大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第379章『発見』

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第379章『発見』

 その日、佐世保は普段と何も変わらない朝を迎えた。
 北東に位置する、防衛の要害である博多、そこが最近色々と物騒な事は聞こえて来るし、その余波か沿岸警備隊の巨大船舶工廠を擁する佐世保にも陸軍や海兵隊の兵士を見る事が多くなったが、それでもこの街で実際に何か事が起きたわけでもない。今日も夜明け前から漁港とそれに隣接する市場は水揚げの漁船の出入りや競りに来た人間で賑やかで、夜が明けてからは工廠からもいつもの金属を叩く音が聞こえている。
 活骸が病変した人間であり、その原因細菌が博多や鳥栖の街に散布されたと一般に知らされた直後は流石に動揺に飲み込まれはしたものの、抗体の投与は既に実施され、前後の給水も比較的円滑に行われていた事も有り、収束にはそう時間は掛からなかった。
 漁業資源の豊富な東シナ海への玄関口であり、対馬区で東西に分断された日本海、その西側への入り口に位置する街、佐世保。食と軍、大和人の命に関わるその二つを支えるこの街は、今日も、そして明日もその先も、今迄と同じ活気に満ちた時間が流れ人々が生活を営んでいく。誰もが疑う事も無く、それを考える事すらしていなかった。

 ――五島列島、宇久島――
 五島列島北端の宇久島の住民が活骸に食われ全滅している、島から逃げ延びた漁師によりそれが本土へと知らされたのは数年前の事。その後の調査によりそれが事実だという事を把握し、駆除を試みたものの上手くいかず、正確な住民の数は自治体も把握していなかったがそう多くはなかった筈という事で、島を放棄し海上からの観察を継続するという事が決定され、その役目は沿岸警備隊へと一任された。
 今日もその役目を与えられた艦艇が一隻宇久島のm程百沖合に浮かび、その艦橋の中で双眼鏡を覗いていた隊員が口を開く。
「……子供がいますね」
「子供?」
「はい、年の頃だと二歳かそれ位ですかね、親らしきのと一緒に、ほら」
「どれ……ああ、本当だ、近くには腹の大きいのもいるな、そろそろ生まれるんじゃないのか、あれ」
 双眼鏡が見据えるのは海岸線、そこを歩いている活骸の小規模な群れ。雌と子供の個体のみの集団なのだろう、周囲には雄の姿は見当たらない。活骸がどんな生態であるのか、それは自分達の代よりもずっと前から国内の多くの科学者や軍人が知りたがっていた事ではあったが、それを細かに調査出来る場も機会も無かった。しかし、それは皮肉な事に離島とは言え国内、宇久島での惨劇により実現された。
 人間がいなくなった島内、活骸達はそこで最初は動物を標的として襲い掛かり捕食し、それがいなくなった後には植物にも手を付けた。植物が少なくなる冬季には集団で海岸線へと出て砂を掘り返して貝等を漁り、時折漂着する海棲生物の死体を貪った。それも無くなった後に起きたのは共食い、動きの鈍い個体へと襲い掛かり骨も残さず食い尽くし、そうして段々と数は減って行き、やがて一定のところで落ち着いた。今では島内の食料量に適した範囲内に個体数は収まっているらしく、子供や妊婦の姿が見られる事から、循環は上手く出来ているらしい事が窺える。
 農耕や牧畜をしている様子は無い、そこ迄の高度な生活様式を維持する事は出来ないのだろうが、それでもそれなりに人間らしさを窺う事の出来る活骸達の行動様式、それをこうして船上から見る度、隊員達の心には重苦しい何かが溜まっていく。
 彼等は決して人間へと戻る事は無い、少なくとも現時点ではその治療方法も特効薬も無い。それでもこうして観察を続ける中で浮かび上がって来るのは自分達人間との類似点ばかり、彼等は確かに人間だったものであり、生物学的には未だに自分達と同じなのだという事を実感する。ましてや同じ大和人、上陸する事が有ったとすれば自分達は同胞をこの手で殺す事になるのだという事に思い至れば、快楽殺人鬼でもない限りは気分が陰鬱になるのも仕方の無い事なのかも知れない。
 そして、心を重苦しくさせるもう一つの理由、こちらは活骸達の動きに起因するものではなく、島内での活骸の数の推移、限定して言ってしまえば事態が本土へと知らされた直後の数の『多さ』だった。
 戸籍の管理は決して行き届いている状況ではないらしいが、それでも五島列島最大の島である福江島、福江島についで二番目に大きく佐世保へ近く本土への便の良い中通島、宇久島がこの二島よりも多くの島民を抱えているという話は聞いた事が無い。しかし実際は船上からの観察でも最低二千体はその姿を確認する事が出来、外部からの大規模且つ人為的流入が有った事を窺わせた。一体誰が何の目的で、そしてどうやって大量の活骸を発生させたのか、その答えは未だ出ないまま、大和はこうして観察を続けている。
 尤も、活骸が人間の様に妊娠を経て出産をし、それによって数を増やしているという事は、こういった観察によって発見された事ではなく、一年と少し前に海兵隊の研究部によって発見された。その時の個体は親子共に死亡したそうだが、あの発見により沿岸警備隊の監視の着眼点等にも大きな動きが有った。
「よし、定時観察終了だ、沖合に出て今度は海の監視だな」
「済州島でしたっけ、そこから本当に何か来るんですかね」
「さあな、来なければそれに越した事は無いが、どっちにしろ命令された事をやるだけだ」
「陸に戻るのいつでしたっけ」
「三日後だ、ほら、仕事しろ仕事」
 艦長は現在この場にはいないという事もあり砕けた調子でそんな遣り取りを交わす隊員達、その彼等が操る艦艇はゆっくりと向きを変え、沖合、済州島の方へと向かってゆっくりと進み始める。以前はもっと沖へと出ていたが、万が一相手と接触する事になっても備えは充分ではない、今は守りを固めるべきだという上層部の判断の下、沿岸警備隊の東シナ海上での行動範囲は随分と縮小された。そもそも外洋での行動を思う様に出来る程には造船も操船も技術力が十二分とは言えない現状では済州島迄行って実際を確かめる事も出来ず、彼等は命令に従い僅かばかりの沖へと進む。
「艦長!直ぐに艦橋に!!船です、所属不明の大型船を発見しました!!」
 航行を初めて十五分程が経過した頃、双眼鏡を覗きこんでいた監視役が直ぐ横の伝声管の口へと飛び付いて声を張り上げる。他の方向を見ていたり他の仕事をしていた隊員の間にも瞬時に緊張が走り、艦橋内の視線は彼が見ていた方向へと集中した。
「……何だ、あれ」
「でけぇ……」
 ゆっくりと水平線の向こうから姿を現した黒い鉄塊、巨大な艦体の上に聳え立つ塔の様な艦橋、その異様な光景に、それを目にした全員の動きが暫くの間停止した。
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