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第369章『判断』
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第369章『判断』
「……そうか、間に合わなかったか」
「はい、申し訳有りません……浅田司令から佐世保基地の方に話は通っていたとは言え、流石に艦艇を動かすとなると直ぐには……見当をつけた通り福江島西部の廃屋に複数の人間が潜伏していた痕跡が有りましたが、自分達が現着した時にはもう蛻の殻でした」
「本土へと戻ったんだろうが……不審な船は?」
「はい、五島列島と本土の間は漁船で混雑する海域ですので、それに紛れ込まれたらお手上げです。沿警隊の協力が有ったとは言え、全てを臨検するわけにもいきませんでした」
「そう、か……御苦労だった。負傷もしてるんだ、ゆっくり休んでくれ」
「お気遣い有難う御座います、失礼します」
時刻は深夜、場所は海兵隊基地本部棟、総司令執務室内。座る高根の前に疲れた様子の海兵達が数名立ち、その中には島津と藤田の姿も有った。
タカコとの接触から一週間、何とか起き上がり沿岸警備隊の基地へと戻った二人の訴えにより佐世保基地に所属する艦艇が福江島へと向けて出港したのは翌日の昼近くの事だった。数時間の航行の後に直ぐ様上陸し目的地である西部へと急行したものの、目的の人物達を発見する事は出来ず、数時間前迄はここにいたであろうという痕跡を見つけたのみ。周辺海域でも佐世保へと帰港する途中も発見には至らず、それから数日間再度佐世保の街を捜索し、もう無理だろうと判断した高根の命令により捜索部隊は博多へと帰還した。
一度は掴みかけたかと思った手掛かり、それを完全に失ってしまった様だと高根は大きく息を吐き、部下達が部屋を出て行った後は扉の閉まる音を聞きながら執務机へと突っ伏してしまう。
タカコの役目と立場を考えれば、帰国そのものは阻止出来ないのかも知れない。それでもきちんと話し合い今後を約束して別れたかった、そして、副長の事は気にしなくて良いのだと、敦賀と幸せになって良いのだと教えてやりたかった。その事について島津達に伝え彼等からタカコへと伝えてもらう事も考えたが、流石に個人的過ぎる内容だと止めてしまった自分の判断が恨めしい、こんな事であれば気にせずに島津達を通してタカコへと伝えれば良かったのだ、そうすれば、結果は今とは変わっていたかも知れない。
しかしこうなっては最早打てる手は無いだろう、姿を消した彼女達が何処へと向かったのか潜んでいるのか皆目見当がつかない。一度自分達に発見されてしまったのだ、同じ愚は二度と犯すまい。
あの時、宇治駐屯地で副長がタカコを見舞いたいと言った時、自分は何故断らなかったのか、高根はそんな事を考えながら頭を掻き、右の拳を握り締め机上へとそれを叩き付ける。断ってさえいれば副長がタカコに対して決定的な疑念を抱く事は無かったのだ、そうなっていれば今の様に取り返しのつかない状況にはなっていなかっただろう。今更後悔してもどうにもならない事は分かっている、それでもあの時のあの判断さえ無ければまだ、と、その思いは消える事無く大きくなるばかり。
自分のあの判断の誤りにより、タカコだけでなく親友であり腹心でもある敦賀にも大きな苦痛を味わわせる事になった。別れからそれなりの日数が経つが依然本調子には程遠く、日常の職務は何とかこなしているものの教導隊の訓練に参加させる事はとても出来ない状態で、一時的にではあるが教導隊としての任からは外さざるを得なくなった。不眠は今でも続いており、夜中に基地内を彷徨う彼を見たという話は頻繁に部下達から聞いている。見つけた人間が部屋へと戻る様に促す事も有る様だが、
「大丈夫、気にしなくて良い、少し寝付けなくて散歩してるだけだ」
と、口調だけはしっかりとした様子で返されてしまえば無理強いも出来ず、結局は心配しつつも遠巻きに様子を窺う事しか出来ていないらしい。
突っ慳貪で不器用な男ではあるが、それでも彼がどれだけタカコを大切に想い扱って来たのかは、彼等の出会いから今迄を見て来てよく分かっている。家を買い営外へと出てタカコが戻って来るのを一人で待つ等、相応の覚悟と想いが無ければ出来ない事だろう。それだけのものを胸の内に抱え前を見据えていた敦賀を今の様にしてしまったのは自分なのだ、どうにも自分が許せない、それが高根の、日に日に強くなる自責と後悔の念だった。
敦賀に謝罪したところで彼にとっては何の意味も無く慰めにもなりはしない、この状況で謝ったところで自分の気持ちが多少楽になるだけだ。どうにかしたい、してやりたいと思うものの何も出来る事は無く、それが出来る人物は自分達大和人の前から二度も姿を消してしまった。自らの失態の帳尻合わせの為にタカコを探しているのだと高根は思い至り、今更自らでそれを否定して誤魔化す気も起きず力無く笑いながら、拳を机上へと今度は笑いと同じ様に緩く落下させる。
こうして自棄になっていても何も始まらない、タカコが見つかるわけでもないし総司令としての職務も無くなるわけでもない。そして、ヨシユキが率いる部隊は今にでも再び攻撃を仕掛けて来るかもしれない、状況を呪っても自分に対して毒吐いても事態は何も変わらない。
「……分かっちゃいるんだけどよ……流石に自分の迂闊さ阿呆さが嫌になるねこりゃあよ……」
もうこの時間だ、身重の凛が心配ではあるが今から帰っても二時間も経たない内に起き出す事になる、それ位に予定がぎっしりと詰まっている、帰っても凛を起こすだけで良い事は無いだろう。今夜はこのままこの部屋のソファで仮眠を摂り、起きたらまた職務へと向かい合おう。そして、タカコや彼女の部下達に対しての対応もまた新たに考えよう、高根はそんな事を考えつつ、ソファに身を無埋める為に身体を起こし、ゆっくりと立ち上がった。
「……そうか、間に合わなかったか」
「はい、申し訳有りません……浅田司令から佐世保基地の方に話は通っていたとは言え、流石に艦艇を動かすとなると直ぐには……見当をつけた通り福江島西部の廃屋に複数の人間が潜伏していた痕跡が有りましたが、自分達が現着した時にはもう蛻の殻でした」
「本土へと戻ったんだろうが……不審な船は?」
「はい、五島列島と本土の間は漁船で混雑する海域ですので、それに紛れ込まれたらお手上げです。沿警隊の協力が有ったとは言え、全てを臨検するわけにもいきませんでした」
「そう、か……御苦労だった。負傷もしてるんだ、ゆっくり休んでくれ」
「お気遣い有難う御座います、失礼します」
時刻は深夜、場所は海兵隊基地本部棟、総司令執務室内。座る高根の前に疲れた様子の海兵達が数名立ち、その中には島津と藤田の姿も有った。
タカコとの接触から一週間、何とか起き上がり沿岸警備隊の基地へと戻った二人の訴えにより佐世保基地に所属する艦艇が福江島へと向けて出港したのは翌日の昼近くの事だった。数時間の航行の後に直ぐ様上陸し目的地である西部へと急行したものの、目的の人物達を発見する事は出来ず、数時間前迄はここにいたであろうという痕跡を見つけたのみ。周辺海域でも佐世保へと帰港する途中も発見には至らず、それから数日間再度佐世保の街を捜索し、もう無理だろうと判断した高根の命令により捜索部隊は博多へと帰還した。
一度は掴みかけたかと思った手掛かり、それを完全に失ってしまった様だと高根は大きく息を吐き、部下達が部屋を出て行った後は扉の閉まる音を聞きながら執務机へと突っ伏してしまう。
タカコの役目と立場を考えれば、帰国そのものは阻止出来ないのかも知れない。それでもきちんと話し合い今後を約束して別れたかった、そして、副長の事は気にしなくて良いのだと、敦賀と幸せになって良いのだと教えてやりたかった。その事について島津達に伝え彼等からタカコへと伝えてもらう事も考えたが、流石に個人的過ぎる内容だと止めてしまった自分の判断が恨めしい、こんな事であれば気にせずに島津達を通してタカコへと伝えれば良かったのだ、そうすれば、結果は今とは変わっていたかも知れない。
しかしこうなっては最早打てる手は無いだろう、姿を消した彼女達が何処へと向かったのか潜んでいるのか皆目見当がつかない。一度自分達に発見されてしまったのだ、同じ愚は二度と犯すまい。
あの時、宇治駐屯地で副長がタカコを見舞いたいと言った時、自分は何故断らなかったのか、高根はそんな事を考えながら頭を掻き、右の拳を握り締め机上へとそれを叩き付ける。断ってさえいれば副長がタカコに対して決定的な疑念を抱く事は無かったのだ、そうなっていれば今の様に取り返しのつかない状況にはなっていなかっただろう。今更後悔してもどうにもならない事は分かっている、それでもあの時のあの判断さえ無ければまだ、と、その思いは消える事無く大きくなるばかり。
自分のあの判断の誤りにより、タカコだけでなく親友であり腹心でもある敦賀にも大きな苦痛を味わわせる事になった。別れからそれなりの日数が経つが依然本調子には程遠く、日常の職務は何とかこなしているものの教導隊の訓練に参加させる事はとても出来ない状態で、一時的にではあるが教導隊としての任からは外さざるを得なくなった。不眠は今でも続いており、夜中に基地内を彷徨う彼を見たという話は頻繁に部下達から聞いている。見つけた人間が部屋へと戻る様に促す事も有る様だが、
「大丈夫、気にしなくて良い、少し寝付けなくて散歩してるだけだ」
と、口調だけはしっかりとした様子で返されてしまえば無理強いも出来ず、結局は心配しつつも遠巻きに様子を窺う事しか出来ていないらしい。
突っ慳貪で不器用な男ではあるが、それでも彼がどれだけタカコを大切に想い扱って来たのかは、彼等の出会いから今迄を見て来てよく分かっている。家を買い営外へと出てタカコが戻って来るのを一人で待つ等、相応の覚悟と想いが無ければ出来ない事だろう。それだけのものを胸の内に抱え前を見据えていた敦賀を今の様にしてしまったのは自分なのだ、どうにも自分が許せない、それが高根の、日に日に強くなる自責と後悔の念だった。
敦賀に謝罪したところで彼にとっては何の意味も無く慰めにもなりはしない、この状況で謝ったところで自分の気持ちが多少楽になるだけだ。どうにかしたい、してやりたいと思うものの何も出来る事は無く、それが出来る人物は自分達大和人の前から二度も姿を消してしまった。自らの失態の帳尻合わせの為にタカコを探しているのだと高根は思い至り、今更自らでそれを否定して誤魔化す気も起きず力無く笑いながら、拳を机上へと今度は笑いと同じ様に緩く落下させる。
こうして自棄になっていても何も始まらない、タカコが見つかるわけでもないし総司令としての職務も無くなるわけでもない。そして、ヨシユキが率いる部隊は今にでも再び攻撃を仕掛けて来るかもしれない、状況を呪っても自分に対して毒吐いても事態は何も変わらない。
「……分かっちゃいるんだけどよ……流石に自分の迂闊さ阿呆さが嫌になるねこりゃあよ……」
もうこの時間だ、身重の凛が心配ではあるが今から帰っても二時間も経たない内に起き出す事になる、それ位に予定がぎっしりと詰まっている、帰っても凛を起こすだけで良い事は無いだろう。今夜はこのままこの部屋のソファで仮眠を摂り、起きたらまた職務へと向かい合おう。そして、タカコや彼女の部下達に対しての対応もまた新たに考えよう、高根はそんな事を考えつつ、ソファに身を無埋める為に身体を起こし、ゆっくりと立ち上がった。
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