大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第351章『意味』

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第351章『意味』

 情交の後の心地良い気怠さ、腕の中のタカコは既に眠りへと落ちかけており、こちらに背を向けた向こうからは穏やかな呼吸音が聞こえている。敦賀はそんな彼女の様子に目を細め、露わになった項に口付けを落とし緩く吸い上げれば、肩を竦めたタカコがもぞもぞと寝返りを打ち敦賀へと向き直り、その体躯へと腕を絡ませて来た。
「……悪い、起こしちまったか……もう眠れ」
「……ん……」
 返事はするものの双眸が開かれる事は無く、その様子を見た敦賀が再び目を細め、もう眠るかとタカコを抱き締める腕に僅かに力を込め頬へと口付けを落とした時、タカコの唇から言葉が零れ落ちる。
「...Stand by me...」
「……だから、そりゃどういう意味なんだよ」
 返事は無い、返って来るのは寝息だけ、敦賀はそれを見て大きく溜息を吐き、再度頬へと口付けると目を閉じた。
 タカコがこの言葉を口にするようになったのは数日前から、恐らくはワシントン語なのだろうが、敦賀が何度意味を尋ねても薄らと頬を染めた彼女は笑ってはぐらかすだけ。あの様子からすると悪い意味では無いのだろうが、それでも誤魔化され続けているというのはすっきりしない。ワシントン勢にでも聞いてみようか、そんな事を考えつつ、敦賀もまた睡眠へと落ちて行った。

 ――ケイン・カタギリの場合――
「……は?それ、ボスが言ってたのか?」
「そうだ、意味を教えろ」
「それが人にものを尋ねる態度か、帰れ」
 営舎のカタギリの自室、そこでジュリアーニとウォーレンの二人と寛いでいた彼が扉を叩く音に動き開けてみれば、そこには控え目に言っても良好な関係を築いてない人間である敦賀が立っていた。周囲に他の海兵がいない事を確認し、声を落として何の用だと問い掛けてみれば、彼の口から出たのは何とも理解に苦しむ、否、出来れば理解したくはないもの。
 『Stand by me』――、タカコが夫であるタカユキに言っている場面は何度か見た事が有る。お前が何故それを言われているのか、胸の中に湧き上がる激しい不快感と憤り、敦賀の突っ慳貪な態度も相俟って彼の顔を視界の端に捉えている事すら耐え切れず、会話を打ち切ると同時に扉を荒々しく閉めて室内へと戻り寝台へと腰を下ろした。
『ケイン、どうかしたの?敦賀が来てたみたいだけど』
『何でもない』
『……どう見てもキレてるじゃん』
『何か問題でも有ったのか?』
『何でもない……ほら、続けるぞ』
 見るからに不機嫌なカタギリの様子に最初に口を開いたのはジュリアーニ、続いてウォーレンが問い掛けるもカタギリは内容を口にはしない。代わりに敦賀が訪れる前に持っていたトランプカードの束を手に取り配り始める。
 タカコが『答え』を出した事、そしてそれを行動に移し敦賀へと伝えた事には、ここ暫くの二人の様子を見ていて気付いてはいた。タカコのその選択と決定に関して異論は何も無い、それで彼女が幸せになるのならば、大和に来てからの夫を喪った心痛が和らぐのなら、自分はそれを見守るだけで構わない。
『相手がアレだってのがムカつくんだよ!何なんだよ仏頂面がデレデレしやがって!『教えろ』とか何様のつもりだクソが!』
『……デレデレ?』
『アレがか?』
『空気もボスを見る目も全然違うだろ、見てて分からないか?』
『いや、俺はボスはともかくとしてボスの男にも敦賀にも興味無いし。まぁボスが敦賀を見る目が違うってのなら同意だけどさ』
『俺はそもそもマスターをそういう対象としては見ていないから興味が無いな。お互いがどういう関係に有ったとしてもどんな気持ちでも、マスターの決定に従うだけだ』
『お前等はもういい!何の参考にも慰めにもならん!!』
 カードを配りながら我慢の限界を突破したカタギリが大声を出せば、二人から向けられたのは協調性や共感性は欠片も無い言葉。この部隊の協調性の無さは筋金入りだと毒吐いたカタギリがカードの束を寝台へと叩き付ければ、その様子を見た二人が顔を見合わせた後に笑い出す。あまり表情の動きは大きくないウォーレンが笑っている事に毒気を抜かれたカタギリが溜息を吐きながら再度カードを手に取り、それで空気は何と無く流されて行った。

 ――ジャスティン・ドレイクの場合――
 カタギリに鼻先で扉を閉められた敦賀が次に向かったのは営倉、簡単に改装し過ごし易くした独房の寝台で寝転がり本を読んでいたドレイクのところ。
「聞きたい事が有るんだが」
「何だよ、どうかしたのか」
「あいつが……タカコが言ってたんだが、『スタンドバイミー』って言葉の意味を教えてくれ」
「……は?あいつが?言ったの?お前に?」
「ああ、意味を知りたい」
「本当に?あいつが?お前に?」
「……しつけぇぞ」
 身体を起こしながら本当にタカコが言ったのかと何度も確認するドレイク、やがて立ち上がった彼は敦賀の方へと歩いて来て目の前で立ち止まり、鉄格子の間から腕を伸ばし、満面の笑みを浮かべながら、ぽん、と、一つ彼の肩を叩いて見せた。
「うん、俺、あいつとどうこうなりたいとか欠片も思ってないけど、何かムカつくから帰れ、な?」
「ケインもお前も何なんだその態度は……意味聞いてるだけだろうが、さっさとえ教えろ」
「あいつにも聞いたのかよ……そりゃ教える訳無いだろ、あいつが」
「だからお前に聞いてるんだろうが、さっさと――」
「教えねぇよAss Hole.じゃ、俺、もう寝るから。オヤスミナサイ」
 それだけ言って踵を返し独房内の照明を消し寝台へと戻り、放っていた本は脇の棚の上に乗せて頭迄すっぽりと布団を被るドレイク。その後は敦賀が何を言っても鉄格子を叩いても反応する事は無く、それが数分程続いたか、諦めた敦賀は営倉を出て行った。その気配を感じてから漸く布団から顔を出し、暗がりの中でぼんやりと見える天井を見詰め、ドレイクは静かに笑いながらカタギリと、そしてタカコの顔を思い浮かべる。
 火発内でのカタギリとの遣り取り、あの時にはドレイク自身もタカコが敦賀を選んだ事は感付いていたが、思ったよりも早く形になってしまったなと小さく息を吐いた。その事単体でもカタギリとっては色々と思う事は有るだろうに、タカコが『あの言葉』を敦賀へと向けていたらしいという事、そしてその意味を尋ねて来るというのは、相応に彼の心をささくれ立たせたであろう事は間違い無い。
 彼女に対して艶の有る感情を抱いていない自分ですら、出会って三年にも満たない外国人に掻っ攫われた様な心持になっているのだ、カタギリの心情は如何ばかりかとまた笑い、近い内に慰めてやるかと独り言ち、もう眠るかとドレイクは目を閉じた。
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