大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第399章『懸念』

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第399章『懸念』

 海兵隊基地の向こう側、対馬区から薄らと立ち昇る煙。ホーネット部隊が飛行していくのを見た時から嫌な予感はしていたが当たってしまった様だと思いつつ、タカコは缶詰の中の桃を箸で突き刺してそれを口元に運びながら双眼鏡を覗き込む。
『マスター、少し休まれては……ホーネットが発艦してからこちら、ずっと起きてるでしょう?身体がもちませんよ』
『構うな、今はそんな余裕は無い事位分かるだろう』
『しかし……』
『くどいぞ』
 便所に行く以外は窓辺から動かず、じっと対馬区の方を見続けているタカコの身体を心配したのかウォーレンが声を掛けるが、タカコはと言えばそれに冷淡に拒否の言葉を返しただけで全く動こうとはしない。頑固な主が一度こうなってしまったら梃子でも動かない事はよく理解しているのか、ウォーレンはそれ以上は何も言わずにタカコの横へと腰を下ろした。
『どう動くと思いますか?防壁はどうやら第一以外は全て破壊された様子です、明日にでも第一も砲撃され破壊されるのでは。そうなれば海兵隊の柵は無力でしょう、大和への協力を続ける事に異論は有りませんが、一度距離を置いて様子を見た方が――』
『……いや、恐らくだが、第一防壁は当面は攻撃される事は無いだろうな、破壊されるにしても、最後の最後になる筈だ』
『と言いますと?どういう事です?』
 状況的に明日一番で第一防壁が砲撃により破壊されてもおかしくはない、そんな中で当面何も無いだろうとはどういう意味なのか。そう思ったウォーレンがタカコの方を横顔を見れば、双眼鏡を下ろしたタカコが桃の缶詰の残りを食べながら、クイ、と顎をしゃくって窓の外を指し示して見せる。
『単純に防壁を破壊して活骸を大和本土に大規模に流入させる事が目的なら、大和側に備える時間は与えない。夜間に発艦した上で電光石火で全ての防壁を破壊し、序でに海兵隊基地にも砲撃を加えてそれなりの数の兵員を損失させておく筈だ。少なくとも、私ならそうする』
『それは……確かに』
『しかしホーネット部隊はそれをしていない、防壁を一つずつ破壊しゆっくりと本土へと近付いてる。直ぐに相手を無力化出来るだけの戦力が有るのにそれをしない……お前なら、どういう時にそうする?』
 菓子の袋を開けて中身を取り出して口へと運ぶタカコ、その彼女の問い掛けにウォーレンが僅かに眉根を寄せて考え込む。
『そうですね……勝てると思っているからこその余裕、でしょうか。急がずとも仕留め切れると思っている、とか』
『違うな。余裕ぶっこくって解釈は間違っちゃいないが、この場合は違う。一連の計画を操っているヨシユキはそういう人間じゃない。やらなくても良い事迄徹底的にやって相手を甚振る、そういう鬼畜の糞外道だ』
『確かに……そうですね。それで、マスターはどの様にお考えで?』
『そこだよ、そこだ……』
 そこ迄言ってタカコは菓子の袋を床に置き、代わりに缶入りの茶を手に取り中身を一啜りする。
 ヨシユキが強者の余裕でこんな事をする人間ではないという事は分かっている、その事は長年彼の標的であり続けた自分が一番深く強く理解しているだろう。しかし、それであれば何故彼は電光石火の攻めを良しとせずこれだけ冗長な侵攻を採用したのか、その真意がどうも分からない。ホーネットの機動力や実戦での能力を見る為ならば活骸の頭上を飛び回っているだけではなく、本土へと、博多市街地へと一足跳びに侵攻してしまい人間相手に試験をした方が余程理に適っているし、成果も早く得られるだろう。あの有能な男がそれを理解していない筈が無い、この点に関してはマクマーンの配下の正規軍人達も同じ筈なのに、彼等が指揮する部隊が何故こうも動きが緩慢なのか。
 それについて考えれば考えただけ浮かび上がって来るのは、一つの嫌な可能性。ヨシユキが他者を甚振り翻弄する事に喜びを見出す気質である事を考えれば、今回の行動もそれに基づいたものだろう。ては、誰に対してどんな行動をすればその性癖を満足させる事が出来るのか、その事を突き詰めれば自ずと答えは見えて来る。
『……ホーネットを実地試験で投入したという事は、我々が本国を離れる前に同程度の開発段階に在った他の兵器も同じ様に今回が初の実戦投入になっている可能性が有るな……それを使うつもりかも知れん』
『その可能性は高いですが、それと今回のホーネットの動きに関連が?』
『……大和は国体勃興のごく初期段階に於ける朝鮮人との紛争を覗けば、建国以来活骸以外の外敵を持たなかった。資源の乏しい島国だ、大量の爆薬や鉄鋼を必要とする戦術も進化しなかった。そんな国の人間が、特に兵器や戦いという事に関して敏感な軍人が、未知の兵器の威力を目の当りにしたら……どうなると思う?』
『……確か、そろそろ実用化だという話が持ち上がっていた新型兵器が二つ程有りました。しかし、それならば、それこそ悠長に防壁の破壊等せずとも……俺には理解出来ません』
『それがヨシユキがブッ壊れてる事の証明だ。あのガチキチの考えてる事なんぞ理解出来なくて当たり前だし、したくもないな。まぁ、私のこの予想が外れてくれれば、その方が良いんだが』
 タカコの言い出した事を理解しつつも、その内容については完全な同意を示しかねるのか、ウォーレンが眉根を寄せて空になった菓子の袋を片付ける。タカコは茶を飲みながらそれを眺めつつ、これからの流れへと思いを馳せる。
 防壁を破壊したのは、そして、第一防壁だけを手付かずのままにしているのは、恐らくは見立て通りだろう。ウォーレンが言う様に理解に苦しむが、それでもヨシユキの性癖を考えれば、『これ』が一番しっくり来る。
 明日か、明後日か、それはタカコにも分からない。しかし確実に『その時』はやって来るだろう、そう遠くはない日に。
 大和軍が『それ』を目の当たりにした時、心が折れてしまわなければ良い。そうなってしまったその時点で大和の未来は潰える事になる、自分の協力等何の意味も持たなくなるだろう。
 彼等が心を保ち続ける事が出来るかどうか、それが大和の未来を握る鍵になる。どうか、どうか負けないでくれ、と、小さく呟いてタカコは窓の外へと視線を戻した。
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