雨月の凪いだ夜の海のように

みなみの

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アマレット・レナード

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 濃い灰色に覆われた空の下、窓を打ち付ける時雨はいずれ雪に変わると予想された。
 冬支度を終えたレナード伯爵邸の庭はどことなく寒々しい。白と黒で構成されたような世界をぼんやりと眺めていたアマレット・レナード伯爵夫人は、彼女の名を呼ぶ声ではっと我に返った。  

 アマレットの定期受診のために訪れていた侍医は、正式な病名を告知した後に話を切り出した。

「治療法は一つしかありません」
「……」
「それでは手術の日程を……」

「お待ちください」

 アマレットは医師の言葉を遮った。伯爵家の侍医は一瞬動きを止める。アマレットはその隙を逃さなかった。

「このことを夫に話しましたか?」
「いいえ、夫人とのお約束でしたから」
「それは重畳」

 侍医はアマレットの言葉を計りかねたのか、顔を上げて彼女を見た。このところの寝不足もあり、アマレットの顔色は髪のように白い。それでも伯爵夫人としての矜持を保とうと、アマレットは姿勢を正して口を開いた。

「主人には私から話します」
「……」
「それまでは仔細を伏せておいてください」

 思いのほか強い言い回しに聞こえたのか、侍医の顔が僅かに強張る。アマレットは侍医の表情を見て態度を一変させた。

「手術となると、しばらく何も手につけることができなくなります」
「その通りです」
「旦那様の都合もあるでしょうし、落ち着いて話をしておきたいのです」

 アマレットの言葉は得心がいくものだったのだろう。侍医は小さく息を吐き、その通りですねと肯定した。

「ただ、手術の日程は早い方が良いと思います」
「……えぇ」
「執刀する医師の都合もあるでしょうから、話は可能な限り早めに通しておくべきです」

 そこで、侍医は鞄の中から一枚の封筒を取り出した。宛名に書かれてあるのは王都で最も有名な病院で、紹介する医師の名前が併記されてある。

「私としましても、伯爵夫人には一刻も早いご快癒を願っております」
「ありがとう」
「それでは、……次は十日後に」
「……えぇ」

 侍医が部屋を辞した後、アマレットは深くため息をついてその場にへたり込んだ。

 この病が【難病】と呼ばれるものだとアマレットは知識として知っていた。
 病魔に冒されたのは子供を育てるための器官、子宮だった。

 夫のスケジュールを確認していたアマレットは、ふと月の物が遅れていることに気づいた。
 このところ眠気や気怠さを感じる日が多かった。

―――――もしかして、もしかする?

 糠喜びになるのは嫌で、夫には未だ知らせていない。
 生家から連れてきた侍女一人を残し、アマレットは侍医の訪れを待っていた。

 脈を測り、腹に聴診器を当てられる。顔を覗き込まれて思わず顎を引きかけたが、医師が見たかったのは目の下にある眼瞼結膜で、一人恥ずかしい思いをしてしまった。
 尿の検査は聞いていたが、併せて身体から思いの外多くの血を抜かれた。
 元より貧血気味のアマレットにとって、血液の流出はダメージが多い。
 毎月の月の物でもふらふらになりがちなので、今日は鉄分多めのメニューにしてもらおうと頭の中で算段をつけた。

「結論から先に申し上げます―――夫人は妊娠してはおられません」
「……そう」

 やはり誰にも伝えないでおいて良かったと、アマレットは深く息を吐いた。落胆する気持ちはあれど、次があると自身を鼓舞する。
 優しい夫もアマレットに同じことを言うだろう。君を独り占めする時間が増えた、なんて甘い言葉もついてくるかも知れない。
 ふわふわとした暖かな感情が、残念に思うアマレットの想いを優しく抱きしめる。

「ありがとうございます、わざわざご足労をおかけしました」
「いえ、ご丁寧にありがとうございます」

 深々と頭を下げた侍医は、顔を上げると何か言いたげな眼差しをアマレットに向けた。思わず瞬きしたアマレットに、侍医は取り繕うような笑みを浮かべる。
 どちらかといえば単刀直入な物言いの彼らしくない態度に、アマレットは思わず口を開いていた。

「何か私の身体で気になることでもありましたか?」

 侍医は逡巡し、その後意を決したように口を開いた。

「夫人、無礼をお許しください。殿方と最後に褥を共にしたのはいつのことですか?」

 侍医の『殿方』という言い回しにアマレットは疑問を抱いた。
 随分と回りくどい言い方をする。既婚者であるアマレットが肌を許すのは、夫をおいて他に居ない。どちらかといえば潔癖な性質のアマレットは、婚約して以降、異性と二人きりになることは一度もなかった。

「夫とですか?最後というか……」

 言ってしまえば今朝である。昨夜は、というより昨夜もなのだが、アマレットは夫の胸に顔を寄せて眠り、夫の腕の中で目を覚ました。
 当然のように夫と言ったアマレットに侍医は息を呑んだ。その反応に違和感を覚えたアマレットは、何が言いたいのかと剣呑な眼差しを向けてしまう。
 アマレットは吸い込まれそうな瞳に濃い紫色の虹彩を持つ美しい女性である。彼女の真摯な視線を真っ向から受けて、たじろがない相手は居なかった。

「何か、お伝えしたいことがあるのですね」
「……」
「先生」

 根比べのような応酬に先に白旗を上げたのは侍医だった。アマレットは気づいていないが、侍女もアマレットと似た表情でじっと見つめていた。二対一、数の上でも侍医の完敗である。
 思わず目線をそらしたものの、覚悟を決めていたのだろう。一度深く息を吐き、ゆっくりと口を開いた。
 
「夫人は……その、おそらくとある病に罹っておいでです」
「とある病?どのような病ですか?」

 侍医が躊躇いがちに告げた病名は、決して聞き慣れないものではなかった。
 だが、まさかと思うものだった。思わず侍女と二人して、嘘です、と声を荒げてしまうくらいには。

「詳しいことは本日採取した血液の検査結果が出てからになるでしょう」
「……」
「まだ、確定ではありません。お気を確かになさって下さい」

 確定ではないと言いながら、侍医はアマレットの病に確証を得ているようだった。
 言葉を選んで話しているのは、アマレットの話を聞いて、彼女が夫以外の誰とも関係を持っていないと確信を得たためだ。

 呆然とするアマレットにもう一度確定ではありませんと告げて、侍医は静かに部屋を辞した。扉が閉まる音が聞こえた途端、アマレットの震えた声が部屋に響く。

「嘘、よね……?」
「……お嬢様」
「ねぇ、こんなこと、嘘でしょう……?」

 侍医が告げた名は、女性であれば誰もが一度は耳にしたことのある婦人病の一つだった。
 血液や体液を介して感染する病―――いわゆる性病である。
 婦人病に数えられる理由は子宮に根を張る病だからだ。子宮のない男性が発症することはないものの、ベクター(運び屋)として女性に病を移すことが知られている。
 娼館に出入りしていた夫を介して妻が罹患した話を風の噂に聞いたことがあったが、遠い話だと思っていた。

 ここでふと、アマレットは愛する夫の姿を思い浮かべた。

 アマレットは夫しか知らない。すなわち、この病は夫によってもたらされたということになる。

 ―――――夫はどこからこの病を得たのだろうか
 
 美丈夫の夫は出会った頃から女性の秋波を送られていた。どちらかといえば女性に淡泊な夫は、自分に向けられる好意の大半をさらりと受け流し、どのような誘いにも頷くことはなかったと記憶している。
 少なくとも、アマレットが知る限り。

 あまりに女性に関心を寄せないことから、夫の男色疑惑が出たこともあったらしい。
 だが、その噂もあっさりと収束した。
 それがアマレットへの求婚だったのだ。

 夫とは実家の侯爵家が主催した夜会で出会った。
 兄の友人だと紹介を受けた翌日に、侯爵家当主の父を介して婚約を願う手紙が届いた。
 アマレットは名門侯爵家の次女である。姉は既に隣国に嫁しており、そろそろ婚約者を探そうかと動き始めたばかりであった。

「アマレットにはまだ早いのではないか?」

 難色を示した父を誰よりも強く説得したのは、夫と親しくしている兄だった。
 兄は父である侯爵に様々な角度からのプレゼンを行った。

 ・後を継ぐ伯爵家の領地経営に問題がないこと
 ・貴族学院を優良な成績で修めた秀才であること
 ・王家からも一目置かれる如才のない立ち居振る舞い
 ・スマートなルックス、スタイルの良さ
 ・女性も男性も振り返るほどの美貌の持ち主であること
 エトセトラ。

 あまりにもできた人物像に、父はかえって胡散臭さのようなものを感じたらしく、色よい返事をしようとしなかった。
 そこで兄はターゲットをアマレットに変えた。

「お前はどう思う?アマレット」

 兄妹間の関係は良好であるとアマレットは自負していた。兄の友人で、さらには兄一押しの人物ということに、アマレットは少なからず興味を抱いていた。
 一度会ってみたい、とアマレットは言った気がする。
 一度で良いなら夜会で会っただろうという父の言葉を遮り、兄は二人の出会いの場を作ることにした。兄は準備に余念がなかった。

 侯爵家の令嬢であるアマレットに婚約者が居なかったのは、王家の複雑な内情がある。
 アマレットは年の合う第二王子の妃として望まれていた。
 だが、その第二王子は、熾烈な王位継承の最中に毒を盛られ、二度と公の場に立てぬ身となったのだ。
 第二王子とアマレットは婚約には至っていなかった。だが、世間はアマレットが傷物になったかのように見た。
 二人の間に特別情が通っていたわけではないのだが、なんとなく次の縁談を欲する気になれなかったアマレットは、世間の優しくない目や同情する視線を避けるように、社交の場から身を引いていた。

 兄はそんなアマレットのことをたいそう不憫に思っていた。
 もとより兄は第二王子を嫌っていて、第二王子も兄を煙たく思う節があった。そんな兄の妹であるアマレットが嫁いだところで幸せになれたか定かではない。
 ただ、第二王子の訃報を受けた兄はひどいショックを受けたようだった。婚約を予定していたアマレットよりも余程ひどい顔をしていたように思う。

 侯爵家を継ぐ兄は、密かにアマレットの縁談を探し始めた。
 シスコン疑惑のある兄のお眼鏡に適う相手はなかなかみつからないだろうと思うアマレットを余所に、兄が満を持して紹介したのが彼―――シュヴァルツ・レナード伯爵だった。

「男色疑惑は間違いだった。思い切り怒られてしまった」

 まさか本人に直接確認する猛者がいたとは、というのはアマレットが後に聞いた話である。
 兄は、謝罪ついでにシュヴァルツの女性関係について訊ねた。

「なかなか縁がないんだ。良かったら誰か紹介してくれないか」

 この時、兄はシュヴァルツに『心当たりは居ない』と返したらしい。
 てっきり兄が話をつけたと思っていたアマレットは、少なからず驚いてしまった。

「まだ、知り合って間もない頃だったからな」

 至極当然といった態度を見せた兄だが、それから一年もしないうちにアマレットとシュヴァルツの縁を結ぶ方向に舵を切ったらしい。次代の侯爵家当主の腕の見せ所とばかりに、兄は妹の縁談に奔走した。
 そんな兄を余所に、シュヴァルツの方がどうやらアマレットを見初めていたらしい。
 きっかけを訊ねたものの、言葉を濁されたと兄は話した。

「仕方ない。男が馴れ初めを話すというのは存外恥ずかしいものなのだ」

 別に馴れ初めではなくアマレットを知るきっかけが気になっただけの話であるが、アマレットは終ぞそのことをシュヴァルツから聞くことはなかった。

 二人が初めて言葉を交わしたのは件の夜会であった。
 ホストの一員として振る舞うアマレットが一息ついたタイミングと、人目を避けて庭に出向いたシュヴァルツは鉢合わせしたのだ。

 初めてシュヴァルツを見たアマレットは、こんなに月の光が似合う男性がいるのかと驚いてしまった。
 一方のシュヴァルツも、アマレットを月の化身と見間違うたのだから、存外似た者同士だったのかも知れない。

 休憩する客人を優先すべく、ホスト側のアマレットは一礼して庭園を辞した。去り際に見た美しいカーテシーがシュヴァルツは忘れられなかった。

「銀糸のような髪を持つ令嬢に心当たりはあるか?」
「俺の一族は皆似たような見目をしているが」
「そういえば、君には彼女の面影がある」

 合縁奇縁という言葉があるが、画して二人の縁は結ばれたのだった。

 シュヴァルツに嫁したアマレットは、彼の手で執拗かつ丁寧にに愛された―――少なくとも、アマレットはそう感じていた。
 アマレットは毎日のように夫に甘く愛され啼かされた。月の物の日すら寝室を分けぬ徹底ぶりに、屋敷の者たちは後継を得るのは早いだろうと予想した。
 だが、周囲の味方を余所に、アマレットには毎月必ず穢れがあり、彼女は密かに落胆していた。

 侍医の診察を受けた夜も、シュヴァルツはアマレットを求めた。愛する夫に求められている。シュヴァルツによって拓かれた身体は彼の熱を欲している。

「……今日はごめんなさい」
「アマレット?―――いや、すまない。無理強いするつもりはないよ」

 その日、アマレットは初めて夫を拒んだ。
 彼女の月の物はシュヴァルツに把握されているため、断った理由が障りでないのは明白だ。
 未だ懐妊の兆しのないアマレットが閨事を拒むなんて良い顔はされない。アマレットも覚悟の上でのことだった。だが、シュヴァルツはアマレットの意思を尊重した。

「こうして抱きしめるのは良いか?」
「……えぇ」

 無意識のうちにアマレットの身体が震えた。シュヴァルツはそれを寒さによるものだと思い、妻の背に腕を回し、強く抱きしめて二人の距離をぐっと詰めた。
 鼻腔いっぱいにシュヴァルツの香りが拡がって、アマレットは酩酊してしまいそうになる。

「シュヴァルツ様」
「どうした?アマレット」

 身体を丸めたアマレットを抱き込むように、シュヴァルツは身体を反転させた。未だ震える妻に自身の熱を分け与えるように、寸分の隙間をも埋めていく。
 先に寝入ったのはシュヴァルツだった。耳元で規則正しい寝息が聞こえたところで、アマレットは深く長いため息を吐いた。
 身体の震えはいつまでも収まりそうになかった。

 アマレットは決断を迫られていた。
 いつまでも侍医の口を塞げるとは思えない。そもそも彼は伯爵家のお抱え医師で、雇用主は当主のシュヴァルツである。
 彼がアマレットに気を配っているのは彼女が明らかに病を移された側で、移したのはシュヴァルツだと察したからだ。

 検査結果を携えた侍医は、健康相談という名目で呼ばれていた。病のことはシュヴァルツには話していないため、苦肉の策と言えた。
 アマレットの願いは打ち砕かれ、彼女の病は疑いから確定に変わった。
 侍医はアマレットに手術を勧めた。
 子供を育む器官を取り除きさえすれば、アマレットの病状は快癒に向かうだろうと彼は告げた。
 女性としての生の終わりを告げるような宣告を、伯爵家の侍医は冷静に彼女に伝えたのだ。

「夫人、生命あっての物種ですよ」

 アマレットに子はいない。ただ、嫁いで数年の夫婦なんてこんなものだとアマレットは思っている。
 焦る必要はないとシュヴァルツは話していたし、アマレットも夫の言葉に同意していた。

「夫人はもちろん、お二人ともまだ若いのですから。長く共に過ごす過程では、様々な試練が訪れましょう」

 侍医はアマレットの病を試練の一つと位置づけた。
 確かに難病といえるが治療法はある。それがアマレットから女性としての機能を奪うものだとしても、生命を落とすほどではないと思ったのだろう。

 その日もアマレットは夫に病のことを告げなかった。
 度々の侍医の訪れを案じるシュヴァルツに、アマレットは貧血を指摘されてしまったのだと苦笑いを浮かべた。
 アマレットはレバーが苦手だ。かつてシュヴァルツに貧血持ちだと話したところ、毎晩の食卓にレバーが並んでげっそりしたことがある。
 そのことを思い出したのだろう、シュヴァルツは笑って他の食べ物を出させるように言っておくよとアマレットに笑いかけた。
 シュヴァルツの顔には一点の後ろ暗さもなかった。

 アマレットがシュヴァルツを拒んだのは、あの夜の一度きりだった。
 彼女の知らないところでシュヴァルツが誰と交わっていたのかはわからない。知る必要もないとアマレットは思った。
 病がわかり、彼に移されたと判明してもなお、アマレットは夫を拒もうとはしなかった。当然、手術の話もしていない―――何故ならアマレットはこのまま死ぬつもりでいたのだから。

 アマレットは緩やかな死を望んでいた。

 話があるとシュヴァルツに言われた時、ついに侍医が口を割ったのだとアマレットは思った。
 アマレットとて、彼がいつまでも黙ってくれるわけではないとわかっていたので落胆はない。ただ、シュヴァルツに知られることなく逝くことは叶わないのだと、それだけが哀しかった。

 だが、シュヴァルツの話はアマレットが思っていたものではなかった。

「―――――え、養子?」

 両親を亡くした子供を自分たちの養子として引き取りたい。シュヴァルツはアマレットにそう願った。
 幸い二人の間に子供は居ない。誰かに伯爵家の後継について口を出されるようなことはないだろう、と。

 その瞬間、アマレットの思考は朱一色に染まった。
 アマレットが何も言わないでいたことから、この話を受け入れてくれたと思ったのだろう。シュヴァルツはいつもと変わらぬ穏やかな声で話を続けた。

「利発な少年だ、きっと君も気に入ると思う」
「……」
「近いうちにこの家に連れてくるよ」

 シュヴァルツの言葉にどう返事をしたのかアマレットは覚えていない。
 ただ、目の前が朱く染まって、他には何も見えなかった。

 アマレットはシュヴァルツから与えられたものは一つも取りこぼすつもりはなかった。それが喩え死に直結する病であろうと、アマレットは構わなかった。
 何故なら夫を愛していたからだ。
 愛する夫に与えられたものなら、死病ごと持って逝こうとアマレットは心に決めていた。

 女の勘というものだろう。アマレットはシュヴァルツの話に出た【両親を亡くした子供】というのが、血を分けた彼の子供であると気づいてしまった。
 そもそも青い血を尊ぶ血統主義の高位貴族が赤の他人を養子に迎えるなんて考えられないし、哀しいことにアマレットは社交界のある噂を耳にしていたのだ。

 本心ではなかなか子を孕まないアマレットに嫌気が差していたのかもしれない。あるいは、シュヴァルツはアマレットの知らないところで他の誰かに愛を捧げていたのだろうか……―――――

 全く眠れた気がしなかったが、アマレットの想いとは裏腹に夜明けは訪れる。
 昨夜も二人は一つの褥で休み、異なる夢を見た。
 先に目を覚まし、身支度を整えたのは、珍しくアマレットの方だった。

 きっと、これが最後の話になるだろう。
 アマレットはそう思った。むしろ、そうであってほしいと思っていた。
 これが最後だと思うと、不思議と清々しい想いに駆られてしまう。

 シュヴァルツを愛していた。
 誰よりも何よりも、深く重く愛していた。
 最初で最後の恋という言葉があるが、アマレットにとってシュヴァルツは、文字通り最初で最期の愛だった。

 今はただ清々しい想いでいるし、全ての柵から解放されたいと心から願っている。

 その日はアマレットから話を切り出した。
 シュヴァルツが少年の―――息子でしょうとアマレットは独り言ちた―――話をする前に、勢いよく言い放った。

「離縁してください」

 アマレットの言葉に、シュヴァルツは晴天の霹靂と言わんばかりの驚きを見せた。
 まさか、どうして、そんなこと。
 要を得ない言葉を繰り返す夫に対し、アマレットは再度同じ言葉を投げかけるに至った。

「旦那様、離縁してください」

 どうして、とシュヴァルツは再度尋ねた。妻の言葉に理由を訊かずにはいられなかった。

「どうしてって、」

―――――それを貴方が問うの?シュヴァルツ様


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