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サンじいちゃんというのは、きっと山本の祖父、ここの管理者だろう。
あの険しい表情の割に、可愛らしい呼ばれ方だ。
五十嵐青年の考えを知ってか知らずか、山本は天井を見上げ、話を続ける。
「生き物はいつも正しく生きれない。食べちゃいけない草を食べてしまうし、血の繋がった家族と、頭ぶつけて大喧嘩することもある。でも、その行為が良くないということに気づいて、もうやらない、気をつけるって決めたなら、また一緒に過ごせるぞって」
山本は、そこで言葉を切る。五十嵐青年は無音の時間をなくそうと、繋ぐ言葉を探す。
草を食べるなんて、山羊みたいなワイルドなおじいさんですね。頭ぶつけるなんて、なかなか激しい喧嘩ですね。
この場にそぐわない返答しか浮かばない。
五十嵐青年は言葉を発するのを諦めて、ぬるくなったプリンシェイクを飲み干す。
甘ったるさが口に残り、五十嵐青年はわずかに顔をしかめた。
「ねぇ」
語尾を伸ばしながら、山本は自分の顔を五十嵐青年の顔に近づける。
五十嵐青年は慌ててソファの端まで逃げた。しかし、逃げられない。
山本は、五十嵐青年を押し倒す勢いで近づく。
「な、なに」
自分から上ずった声が出るとは思わなかったが、口角が引きつっているのは自覚できた。
「ねぇねぇねぇ」
ついに五十嵐青年の背中は、肘掛部分に当たってしまう。
肘掛部分に沿うように、背中を仰け反らせる。
そんな五十嵐青年の上に華奢な身体が覆い被さった。
「山羊は草食だけど、人間になった僕はどうなのか分かりませんよ?」
至近距離で五十嵐青年を見つめる目は、穏やかさを秘めたものではなかった。
獲物を逃がさんとばかりに輝き、頬は微かに赤く染まっている。
「五十嵐さんの辛い気持ち、消しちゃおうね」
優しく囁く声は、五十嵐青年の心に絡みついて離れようとしない。
この優しさは、罠だ。俺は獲物なんだ。
この場に似つかわしくない、軽い音を立て、五十嵐青年の手から缶が落ちた。
同性同士で身体を重ねた経験はなかったが、あんな表情をしながら行う行為について分からない訳では無い。
山本の額が、五十嵐青年の額に当たる。優しく額を擦り付けてくるのを、五十嵐青年はただ受け止めていた。
山本の顔が離れたかと思うと、またすぐ近づく。
五十嵐青年は思わず目を閉じたが、身構えた唇には何も当たらない。その代わり、暖かい粘液を纏った物体が五十嵐青年の頬に触れた。ザラザラした感触から、舌だと解釈することができる。
舌は優しく触れたかと思うと、頬を舐め回す。
五十嵐青年の呼吸は荒くなっていく。
「興奮してくれてる」
舌が頬から離れる代わりに、山本の右手が頭を撫でる。先程の慰めと同じ優しさは、五十嵐青年の脳裏に山本の優しさを映し出す。
安堵したその矢先、無防備な唇に荒々しいキスが襲いかかる。
舌が強引に入り込み、貪るようなキス。唇同士が離れた後、再び重なり合う。
プリンシェイクのせいだろうか。ほんの少し甘さを感じるそのキスは、長くも短くも感じられた。
五十嵐青年の目が潤み、息も荒くなる。それに気づいた山本は、五十嵐青年の腰に手を回すと、五十嵐青年の身体を起き上がらせる。ソファの背もたれに身体を預けるようにすると、山本は立ち上がった。
「え……?」
予想外のことに目を丸くする五十嵐青年を横目に、床に落ちた缶を拾い上げる。
「缶を拾っただけです。もしかして終わるの嫌なの、五十嵐さん」
意地悪な笑みを浮かべ、五十嵐青年を見下ろす。
「もう十分、辛いこと忘れられたと思うけど。最後までしたい?」
五十嵐青年の泣きそうな目は、加虐心を燃え上がらせる。気づいていないのは、きっと本人だけだろう。
五十嵐青年は、山本を見つめながら小さく唸る。
「分からないなら、おしまいです」
そう言い放つと、山本は机に缶を起き、五十嵐青年に背を向け、椅子に座った。
五十嵐青年は俯いていたが、両手を握りしめ、山本を見つめる。
「山本さん」
「はい?」
「僕と最後まで、してください」
顔を真っ赤にしながら懇願する五十嵐青年を見て、山本は愉快そうに笑う。
「交尾するなら、四つん這いね」
獲物は、もう手中だった。
あの険しい表情の割に、可愛らしい呼ばれ方だ。
五十嵐青年の考えを知ってか知らずか、山本は天井を見上げ、話を続ける。
「生き物はいつも正しく生きれない。食べちゃいけない草を食べてしまうし、血の繋がった家族と、頭ぶつけて大喧嘩することもある。でも、その行為が良くないということに気づいて、もうやらない、気をつけるって決めたなら、また一緒に過ごせるぞって」
山本は、そこで言葉を切る。五十嵐青年は無音の時間をなくそうと、繋ぐ言葉を探す。
草を食べるなんて、山羊みたいなワイルドなおじいさんですね。頭ぶつけるなんて、なかなか激しい喧嘩ですね。
この場にそぐわない返答しか浮かばない。
五十嵐青年は言葉を発するのを諦めて、ぬるくなったプリンシェイクを飲み干す。
甘ったるさが口に残り、五十嵐青年はわずかに顔をしかめた。
「ねぇ」
語尾を伸ばしながら、山本は自分の顔を五十嵐青年の顔に近づける。
五十嵐青年は慌ててソファの端まで逃げた。しかし、逃げられない。
山本は、五十嵐青年を押し倒す勢いで近づく。
「な、なに」
自分から上ずった声が出るとは思わなかったが、口角が引きつっているのは自覚できた。
「ねぇねぇねぇ」
ついに五十嵐青年の背中は、肘掛部分に当たってしまう。
肘掛部分に沿うように、背中を仰け反らせる。
そんな五十嵐青年の上に華奢な身体が覆い被さった。
「山羊は草食だけど、人間になった僕はどうなのか分かりませんよ?」
至近距離で五十嵐青年を見つめる目は、穏やかさを秘めたものではなかった。
獲物を逃がさんとばかりに輝き、頬は微かに赤く染まっている。
「五十嵐さんの辛い気持ち、消しちゃおうね」
優しく囁く声は、五十嵐青年の心に絡みついて離れようとしない。
この優しさは、罠だ。俺は獲物なんだ。
この場に似つかわしくない、軽い音を立て、五十嵐青年の手から缶が落ちた。
同性同士で身体を重ねた経験はなかったが、あんな表情をしながら行う行為について分からない訳では無い。
山本の額が、五十嵐青年の額に当たる。優しく額を擦り付けてくるのを、五十嵐青年はただ受け止めていた。
山本の顔が離れたかと思うと、またすぐ近づく。
五十嵐青年は思わず目を閉じたが、身構えた唇には何も当たらない。その代わり、暖かい粘液を纏った物体が五十嵐青年の頬に触れた。ザラザラした感触から、舌だと解釈することができる。
舌は優しく触れたかと思うと、頬を舐め回す。
五十嵐青年の呼吸は荒くなっていく。
「興奮してくれてる」
舌が頬から離れる代わりに、山本の右手が頭を撫でる。先程の慰めと同じ優しさは、五十嵐青年の脳裏に山本の優しさを映し出す。
安堵したその矢先、無防備な唇に荒々しいキスが襲いかかる。
舌が強引に入り込み、貪るようなキス。唇同士が離れた後、再び重なり合う。
プリンシェイクのせいだろうか。ほんの少し甘さを感じるそのキスは、長くも短くも感じられた。
五十嵐青年の目が潤み、息も荒くなる。それに気づいた山本は、五十嵐青年の腰に手を回すと、五十嵐青年の身体を起き上がらせる。ソファの背もたれに身体を預けるようにすると、山本は立ち上がった。
「え……?」
予想外のことに目を丸くする五十嵐青年を横目に、床に落ちた缶を拾い上げる。
「缶を拾っただけです。もしかして終わるの嫌なの、五十嵐さん」
意地悪な笑みを浮かべ、五十嵐青年を見下ろす。
「もう十分、辛いこと忘れられたと思うけど。最後までしたい?」
五十嵐青年の泣きそうな目は、加虐心を燃え上がらせる。気づいていないのは、きっと本人だけだろう。
五十嵐青年は、山本を見つめながら小さく唸る。
「分からないなら、おしまいです」
そう言い放つと、山本は机に缶を起き、五十嵐青年に背を向け、椅子に座った。
五十嵐青年は俯いていたが、両手を握りしめ、山本を見つめる。
「山本さん」
「はい?」
「僕と最後まで、してください」
顔を真っ赤にしながら懇願する五十嵐青年を見て、山本は愉快そうに笑う。
「交尾するなら、四つん這いね」
獲物は、もう手中だった。
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