五十嵐青年と山羊

獅子倉 八鹿

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 その後も、五十嵐青年は山羊小屋に通った。
 山本の学校の都合により、初日よりも早い時間の集合になったが、一緒に過ごす時間のことを考えると苦ではなかった。

 作業が終わった後は休憩室で談笑し、山本の登校時間に間に合うよう解散する。
 学校であったことやアーティストのことなど、たわいない話をするのだが、五十嵐青年にはこの時間が何よりも楽しみだった。

「今日もありがとうございました」
 五十嵐青年の作業は小屋の掃除などの軽作業ばかりだが、山本は解散する前にいつも感謝を告げ、丁寧にお辞儀をする。
 労働したのだから当たり前のことなのかもしれないが、その言葉は乾いた心にしみこみ、温かさが広がるのだった。

 可能なら、早めに復学して欲しい。
 大学の職員から奨学金の関係で電話がかかり、そう伝えられた。
 進路のことを考えると、五十嵐青年自身も早く復学したい気持ちはあるが、アヤカが関係する場所へ行くと未だに恐怖を感じてしまう。

 なまった身体を戻すため少し遠くへランニングしたところ、アヤカとデートに行ったショッピングモールの近くで、めまいを起こしそうになった。
 この調子だと、アヤカの通っている大学に戻ることは出来そうにない。

 今は味方もいるのに、トラウマってしつこいな。
 山本の顔を思い浮かべながら、五十嵐青年は山羊小屋へ歩いて行った。


 フェンス越しに、山羊小屋の外で作業をしている山本が見えた。
 山羊の姿は見えない。どうやら山羊小屋に入っているようだ。
 あちらからも五十嵐青年の姿が確認できたようで、抱えていた袋を地面に下すと、腕がちぎれそうな勢いで手を振る。
「おはよう」
 五十嵐青年は、歯切れの悪い挨拶を口にする。

 まだ罪悪感が消えておらず、五十嵐青年としては敬語を使いたいのだが、山本がそれを拒む。

 友達同士で敬語は使わないでしょ?

 それが山本の主張であり、五十嵐青年も反対ができなかった。

「おはよ!」
 複雑な心境を知ってか知らずか、山本は子犬のような無邪気な笑みで五十嵐青年に近づき、自分の頭と五十嵐青年の頭を小さくぶつけた。

「僕はへこんでるところに土入れたりしておくから。小屋の掃除をお願いしていい?」
 五十嵐青年から離れながら、何事もなかったように作業内容を伝える山本とは違い、五十嵐の心臓はバクバクと音を立てる。

 キス、じゃなかった。
 キスされるかと思った。

 実際に触れたのは額より上だ。
 それより下には全く触れていないのに、五十嵐青年の心臓は動きを速め、全身が熱を帯びる。

 熱を帯びた顔を見られないよう、五十嵐青年は俯きがちに小さく頷くと、足早に小屋に向かった。

 山本は一目散に小屋へと駆けていく五十嵐青年の背中を見送ると、
「かわいいね。一緒に遊びたい」
 誰にも聞こえない声を漏らし、悪戯な笑みを浮かべた。
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