NEET×DEYS

夕凪 緋色

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第5話 両手に花

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第5話 両手に花 



①奏子再び


━━現在、午前11時。

「おえぇ……疲れたわ。まじ肩こる。もう嫌や……」

大夢は、ちゃぶ台に求人票を広げて履歴書を書いていた。
彼は無職だ。

「何回、同じこと書かせたら気が済むのよ! んもぅ!……後先考へんで仕事辞めたあたしが悪いんですけどね……ぐへへ。元気吸われてる~、履歴書は呪いの━━」

ドンドンドン

『つ~きしま~、居るか~』

荒くドアを叩く音が大夢を現実に呼び戻した。

「面倒なんが来たな……ほっといてえぇよな。くわばら、くわばら~」

大夢は生姜焼き争いを思い出し、居留守を使うことを決意。
寝転がり、スマホをいじる。

「ぐは、出会い系に登録するとこやった!……最近のネット広告は厄介すぎやわ」

━━ドンドンドンドン
『つ~き~し~ま~!! 中に居るのは分かってんねん! 観念して出といでや~!!』

更に勢いを増す音……猛ノックとでも名付けておこう。

「うるせ……絶対出んとこ……」

と、ヘッドホンを耳に掛けようとする。

『あああっ! 綾崎のお嬢ちゃん!? 今日はえらい大胆なカッコやな! そないな……ええの? 鼻血ブー、献血ゴーになってまうよ?』

「何ぃ!?」

一瞬にして奏子の言葉通りの大夢である。

━━ドタドタドタ 
ガタッ

「大胆な格好の泉美ちゃん!?」

玄関の外に立っていたのは、黒いTシャツに紺のジーンズ姿の奏子だけだった。

「やーっと出てきおったな。単純な罠に引っ掛か━━」
「チーン、お葬式やったわ」

大夢の額に奏子のチョップがクリティカルヒット。

「アーメン!!」



②奥沢先輩

「も、もうじわげ……ありまぜんでじだ……」
「分かればええて」

大夢が何回、謝ったことか。
漸く許してもらえたのだ。

「だいたい綾崎のお嬢ちゃん、学校始まってんのにこんな時間に居るわけ無いやん! 考えれば分かることやろー?」

胡座をかいてケラケラ笑う、奏子。

「う……確かに……ってか奥沢先輩は何の用なんっすか? 俺もそんな暇やないんすけど」

大夢は履歴書と紹介状を封筒にまとめ、ちゃぶ台を片付ける。

「なんやなんや冷たいなあ! 昼飯まだやろと思って誘いに来たのに!!」
「あ、マジ? デートしたいんすか?」
「……あ?」
「……奢ってくれるんすか? すぐ準備します、優しくて美人な奥沢先輩、大好きー」 

大夢はすぐに掌を返す。
そして厚かましい。

「なんや、最後らへん気持ち入ってなくね?」
「好きすき、大好きー、ご飯が大好き!」

半・現実逃避気味の大夢。

「ちょ、誰も奢るなんて……まあえぇか、一応可愛い後輩やしな」
「あの……着替えたいんやけど」
「別に減るもんちゃうやろ」
「え? あなたが言っちゃう、ソレ……」
「ま、ええわ。じゃあ10分後に部屋の前な。しっかし……美人か、ふへへ」

奏子は煽てに弱い。
嬉しい時の笑い方も少し残念な美人。
本当に色々と残念な人である。

ガタッ

「……ふぅ、とりあえず出てくれたわ……」

大夢は、とある理由で歳の近い地元の人間が苦手だった。
それはまた別の話━━

「そういえば……あの人、なんで〈あの事〉知ってたんやろ……」



③ナニワノ生まれの二人


「おう! 月島、待ったか?」
「ううん、あたしも今来たとこよ」
「化粧に手間どっちまってな」
「確かにいつもより━━って、なんでこんな掛け合いせなあかんねん! しかも俺のが女っぽかったし」
「月島が彼女かー……キモっ!!」

ケラケラ笑う奏子を覚めた眼差しで睨む、大夢。

「ってか、なんやのソレ……」
「さっきの奥沢先輩に合わせてみました」
「ん? 全身黒やん。喪服ちゃうんやし!」

そう言った、奏子は先程よりやや明るめの服になっていた。

「……着替えてきます」
「まだ待たせるんか?! ここで着替えたらええやん!」
「無理です、ムリムリムリ!」
「それか、変身したらええて!」
「できるかーい!」

慌てて部屋に逃げ込む、大夢。
待つこと、数分━━

「にしても芋臭い格好やなぁ」
「ほ、ほっといてください!」
「芋だけに?」
「ちゃいますわ! だいたい奥沢先輩かて人の事言えた格好ちゃいますやん!!」

大夢は灰色のトレーナーに黒のジーンズ。
それに黒いリュックサック。

「こっちもまた着替えてきたんけど、気付いてくれたんやな!」

奏子は老緑のパーカーに紺ジーンズ。
一応女性らしく赤い手提げ鞄を持っているが、服装とはあまり合っていない。
━━二人とも、いい勝負だ。

「ほな行こか。いつまでも喋ってたら店混むわ。何食べたい?」
「まあそうですね。ってかこの辺どんな店あるか知らへんから、オススメの店とか教えてもらえたら……」

二人は喋りながらアパートを後にする。

「あ、食堂とかってありますか?」
「あるでー。夕凪町でいっちゃん美味しい食堂。夕凪食堂! あそこの卵焼き、美味いねんで~」
「はは……本当に美味しいんでしょうね。……まあ、ヨダレは垂らさんといて欲しかったですけど」
「なぬっ……これはヨダレではない! 食欲がある時に発生する━━」

尚も口から溢れ出す、唾液を手で拭う奏子。

「あー、はいはい。その手で触らんとってくださいね。触ったら一生『残念美人』って呼びますからね」
「ぐ……言わせて置けばぁ!! でも……残念でも美人やねんな」
「そっすねー。その恵まれた容姿で、お上品にしてればモテモテっすよ、きっと」
「ば……馬鹿にしてんのか褒めてんのかよう分からん言い方やな……しかも所々刺々しい」
「ヒャハ」

大夢は少し口が悪い。
二人は夕凪食堂へと向かっていく。

「そういえば、財布持ってます?」
「心配いらないて。後輩は黙ってついてきな!」
「は、はい!」

奏子の足は匂いが強まるごとに早くなっていく。

「奥沢先輩、夜はバイトやったんでしょ? 疲れてないんすか?」
「夜中のバイトは辞めたよ」
「辞めたんですか!?……やっぱり地味やからどんな仕事もお葬式に━━」
「ちゃうわ!」 

大夢は現在、求職活動で連敗中(しかも書類選考で)。
バイトとはいえ、あっさり辞めてしまえることに驚きを隠せなかった。

「金には困ってないし、昼のバイトがあるしな。今日は休みな。」
「は、はぁ……」
「一人暮らし始めたものの、こっちには友達も居らんさかい暇やったから仕事詰め込んだんよ」

少しだけ寂しそうに遠くを見る奏子。
だがすぐに大夢の方を向き直り、ニカッと笑いながら肩を組む。

「けど今は友達もできたから、前みたいに退屈はしてへんよ!」
「は、はぁ……」
「なんやノリ悪いなぁ!! お友達第1号~」
「へ、変なあだ名つけんといてくださいな……」

ケラケラ笑い続ける、奏子。

「そんじゃ芋……一応、成人してるから男爵芋やな」
「余計、変やから! もう1号でいいです」

つられて少し笑ってしまう、大夢。



④制服の少女


住宅地を抜け、公道に出た大夢と奏子。

「あれ? お友達第2号ちゃうか?」
「……第2号って泉美ちゃんのことっすか? でも今、学校じゃ?」
「アレは間違いなくお嬢ちゃんやで!! おーい、友達2号!」

当たり前だが、泉美は反応しない。

「なんでや! もう友達やと思ってたのに……」
「あの……そう呼ぶん、今日が初めてだったり━━」
「あぁ、せやで」
「そこが問題ですから」

奏子は、「なるほど!」と手を打つ。

「おーい、綾崎のお嬢ちゃーん!!」

しかし、今度は行き交う車が奏子の声を遮る。

「……残念すぎるわ……」

奏子はそうとも知らず、叫び続ける。
やがて声は掠れ、腹筋を使って声を出しはじめる。
その声、オッサン━━

すると反対側の歩道にいた制服姿の少女は驚いてこちらに振り向いた。

「あ……月島さん、奥沢さん」
「やっぱり友達2号やった!」

泉美は手を振りながら、走ってきた。

「友達2号! 今日は学校終わりなん??」
「はい、実力テストでしたから、半日で終わりました!」
「なるほどな。そりゃお疲れさん!」

と、まじまじと泉美を見る大夢。

「ありがとうございます」

泉美が街中を歩いていた謎は解けたが━━

「あ……ああ……あ……」

大夢が故障した。

「月島さん??」
「……あかんこいつ……」
「えっ? えぇぇえええと……」
「お嬢ちゃんの制服姿が可愛すぎるあまり感動して意識飛んどる……」
「ふぇぇ!?」

大夢は魚のようになっていた。

泉美の通う水都高校の制服。
それは紺色のブレザーに(リボンやネクタイは?)赤いチェックの膝上スカート、それにハイソックス。
因みに、男子は紺の学ランと黒のスーツパンツ。

「か……可愛くなんかないですよー」
「めっちゃ可愛いやん!なあ、月島!!」
「あ……ああ……あ……出る……きっと(鼻血)出る━━」
「もうそれはえぇからさっさと帰って来んかー!!」
「ゴデュファッ」

奏子のチョップが、大夢の額にクリティカルヒット。

「あれ?……何この可愛い生き物」

大夢は我に返った。
━━引っ越して来た初日にも制服姿を見ているが、色々と……
ダンボールにお尻が嵌っていたり、淡いピンク色のパンツだったり……で頭がいっぱいだったので記憶にない。

「可愛くなんか━━」
「いや、絶対に可愛いって!」
「白昼堂々イチャつくな!ほら行くで、お嬢ちゃんも!!」
「い……イチャついてないですよ!!?」
「見せつけか! あぁっ!?」
「あ、あの行くってどこに━━」
「奥沢先輩が飯奢ってくれんだって。用事無いなら奢られに行こ」
「で、でも」
「誘ったん奥沢先輩なんだから遠慮せんでええって」
「デートなんじゃ━━」
『ちゃうわ!』

二人、被って即・否定。

「ほな出発シンコーー!!」

三人は足並み揃えて、夕凪食堂に向かう。

「……キュウリのおしんこーとか俺は言いませんからね??」
「おしんこーのキュウリ、とか言うんやろ?」 
「言わんし!」
「なんやノリ悪いな」




⑤夕凪食堂

ビル街の片隅に古風な建物が1軒。
それが夕凪食堂。

「さ、着いたで」
「おぉ、街中にこんなレトロな食堂が……」
「いつも近くを通ってだけど入るのは初めてかも」

三人は、のれんをくぐって引き戸を開ける。

「らっしゃいませー。何名様でございやすか??」
「3名禁煙席で!!」
「3名様ごあんなーい!!」 

迎えてくれたのは割とノリの軽いオヤジだった。

「じゃあ俺こっち座りますんで、荷物こっち置きましょか」
「なんや月島、お嬢ちゃんの隣座りたないん??」
「ふぇぇ!?」

三人が案内された席は4人掛けのテーブル。
椅子は横長のベンチタイプだ。

「奥沢先輩! いつまでその誤解は続くんですか??出会ってまた1週間ほどのデブの隣なんて座りたくないでしょ!」
「べ……別に嫌じゃないよ……」
「別に気ぃ遣わんでえぇよ。ってか俺も気ぃ遣うし。なんなら二人で並んで座ってください」

大夢は奥の席にのど真ん中に座る。

「なんでまん中??」
「目の保養になるから」
「め、目の保養??」
「可愛い女子高生と美人な姉さん見ながら食事とか最高ですやん。目の保養になるし」

満面の笑みの大夢。

「あ……あはははは……」
「さすがのお嬢ちゃんもドン引きのオヤジ発言やん。うちは癒してあげん事もないけどな」
「ドン引きってほどでは……」
「むしろ先輩の発言にこっちがドン引きですけどね」
「はぁ?」 
「だ、大丈夫です! どちらも軽く引くくらいですから━━……あ……」
「ははっ、そら残念」
「た……大して残念そうに見えないんだけど」
「今日は奢られる日やからね! そゆことだから、こっち荷物置いてそっち座ってくださいな。奥沢先輩もこのくらいの冗談が通じないわけじゃ……?」
「OKOK」

と、座った泉美と奏子だったが━━

「月島、確か見えへんの左目やろ??」
「え? あ、はい」
「サービスやサービス!お嬢ちゃん見えた方がえぇやろ?……飯より制服で腹一杯やね……」

大夢から見て、左向かいに奏子が座る。

「これ以上、泉美ちゃんに誤解されるようなこと言わんといてくださいよ……っていうか、よく左目のこと知ってましたね」
「そら同じ中学の後輩のやもん」

中学時代の奏子は、意外にも情報通だった。

「……月島さん左目、見えないの??」
「あれ?言わんかった??」
「う……うん。私、月島さんの事、何も知らないね……」

悲しげな顔の泉美を見て、大夢はキョトンとする。

「まだ出会って1週間やん。」
「……そういえば、そうだったね」
「あんたら仲ええからずっと友達やったみたいに見えてたわ」
「友達というよりは……なにも出来ない息子とママンみたいな関係やと思います。何回も食事を恵んでもらってるし」
「じ……自分で、何も出来ないなんて言わないでよ……もう」
「オホホホホ、ホホホホフホホ!」

笑い事ではありません━━

「ほれほれ、さっさと注文せんか!」

メニューを抱えながら、奏子が言った。
無言で奏子を見つめる二人。

「……俺は唐揚げと卵焼き。あとご飯、小盛り」
「私は肉じゃがと三色サラダ……ご飯、小盛りでお願いします」
「なんやなんや、せっかくうちが奢るねんから遠慮なんかせんで、もっと食べたらえぇのに!」

夕凪食堂は定食セットが無く、全て単品メニュー。

「いやぁ、こう見えて普段は割と小食なんですよ。まあ、食べる時は食べますけどね」
「今でしょ、その時って!」

奏子は追加で唐揚げを注文。

「ほんなら、お嬢ちゃんももっと食べ!いっぱい食べな大きならんで!胸はもうでかならんでいいけど」
「ふぇぇ!?」
「むしろ分けてほしいけどなぁ、はっはっはっ!」
「白昼堂々、セクハラはやめんかい」
「女子トークやて。男子は向こう行くか、女子になってから会話入ってな」
「……なんでやねん」

大夢は、奏子に向けてエアツッコミチョップを放った。





⑥カラ・オーケストラ


『ごちそうさまでしたー』
「ごちそうさん、おっちゃん。美味かったでー!」
「あい、おーきに!!」

食事を終え、奏子は会計を済ませようとする。

「ふ、お二人さん……ちょ~っと先に行っててくれへん?」

そう言った、奏子の顔は真っ青。

「あ、はい分かりました」

二人が出て暫くして━━

「なぁ、おっちゃん……ちょいとばかり負けてくれへんかなぁ……なんて」
「……はい?」
「ほら、なんちゅーの? 美人は得するっていう━━」
「お前さん、普通じゃねーか」
「がーん……」

おっちゃんは大きな溜め息をつく。

「奥沢さん、遅いですね」
「腹でも壊してるんじゃないのかね。ガッツガツ食べてたし━━」
「私!様子見てきますね」
「仕方ない、か。俺も行くよ!」

大夢と泉美は、小走りでお店へと引き返す。

「ホレ! このナマ足に免じて負けてな?」
「靴下脱いだだけじゃあねぇか!」
「それ以上はセクハラとして訴えたる!」
「ならこっちは無銭飲食を訴えるけぇ! そもそも、あんたのナマ足に興味はねぇ!」

大声で怒鳴り合う、奏子と店主のオヤジ。

「ふぇぇ? 一体、何が……」
「さ、さぁ……」
「なに戻ってきとるん! さっさと行かん━━」 
「ちょうど良かった。この姉ちゃんどうにかしてくれへん? 少し負けたるからよ」
「え、えぇと……」
「ちょお、なんで私が悪者状態なんや!」

大夢は中々、状況が飲み込めないでいる。

「わ、私払いますので……すみませんでした」
「姉ちゃん、悪いな! まいどー」

三人は改めて、食堂を後にした。

「なーんや、腑に落ちないわ」
「調子に乗って、次々と唐揚げの追加するからですよ!」
「食べたん、あんたやん」
「ほぼ無理矢理にですけどね。3日くらい食べなくても生きていけそうなくらい食べましたよ、もぅ」
「でも……月島さん、幸せそうに食べてましたよ」
「え? 泉美ちゃん、見て……」
「あー、そこ! いちゃつかない!」
「いちゃついてませんて! 泉美ちゃん、ご馳走さま、悪かったね」
「出したん、ほぼ私」
「あ、先輩にもご馳走さまでした、南無南無」
「気持ち込めとるん?」
「ないなりに頑張って込めましたけど」
「え? なんやて? よく聞こえんかった━━」
「奥沢さん、ごちそうさまでした!」
「あいよ、こっちこそ付き合ってくれておーきにな!!」
「さーてと、帰ってゴロゴロすっかな~」

大夢が日向ぼっこを妄想しはじめた、その時━━

「本日オープンいたしました!WaiWaiカラオケ、よろしくお願いしまーす!!」

「アイラビュ~~~~!来た来た、カラオケや!」

奏子の目から放たれるキラキラ光線。

「行くっきゃないっしょ!」 
「先輩、お金……」
「見えへん? 高得点獲得者、無料! タダやん!」
「誰がそんな高得点を……」
「わ、私は無理ですから……」
「歌には、かなり自信あるんや」
「マジかぁ……」
「あはは……」

押し負けて、カラオケに付き合う事になった大夢と泉美。 

だが━━

「ゴンッゴン~~~鳴ってるゥ~~」

モニター横でマイクを握りしめ、拳を握り、大熱唱の奏子。

「俺も音痴やけど……ここまで酷い歌は初めて聞いた」
「あ……あんまり言ったら可哀想だよ……多分、聞こえてないと思うけど」

ドルルルルゥ━━……

得点パネルが動く。 

「どやっ!!」

パンッ!!

「うっわあ、32点?!ショックやー! 詐欺! 故障や! カロリー、返せやー!!」
「ざ、残念でしたね……」
「いや……妥当でしょ。寧ろ高すぎるくらい」
「つ、月島さん!」

泉美が慌てて大夢の口を手で塞ぐも、時すでに遅し。
顔を真っ赤にしてプルプル震えている奏子。

「ひ、ひぃぃ!!」

チョップに構える大夢だったが━━
予想に反して、奏子はドリンクイッキ飲み。
そして━━

「じゃ、……じゃあ自分歌ってみいや!」

と、大夢にマイクを突き出した。

「い、いやぁ、先輩ほどやないけど俺も音痴やしなぁ」
「ええから歌え!うちを馬鹿にしたんやから、そりゃ余程上手いんやろな!!」
「うげぇ」
「月島歌ったら次、友達2号な! 二人とも、うちの歌聞いたんや! 隠し事はなしやで!」
「私も!?」

奏子の気迫に押し負ける。

「はぁ……どうなっても知りませんよ」

渋々、デンモックで曲を入れる大夢。
暫くして、曲が流れる。

「僕は生まれたあぁぁ~~♩」

ドルルルルゥ━━

「知らへん歌やからなぁ。音痴とか分から━━」

 パンッ!!

「なッ!……ぐぬっ……84点……」
「まあ、それなりに得意な曲なんで……」
「月島さん、ベギンが好きなんですか??」
「そやね。まあベギンに限らずハイサイノ系は好きかな??ってか声域が狭くてさ。高すぎるのも低すぎるのも苦手やから、歌える曲が限られてしまってんのよね……」

そう言って、脂肪で埋もれて見えない喉仏を突く。

「ま、そんなこたどーでもいいのよ。次、泉美ちゃんね!!」
「せやせや、早よ曲入れや!!」
「ふえぇ……恥ずかしい……どうしても歌わなきゃダメ……??」
『ダメーー!!』
「あう……」

泉美は耳まで真っ赤になりながら、渋々マイクとデンモックを受け取る。

「……うぐぅ」
「奥沢さん?……顔色が」
「さ、さささささっき……勢いよく飲んで……お腹が……腹が~!!」

と、奏子は勢いよく部屋を飛び出していく。

「先輩、自業自得やん」

そうこうしているうちに、曲が流れはじめる。

「思い出は~いつもピカピカだけど~🎵」
「……すごい……いい声やん、泉美ちゃん……それに━━」

泉美は恥ずかしがってはいたものの、いざ歌い出すと体を揺らしてノリノリ。

「ブラボーブラボー!!泉美ちゃん最高!!めっちゃ可愛い!!……選曲がちょっと古いけど」
「あの人のスマイルも思い出せないの~♫」

大夢が泉美の歌に浸っていると、曲が止まる。

「え? 泉美ちゃん?」
「1番だけ、歌ったので許してくださいね」

泉美は舌を少しだして言った。
世に言う、テヘペロだ。

「はぅ……うっ!」

大夢にとっては、殺人並みの破壊力。
懸命に耐える。

「あ……」

ドルルルルゥ━━

1番だけとはいえ、採点はある。

 バンッ!
「95点!?……す、すごい」
「ふえぇ……恥ずかしい……」
「うん。素敵だったよ、泉美ちゃん!でも、何でジェディ・マロ……俺らがまだ小さい頃の曲やで??」
「む……昔お母さんがよく聴いてたから気がついたら覚えていて……」

その時、奏子が戻ってきた。

「あれ? なんや、もう歌い終わったん?」
「たった今……」
「どやったん? お嬢ちゃんの歌!」
「そりゃもう素晴らし━━」
「お、音痴過ぎて……月島さんは頭抱えてました」
「どんなやのー、それ!」
「泉美ちゃ━━」
「月島さん」

泉美はシーッと人差し指を口に当て、ウインク。

「うん、まぁ……」
「えぇ!? もう一回、歌ってなー!」
「も、もう無理です! ほ、ほら次歌いましょうよ!!奥沢さんゼードなんてどうですか!?月島さんはザブーンとか!!」

━━泉美の選曲は微妙に古かった。

「泉美ちゃんの歌声、聞けたん……俺だけやん……ムフフフ…………あぁ……録音しとけば良かった……」

ブツブツ言っている大夢をよそに、そそくさと料金を払う泉美。

「お嬢ちゃん、あとでまとめて支払うからな」
「そんな……気になさらず━━」
「今日はうちの奢りや!!」
「ふぇえ……は、はい……」
「泉美ちゃん……ムフフフ、グフフフ」

カラオケでの出来事が大夢の脳裏を何度も過る。

「ムフ、ウフ、グフフフ」
「……うちら、離れて歩こか」





⑦タソガレの銀狼


夕凪町タソガレ。
三人は帰路につく。
空はすでに真っ暗━━

「いやぁ、すっかり遅なってしまったな」

━━時刻、18時30分。
かれこれ、5時間以上は歌い続けていた。

「今日は付き合ってくれてありがとな.、二人共」
「こちらこそ色々奢っていただいて、ありがとうございました」
「夕飯の食材費まで出していただいちゃって……」
「かまへん、かまへん。それはカラオケとか先に払ってもらった分の貸しや」
「あ、あの!……申し訳ないので、あとで夕飯食べに来てください!」
「そんな気ぃ遣わんでえぇよ!」
「お願いします……! ぜ、是非、来てください!」

何度も頭を上下する泉美。
何度も聞こえる腹の虫━━

「そ……そこまでされたら行かない訳にはいかんよな……」
「言葉と腹の返事が合ってないですよ」
「これは、腹の音ちゃうわ!Googre調べてるから、その音や!ぐーぅぐる、ぐーぅぐる! ぐーぅぐるぅぅぅ!」

奏子は、わざとらしくスマホを操作する。

「月島さんも良かったら……」
「え、俺もえぇの??……正直、歌いすぎてめっちゃ腹減ってるし、ご飯美味しいからから嬉しいわ! うん、すごく嬉しいわ!」
「えへへ、ありがとう。少し寒いし、温かいスープも作るねー!!」
「うっひょー!!えぇね、えぇねえぇ!! コンポタ? ポタージュ? コーン味?」
「全部、一緒やないですか」
「あはは、バレた? 寒くなると、コンポタが美味しくなるんや」

タソガレは少し肌寒かったが、三人の心はポカポカ温かい。

空には一番星が輝いた。

向日葵荘、19時過ぎ━━
到着した三人は、各々の部屋に帰宅した。

「1時間後が楽しみやな。泉美ちゃん、何作るんやろなー」

ギギッ
━━ガチャン

「ん?? 上から……?? まさか、泥棒?」

大夢は読みかけの漫画を置いて、慌てて窓を開ける。

「いや、それはないか━━」

と、上から何かが落ちた。

「え? これ、まずいんじゃ……」

慌てて玄関を飛び出す。
と、アパートの敷地から出ようとしているジャージ姿の銀髪の人。

「ま……待ってください、そこの……多分殿方!」
「ン??」

大夢の声に男は振り返る。
━━と、爆風。

「クッセーーーーー!!」

男は叫ぶと同時に倒れた。
その横に、先ほど大夢が窓から落下するのを見た便器が落ちて壊れた。

「毒……ガス━━……」

そう言うと、男は意識も手放した。

「……そういや、さっきトイレに行こうとして我慢したんだっけ。屁へへへへ、てへぺろりん」

これが大夢と銀狼と呼ばれる男の出会い。

その後、泉美や奏子。
お巡りさんや近所の人々がやって来たり、食事どころではなくなった。
やって来た人たちは皆、正体不明の臭いに顔を歪める。

「じ、事件でありますか?」

戸惑いながら、お巡りさんは言った。



5話  完
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