大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第371章『狙われた場所と理由』

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第371章『狙われた場所と理由』

 犯人の目撃情報は未だ無く、タカコやその部下達が犯人と断定するには情報が無さ過ぎる、引き続きの情報収集をという高根のその言葉に誰からも反論の言葉が出る事は無く、報告を終えた藤田が執務室を出て行った後は一様に押し黙り、或る者は天井を仰ぎ睨み付け、また或る者は逆に俯いて床を見詰め、室内には重苦しい空気が充満していた。
「……仕事に戻る、片付けなきゃならねぇ事が溜まってるんでな」
 最初に動き出したのは敦賀、ここにはもう用は無いとばかりにそう言って踵を返し部屋を出る。高根の執務室を出た後に向かったのは自らの執務室、大きな音を立てて椅子へと身体を沈めて天井を仰ぎつつポケットから取り出した煙草を咥えて火を点け、吐き出した煙で白く霞む天井を見詰めつつ
「……タカコ」
 と、小さな声で呟いた。
 タカコがいなくなってからというもの、周囲は自分に気を遣い彼女の名前を口にする事は殆ど無くなった。彼女達の捜索の為に組まれた部隊と接触する事も殆ど無く、教導隊の任も解かれ、ここ最近は意図的にか彼女との関わりを可能な限り絶たれていた。そんな中で久し振りに聞いた彼女の名前、それが出た理由は穏当とはとても言い難いもので、荒れ狂う心とは裏腹に身体は指先迄凍り付いたかと思う程に冷たくなった。
 しかし、藤田の話を聞きながら、手にしていた複数の爆破事件の概要を纏めた資料へと視線を落とした時、と或る事に気が付いて心は幾許かの平静を取り戻し、落ち着いて考えようと高根の部屋を出た。
 こうして一人で落ち着き、資料を再度見直せば、違う、と、彼女ではない、と、段々とその思いは確かなものになる。決して短くも浅くもない関係を築いた中で、彼女の気質、強さ、優しさ、抱える傷、弱さ、そんなものには幾度も触れて来た、それ等とこれ――、資料に記されている行状はあまりにも乖離し過ぎている、彼女ではない、と、小さく、小さく呟いた。
 彼女が有能な軍人である事に異論は無い、そして、任務と命令に忠実である事もまた同じく。そして、今回の一連の爆破事件の実行犯が、少なくとも爆破に関しては彼女と同等程度の能力と知識を持っている事に関しても異論は無い。それでもこれは彼女の仕事ではない、自分は、それをよく知っている。
 休日の公園、家族向けの催事が有った日の公民館、登校の時間帯の通学路に指定されている通り、事件現場の中に埋もれていた場所、その全てが彼女が絶対に手を出さないであろう要素が関わっているのだ。
「――子供」
 父は当然として高根と黒川は気付いていないかも知れない、彼女とそこ迄親密だったわけではない藤田もまた同じくだろう。過去に我が子を亡くしたタカコ、大和に来てからの彼女は子供に対しては過敏とも言える反応を示していた。第二次博多曝露の日に凛を守る為に飛び出して行った事も、自分達が見つけた時には嗚咽を漏らしていた事も、その後抱き締めてやった時には声を放って泣いていた事も、その全てが深い傷を与えた過去に起因するものなのだという事は、陸軍病院の黒川の病室での告白で窺い知る事が出来た。
 子供とは、何が有っても守ってやるべき存在、それはタカコの行動に大きく影響を与える強迫的とすら言える観念だ、その彼女が子供を標的にする筈が無い。
 博多が狙われたのは、佐世保から軍の意識を逸らす為だろう。佐世保沖の済州島が橋頭堡に想定されていたというのが変わらなければ、侵攻するのであれば真っ先に狙われるのは直近の上に軍事的要衝である佐世保が第一候補になる。その事は大和軍もいい加減見通せるようになり、沿岸警備隊の艦艇の相当数が周辺海域へと展開されているが、陸上の兵員だけでも遠ざけたい、そう考えれば同じく軍事的要衝であり遠ざけるのに丁度良い距離である博多が陽動の為の攻撃目標として選定されるのは極自然な事だ。
 そこに子供を狙う必然性は無い、犠牲者の数を多くしたければ繁華街を重点的に狙えば良い、軍への打撃を与えたければ軍事施設を叩けば良い。タカコがやった事ではない、そして、必然性が無い、その二点を合わせて考えれば、今回の一連の爆破の絵図面を描いた人物の輪郭が段々と浮かび上がって来る。
「……ヨシユキ、か……」
 タカコに長年固執し続け、全てを自分の思い通りにする為に自らの肉親、双子の弟すら結果的に手を掛けた男。それ以前にも何度もタカコを毒牙に掛けようとし、その結果として彼女は子を亡くし子を宿す事も出来なくなった。彼ならばタカコが心に抱える傷を、そして何に固執しているかを、恐らくは自分よりも深く知っている。
 何等かの理由によりタカコとその部下を佐世保から遠ざけておきたかった、だから博多での爆破事件の現場に子供が犠牲者の中心となる様な場所を選んだのかも知れない。そうすれば彼女はきっとそれを察知する、自分の為に子供が犠牲となっている事を知れば、彼女が黙っている筈が無い。自分達大和軍に発見される危険を冒してでも博多へとやって来るだろう。
 今回の事は恐らく、自分達大和軍とタカコ、その双方に向けたものだ、佐世保から遠ざける、その為だけに博多の大勢の市民が犠牲になった。
「……俺の胸先だけで止めておける話じゃねぇな……一人で整理して考えて、答えは出た……真吾にも話さねぇとな」
 今は何処にいるか分からないタカコ、しかしヨシユキの狙いが自分の見立て通りだったとすれば、遠からずこの博多へ舞い戻って来るだろう。そうなれば、彼女が博多へと戻って来れば、再会の機会が、大和が同盟相手を取り戻す機会が増える。その事だけはあの狂人に感謝しようか、敦賀はそう思いつつ口元を僅かに歪めて笑い、先程出て来たばかりの高根の執務室へと戻る為、ゆっくりと立ち上がり歩き出した。
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