五十嵐青年と山羊

獅子倉 八鹿

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「晴汰くん。日曜日予定ある?」
 小屋の清掃が終わるのを見計らったように、山本は小屋に入り、声をかけた。
「いや、ない」
 五十嵐青年は目を逸らしながら返答する。
 友達という関係になってから下の名前で呼ばれた時より、下の名前で呼ばれることに違和感を持つことは減った。
 だが、減っただけでゼロではない。
 うっすらと残る違和感は、五十嵐青年の心をくすぐってしまう。

「じゃあ、一緒に出かけようよ」
 魅力的な誘いに、五十嵐青年は頷きかけて止めた。

「あー、遊ぶ金ないかも」

 大学に入学後、他の大学生と同様に五十嵐青年もバイトをしてきた。
 普段入っているアルバイト以外にも、短期バイトに入ることもあったくらいだ。
 しかし、得た給料のほとんどがブランド服やデート代に消え、貯金は雀の涙ほどもなかった。
 普段続けていたバイトも、休学した際に辞めてしまった。もちろん短期バイトも入っていない。

 雀の涙程度の貯金も使い切った今は、両親から機械的に送られてくる8万円で生活をしている。
 家賃の5万円も含まれており、ほとんどが食費や光熱費などの生活費で消える。
 その上、山羊小屋に向かう交通費も増えてしまったため、これ以上の出費は厳しいのだ。

 五十嵐青年が気まずそうに発した言葉の意味が分からないのか、山本はキョトンとした目で五十嵐青年を見つめ続ける。
「え、えっと……」
 訳が分からずしどろもどろになる五十嵐青年を見て、山本は言葉を漏らす。
「家で遊べばいいじゃん」
「家で何するの? ゲーム機とか売っちゃったんだけど」
「任せてよ。晴汰くんは自分の家で待ってて」
 五十嵐青年は、目を輝かせながら見つめてくる山本を不安そうに見つめることしか出来なかった。

 日曜日の朝を迎えた。
 五十嵐青年はシャワーを浴び、部屋を片付けてベッドの縁に座る。
 住所は地図アプリのリンクを送信済だ。
 そこまで複雑な場所に建つアパートではない。近くに目印になりそうなスーパーもある。
 山本からも場所についての質問は出なかった。

 しかし、相手は山本だ。予想外のアクシデントは充分有り得る。
 ソワソワとスマホを持ち上げては下ろす作業を繰り返していると、部屋の前から歩みの遅い足音が聞こえた。
 よいしょ、とドア越しに聞こえた声は山本のものだと確信を持ち、インターホンが鳴る前に玄関に近づく。
 靴を履いていると、ドアの向こうから重量のあるものを置く音が聞こえ、不安が襲ってくる。
 五十嵐青年の気がかりなど関係なく、明るい音色が部屋に響いた。

「おはよ!」
 五十嵐青年に向かって手を振る山本は、普段とさほど変わらない、
 ただ、旅行に持っていくような、大ぶりの黒いボストンバッグを傍に置いている。
 間違いなく、このボストンバッグが重量のある音を出した犯人だ。
「おはよ」
 空返事で答えながら、五十嵐青年の目線はボストンバッグに吸い寄せられた。

「ふふふ。これが気になる感じかな」
 なぜか誇らしげに言うと、両手でそれを持ち上げる。
「何を持ってきたの」
 見ただけで分かる重量感に気持ちが盛り下がりながらも、好奇心は消えなかった。
「遊ぶものだよ」

 五十嵐青年は絶句した。
 ボストンバッグからはすごろくやトランプ、年季の入ったテーブルゲーム、挙句の果てにはリストウェイトが4つも現れた。
 他人の荷物をまじまじと見ることははばかられたため、五十嵐青年も直視することはしなかったが、まだ中には何か入っている様子だ。

「大学生にもなってすごろくなんかしないって。ていうかなにこのゲーム」
 自分の両親が生まれた時代、あるいはそれより前の時代の写真を冷ややかに見つめながら五十嵐青年は呟いた。
「毎年正月にやってるみたいで。小さい頃は1番にゴールしたらお年玉が追加で貰えて、思い入れがあるゲームらしいよ」

 山本の言葉に、五十嵐青年の脳内に1つの可能性が浮かぶ。
「もしかして、やってみたいの?」
 楽しかった思い出は知っていても、今『山本の中にいる彼』は遊んだことがないのだろう。
 山本は静かに頷いた。
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