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笑いやんだ後、山本は、学校であったことや山羊の魅力について、ずっと話し続けた。
まるで小さな子どものように、山本は心底面白そうに日常生活について話し続ける。
五十嵐青年は愛想笑いや適当な相槌を返していたが、徐々に心から笑うようになってきた。
「怖かったけど、山本さんと話すの楽しいな」
「洋介でいいよ。堅苦しいの苦手」
山本は座っている事務用の椅子で回りながら言う。
「いや、それはまだ早くない?」
「お互い下の名前で呼べばいいんじゃない?」
回るのを止め、目を輝かせながら五十嵐青年を見る。
「いや、それは……まださ……」
「そっか……」
山本は下を向いて、黙り込む。ずっと話し続けていた山本が黙ってしまったため、当然沈黙が流れる。
「僕、飲み物足りないし、買ってきます」
「あ……はい」
山本は立ち上がり、プレハブから出ていく。
先程まで打ち解けていた分、山本が敬語に戻ったことが五十嵐青年の胸に刺さる。
五十嵐青年にできることはプレハブ内を眺めるだけだった。
ソファの近くにある窓。その近くにはカラーボックスがあり、中には山羊についての専門書、ノートが収納されている。
1番上には、切り取られた新聞記事と古びたハサミ、写真が無造作に置かれていた。
目的が見つかった五十嵐青年は立ち上がり、写真を覗き込む。
その写真には、2匹の山羊と一緒に写る老人と山本が写っていた。
満面の笑みでピースサインをする山本とは反対に、老人の眉間には皺が寄っている。
ゴツゴツとした右手が山羊の背に触れているのは、照れ隠しのようにも見えた。
崩れるように、五十嵐青年はソファに座り込んだ。
質素なプレハブ内に漂う空気は軽い。
山本も、柔らかな笑顔で五十嵐青年に接する。
誰も五十嵐青年の凶行を咎めない。
凶行を責められ、ボロ雑巾のように扱われることを予想していた五十嵐青年の覚悟は、行き場なく、プレハブ内を漂う。
プレハブ内に漂いきれなかった決意は、目から溢れた。
俺は。おれは。ボクは。僕は。
どこかで、被害者面をしたかったのかもしれない。
あの女と一緒だ。あの、憎たらしい女と同類なんだ。
ゆっくりと立ち上がり、カラーボックスの上にあったハサミを手に取った。
ソファに座り込み、ハサミの重みを感じながら、左手首に刃を当てた。
刃が左手首の肉を押した時、プレハブの引き戸が軽い音を立て、山本が入ってきた。
「五十嵐さーん。おすすめのプリンシェイクです!」
片手で器用に2缶持ち、笑顔で五十嵐青年に近づく。
「五十嵐さん、寝ちゃいましたか?」
俯いている五十嵐青年の顔を覗きこんで、目を丸くした。
「涙ですか」
五十嵐青年は涙を拭いながら僅かに頭を上下させる。
「僕は悪者なので」
絞り出された涙声を止めるように、山本は五十嵐青年を抱きしめた。
「そんなことを言わないでください」
コトンと音をたて、ハサミが床に落ちた。
最初は静かに涙を流していた五十嵐青年だが、いつの間にか子どものように泣きじゃくっていた。
今まで気にしてきた他人の視線もプライドも、涙とともに流れていく。
山本は何も言わず、五十嵐青年を抱きしめたまま、時はゆっくり流れた。
泣き止んだとき、五十嵐青年は安堵に包まれていた。
「すみません。恥ずかしいところをお見せしました」
プレハブの中は暗闇で包まれていた。山本がスイッチを押し、蛍光灯が光を放つ。
2人は横に並んで座り、ぬるくなったジュースのプルタブを引いた。
今日初めて出会った2人だが、2人並んで長いソファに座ることに抵抗はなかった。
「いいんです。五十嵐さんの力になれたなら」
山本は、缶から唇を離して微笑む。
「辛かったんでしょう」
「辛かったからって、していいことではないですよ。俺のやったことは」
山本は、五十嵐青年の頭を優しく撫でる。
「大切な山羊を殺した俺のこと、憎んでないんですか」
「全く憎んでいない訳ではないです。けれど、五十嵐さんに死んで欲しい訳ではないんです」
五十嵐青年のた頭を撫でながら、山本は言葉を続ける。
「サンじいちゃんが言ってました。五十嵐さんは、ちゃんと自分の過ちを痛感しているんだって」
まるで小さな子どものように、山本は心底面白そうに日常生活について話し続ける。
五十嵐青年は愛想笑いや適当な相槌を返していたが、徐々に心から笑うようになってきた。
「怖かったけど、山本さんと話すの楽しいな」
「洋介でいいよ。堅苦しいの苦手」
山本は座っている事務用の椅子で回りながら言う。
「いや、それはまだ早くない?」
「お互い下の名前で呼べばいいんじゃない?」
回るのを止め、目を輝かせながら五十嵐青年を見る。
「いや、それは……まださ……」
「そっか……」
山本は下を向いて、黙り込む。ずっと話し続けていた山本が黙ってしまったため、当然沈黙が流れる。
「僕、飲み物足りないし、買ってきます」
「あ……はい」
山本は立ち上がり、プレハブから出ていく。
先程まで打ち解けていた分、山本が敬語に戻ったことが五十嵐青年の胸に刺さる。
五十嵐青年にできることはプレハブ内を眺めるだけだった。
ソファの近くにある窓。その近くにはカラーボックスがあり、中には山羊についての専門書、ノートが収納されている。
1番上には、切り取られた新聞記事と古びたハサミ、写真が無造作に置かれていた。
目的が見つかった五十嵐青年は立ち上がり、写真を覗き込む。
その写真には、2匹の山羊と一緒に写る老人と山本が写っていた。
満面の笑みでピースサインをする山本とは反対に、老人の眉間には皺が寄っている。
ゴツゴツとした右手が山羊の背に触れているのは、照れ隠しのようにも見えた。
崩れるように、五十嵐青年はソファに座り込んだ。
質素なプレハブ内に漂う空気は軽い。
山本も、柔らかな笑顔で五十嵐青年に接する。
誰も五十嵐青年の凶行を咎めない。
凶行を責められ、ボロ雑巾のように扱われることを予想していた五十嵐青年の覚悟は、行き場なく、プレハブ内を漂う。
プレハブ内に漂いきれなかった決意は、目から溢れた。
俺は。おれは。ボクは。僕は。
どこかで、被害者面をしたかったのかもしれない。
あの女と一緒だ。あの、憎たらしい女と同類なんだ。
ゆっくりと立ち上がり、カラーボックスの上にあったハサミを手に取った。
ソファに座り込み、ハサミの重みを感じながら、左手首に刃を当てた。
刃が左手首の肉を押した時、プレハブの引き戸が軽い音を立て、山本が入ってきた。
「五十嵐さーん。おすすめのプリンシェイクです!」
片手で器用に2缶持ち、笑顔で五十嵐青年に近づく。
「五十嵐さん、寝ちゃいましたか?」
俯いている五十嵐青年の顔を覗きこんで、目を丸くした。
「涙ですか」
五十嵐青年は涙を拭いながら僅かに頭を上下させる。
「僕は悪者なので」
絞り出された涙声を止めるように、山本は五十嵐青年を抱きしめた。
「そんなことを言わないでください」
コトンと音をたて、ハサミが床に落ちた。
最初は静かに涙を流していた五十嵐青年だが、いつの間にか子どものように泣きじゃくっていた。
今まで気にしてきた他人の視線もプライドも、涙とともに流れていく。
山本は何も言わず、五十嵐青年を抱きしめたまま、時はゆっくり流れた。
泣き止んだとき、五十嵐青年は安堵に包まれていた。
「すみません。恥ずかしいところをお見せしました」
プレハブの中は暗闇で包まれていた。山本がスイッチを押し、蛍光灯が光を放つ。
2人は横に並んで座り、ぬるくなったジュースのプルタブを引いた。
今日初めて出会った2人だが、2人並んで長いソファに座ることに抵抗はなかった。
「いいんです。五十嵐さんの力になれたなら」
山本は、缶から唇を離して微笑む。
「辛かったんでしょう」
「辛かったからって、していいことではないですよ。俺のやったことは」
山本は、五十嵐青年の頭を優しく撫でる。
「大切な山羊を殺した俺のこと、憎んでないんですか」
「全く憎んでいない訳ではないです。けれど、五十嵐さんに死んで欲しい訳ではないんです」
五十嵐青年のた頭を撫でながら、山本は言葉を続ける。
「サンじいちゃんが言ってました。五十嵐さんは、ちゃんと自分の過ちを痛感しているんだって」
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