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瞬く間に時は流れ、五十嵐青年は退院となった。
五十嵐青年の両親は面会に来なかった。
入院の手続きと半年間の休学手続きを済ませたことだけが、電話によって五十嵐青年に伝わってきた。
いつもの、最低限の干渉だと思いながらも、心の中で、何かが沈んでいった。
アパートに帰り、溜まっていたゴミを捨てて、掃除をする。
出来合いのものや、安く買ってきた食材を料理し、食事をする。
大学に行く以外、日常的な生活に戻ってすぐ、約束の日になった。
大学に向かうより早く起き、電車に乗る。
動きやすく、汚れてもよい格好を着てきて欲しいということで、五十嵐青年はジャージを着用し、あまり使わなくなったキャップと靴を履いてきた。
周りの目線が自身に刺さる感覚に顔をしかめ、乗客の笑い声に不安を抱きながら、乗車時間を過ごした。
普段はファッション雑誌を読み、流行の物で全身を固めている五十嵐青年には、この姿は屈辱的でしかない。
しかし、高橋警官から着替える場所がないことを告げられたのに、いつもの服で向かう勇気はなかった。
世話に同行するとは言っていなかったが、町の警官なのだから、山羊小屋にいつ来てもおかしくない。
あの警官は、五十嵐青年に恐怖心を抱かせて、去っていったのだ。
約束されていた10時には、あの事件があった場所に五十嵐青年は立っていた。
幸い、高橋警官の姿はないようだ。
五十嵐青年はフェンス越しに中を見た。
1ヶ月も経たない間に、小屋は新しく作り替えられている。
土地の端に寄せられた大きな炭や、地面が所々黒くなっているのを見て、五十嵐青年の心が痛んだ。
前よりも小さいその小屋の中から、1つの人影が見える。キャップを被り、山羊を撫でている。
高橋警官にしては、身体の線が細い。
あれが、管理人の孫だろうか。
どうしたものかと考えていると、人影も五十嵐青年に気がついたのか、五十嵐青年にう向かって手を振る。
五十嵐青年も、慌てて頭を下げた。
「入ってきてくださーい」
少し高めの声に幼さを感じる。管理人の孫で間違いなさそうだ。
五十嵐青年は扉をあけ、おずおずした足取りで中に入った。
近づいてみると、管理人の孫は声の印象よりも大人びていた。
最近流行しているセンターパートスタイルの黒髪。美しい白い肌に、丸い目。パーツも整っている。痩せすぎず太り過ぎず、ちょうど良い体格からも、雑誌モデルと言われてもおかしくない。
背は低めだが、それをかき消すことができるくらいの存在感を放っていた。
ただ、それは管理人の孫単体での話だ。
モデルのような体格の青年が着用しているのは、モデルとは縁遠い服だった。
ファッションセンスを疑うような、チープなイラストが書かれたTシャツに、緑色の、サイドに白い3本のラインが入ったジャージだった。有名なブランドであればまだ贔屓してみることもできただろうが、有名ブランドと主張するものは何もない。
見事に素材の良さを消していた。これでは、雑誌に掲載されることはないだろう。
スタイルがいいのに勿体ない。私服がダサい、残念なアイドルじゃないんだぞ。五十嵐青年は、あれこれアドバイスしたくなるのを抑えるのに必死だった。
「管理人の孫の、山本洋介です」
落ち着くことのできる、柔らかい声で微笑む。
「五十嵐です。この度は申し訳ありませんでした」
そう言うと頭を下げる。
入院中、ほとんどやることもなかったため、ずっと自分の罪について考えていた。考え過ぎて、もう自責の念も消えてしまっていた。
淡々と謝罪する五十嵐青年に、山本は手を差し伸べる。
「気持ちを切り替えて、世話を楽しんでいきましょう」
何の手か分からず困惑する五十嵐青年の心情を察したのか、山本は五十嵐青年の手を優しく握った。優しい握り方に、五十嵐青年の心も多少の柔らかさを取り戻した。
「よろしくお願いします」
少しだけ柔らかくなった心は、五十嵐青年の硬い顔を解す。
五十嵐青年の両親は面会に来なかった。
入院の手続きと半年間の休学手続きを済ませたことだけが、電話によって五十嵐青年に伝わってきた。
いつもの、最低限の干渉だと思いながらも、心の中で、何かが沈んでいった。
アパートに帰り、溜まっていたゴミを捨てて、掃除をする。
出来合いのものや、安く買ってきた食材を料理し、食事をする。
大学に行く以外、日常的な生活に戻ってすぐ、約束の日になった。
大学に向かうより早く起き、電車に乗る。
動きやすく、汚れてもよい格好を着てきて欲しいということで、五十嵐青年はジャージを着用し、あまり使わなくなったキャップと靴を履いてきた。
周りの目線が自身に刺さる感覚に顔をしかめ、乗客の笑い声に不安を抱きながら、乗車時間を過ごした。
普段はファッション雑誌を読み、流行の物で全身を固めている五十嵐青年には、この姿は屈辱的でしかない。
しかし、高橋警官から着替える場所がないことを告げられたのに、いつもの服で向かう勇気はなかった。
世話に同行するとは言っていなかったが、町の警官なのだから、山羊小屋にいつ来てもおかしくない。
あの警官は、五十嵐青年に恐怖心を抱かせて、去っていったのだ。
約束されていた10時には、あの事件があった場所に五十嵐青年は立っていた。
幸い、高橋警官の姿はないようだ。
五十嵐青年はフェンス越しに中を見た。
1ヶ月も経たない間に、小屋は新しく作り替えられている。
土地の端に寄せられた大きな炭や、地面が所々黒くなっているのを見て、五十嵐青年の心が痛んだ。
前よりも小さいその小屋の中から、1つの人影が見える。キャップを被り、山羊を撫でている。
高橋警官にしては、身体の線が細い。
あれが、管理人の孫だろうか。
どうしたものかと考えていると、人影も五十嵐青年に気がついたのか、五十嵐青年にう向かって手を振る。
五十嵐青年も、慌てて頭を下げた。
「入ってきてくださーい」
少し高めの声に幼さを感じる。管理人の孫で間違いなさそうだ。
五十嵐青年は扉をあけ、おずおずした足取りで中に入った。
近づいてみると、管理人の孫は声の印象よりも大人びていた。
最近流行しているセンターパートスタイルの黒髪。美しい白い肌に、丸い目。パーツも整っている。痩せすぎず太り過ぎず、ちょうど良い体格からも、雑誌モデルと言われてもおかしくない。
背は低めだが、それをかき消すことができるくらいの存在感を放っていた。
ただ、それは管理人の孫単体での話だ。
モデルのような体格の青年が着用しているのは、モデルとは縁遠い服だった。
ファッションセンスを疑うような、チープなイラストが書かれたTシャツに、緑色の、サイドに白い3本のラインが入ったジャージだった。有名なブランドであればまだ贔屓してみることもできただろうが、有名ブランドと主張するものは何もない。
見事に素材の良さを消していた。これでは、雑誌に掲載されることはないだろう。
スタイルがいいのに勿体ない。私服がダサい、残念なアイドルじゃないんだぞ。五十嵐青年は、あれこれアドバイスしたくなるのを抑えるのに必死だった。
「管理人の孫の、山本洋介です」
落ち着くことのできる、柔らかい声で微笑む。
「五十嵐です。この度は申し訳ありませんでした」
そう言うと頭を下げる。
入院中、ほとんどやることもなかったため、ずっと自分の罪について考えていた。考え過ぎて、もう自責の念も消えてしまっていた。
淡々と謝罪する五十嵐青年に、山本は手を差し伸べる。
「気持ちを切り替えて、世話を楽しんでいきましょう」
何の手か分からず困惑する五十嵐青年の心情を察したのか、山本は五十嵐青年の手を優しく握った。優しい握り方に、五十嵐青年の心も多少の柔らかさを取り戻した。
「よろしくお願いします」
少しだけ柔らかくなった心は、五十嵐青年の硬い顔を解す。
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