NEET×DEYS

夕凪 緋色

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第6話 瀬田 孝一

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━━綾崎家 居間


 「はんにゃー……らー……しんぎょー……」

大夢による、大声の変に凝ったアクセントのお経と━━

チーン・ポクポク……
チーン・ポクポク……
チーン・ポクポクポク……

奏子が叩く木魚の音が静かな部屋に響き渡る━━
木魚と言っても、家にあった焦げて変形した鍋なのだが。

「……っだああああうるせー!!」

銀髪の男が飛び起きた。

「ふえぇぇ!!」
「あ、便器くん。目ぇ覚めた?」
「だッ……誰が、便器だ!」
「ほら、仲良く倒れてたから」
「違う! アレは……かくかくじかじかで、飛んで━━」
「ブーメランには無理っしょ」 
「……あぁ、俺も実感した。って、そうじゃな━━」
「何はともあれ。良かったなぁ、月島! 向日葵荘・殺人事件は未遂で済むな!」
「屁の臭いくらいで死ぬわけないっしょ! いや、昼食の生姜焼き定食……タマネギ大量やったからなぁ。もしかしたら……」

大夢はタマネギを食べると、オナラの臭いがきつくなるのだ。

「……屁? っつうか奥沢……と、お前等誰だ……それに、ここは……」

銀髪の男は部屋を見渡す。

「今更かよ……」
「な、なんで? ウチを知っとるん?!」
「奥沢先輩の知り合いなんですか?」

奏子は青ざめてガタガタ震えている。

「え? 奥沢、それさ……マジなリアクション? それとも━━」 
「あんた……まさか……ウチの元カレ……とか?」 
「えっ! ええええ!?」
大夢と泉美は顔を見合わせてアタフタする。

「お、奥沢ーっ!! てか、ここはどこ!? 俺は一体……何なんだよー!」

奏子の反応に戸惑い、混乱する銀髪の男。

「み、皆さん。お、落ち着きましょう!」

深呼吸で呼吸を整え、泉美が言った。

「は、はいーッ!!」

一番、威勢よく返事をしたのは大夢である。

「……えっと実は━━」

テーブルにコーヒーを並べ、泉美が口を開いた。
 
烏が一斉に飛び立っていく━━



第6話 瀬田孝一


①残念美人、やはり残念


「……つまりだ。買い物に出かけようとした俺。お前は便器のことを伝えようと追って来た」

銀髪男の空白時間の状況整理に、皆が頷く。

「そして、お前の屁の臭いで俺は倒れてしまったわけだ」
「はい、仰る通りです……」

大夢は土下座していた。
見た目が怖い相手には先手を打つ作戦だ。

「…………ったく」

ゴオオオ……!!
銀髪の男が急に立ち上がり、殺気を放つ。
今にも大夢に喰らいつきそうな勢いで手を伸ばす━━

「……お前……」
「ひぃ……」

「奥沢さん! 月島さんが……た、食べられちゃう!!」
「そんなに食に餓えてる気がせん。それに……食べても不味いやろ」

泉美と奏子は部屋の隅で見守っていた。

「それやし、あの兄(にい)やんはな……」
「え、やっぱり知り合い━━」 
「まぁ、な」

奏子はポリポリと頭を掻いた。

「……はぁ、頭上げろや」 
「え……」

大夢が頭を上げる。
と、銀髪の男は大夢に向き直り座った。

「まあなんだ、屁なんて生理現象だ。仕方がないと思うぞ。次から気をつけりゃいいさ」
「え……あ、はい」
「……お、終わったの……?」

飛んだ拍子抜けで、大夢と泉美は混乱していた。

「瀬田やんは、あまりにも凶暴な外見から【銀狼】とか呼ばれてるけど。ホンマは、メッチャ優しい紳士やね━━……うぉっ、ズビシッ! って、何すんねん!」

奏子の額に男のチョップがヒット。
そのまま、奏子は顔面を掴まれる。

「誰が凶暴だ、誰が!」
「びへへへへへっ、やめへやめへほめんっへ」

━━猛獣が猛獣を捕らえている図に見えなくもない。

「うほっ、生アイアンクローや……」

いつもやられている技を三者として見て、大夢は興奮気味だ。

「あ、あの! 奥沢さんが苦しがってます!」

銀髪の男が手を離すと、奏子が涙目で大夢の胸に飛び込んできた。

「うぅ……月島ぁ……瀬田やんが、瀬田やんがいじめるぅ……」
「えー……俺に言われても……」
「うぅ……ぐず……(あ、気持ちえぇ……」

━━猛獣が抱き枕を手に入れた図に変わる。

「奥沢先輩?……泣きながら人の胸揉まんといてくれません?」
「がふっ……」

大夢は、右腕で奏子の肩を掴み引っぺがす。

「な……なんかうちの扱い雑すぎちゃう……? 傷心の乙女には優しくせなアカンて。なぁ、お嬢ちゃん?」
「あはははは……ごめんなさい、フォローできません……」
「お嬢ちゃんまで……ぎゃふん」

━━奏子、撃沈。



②瀬田孝一という男


「月島……と言ったか?」
「1週間ほど前103号室に入居しました、月島大夢です。以後、お見知り置きを」

大夢が頭を下げると、銀髪の男も頭を下げる。

「瀬田 孝一(せた こういち)だ。204号室……つまり奥沢の部屋の上に住んでる。で、だ。まずお前は何故俺を追ってきた?」
「あぁ……それなんですけどね……」 

大夢はリュックサックからクッキー缶を取り出す。

「引っ越しの挨拶の粗品、まだ渡してなかったので」
「……そのために俺は殺されかけたのか……」
「あと、興味本位? 瀬田さん帰ってくるのいつも遅かったみたいやし、どんな人なんかなぁって」

まだ冷える時期の大夢は、23時までに就寝している事が多い。

「興味本位とは何だ?」
「あー……ほら、便器━━」
「お前っ! いい加減にしろ! もう便器は忘れろ!……ベルトに引っ掛かって飛んだだけだろが!」
「はうッ! ズブシッ」
 
デコピンと見せかけ、あごピンを大夢にくらわす瀬田。

「い、痛い!……いくら二重アゴでも結構効くって……」
「うっせ! 寧ろそれだけで勘弁しといてやるんだ、感謝しろ……っつうかこいつ髭固ェ……針ネズミかよ……」

小学4年生の頃から鍛え上げられた大夢の髭は、毎日剃ってるとはいえ固かった。
━━何で鍛えていたのかは別の話。

「ど……どっちも痛そう……」

地味な男の闘いを泉美は真剣な眼差しで見ていた。

「……触る?」
「え、遠慮しときます……」
「あら、残念ねぇ……ぐひっ」

不敵な笑みを浮かべる大夢を前に、泉美はたじろぎ手を隠す。

「そういえば。奥沢さんは元々、瀬田さんと知り合いだったんですか?」 

泉美の質問に空気化していた奏子が不敵な笑みを浮かべた。

「ニシシッ……知り合いも何も瀬田やんはな、うちの腹違いの兄ちゃ━━……ぶしっ!」

またも孝一のチョップが奏子の額にヒット。

「ちょお! 女の顔に何回もチョップするか、普通!?」
「黙れ。この女が夜間のバイトに出る時、たまに会ってただけだよ!それ以上も以下も無ぇ」
「ぬぐぅ……ちょっとくらい冗談に付き合ってくれてもえぇのに……」
「あはは……」

奏子は凄まじい殺気を放つ孝一に何も言い返せなかった。

クググギュギュ━━

「……今のは俺の屁ぇちゃいますからね?」
「わ……わかっとるわ……っつうか、うちもちゃうで?」
「……ということは……」

大夢と奏子、泉美の視線は孝一に集まる。

「……悪い、俺の腹の虫だ。そういえば飯買いに行く途中だった。長々と邪魔したな。この部屋は……」
「あ、私のうちです。102号室です」
「102号室……ここは綾崎さん家(ち)か。ということは、お前は綾崎さんの娘か……」

鋭い目を見開き、泉美の両肩を掴んで続ける。

「あ、はい……父か母をご存知ですか?」
「まあ、同じアパートだからな。2年くらい前まではよく親父さんと同じタイミングで出社してたし……奥さんに会ったのは……引っ越しの挨拶に伺った時くらいだがな」
「あ、あの……その、この手の意味は……」
「寝起きで顔が……そのよく見えなくてな」
「月島の屁が蜃気楼も放ったか、ははは!」
「う、うるせーやい……」

大夢は奏子を睨み見る。

「しかし……あまりにも親父さんを見ねぇもんだから、てっきり奥さんに逃げられたのかと思ってたのに……まさか娘がいたとはな」
「……はぁ」 
「それじゃ、邪魔したな!」

ケラケラ笑いながら立ち上がり、部屋を後にしようとする孝一。

「あ、あの!」
「ん?」
「よかったら……」

泉美は、孝一に歩み寄る。

「ん、なんだ?」
「ご飯、食べていきませんか!?」

その言葉に孝一をはじめ、皆の目がキラキラと輝いた。



③泉美を褒めまくる会


綾崎家のテーブルを囲む4人。
キッチン側に泉美と奏子。
リビング側に大夢と孝一が座っている。
4人は手を合わせ━━

『いただきます』

「はい、たくさん食べてくださいね」

本日のメニュー。
白米・コーンポタージュ・ごぼうサラダ・鶏の照り焼き。
━━何キロカロリーかは知りません。

一番の食欲は、やはり孝一。
ガツガツガツと鶏の照り焼きを頬張り。
モシャモシャモシャとごぼうサラダを口に放り込み。
グビッ、グビッ、グビッとコーンポタージュを飲み干した。
そして、孝一は両目を見開く。

「美味ぇ!! こんな美味ぇ飯は久しぶりだ!! 特にこのコーンポタージュ、どこのメーカーだ!? 美味すぎるぞ!!」
「あ、それコーン缶を牛乳と一緒にフードプロセッサーにかけたんです」
「な、なんと……!」
「コツはなくて、水と一緒にお鍋で煮詰めて。味付けはコンソメキューブで……」
「……マジか! お前天才だな!!
ガキの作る料理だから大したことはないだろうと舐めてた掛かったが、美味すぎるぞ!」 
「お……大袈裟ですよ。それに私、高校2年生ですからね」 
「し、しょ……しょう……小学生じゃなかったのか!?」
「ふえぇ……月島さんと同じような勘違いしないでくださいよぉ」

カランカラン━━
大夢の皿から、テーブルに箸が落ちる。

「おい、月島。箸、落ちたで━━」

奏子は大夢を見て驚愕。
大夢はスープを冷ますために、フーフーしていた。
━━大夢は猫舌だ。

奏子は、すぐさま見なかったことにした。

「へもほんはに、うはいよは!」
「奥沢さん。口の中のもの、飲み込んでから喋ってください!」
「ほへん、ほへん」

奏子はコップに入ったお茶を飲み干した。

「プハッ! いやぁ、お嬢ちゃんの作るモンはホンマに美味いわ!」
「も……もぅ……褒めすぎですよ、二人とも! ねえ、月島さん?」

三人の視線が大夢に集まる。 
大夢はやっとコーンポタージュをを飲み始めたばかりだった。

「え? 俺がこの話の流れで『ホンマ褒めすぎやで。そんな大層なモノでもないやろ?』とか言うような性格やと思った?」
「あ……」

泉美はしまったと口を手で覆うが、時既にお寿司(遅し)だった。

「泉美ちゃんはホンマに料理が上手やわ。味もやけど、食欲を唆る匂いと盛り付け。ほら、ご飯なんかツヤツヤで……」 
「あ、いや……そんな……」 
「見た目も可愛いけど━━」

5分くらい語り続けた大夢。
泉美そのものを褒めはじめると、彼女はリンゴのように真っ赤になった。

「も、もうやめてよぉ……っ」
大夢は泉美に口を塞がれた。



④銀狼さんとお勉強


食事を終えた4人はお茶を飲んでいた。

「ふぅ……すまんな、お茶まで淹れてもらって」
「いえいえ。」
「お嬢ちゃん。ホンマ、至れり尽くせりやな。ええお嫁さんなるわ」
「も……もう! だから、あんまり褒めないでくださいよぉ……」
「フーフーフー」
「……どんだけ必死で冷ましてんねん」
「つ……月島さん、ゆっくり飲んでいいですから」

そう言って、微笑む泉美。

「いや……だって時間も時間やし、早く飲んで帰らないと泉美ちゃんに迷惑やろ?」

『あ……』

奏子と孝一は、各々のスマホで時間を確認する。

「9時か……すまん、まだ7時半くらいだと思っていた」
「同じく……」
「い、いえいえ! 全然気にしないでください、呼んだのはこっちですし」
「ってか、一日中付き合ってくれてたけど。宿題とか出てへんの?」
「あ……」

泉美が口を押さえると、大夢はお茶を啜って言った。

「……奥沢先輩。一日、付き合わせたんやから宿題くらい手伝ってあげたらどうですか?」
「な……なんでアンタが偉そうに……まあ、えぇよ、お嬢ちゃん。宿題持っておいで」
「は、はい……学校の宿題じゃなくて……」
「ん?まぁえぇから持っておいで」

━━10分後……

「う~~~~ん……ここに当てはまる単語わかる?」
「あー……これは……た、多分……ですね」

教えるはずの奏子が何故か泉美に教えられていた。

「なるほどね、そう言うことか! じゃあここは……ん? なんかちゃうくない?」
「あれ? あ、本当だ……おかしいな……」
「月島わかるー?」

科学のドリルが大夢に回ってくる。

「……これ何? 社会? どこの会社の組織やねん」
「しゃ……社会!? これ科学やし、せめて公民とか地理言うてや!」
「中学生じゃないですってば……私」

泉美と奏子が頭を抱える。
大夢は「あちゃー」と言いたげな顔をした。
━━大夢の学力は小学校高学年と良い勝負だ。

「な、瀬田やんはどーなん? 勉強て」
「……ん、貸してみろ」

大夢からドリルを受け取った孝一は、一通り目を通す。 

「綾崎、ペン。それから、なんか紙貸しな」
「あ、はい……」

泉美からペンを受け取った孝一。
ドリルを見ながら、紙にさらさらっと何かを書き泉美に渡す。

「このページの解き方。一通り回答を見た感じ、単語を丸暗記しようとしたんだろう。まぁ、意味も簡潔に頭に入れとけよ」
「あ……はい……」
「す、すげえ」
「やるやん、瀬田や~ん」

瀬田の口元が一瞬、緩んだ。

「意味を全文覚えるより簡潔に覚えた方が時間を短縮できるだろ?」
「は……はい、先生!……あ」
「先生じゃないんだがな……ま、大学は出てるからな、多少は勉強もできるわ」
「それは安心だね、泉美ちゃん」

大夢がお茶を啜りながら言った。

「あんたはマイペースやな……」
「だって、熱いのは無理だけど冷めたら冷めたでもったいないじゃん」
「そうじゃなくてだな。何というか━━」
「因みに瀬田さん、どちらの大学出身なんっすか?」
「東都大学」

『東大!?』

3人が同時に叫ぶ。
孝一自身はケロっとしていた。
━━が、三人から見た彼は明らかに天狗だった。



⑤銀狼の過去


「東都大学理工学部……」
「……ガチの天才やん、東大出身って」

もっと言ってくれ、と言わんばかりに孝一の鼻はぐんぐん━━

「そ……そんな偉い人に教えてもらってたんだ……」
「な……なんで、そないな天才がこんなボロアパートに住んでサラリーマンやってんねん……」

奏子の言葉で孝一の天狗状態が強制終了。

「ボロ言うなよ……どこから話そうか……」

孝一は天井を仰ぎ見る。

ズズズ……バリッ……
取り出した煎餅・じゃがっこを食べ始める、大夢。

『空気読めや(読んでください)!!』

皆が一斉にツッコんだ。

「……いや、そんな大した話じゃなかったわ。」
「えぇ~、気になるやん」
「私も気になります」 

サクサクサク━━━

「うん、俺も」

本日2箱目のじゃがっこ。

「お前は本当に気になってんのか、あ?」 
「月島が切り出したから、こっちは気になり将軍なんやで!」
「そうですよぉ!」
「もう気になってたこと解決したし━━」
「聞いてもつまらんぞ?」

大夢の言葉を瀬田は遮る。

「なんや言いかけてんから、最後まで言いや」
「……実はな」

瀬田は大袈裟にまで深刻な表情で口を開く。
泉美と奏子は生唾を飲み、大夢はお茶を飲む。

「うちの親父……某会社の社長なんだけどな。あれは……」


━━5年前。
ゼータカンパニー社長室。

「はあぁ!? 誠二に会社を継がせる!?」

孝一はプレジデントデスクを両手で叩く。
初老の男・瀬田 冠十郎(せた かんじゅうろう)は孝一の方をゆっくりと見る。

「そのつもりだ。確かにお前は優秀だ。だからこそ、こんな小会社の社長なんかよりもっと世の為に……」
「ふざけんなああぁぁぁぁ!!」

孝一はデスクを蹴り飛ばす。

「いってぇぇええええ!」
「のわああぁぁぁぁぁ!」

孝一は足を抱え転げ、冠十郎は尻餅を着いて青ざめた。

「どこのどいつが会社を継がせるために、ガキの頃から遊ぶ間もなく勉強させやがった?大学に入れやがった? あ!? それがよりにもよって……弟なんかによぉ……っ」

孝一はジリジリと冠十郎に迫る。

「ひ……ひいいいぃぃ!!」

そして、冠十郎の顔の横の壁を蹴りつける。

「ひっ……か、顔だけはやめ、やめやめて……」
「……まあいい。これからは好きに生きさせてもらう。金輪際、俺に関わるな!」

孝一が最後に壁を一蹴り、社長室を後にする。
冠十郎は泡を吹いて、気絶していた。


━━現在。

「と、言うことがあってな。まあ結構、端折ったが」
「ふえぇ……お、お父さん大丈夫だったんですか?」
「あれからすぐに荷物まとめて家をでたが、とりあえず死んだって話は聞いてないぞ」

ズズズ……
大夢がお茶を啜り挙手する。

「はい。月島くぅーん、どうぞ!」

奏子が教師面で大夢を指差す。

「結局、何でナニワに来て……このアパートに住んでるんですか?」
「あー……できるだけ遠くに行きたい……そう思いながらバイクを飛ばしてたら、ナニワに居てな。行く当てもなくフラフラしてたらよ、ここの管理人の爺さんに出会ったんだ」
「めっちゃ端折った感ありますね」
「細かく話すと長いからな。まあなんだかんだと就職もして……」
「なんで、みんな簡単に就職できんねん……おかしいやろ」

大夢の嘆きに皆が固まる。

「月島さんは、まだはじめたばかりじゃないですか。つ、月島さんは悪い人じゃないから……きっとすぐに━━」
「ここに来た途端、何か跡継ぎとかどうでもよくなってよ」
「ねぇ、泉美ちゃんすごく良いこと言ってたんだけど。なんで打ち消すのよ」
「今はお前の話題ではないだろう」
「せやで、月島。ほれ瀬田やん、続けたれ」
「このアパート。案外、居心地が良くてな。もう全部、どうでもよくなった。未だに親父だけは許す気にならないがな。はっはっは」

孝一が明後日の方向を向いて笑い出すと、大夢と奏子が立ち上がる。

「なんか、散々端折ってるからとんでもない理由があるのかと思えば……」
「思いの外、あっさりしてて何か拍子抜けやわ……」
「しっかし、このアパート大丈夫なん? 人をダメにするっぷり」
「何か言うたか、月島?」
「いや、なーんも」

大夢と奏子は靴を履くと、振り返る。

『じゃ、おやすみ』

「……なあ、俺は何か悪い事をしたのか?」
「わ、わかりませんけど……多分ナニワの人的にはオチが欲しかったのでは……」

残された二人は頭の中が真っ黒になった。

「そんじゃ、おやすみ」
「ふえぇっ! ど、どうしてうちで寝ちゃうんですかー!」
「オチだ」
「ふええぇぇぇぇー!!」



⑥なんなんだよ


翌朝━━
向日葵荘前。

「お。月島、おはよ」
「奥沢先輩、おはようございます。朝からどうしたんですか?」
「ちょっと朝日が恋しくなってな。そっちは?」

ラジオ体操をしながら、奏子が言った。

「朝の空気が恋しくて」

つられて、大夢も無意識にラジオ体操をはじめる。
━━2人とも寝間着代わりのジャージ姿。

ガタン
ダッダッダッ

「うわっ、出た!」

降りてきた瀬田は、2人を見て驚く。

「なんやねん、人をバケモンみたいに」
「瀬田さん、おはようございます」

昨夜の事は忘れたかのような2人の反応に、目が点になる瀬田。
ラジオ体操を続ける、2人。

「いや、昨日は悪かったな、何かよく分からんが……」

孝一が頭を下げると、今度は2人の目が点になる。

『はい?』

「お前ら怒って帰っちまっただろ?」

大夢と奏子は顔を見合わせる。

「いえ? まあ、オチは欲しいかなぁとは思いましたけど…………」
「別に怒ってたわけやないよなぁ」
「じゃあ何でいきなり帰っちまったんだよ!?」
「だって昨日10時まわってたし、いい加減帰らないとなぁ……って」

大夢が言い終えると、孝一は跪いて一言。

「……何なんだよ、お前ら! 子供じゃないだろ」

『ナニワ人でーす、イェーイ』

大夢と奏子はハイタッチを交わす。

「そもそも、泉美ちゃんがまだ子供だから」
「せやで~。お巡りさんに捕まるで、瀬田やん」
「なんで俺なんだよ」
「あぁ、しまった!!」

大夢は頭を抱えて叫ぶ。

「き、急に何だ!」
「……あの後、瀬田さんと泉美ちゃん……二人きりやん……あんなことやそんなこと……何でも不思議なポットで叶えてくーれーる……」
「してねぇわ! てか、すぐに帰ったての」
「瀬田やーん?……ホントですか? あんな可愛い娘ちゃん、滅多におらへんやろー? 月島じゃないけど、あんな夢こんなオチいっぱいあるやろー♪」
「げふんっげふんっ、俺は立派な社会人だからな?って、いつまでそんな疑いの眼差しを向けるんだ?」

奏子はニヤニヤしながら。
大夢はヒヤヒヤしながら、孝一を横目で見る。

「朝から賑やかだなぁ、ふふふ。それにしても仲良いなぁ、みんな」

キッチンの窓から、その光景を眺めていた泉美は笑顔を浮かべた。




第6話 完
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