大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
96 / 100

第396章『死守』

しおりを挟む
第396章『死守』

 前時代の崩壊後、大和はその国体の勃興前から活骸との死闘を繰り広げて来た。人間同士の覇権を得ようとする『戦争』ではなく、生存を懸けた壮絶な戦い。その為に流れた血食われた肉、そして失われた命は数知れず、九州の深部や本州に迄入り込んだ活骸を何とか対馬区へと押し戻し、最初の防壁、現在の第一防壁の基礎となった脆弱な柵を築いた時には長い年月が経過していた。
 頼り無いそれを補強する事を繰り返しつつ本土内に入り込んだ活骸を掃討し、漸くと本土内に平穏が訪れた時、大和人の目が向いたのは対馬区の遥か向こう側。資源を得る為、活動領域を広げる為、人間の主権と世界を少しでも多く取り戻す為、理由は様々でも人は前へと進み始め、防壁の外側へと踏み出した。
 長い年月の中で大和人が、人類が払って来た多大な犠牲、その無数の屍の上に築かれた五つの防壁は、彼等が諦める事も逃げる事もせずに戦い続けて来た証、強さと挑戦の証明に他ならない。
 それを誰よりも強く意識し誇りとするのが海兵隊、自分達こそ大和を護り敵を斬り伏せる刀なのだとの自負を抱き戦い続けて来たその彼等が今、大和の最後の守りであると同時に第一歩を踏み出した証である第一防壁を前に、只々、立ち竦んでいた。
 地平線から立ち昇る煙は第三防壁が破壊された証、第二防壁への攻撃も遠からず始まるだろう。防壁は活骸を防ぐ為には十二分な強度を持っているが、兵器を操る人間との戦いを想定したものではない、砲撃等を食らえば一溜りも無い事は目の前で第五防壁を破壊され思い知らされた。
 人類同士の『戦争』等、経験はしていないしそれ以前に他国の存在すを知らなかった、想像すらしていなかった。それがこの三年弱で他国の存在を知り攻撃を受け、今最悪の時機で彼等と正面から対峙する事になった。
「先任、戻ったか、御苦労だった」
「……総司令……申し訳有りません、戦死者を……出しました」
「お前の所為じゃない、私がもっと早くに放棄と退却命令を出すべきだった。他は生還した、今はそちらを見よう」
 トラックから降りて第一防壁に縋る様にして鉄柵を掴み地平線を見る敦賀、指揮所からやって来た高根がそんな彼に言葉を掛け、敦賀は僅かに顔を歪めつつも姿勢を正し挙手敬礼をする。
「連れて帰ってやれたのは一人だけか……暫くは葬儀も執り行えないだろう、一先ずは安置所の冷凍室に。この戦闘が終わったら埋葬してやろう」
「了解です」
 事切れて帰投した海兵、その彼の遺体を数人がトラックの助手席から下ろし、それに正対した高根が
「――敬礼!」
 と、そう短く声を上げ右手をこめかみへと掲げる。周囲の全員がそれに倣い右手を掲げる中、指揮所から高根達を乗せて来たトラックはその荷台に遺体を乗せ、敬礼した海兵達が見守る中静かに本部棟の方向へと戻って行った。
「……本当なら全員連れて帰って来てやりたかったんだがな」
「言うな言うな、出撃の度に皆思ってるよ……お前も、俺もな」
 他の海兵達から少しばかり距離を取り、敦賀と高根が並んで立ち言葉を交わす。遺体をほぼ丸ごと基地へと連れて帰って来られただけ良い方だというのは今迄の海兵隊生活で、否、対馬区への出撃で骨身に染みて理解している。下手をすれば肉の一片すらも連れ帰る事が出来ない激しい戦いの連続、全員の身体全てを連れ帰れた事等一度も無く、その想いは出撃を重ねる度に強まる一方だ。
「……それで、どうする」
「さぁてなぁ……代々の総司令が決断しないで済んだ事を、俺がしねぇといけねぇのは確実だな」
「……発動、か」
「ああ……第一防壁が無事なまま終わるとも思えねぇからな」
 踵を返し対馬区を背にした二人が言葉を交わしながら見詰めるのは、第一防壁から百m程内陸側の地面。等間隔に地面に金属製の円盤が置かれており、それが描く二本の線は防壁と平行に左右共に何処迄も続いている。
「防壁が破壊されれば、喩え発動したとしても、活骸が押し寄せ続けりゃいつかは飽和状態になる。そうなったら……ついて来てくれるか、最後迄」
「今更何寝惚けた事言いやがる、そんな覚悟は服務の宣誓の時に完了してるんだよ馬鹿が。でなけりゃこんな稼業二十年も続けてねぇよ、最先任を何だと思ってんだてめぇは」
「……そうか、有り難うな」
「しゃきっとしろ総司令、てめぇに礼を言われる様な事じゃねぇ。俺は、俺が決めた、俺が選んだ務めを果たす、それだけだ」
 淡々とした会話、敦賀の言葉に確固たる決意と力強さを感じ、高根は目を細めて小さく笑い、横に立った彼の肩をぽん、と叩く。
「……だな。さ、後方は龍興やら親父さんに任せて、戦い好きの特攻部隊らしく俺達は対馬区の方を向こうじゃねぇか、なぁ?」
「……良いのか、それで」
「……それは考えさせねぇでくれや。ま、死ぬ気は無ぇがよ、万々が一そうなったとしても、苦労も多いだろうけどしっかり育ててくれると、そう思ってるよ……そうであって欲しいと祈ってる」
「……そうか」
 何を、という直接的な事はどちらも口にしない。それが何を意味するのかは態々口にする必要が無い程に理解している。出撃の度に遺書を認め、その時々の自らの執務机の引き出しの一番目立つ場所に置き戦いへと赴き続け生きて来た。長年生き延びて来て慣れてはいたが、戦う相手が変わり戦況が随分と芳しくない分、骨身に染み込んだあの感覚が、覚悟が際だっただけの事。
「……さて、こんな無駄話してる暇は無ぇや、行こうか」
「ああ」
「可能な限り食い止めるぞ、陸軍に動いてもらう為にも時間を稼がにゃならねぇ」
「ああ」
「俺達が、護るんだ」
「……ああ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

処理中です...