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混沌の泉編
59話
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物心ついてすぐ、初めてしっかりと理解したことは、自分は独りだということだった。
両親の顔も既にほとんど覚えておらず、名前や誕生日すらも分からなくて、自分の知る知り合いなどいるはずもなかった。町を歩いていても大抵の者が自分を妙な目で見つめられていた。
ただ、あの頃は分からなかった。その妙な目の意味に。
「ねぇ君、なんでこんなところに1人でいるの?」
藤色の髪の女性が、優しく声をかけてくる。なんで1人でいるのかと聞かれても、自分はいつも1人だったからなんでか分からない。
「…?…僕は、行く場所がなくて…」
「そうなの?大変ねぇ…。でもね、あまり出歩かない方が君の身のためだと思うよ?」
「え……?僕の…?」
女性は笑みを浮かべて頷く。
「なんで?僕、悪いことしてないよ?」
「悪いこと?…君自身はしていなかったとしても、君が存在している、という事実が悪いことなんだよ」
女性はそう微笑むと、立ち去りながら自分に言葉をかける。
「危ない目に会いたくないなら、誰もいないところにでも隠れたら良いんだよ。そうすれば、皆の記憶から君の存在が消えて、君は危ない目に会わない。…じゃあ、気を付けてね。」
女性は手を振って立ち去った。女性の言った言葉に理解が追い付かないまま呆然と立ち尽くしていると、急に全身に衝撃が走った。
「痛っ!」
「おい、邪魔だよガキ。混血がどんな面して純血の中に混ざってんだよ」
口の悪い青年が自分を蹴っ飛ばしたのだ。気づけば、回りを歩く者たちのほとんどが、ある者は笑い、ある者は嫌なものを見るかのように、自分を見ている。耳を澄まさなくとも、そんな者たちの会話が耳に入ってくる。
──あの子、最近噂の子よね?本当にいたのね。
──親に捨てられたのかな、あんなに小さいのに。もしかして、あれだから?
──あんなの、曰く付きと同じだろ?誰でも手放したくなるって。
──止めとけ、聞こえるよ。あ、聞こえても言ってる意味なんて分かりはしないか。
バカにするように、嘲笑うかのように、声が聞こえる。
「やめて、やめて…やめて!」
叫んでも、その声は止まるどころか酷くなっていく。耳を塞いで、その場にしゃがみこむ。
悪いことをしていなかったとしても、存在自体が悪いことだ。女性の言葉が脳裏をよぎる。危ない目に会いたくないなら、自分の存在を皆の記憶から消えるまで隠れていればいい。
そうだ。女性が言ったように、もう、誰もいないところに隠れてしまえばいいんだ。そうすれば、この声も聞くことなんてない。自分が、消えてしまえば───
「やっと見つけた。探してたんだぞ?お前のこと。」
突然、深緑の神の青年にそう言われて、何が言いたいのかしっかりと理解できないまま、自分は青年に引っ張られてどこかへ向かった。連れてこられたのは綺麗な花園。その美しさに見とれていると、青年は笑って自分に言う。
「綺麗だろ?ここ、ほとんど誰も来ないからこんな花園が残ってるんだ。お前、親に捨てられたんだろ?……突然なんだけど、僕が、お前の親の代わりになってもいいか?」
「…なんで、突然そんなこと…」
青年が、見ず知らずの、それも嫌われているような子どもになんでそこまで聞くのか、不思議でたまらなかった。
「なんでって言われてもな…。…僕にとっての大切な物を守りたいから、かな?」
「大切な物?…僕には、そんなものなんて無い…」
悲しくなって、俯いた時、青年がこちらの頭に手をポンと乗せた。
「大丈夫。僕が作ってやるから。な?元気出せ。スカイ。」
「…スカイ…?」
「名前だよ。名前無かったら呼ぶとき不便だろ?」
青年の言葉に、スカイ、という名が自分の名前であるということに気づく。
「僕の…名前?」
「そう。スカイ・レーシェード。大した意味は籠ってないからなんだか悪いけど…」
そう青年は申し訳なさそうな表情をするが、自分にとってはとても嬉しいことだった。
「…意味なんて、籠ってなくても、嬉しい。ありがとう。」
笑ってそう言葉を返すと、青年はどこか照れたように笑い、こちらに手を伸ばしてこっちの頭を撫でた。
「あ、僕の名前言ってなかったな。僕は、ルクト・サーフィラー。スカイ、約束しよう。この花園で。自分たちにとっての大切な物を守るって言う約束を。」
「…うん。良いよ。約束。」
2人が、そう言葉を交わしたのを見計らったかのように花びらが綺麗に舞い上がる。
「じゃあ、ここは僕たちにとって約束を交わした場所。約束の花園だ。約束を交わした日を忘れないように、今日はスカイの誕生日にするか!」
「誕生日…」
まだ、青年、ルクトを完全に信用できている訳じゃない。でも、誰かに自分にとっての大切な物をもらったのは初めてのことで、嬉しかった。たった1日で、名前、誕生日、仮とは言えども親、という大切な物をたくさん貰って、約束までして。夢かと思えるように幸せで、楽しい───。
「っ!」
ハッと目が覚めた。いつの間にか眠っていたみたいだ。目の前には花びらが尚も美しく舞っている。起き上がれば、ルクトも横で寝てしまっていた。
「悪夢かと思ったら、最高の夢だったみたいだね。」
フッと微笑んで、スカイは立ち上がると、指をパチンと鳴らして、ルクトの左手の小指を凍らせた。
「っ、冷たっ?!」
突然小指が冷えたせいでビックリしたルクトは飛び起きる。そして横で立つスカイを見てため息をついた。
「スカイ、絶対お前のせいだよな。」
「ルクト兄さん起こすの面倒だったし」
「それでわざわざ魔法使ったのか?!」
「別にいいでしょ。それよりもここでずっといるわけにもいかないから、俺帰るから。じゃあね、ルクト兄さん。」
ルクトは尚もスカイが小指を凍らせてきたことに反論しているが、スカイはそんなこと聞いていない。ルクトが立ち上がったのを確認すると、そそくさと帰っていった。
両親の顔も既にほとんど覚えておらず、名前や誕生日すらも分からなくて、自分の知る知り合いなどいるはずもなかった。町を歩いていても大抵の者が自分を妙な目で見つめられていた。
ただ、あの頃は分からなかった。その妙な目の意味に。
「ねぇ君、なんでこんなところに1人でいるの?」
藤色の髪の女性が、優しく声をかけてくる。なんで1人でいるのかと聞かれても、自分はいつも1人だったからなんでか分からない。
「…?…僕は、行く場所がなくて…」
「そうなの?大変ねぇ…。でもね、あまり出歩かない方が君の身のためだと思うよ?」
「え……?僕の…?」
女性は笑みを浮かべて頷く。
「なんで?僕、悪いことしてないよ?」
「悪いこと?…君自身はしていなかったとしても、君が存在している、という事実が悪いことなんだよ」
女性はそう微笑むと、立ち去りながら自分に言葉をかける。
「危ない目に会いたくないなら、誰もいないところにでも隠れたら良いんだよ。そうすれば、皆の記憶から君の存在が消えて、君は危ない目に会わない。…じゃあ、気を付けてね。」
女性は手を振って立ち去った。女性の言った言葉に理解が追い付かないまま呆然と立ち尽くしていると、急に全身に衝撃が走った。
「痛っ!」
「おい、邪魔だよガキ。混血がどんな面して純血の中に混ざってんだよ」
口の悪い青年が自分を蹴っ飛ばしたのだ。気づけば、回りを歩く者たちのほとんどが、ある者は笑い、ある者は嫌なものを見るかのように、自分を見ている。耳を澄まさなくとも、そんな者たちの会話が耳に入ってくる。
──あの子、最近噂の子よね?本当にいたのね。
──親に捨てられたのかな、あんなに小さいのに。もしかして、あれだから?
──あんなの、曰く付きと同じだろ?誰でも手放したくなるって。
──止めとけ、聞こえるよ。あ、聞こえても言ってる意味なんて分かりはしないか。
バカにするように、嘲笑うかのように、声が聞こえる。
「やめて、やめて…やめて!」
叫んでも、その声は止まるどころか酷くなっていく。耳を塞いで、その場にしゃがみこむ。
悪いことをしていなかったとしても、存在自体が悪いことだ。女性の言葉が脳裏をよぎる。危ない目に会いたくないなら、自分の存在を皆の記憶から消えるまで隠れていればいい。
そうだ。女性が言ったように、もう、誰もいないところに隠れてしまえばいいんだ。そうすれば、この声も聞くことなんてない。自分が、消えてしまえば───
「やっと見つけた。探してたんだぞ?お前のこと。」
突然、深緑の神の青年にそう言われて、何が言いたいのかしっかりと理解できないまま、自分は青年に引っ張られてどこかへ向かった。連れてこられたのは綺麗な花園。その美しさに見とれていると、青年は笑って自分に言う。
「綺麗だろ?ここ、ほとんど誰も来ないからこんな花園が残ってるんだ。お前、親に捨てられたんだろ?……突然なんだけど、僕が、お前の親の代わりになってもいいか?」
「…なんで、突然そんなこと…」
青年が、見ず知らずの、それも嫌われているような子どもになんでそこまで聞くのか、不思議でたまらなかった。
「なんでって言われてもな…。…僕にとっての大切な物を守りたいから、かな?」
「大切な物?…僕には、そんなものなんて無い…」
悲しくなって、俯いた時、青年がこちらの頭に手をポンと乗せた。
「大丈夫。僕が作ってやるから。な?元気出せ。スカイ。」
「…スカイ…?」
「名前だよ。名前無かったら呼ぶとき不便だろ?」
青年の言葉に、スカイ、という名が自分の名前であるということに気づく。
「僕の…名前?」
「そう。スカイ・レーシェード。大した意味は籠ってないからなんだか悪いけど…」
そう青年は申し訳なさそうな表情をするが、自分にとってはとても嬉しいことだった。
「…意味なんて、籠ってなくても、嬉しい。ありがとう。」
笑ってそう言葉を返すと、青年はどこか照れたように笑い、こちらに手を伸ばしてこっちの頭を撫でた。
「あ、僕の名前言ってなかったな。僕は、ルクト・サーフィラー。スカイ、約束しよう。この花園で。自分たちにとっての大切な物を守るって言う約束を。」
「…うん。良いよ。約束。」
2人が、そう言葉を交わしたのを見計らったかのように花びらが綺麗に舞い上がる。
「じゃあ、ここは僕たちにとって約束を交わした場所。約束の花園だ。約束を交わした日を忘れないように、今日はスカイの誕生日にするか!」
「誕生日…」
まだ、青年、ルクトを完全に信用できている訳じゃない。でも、誰かに自分にとっての大切な物をもらったのは初めてのことで、嬉しかった。たった1日で、名前、誕生日、仮とは言えども親、という大切な物をたくさん貰って、約束までして。夢かと思えるように幸せで、楽しい───。
「っ!」
ハッと目が覚めた。いつの間にか眠っていたみたいだ。目の前には花びらが尚も美しく舞っている。起き上がれば、ルクトも横で寝てしまっていた。
「悪夢かと思ったら、最高の夢だったみたいだね。」
フッと微笑んで、スカイは立ち上がると、指をパチンと鳴らして、ルクトの左手の小指を凍らせた。
「っ、冷たっ?!」
突然小指が冷えたせいでビックリしたルクトは飛び起きる。そして横で立つスカイを見てため息をついた。
「スカイ、絶対お前のせいだよな。」
「ルクト兄さん起こすの面倒だったし」
「それでわざわざ魔法使ったのか?!」
「別にいいでしょ。それよりもここでずっといるわけにもいかないから、俺帰るから。じゃあね、ルクト兄さん。」
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