大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第395章『放棄と撤退』

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第395章『放棄と撤退』

 何が起きたのかは、敦賀にも直ぐには理解出来なかった。
 いつもと同じ様に距離を取って相手の動きを観察していた時、活骸の頭上を飛行していた機体群が徐々にこちら側へと側面を向けて縦列に編隊を組み始め、何か動きが有る、とそう思い身構えた直後、開け放たれた扉から何かがこちらへと向けられているのが双眼鏡越しに見えた。
 ぽっかりと空いた黒く丸い孔、見覚えが有ると頭の片隅でそう思ったもののその正体に思い至った時には既に遅く、思い至ると同時かそれよりも僅かばかり早くその孔から砲弾が飛び出し、対戦車砲を構えた男の背後に白い靄が立ち込める。
「退避を――」
 監視台の監視員を退避させようと口にした言葉は誰にも届かず、砲弾の直撃を受けた防壁の鉄柵と土台があちこちで轟音と粉塵を上げて弾け飛んだ事に掻き消された。
「撤退だ!第五防壁を放棄して後退!!」
 巻き添えを食って崩れた監視台の小屋、そこから海兵がふらつきながら外へと出て来るのが見て取れる。彼等も収容しなければと一瞬思いはしたものの、直後背後から大挙して現れた活骸の群れに絶叫を上げながら覆い尽されるのを見て、敦賀は顔を歪め大きく歯を軋らせて
「撤退だ!第四防壁迄後退!急げ!!」
 と、そう声を張り上げた。第五防壁の監視台は十ヶ所、監視員は二十名。内一ヶ所、通用門に隣接する中央監視台はたった今目の前で破壊され監視員は戦死した。他の九ヶ所十八名は何とか生き延びてくれと、直ぐ様無線で監視台の放棄と第四防壁迄の交代を命じたものの、中央監視台とその周辺の防壁を破壊し尽した機体は左右に分かれて飛び去って行った。その目的が恐らく他の監視台やその近辺の防壁の破壊であろう事を考えれば彼等の安全が全く保障されていない事は明白だ。それでもこちらから収容に動いて部隊を全滅の危険に晒す事は出来ない、そう判断した敦賀の命令により偵察部隊は全員がトラックに飛び乗り全速での後退を開始した。
 未整地の荒れ地を全速で直走り数分で辿り着いた第四防壁、その通用門を潜り対馬区第三区画へと入った偵察部隊を追う様にして監視員が乗ったトラックが七台戻って来る。内三台は一人しか乗っておらず、必死で脱出したもののもう一人は活骸に食われたと、停車と同時に運転席から転がり落ちて来た傷だらけの海兵が嗚咽や咆哮に塗れながら、抱き起した敦賀達へと向かってそう告げた。そして一台は二人揃ってはいたものの一人は既に出血多量の為かこと切れており、それを見て顔を歪めて背ける者、涙を流す者、崩れ落ち地面へと膝を突く者、様々な愁嘆が繰り広げられ重苦しい空気が立ち込めた。
 敦賀もまたその空気の中におり、それでも立場を忘れて怒る事も嘆く事も出来ずに無表情を装いながら放棄した第五防壁の方向を見る。地平線から立ち昇る煙、やがて遠からずあそこから活骸の大群がやって来る。それだけならこの第四防壁で防げるが今はそれだけではない、第五防壁を破壊したあの機体群がこの第四防壁を、そして後ろに控える第三第二、そして最後の防衛線である第一防壁を破壊しに飛来しないとは、最早希望的観測としてすら言う事は出来ないのは明白だ。
 予想通りにあれ等は第五防壁を或る程度破壊したら今度はここへとやって来るだう、そしてここを破壊したら次へと進むに違い無い。そして活骸はその度に食料である人間を求めて本土へと向かって進み続け、第一防壁を突破されれば残るは基地と博多の街を隔てる鉄柵だけだ。そこは活骸の大群の襲来に備え防ぐだけの強度は無い、博多基地曝露の時には活骸の数が千体程だったから問題にはならなかったが、対馬区の活骸が全て基地内に迄入って来て基地の鉄柵へと殺到すればそう長い時間は耐えられないだろう。
「第四防壁の全監視台に命令を出せ……監視台を放棄、ここに、中央監視台前に集合しろと」
「先任、しかし――」
「命令に従え、現場の、俺の判断で動いて構わないと総司令から言われてる。今の俺達には、大和軍にはあの飛行機からの攻撃と活骸を一度に防ぎ切るだけの力も装備も無い、ここで踏ん張ろうとしてもどっちかに殺されるだけだ。悔しいのは分かる、それでも、そんなくだらねぇ感情の為にお前等や監視当直を死なせるわけにはいかねぇ……命令を出せ。あの飛行機がこっちに向かって来る様なら、第四も放棄、第三に下がる」
「……了解、です」
 苦渋に塗れた敦賀の声音、偵察部隊の無線員はそれを受け先ずは指揮所へと連絡を入れ、次に第四防壁の全監視台へと無線で発令する。それから程無くして左右両側の地平線にトラックが一台、二台と姿を現し始め、やがて全員が中央監視台前へと集合した。
 誰もが不安気な面持ちで第四防壁の向こう側の地平線とそこから立ち昇る煙を見詰め、そこから次に機体群と活骸の大群のどちらが先にやって来るのかを待ち受ける。そして、
「……来たな、第四を放棄、第三に後退すると指揮所に連絡を入れろ……下がるぞ」
 という、双眼鏡を覗き込んだ敦賀の言葉に、機体群の方が先に到達するであろう事を知った。
 やがて敦賀の言葉通りにこちらへと飛来して来た機体群を目にしながらトラックへと乗り込み、或る者は荷台から、或る者は助手席の窓から身を乗り出し、或る者は運転席から鏡を通してその姿を目にしつつ後退を開始する。そして到着した第三防壁の本土側第二区画、通用門周辺には既に指揮所からの直接の命令を受けた監視員達が全員監視台を放棄して揃っており、敦賀はその彼等と共に、地平線の向こうから聞こえ始めた爆音を耳にし立ち昇る煙を目にする事となった。

 その後、第三防壁第二防壁も同じ様に機体群の攻撃を受け、大和海兵隊は当該防壁を全て放棄、海兵隊基地迄の撤退を余儀無くされた。

 残るは、第一防壁のみ。
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