大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第393章『あの日』

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第393章『あの日』

『そろそろ実戦投入だった筈だが……大和を実験場にする気か……!!』
『どうします、距離と方向から見て対馬区に向かってます、海兵隊基地を突っ切って行かなけりゃいけません。それに、行ったところで何も出来ませんよ』
『何をする気かも分からんしな……対馬区に向かったってのなら、火器や爆弾を積み込んでいたとしても恐らくは活骸が標的だろう』
『他にも兵器の性能実地試験をするって事ですか?』
『ああ、多分な。とにかく、お前が言う通りに今の我々じゃ現地に行ったとして何も出来ん、何とも嫌な感じではあるが、ここで推移を見守ろう』
 海兵隊基地を離脱する時、倉庫に押収されていた自分達の装備は出来る限りトラックに積み込んで持ち出して来た。しかしそれも車両一台では限りが在ったし、それ以前に海兵隊基地曝露の時に弾薬や爆薬の類はほぼ全量を消費してしまっていたから元々が心許無い量だった。その上で各所での車両の爆破に爆薬を消費してしまい、現状は殆ど手元には残っていない。ヨシユキの配下の上陸部隊があちこちに隠している物を小競り合いの末に獲得し、それを多少なりとも自分達の物としている中、万全の態勢を整えているであろう侵攻部隊の本隊に対峙したところで、出来る事はそう多くはないのは明白だった。
 それ以前に、ホーネット部隊の目的が分からない以上は下手に動く事も出来ない、活骸に対して新兵器を使用しその性能を評価する為の試験が目的なのであれば、それを目撃する事になるであろう大和に対しての示威行動になってしまうという事を差し引いても、下手に刺激をするべきではない。折角他所を向いていてくれるのであれば、その間に対策や今後の事を考えた方が良いだろう。
 ホーネットに搭載されているであろう弾薬や爆弾、それが活骸にだけ向けられれば良いが、と、タカコは小さく歯を軋らせる。活骸の集団の先頭は第五防壁の直ぐ向こう側、そこから第一防壁迄の距離は約二十km、活骸の進行速度は人間よりも多少早い程度。万が一防壁が全て爆破されれば、本土迄の到達時間は凡そ三時間から三時間半。
 搭載されているであろう兵器の内容が分からない以上その威力も推測するしか無いが、活骸を防ぐ事が目的のあの防壁を破壊するには余りある事だけは分かる。活骸が大挙して押し寄せてもその侵攻を阻み続けるだけの力が防壁に在る事は、海兵隊基地曝露以降の対馬区への海兵隊の出撃の停止が証明してくれてはいるが、ワシントンが持ち出すのは活骸を阻むだけが目的の兵器ではないのだ、その威力は、それを取り扱って来た自分達が嫌と言う程に知っている。
『防壁に目が向いてないと良いんだがな……』
 カタギリも考える事は同じなのだろう、タカコのその言葉に無言のまま小さく頷き、再び双眼鏡を覗き込んだ。

 同じ頃、大和海兵隊基地に設置された指揮所は不気味な静けさに覆われていた。報告が入る迄も無く、艦隊から見た事も無い機体が飛び立った事を指揮所の窓から自分の目で目撃する事になった高級士官達は、ただ押し黙ったままその光景を見詰めている。そこには海兵隊最先任の敦賀の姿も在り、彼は三年近く前の出来事を思い出していた。
 いつもの様に建設途中の第六防壁の向こう側へと出撃し、いつもの様に活骸を斬り殺していたあの日、もう一体と踏み込んだ敦賀を呼んだのは今は亡き親友三宅。
「おい先任!何だあれ!!」
 こんな時に一体何なんだと目の前の活骸を斬り伏せた敦賀が三宅の方を向いたのと、聞いた事の無い轟音が耳朶を打ったのはほぼ同時。三宅が驚愕に見開いた双眸で見ている方向、音の聞こえて来た自らの背後を振り返れば、そこに在ったのは未だ嘗て一度も見た事の無いものだった。
 くすんだ銀色の機体、楕円の胴体の両脇と尾部に同じ色の翼。それが自分達の上を飛び越して行き、急斜面の向こうに消えて行き、暫くしてから周囲に轟音が響き渡り斜面の向こう側からは火の手と黒煙が上がる。
 一体何なのか、その場の誰も事態を飲み込む事は出来ず、暫くの間呆然と炎と黒煙を見詰めていた。
「とにかく目の前の活骸片付けるぞ!様子見に行くにしても動きが取れねぇ!!」
 敦賀の言葉にその場の全員が弾かれた様に太刀を握り直し動き出す。そうして再び身体に染み込んだ戦いへと戻り目につく限りの活骸を全て斬り殺し、それから車両へと戻り何かが墜ちたのであろう現場へと向かって動き出した。
 斜面を越えた先、眼下には惨状としか言い様の無い光景が広がっており、あちこちに散らばった金属の破片や人体の一部、その中心に、あの小さな背中が在った。
 大怪我をしているのか鈍い動き、活骸に薙ぎ払われて吹き飛びつつも体勢を立て直し、手にした銃で無力化する。どうやら人間らしいと見当を付けてトラックを降りて走り出し、小さな背中の背後から襲い掛かろうとしている活骸へと向けて一閃、薙ぎ払った。

「……何モンだ、お前」

「敦賀、どうかしたか?」
 高根が自分を呼ぶ声で我に返り、敦賀は小さく頭を振る。
「……いや、三年前を思い出してた……悪い」
 小声でそう返せば、高根も同じだったのか小さく頷き返され視線を窓の外へと戻す。あの時の輸送機とは比べ物にならない位に小さく形状も全く違うものだが、この場では敦賀と高根、そして小此木、この三人にだけは『空を飛ぶ』という概念には見覚えが有った。
 金属製の重い機体、それを空に浮かべる為の揚力を得る為には長距離を滑走して勢いを付ける必要が有るという事は、タカコから聞いて知っていたし感覚でも理解出来る。だから飛行機というものが大和の空を飛ぶ事が有るとすればそれはワシントンか橋頭堡とされた済州島から飛来すると思っていた、ワシントンははおろか済州島からもそれなりに距離が有るから、時間もその為の準備もそれなりに必要だと思っていたが、それがまさか目の前迄やって来られた挙句にその場で離陸されるとはと舌を打つ。
「……総司令、対馬区への出動の許可を。あれが何をするのか偵察の必要が有ります……俺の分隊が」
 司令官として采配を振るう必要の有る高根やその副官である小此木、そして黒川や横山、そして副長も重苦しい面持ちで押し黙る中、敦賀のその言葉だけが指揮所の中に響いた。
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