五十嵐青年と山羊

獅子倉 八鹿

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 放心しながらホーム画面を眺めていた五十嵐青年だが、やがて画面を暗くし、布団に潜り込んだ。
 考えたくもないが、どうしてもアヤカのことを考えてしまう。

 それは最高で、尚且つ最低な生活だった。

 アヤカと知り合ったのは、大学のゼミだった。
 五十嵐青年達の通う大学では、大学3年生から参加になるゼミの準備として、1年生の頃から『基礎ゼミ』なる集団に参加することになっていた。
 入学してまもない五十嵐青年は、そこでアヤカに出会った。

 3、4年生が実際に使っているゼミ室だ。ただでさえ狭いゼミ室は、先輩達のロッカーや荷物で五十嵐青年達7人と教授が座ると窮屈だった。

 窓際に座った五十嵐青年の横に、女子学生2人組が座った。
 明るい茶髪にOLが使っていそうなバッグ。
 女子アナのように華やかで、目も大きくて可愛い。
 違う大学に彼氏がいること、この大学で素敵な人と出会ったときは、彼氏と別れたいと考えている。
 盗み聞きの結果、五十嵐青年は名前も知らない女子学生の情報を仕入れた。
「今までの人生で、男に困ったことはないんじゃない?」
 一緒に話している女子学生に言われ、笑いながら否定する姿から目を逸らし、窓を眺めた。
 外から、大学の前を走る車やバス、通行人が見える。ガラスに反射し、五十嵐青年の姿も見えた。

 まだ実感が沸かないが、これが今の僕だ。

 大学デビューと意気込み、髪もアッシュグレーに染め、服も今まで通っていた安価な店ではなく、少し値が張るブランドを選択した。もちろん靴も有名ブランドだ。
 何を選べばいいのかわからず、美容師やショップ店員に勧められるまま身なりを整えた青年は、自分から見ても服に着られていた。

「ねえねえ」
 窓を眺めていると、右腕を突かれた。五十嵐青年は右を向く。
「そのバッグ、クリスモデルの限定品だよね?」
「え、あぁ……」
 男子と話すことは多かれど、女子と話すことは少なかった五十嵐青年は、曖昧な言葉を返した。
 このバッグも、ショップ店員に勧められるがまま購入したものだ。そういえば勧められる時に人気のあるモデルが監修したモデルだとか言われた気がする。
 この女子学生の口振りから察するに、そのクリスとかいう人物が監修したバッグのようだ。
 もちろん、五十嵐青年には、それがモデルなのかアイドルなのか、男性なのか女性なのかもわからないままだが。

「いいなー! 私もリュックモデル欲しかったんだけど、地元だと売り切れてて。羨ましいな」
 興味津々にリュックを見つめられ、五十嵐青年は気まずくなる。
 トートバッグとリュックタイプの2種類あり、両手が開くからといった理由で入学前に購入したものだ。
 在庫が少ないとか多いとか、購入する時にそのようなことは全く気にならなかった。

「同じ基礎ゼミだしさ、連絡先交換しようよ」
「あ、うん」
 ぎこちない手つきでポケットからスマホを取り出し、操作をする。そうしていると、女子学生は五十嵐青年のスマホを見て、一層目を輝かせた。

「このスマホカバーチョムの限定品じゃん! バッグもそんな感じだし、こういうストリート系好きなの?」
「あー、まあまあ、かな」
「いいねいいね! アヤカも男の子だったらこんな感じの服着たかったなー」
「そうなんだ」
「だってかっこよくない、こういうの? 黒と白でかっこよく決めてさー? スケボーとか持って歩きたくない?」
「そうなんだ」
「そうだよかっこいいよー!」
「ありがと」

 アヤカと名乗る女子学生に質問攻めにされ、当たり障りない返答を続けるうちに、女子学生の中での五十嵐青年は、ファッションが好きなストリートファッション男子になってしまった。

 僕はただ、おすすめ品を買っただけなんだけど。

 五十嵐青年からそんなカミングアウトができるわけもなく、年老いた教授が登場するまでの間、当たり障りのない返答を繰り返して時間を潰すこととなった。
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