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混沌の泉編
68.5話
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突然だが、皆は覚えているだろうか?リリエとスカイが白亜の城に入って最初に戦い、リリエの放った土の元素魔法により敗れてしまった青年のことを。
彼の名は、ゼスア・レムーザ。彼はミストと同様にルクトが神の皇子を勤めていた頃の城の護衛の一人であった。
これは、そのゼスアの過去、そして戦いに敗れた後の彼のお話。
―約数年前―
「ゼスア!今日も護衛の仕事?」
鎧を身に纏うゼスアの前に立つ、少し幼げな少女。
「…エリナ様…いいえ、今終わったところです。しかし、エリナ様、もう暗くなって来ています。城にお戻りにならなくてはいけないのでは?」
「うん、そうだけど…、ゼスア、いつも護衛の仕事大変でしょう?だから、そんなゼスアが元気になる良いところを教えようと思ったの!ほら、行こう!」
エリナと呼ばれた、どこかリリエに似ているような少女は、そう言うと笑顔でゼスアの手を引いていく。実際ゼスアの言う通り、日は傾き空は紅に染められていて、その反対側は既に夜の漆黒がそこへと迫っている。だが、エリナはそんなことを気にしようともしない。
「え、エリナ様?!どこへ…?!」
「そんな遠いところには行かないよ!安心して!」
「そ、そういう問題では…」
「ほら!ついたよっ!」
だが、エリナの発言は間違っていないとも言えるような早さでついたそこは、一面に花が広がる俗に言う花園だった。
「…!エリナ様、ここは…」
「ここはね、私の幼馴染が、とある人と約束をした場所なんだ。その時名前がついていなかったここにその私の幼馴染と約束をした人が名前をつけたの。その名前は、《約束の花園》。」
「約束の…花園…」
「私は、まだ約束をする相手がいないから約束なんてものは出来ないけど、お願いをすることは出来るから。…ゼスアが、もっと笑ってくれますように…って」
その言葉にゼスアは驚き、エリナを見た。笑ってくれるように。そんなこと、言われたことなんて無かったし、思ったこともなかった。
「エリナ様…?どうして、僕のことを…?」
「…ゼスアはいつも頑張ってるのに理不尽に怒られて、護衛の仕事を始めた頃よりもあからさまに笑顔が減ったから……笑って、ほしいなって」
そう笑顔でいいながら、エリナは胸の前で手を握り、沈みゆく夕陽に祈る。こんな少女が、そこまで人のことを観察していることに驚いた。
「…じゃあ、僕が笑えば、エリナ様はもっと笑っていただけますか?」
「当たり前だよっ!あ、良いこと思いついた!ならここで、その約束をしようよ!ゼスアがもっと笑ってくれるようになったら、私ももっと笑うって言う約束!」
「……エリナ様らしい、良い約束ですね。…良いですよ。約束しましょう。」
そう言って、ゼスアは頬を綻ばせた。
「あ…ゼスア笑った!」
「え?」
「ゼスア笑ったよ!今!」
エリナは無邪気に笑ってそう言う。そんなエリナを見て、ゼスアもまた自然と笑みがこぼれる。
「そう言っているエリナ様もとても嬉しそうですよ。」
「だってゼスアが笑ったから嬉しいんだもの!もっと、笑った顔見せてね!」
嬉しげに言うエリナに、ゼスアは頷いた。
「はい。」
しかし、この日から数ヶ月したある日、エリナはゼスアの前から、忽然と姿を消した。それから数年後、スヴールに遣えるゼスアはエリナに似た少女と戦った。
―現在―
「…リリエ・レスタナー…あなたは、エリナという少女と、なにか関わりはないんですか…?……なんて、今、こんなところで聞いても返事なんて返ってこないか……。エリナ様…約束、果たしてくれるんですよね…?僕、前より笑えるようになりましたよ…その優しい笑顔を、僕に見せてください…エリナ様……っ…」
ゼスアの頬を、冷たくも温かくもない滴が伝う。まるで、今どうすれば良いのか分からず中途半端なゼスアの心境を表すかのように。
『ゼスア、笑ってよ。私は、もっとゼスアの笑う顔が見たいって言ったでしょ?だから、笑って?』
そんな声が記憶の奥底から聞こえて来て、ゼスアは涙を流しながらも、優しく笑った。
「…貴女が、僕の前に戻って来て、笑顔でそう言ってくれることを、僕はずっと待っています。…いつか、いつか必ず、僕との約束を、終わりのない約束を、果たしに来てください。」
呟くように、ゼスアはそう言う。また、いつでも、何年後でも良いから、再び会いたい。今はそれしか考えられないのかも知れないと言うほど、強くそう思った。
「…そうだ、エリナ様。僕、つい最近貴女にとても似た少女と戦ったんですよ。そして、その少女に見事に負けたんですよ。………こんなことを言えば言い訳になりますけど、その少女がどうしてもエリナ様に似ていて、攻撃出来なかったんです。…情けないですよね…」
───大丈夫。
「?!」
記憶の奥底からではなく、確かに耳に入った声。ただ、ここにエリナがいるはずはなかった。でも、それでも、幻聴でも声が聞こえた、聞けたことが嬉しかった。
「…貴女は、僕が生きる意味です。」
ゼスアは、そう呟き真っ青な空を見上げた。
「僕の強さの証は消えてなくなりました。でも、僕が生きる意味は残っています。次に貴女に会って、約束を果たせるそのときまで、僕は必ず生きようと思います。」
ゼスアはそう言うと、輝く太陽の方へ向かって、歩き始めた。
彼の名は、ゼスア・レムーザ。彼はミストと同様にルクトが神の皇子を勤めていた頃の城の護衛の一人であった。
これは、そのゼスアの過去、そして戦いに敗れた後の彼のお話。
―約数年前―
「ゼスア!今日も護衛の仕事?」
鎧を身に纏うゼスアの前に立つ、少し幼げな少女。
「…エリナ様…いいえ、今終わったところです。しかし、エリナ様、もう暗くなって来ています。城にお戻りにならなくてはいけないのでは?」
「うん、そうだけど…、ゼスア、いつも護衛の仕事大変でしょう?だから、そんなゼスアが元気になる良いところを教えようと思ったの!ほら、行こう!」
エリナと呼ばれた、どこかリリエに似ているような少女は、そう言うと笑顔でゼスアの手を引いていく。実際ゼスアの言う通り、日は傾き空は紅に染められていて、その反対側は既に夜の漆黒がそこへと迫っている。だが、エリナはそんなことを気にしようともしない。
「え、エリナ様?!どこへ…?!」
「そんな遠いところには行かないよ!安心して!」
「そ、そういう問題では…」
「ほら!ついたよっ!」
だが、エリナの発言は間違っていないとも言えるような早さでついたそこは、一面に花が広がる俗に言う花園だった。
「…!エリナ様、ここは…」
「ここはね、私の幼馴染が、とある人と約束をした場所なんだ。その時名前がついていなかったここにその私の幼馴染と約束をした人が名前をつけたの。その名前は、《約束の花園》。」
「約束の…花園…」
「私は、まだ約束をする相手がいないから約束なんてものは出来ないけど、お願いをすることは出来るから。…ゼスアが、もっと笑ってくれますように…って」
その言葉にゼスアは驚き、エリナを見た。笑ってくれるように。そんなこと、言われたことなんて無かったし、思ったこともなかった。
「エリナ様…?どうして、僕のことを…?」
「…ゼスアはいつも頑張ってるのに理不尽に怒られて、護衛の仕事を始めた頃よりもあからさまに笑顔が減ったから……笑って、ほしいなって」
そう笑顔でいいながら、エリナは胸の前で手を握り、沈みゆく夕陽に祈る。こんな少女が、そこまで人のことを観察していることに驚いた。
「…じゃあ、僕が笑えば、エリナ様はもっと笑っていただけますか?」
「当たり前だよっ!あ、良いこと思いついた!ならここで、その約束をしようよ!ゼスアがもっと笑ってくれるようになったら、私ももっと笑うって言う約束!」
「……エリナ様らしい、良い約束ですね。…良いですよ。約束しましょう。」
そう言って、ゼスアは頬を綻ばせた。
「あ…ゼスア笑った!」
「え?」
「ゼスア笑ったよ!今!」
エリナは無邪気に笑ってそう言う。そんなエリナを見て、ゼスアもまた自然と笑みがこぼれる。
「そう言っているエリナ様もとても嬉しそうですよ。」
「だってゼスアが笑ったから嬉しいんだもの!もっと、笑った顔見せてね!」
嬉しげに言うエリナに、ゼスアは頷いた。
「はい。」
しかし、この日から数ヶ月したある日、エリナはゼスアの前から、忽然と姿を消した。それから数年後、スヴールに遣えるゼスアはエリナに似た少女と戦った。
―現在―
「…リリエ・レスタナー…あなたは、エリナという少女と、なにか関わりはないんですか…?……なんて、今、こんなところで聞いても返事なんて返ってこないか……。エリナ様…約束、果たしてくれるんですよね…?僕、前より笑えるようになりましたよ…その優しい笑顔を、僕に見せてください…エリナ様……っ…」
ゼスアの頬を、冷たくも温かくもない滴が伝う。まるで、今どうすれば良いのか分からず中途半端なゼスアの心境を表すかのように。
『ゼスア、笑ってよ。私は、もっとゼスアの笑う顔が見たいって言ったでしょ?だから、笑って?』
そんな声が記憶の奥底から聞こえて来て、ゼスアは涙を流しながらも、優しく笑った。
「…貴女が、僕の前に戻って来て、笑顔でそう言ってくれることを、僕はずっと待っています。…いつか、いつか必ず、僕との約束を、終わりのない約束を、果たしに来てください。」
呟くように、ゼスアはそう言う。また、いつでも、何年後でも良いから、再び会いたい。今はそれしか考えられないのかも知れないと言うほど、強くそう思った。
「…そうだ、エリナ様。僕、つい最近貴女にとても似た少女と戦ったんですよ。そして、その少女に見事に負けたんですよ。………こんなことを言えば言い訳になりますけど、その少女がどうしてもエリナ様に似ていて、攻撃出来なかったんです。…情けないですよね…」
───大丈夫。
「?!」
記憶の奥底からではなく、確かに耳に入った声。ただ、ここにエリナがいるはずはなかった。でも、それでも、幻聴でも声が聞こえた、聞けたことが嬉しかった。
「…貴女は、僕が生きる意味です。」
ゼスアは、そう呟き真っ青な空を見上げた。
「僕の強さの証は消えてなくなりました。でも、僕が生きる意味は残っています。次に貴女に会って、約束を果たせるそのときまで、僕は必ず生きようと思います。」
ゼスアはそう言うと、輝く太陽の方へ向かって、歩き始めた。
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