大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第353章『高根真吾』

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第353章『高根真吾』

 後数ヶ月で我が子達をその手に抱く事になる、仕事はともかくとしても私生活は甚く充実している男、高根真吾。公私共に忙しい毎日を送っている彼は、私生活の面で大きな決断をするべきなのかも知れないとここ暫く考えていた。
「……俺と凛と双子だろ……結婚なんか考えもしねぇで家買っちまったからな……どう考えても家の容量が足りねぇ……どうしよう……」
 言葉の通り、そもそも結婚等という概念は欠片も興味は無く、自分がする事等考えもしなかった。今の自宅を建てた時も重要なのは如何に基地に近いかという事だけ、だから土地自体の広さにも上物の広さにも拘らなかったし、一階は必要最低限の設備の他には急な来客の為に和室を作っただけ。二階には自室と太刀や薙刀や木刀の収納を兼ねた鍛練用の部屋が有るが、そちらもそう大して広いものではない。
 今は自室で共に寝起きしている凛、子供を抱えて階段の昇り降りも厳しいだろうからと産後当分の間は一階の客間に移る事になっている。子供達が小さい内はその程度の対応で済むが、遠からずそうはいかなくなる事は目に見えている。基地との近さを最優先した結果、購入した土地には庭を設ける余裕は殆ど無く、何とか洗濯物を干せる位の申し訳程度のもの。他は家の外壁からほんの二m程先はもう隣家の外壁、夜泣きや子供の立てる声や音によって近隣へ掛けるであろう迷惑も懸念事項だ。
 子供が歩いて外に出る様になっても遊ばせてやれる庭は無く、家の前の通りは軍用車両の通行も多い、何から何迄子育てには不向きの物件で、もっと子供と凛が暮らし易い物件を探して引っ越す事、それは夫でありもう直ぐ父親にもなる今の高根にとっては、大和海兵隊総司令としての職務と匹敵する程に重要な事となっている。
 資金については問題は無い、流石に即金でとはいかないが、共済組合の口座に預けっ放しの定額預金は限度額一杯迄貯まっており、使う事も無く毎年定期的に利子が普通預金口座の方へと零れ落ちて来るだけ。それを解約して頭金にすれば月々の支払いは負担にはならないし、年数も子供が中学生になる頃には払い終えられるだろう。
 具体的に土地や物件の候補が挙がっているわけではないから今から探す事になるが、職務の方が多忙を極めている現状の中では決まるのは一体いつになるのか、その間凛に苦労を掛ける事になるな、高根はそんな事を考えながら頭を掻き、執務机の上に放った煙草へと手を伸ばし一本取り出して咥え、火を点ける。
「後あれだ……引っ越すのは良いとして、今の家どうすっかな……庭も無いし家も広くないから家族持ちには売れねぇだろうし、かと言って独身が買うには敷居高いよなぁ……はぁ……何であんな中途半端な家建てちまったんだろう……って……待てよ」
 自らの不明へと愚痴を零しつつ煙を吐き出していた高根、その彼の動きが何かを思い出したのかぴたりと止まり、そして、にやり、と、何か妙案を思いついた様な笑みをその口元へと浮かべた。
 思い出したのは自らの腹心の一人、敦賀の事。少し前にタカコと休むという書き置きを残して丸一日以上基地から姿を消していた敦賀、そして、彼が連れ出して行ったタカコ。戻って来た二人の間に漂う空気もお互いを見る目も明らかに以前とは違っていて、紆余曲折は有ったが、どうやら気持ちだけはお互いに落ち着くところに落ち着いた様だと安堵したのをよく覚えている。
 タカコの立場を考えれば一度本国に戻る事は避けられないだろうが、それでも今のあの二人の親密さを見ていれば彼女は大和に再びやって来るだろう、今度は、敦賀を伴侶とし共に暮らす為に。その時に必要なのは二人が暮らす家だ、営舎の別々の部屋で寝起き等有り得ないし、敦賀だってそんな状態に納得はしないだろう。敦賀の執務室の机の上に書類に混じって不動産の広告や賃貸物件のチラシが置いてあったのも見た、きっと彼は彼でタカコと暮らす為に営外へと出る方向へと動き出しているのに違い無い。
 大人二人が暮らすのなら問題の無い広さ、敦賀の立場も考えれば基地に近い高根の家は最適の物件の筈だ。浪費する性分でもない敦賀なら資金的にも問題は無いだろう、何よりも、高根自身、赤の他人よりは気心の知れた近しい人間が買い受けてくれるのならそれが一番良い。
 子供は持てない二人、下手に広い家よりもあの位お互いの距離が近い方が良いのかも知れない。将来的には養子をとるという事も有るのかも知れないが、そうなったらその時はその時だ、二人の選択を祝福してやろう。
 そこ迄考え至れば後は行動に移すだけ、高根は勢い良く立ち上がり部屋を出て、二つ隣に在る敦賀の執務室へと向けて歩き出す。
 事がそう容易く運ぶとは思っていない、タカコが帰国すれば恐らくは数年単位で二人は離れ離れになるだろう。その後大和へと戻って来る迄の道程も決して平坦ではないに違い無い、お互いの心も穏やかで暖かではいられまい、時には揺れる事も有るだろう。
 これは、その心に寄り添い支える為の柱の一つ、二人で暮らす為の家が在るという事実は、もし心が揺れても折れそうになっても、それを思い出せばきっと僅かでも力に、支えになる。そうして別離の時を乗り越えて再会した後は、あの家で二人で睦まじく暮らせば良い。
 敦賀がどう反応するかは分からないが、位置的には敦賀にとっても申し分の無い物件、きっと感触は悪くないに違い無い。金額はこれから詰めるか、さあ、早く話してやろう、高根はそんな風に考えつつ笑いながら、彼の執務室の扉へと手を伸ばした。
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