたら、自分が大和を離れる日が彼との関係の終わりなのだと、それ以外には思いつきもしなかった。
けれど、そうではないのかも知れない、簡単ではない事だけれど、それでもそこに希望と意味を見出す事が出来るのかも知れない。そう考えれば急に心臓は大きく鼓動し始め、タカコは微かに震える声で敦賀へと問い掛ける。
「……何年掛かるか分からないけど、待ってて、くれるか?」
消え入りそうなタカコの言葉、それでも視線だけは逸らさず、真っ直ぐに敦賀を見て問い掛ければ、返されたのは
「何度も言わせるな……だから、二人で暮らそう」
という言葉と、今迄に見た事の無い程に穏やかな敦賀の笑顔だった。それが全ての答えであり今迄の二人で紡いで来た時間の結実、それを受け入れても良いのだと理解したタカコの双眸からは涙が溢れ出す。頬を幾筋も伝い落ちるそれを拭う事もせずに顔を歪めて敦賀へと抱き付くタカコ、敦賀はそんな彼女を何も言わずに抱き締め、感極まったのかしゃくり上げる小さな背中を、穏やかな面持ちのままいつ迄もあやす様にして撫で続けていた。
商店が集まった日中人通りの多い区画へと出た後は、先ずはタカコの服をと服屋へと入り、シャツを一枚と下着を上下一揃い購入し、その後は雑貨屋で敦賀の髭剃りの替え刃を購入した。この後は何処に行こうか、茶でも飲んで一休みするかと言いながら揃って店を出れば、大きな腹を抱えて買い物袋を持った凛と出くわした。
「あ、凛ちゃん!」
「あ、多佳子さん、敦賀さん。お久し振りです」
「久し振りじゃないよ!いや、久し振りはそうなんだけど、妊婦さんが何やってんの!荷物貸して、持つから!」
「これ位平気ですよ、少しは動かないと逆に――」
「良いから!敦賀、持て!」
いつもの柔らかな笑顔を浮かべて頭を下げる凛、タカコはその彼女に血相を変えて走り寄り、彼女が手にしていた荷物を取るとそれを敦賀へと手渡す。凛にしてみれば過保護過ぎる高根の所為で買い物位しか運動する事も無いから、出来れば邪魔はしないで欲しいと思わないでもないのだが、高根と似た様な性癖と言うか感覚を持っているタカコとしては、そんな事は知った事ではなく、そもそも妊婦に重い物を持たせる等有り得ないと考えているから、凛から全ての荷物を奪ってしまい、
「もう帰るんでしょ、家迄送るから」
と、そう言って凛を促し歩き出す。
「有り難う御座いました、でも、あんまり心配して頂かなくても大丈夫ですよ?真吾さんが過保護過ぎて運動不足な位ですから。それはそれでお産が大変らしいですし、無理の無い範囲でやってますから」
「そうかも知れないけど、妊婦さんが重い物持ってるのみたら手助けしちやうでしょ、やっぱり。それじゃ、またね」
「はい、有り難う御座いました」
上がってお茶でもという凛の申し出を固辞したのは敦賀、タカコもそれに異を唱える事は無く荷物を渡した後は玄関先で別れ、二人は再び中洲の方向へと向かって歩き出す。その二人の歩みが止まったのは中洲へと戻ってから暫くしての事、不動産屋の前で突然敦賀が立ち止まり、手を繋いでいたタカコも先へは進めずにその場へと立ち止まる。
「敦賀?どうしたんだ?」
「……いや、基地の近くに良い物件が無いかと思ってな」
「物件?何でまた、営外に出るつもりなのか?」
「お前と飯食うのもお前を抱くのも、何するにもいちいち営外に出ないといけねぇだろうが、今のままだと」
「……え」
「掃除と洗濯はギッチリ仕込まれてるから問題は無ぇし、料理はまぁ……追々覚えれば良いか。何にしろ二人いれば分担でどうにかなるだろ」
「……あの、それって」
「どうかしたか、阿呆面が更に間抜けな事になってるが」
敦賀が言わんとしている事はタカコにも薄らと分かる。しかし自分には何の相談も無く勝手に話を勧めている事に唖然とし、漸く形となって出た言葉は少々間の抜けたものだった。
「いや……お前が一人で営外に出て、私がそこに通うんじゃ駄目なのか」
「却下だそんなもん、俺が出るのならお前も一緒だ。お前は俺の傍にいるって言ったんだ、お前がそう言うんなら俺はもうお前を手放す気は欠片も無ぇ。二人して営外に出て、一緒に暮らすんだよ。これからはお俺の家がお前の家だ。何だ、お前、その程度の覚悟も無くて俺の傍にいるって言ったのか?」
余りにも真っ直ぐな敦賀の言葉、タカコはそれに押し黙り、どう言葉を続けたら良いものかと下を向く。敦賀の方も一気に言い過ぎたと思ったのかそれ以上は何かを言う事も無く、唯、
「……もう行くぞ、茶でも飲むか」
と、それだけを言ってタカコの手を引いて商店街の方へと向かって歩き出す。
その後は喫茶店で休憩した後は再び細々とした買い物を続け、早めに夕飯を済ませて連れ込み宿の部屋に入ったのは随分と早い時間。タカコがソファに腰を下ろせば敦賀もその隣に続き、外で買って来た焼酎の炭酸割りの缶を開けてそれを一口啜り、タカコも同じ様に口を付けたのを横目で見ると、少しばかり考え込んだ後静かに話し出した。
「……昼間言った事だがな、俺はあれを譲る気は無ぇ、お前を連れて営外に出る」
「……いや、それは分かったし反対もしないんだが……そうじゃなくて、さ」
「お前が何を言いたいのかは分かってる。千日目が来たら俺達と離れて本国に戻る、以前そう言ってたのは覚えてるし、その考えが変わったわけでもねぇんだろうから、あの時の言葉通りにする気なんだろうよ」
敦賀のその言葉にタカコは僅かに双眸を見開き、
「……覚えてたのか……ああ、そうするつもりだ」
それだけ言って再び缶に口を付け、ぐい、と、煽り、それからまた言葉を続ける。
「だから、私と一緒に過ごす為に営外に出るってのなら、それは――」
「――戻って来れば良い、俺はそれ迄待ってるから」
「……え、だって、何年掛かるかも分からないんだぞ」
「それがどうした。海を挟んで遠く離れた他国同士、それに加えてお前の方は色々とややこしい事情も立場も抱えてる、年単位で時間が掛かるのはしょうがねぇ。だとしても、お前が俺のところに戻って来るんなら、その間だけお前が俺の傍にいないのは我慢してやる……だから、帰って来い、大和に、俺のところに。それ迄、俺は俺とお前の家で、待ってるから」
真っ直ぐな、そして純粋な言葉。それはタカコの色々な柵で雁字搦めになった心へと染み渡り、凝り固まったそこを優しく解していく。
帰国するから想いを受け入れられないのだと、傍にい続ける事を正面切って請われたら想いごと切り捨てなければならないのだと、それしか考えていなかった。何年待たせる事になるか分からない、敦賀を連れて行くわけにもいかない。だとしたら、自分が大和を離れる日が彼との関係の終わりなのだと、それ以外には思いつきもしなかった。
けれど、そうではないのかも知れない、簡単ではない事だけれど、それでもそこに希望と意味を見出す事が出来るのかも知れない。そう考えれば急に心臓は大きく鼓動し始め、タカコは微かに震える声で敦賀へと問い掛ける。
「……何年掛かるか分からないけど、待ってて、くれるか?」
消え入りそうなタカコの言葉、それでも視線だけは逸らさず、真っ直ぐに敦賀を見て問い掛ければ、返されたのは
「何度も言わせるな……だから、二人で暮らそう」
という言葉と、今迄に見た事の無い程に穏やかな敦賀の笑顔だった。それが全ての答えであり今迄の二人で紡いで来た時間の結実、それを受け入れても良いのだと理解したタカコの双眸からは涙が溢れ出す。頬を幾筋も伝い落ちるそれを拭う事もせずに顔を歪めて敦賀へと抱き付くタカコ、敦賀はそんな彼女を何も言わずに抱き締め、感極まったのかしゃくり上げる小さな背中を、穏やかな面持ちのままいつ迄もあやす様にして撫で続けていた。
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