五十嵐青年と山羊

獅子倉 八鹿

文字の大きさ
3 / 24

3.

しおりを挟む
 瞬く間に時は流れ、五十嵐青年は退院となった。

 五十嵐青年の両親は面会に来なかった。
 入院の手続きと半年間の休学手続きを済ませたことだけが、電話によって五十嵐青年に伝わってきた。
 いつもの、最低限の干渉だと思いながらも、心の中で、何かが沈んでいった。

 アパートに帰り、溜まっていたゴミを捨てて、掃除をする。
 出来合いのものや、安く買ってきた食材を料理し、食事をする。
 大学に行く以外、日常的な生活に戻ってすぐ、約束の日になった。

 大学に向かうより早く起き、電車に乗る。
 動きやすく、汚れてもよい格好を着てきて欲しいということで、五十嵐青年はジャージを着用し、あまり使わなくなったキャップと靴を履いてきた。
 周りの目線が自身に刺さる感覚に顔をしかめ、乗客の笑い声に不安を抱きながら、乗車時間を過ごした。

 普段はファッション雑誌を読み、流行の物で全身を固めている五十嵐青年には、この姿は屈辱的でしかない。
 しかし、高橋警官から着替える場所がないことを告げられたのに、いつもの服で向かう勇気はなかった。
 世話に同行するとは言っていなかったが、町の警官なのだから、山羊小屋にいつ来てもおかしくない。
 あの警官は、五十嵐青年に恐怖心を抱かせて、去っていったのだ。

 約束されていた10時には、あの事件があった場所に五十嵐青年は立っていた。

 幸い、高橋警官の姿はないようだ。
 五十嵐青年はフェンス越しに中を見た。
 1ヶ月も経たない間に、小屋は新しく作り替えられている。
 土地の端に寄せられた大きな炭や、地面が所々黒くなっているのを見て、五十嵐青年の心が痛んだ。

 前よりも小さいその小屋の中から、1つの人影が見える。キャップを被り、山羊を撫でている。
 高橋警官にしては、身体の線が細い。
 あれが、管理人の孫だろうか。

 どうしたものかと考えていると、人影も五十嵐青年に気がついたのか、五十嵐青年にう向かって手を振る。
 五十嵐青年も、慌てて頭を下げた。
「入ってきてくださーい」
 少し高めの声に幼さを感じる。管理人の孫で間違いなさそうだ。
 五十嵐青年は扉をあけ、おずおずした足取りで中に入った。

 近づいてみると、管理人の孫は声の印象よりも大人びていた。
 最近流行しているセンターパートスタイルの黒髪。美しい白い肌に、丸い目。パーツも整っている。痩せすぎず太り過ぎず、ちょうど良い体格からも、雑誌モデルと言われてもおかしくない。
 背は低めだが、それをかき消すことができるくらいの存在感を放っていた。

 ただ、それは管理人の孫単体での話だ。
 モデルのような体格の青年が着用しているのは、モデルとは縁遠い服だった。

 ファッションセンスを疑うような、チープなイラストが書かれたTシャツに、緑色の、サイドに白い3本のラインが入ったジャージだった。有名なブランドであればまだ贔屓してみることもできただろうが、有名ブランドと主張するものは何もない。

 見事に素材の良さを消していた。これでは、雑誌に掲載されることはないだろう。
 スタイルがいいのに勿体ない。私服がダサい、残念なアイドルじゃないんだぞ。五十嵐青年は、あれこれアドバイスしたくなるのを抑えるのに必死だった。

「管理人の孫の、山本洋介です」
 落ち着くことのできる、柔らかい声で微笑む。
「五十嵐です。この度は申し訳ありませんでした」
 そう言うと頭を下げる。
 入院中、ほとんどやることもなかったため、ずっと自分の罪について考えていた。考え過ぎて、もう自責の念も消えてしまっていた。
 淡々と謝罪する五十嵐青年に、山本は手を差し伸べる。
「気持ちを切り替えて、世話を楽しんでいきましょう」
 何の手か分からず困惑する五十嵐青年の心情を察したのか、山本は五十嵐青年の手を優しく握った。優しい握り方に、五十嵐青年の心も多少の柔らかさを取り戻した。
「よろしくお願いします」
 少しだけ柔らかくなった心は、五十嵐青年の硬い顔を解す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

処理中です...