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4.背徳宮
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これまで主に傭兵会社の仕事模様を紹介してきたが、ここは誘惑の多い快楽者の街。決して彼らは常にストイックに仕事をしているわけではない。
「おーし、今日は非番の奴らで呑みにいくぞー」
ということは日常茶飯事であり、それはコトリもジークエンドも変わらないのだった。
「ジークと呑みにくるの久しぶりだなっ」
「そうだったか……そもそもコトリと来た覚えがあまり」
「コトリと飲むと泥酔するからねえ、ジークエンドはさ」
サツキの言うとおり。
なぜならコトリがジークエンドに呑ませるからだ。
「いい呑みっぷり。はい次な!」
「うー、うー?」
ジークエンドはそれほど酒に強くない。与えると底なしに呑みはするが。コトリはジークエンドが人間であれば酒で殺しているくらいにはジークエンドに呑ませる。
「はー、やっぱり酔ってるジークかわいい」
酔ったジークエンドはぽーっとして、頭をふらふらさせ、子供のように素直になる。このまま置いていけば確実に誰ぞの餌食になるくらいには……ただし酔ったオーバントの本能の有無については未確認なので、この状態のジークエンドを襲った者の末路は不明。
「ジーク、かわいいっ」
コトリも酔ってジークエンドに遠慮なく擦り着く。ジークエンドもジークエンドでそれを嬉しそうにふにゃふにゃ笑っている。
なので社員一同はコトリの想いなどお見通しで、お似合いだと思っているのだが……
「まだデキてないんじゃろ」
同伴のラズウェルが彼らを眺めて言う。
「コトリが子供すぎるのと、ジークエンドはコトリのことまだ雛だと思ってるからさあ」
「このままじゃとコトリのほうがジークを襲いそうじゃな」
「そうでもないと思うよ? 試してみようか。コトリ、お前えっちなことジークエンドにするなよ」
「えっちなこと!」
しゅば、と起き上がったコトリが金色の目をきらきらさせながら頬を染め、カウンターテーブルをばんばん叩く。並んだ安酒のボトルが浮き上がった。
「えっちなこと、コトリ知ってるぞ! ちゅーするんだ」
「ほお、ちゅー」
「それであれらろ、せ……性器に触ったりするんだ!!」
ひゃー、と顔を覆うコトリ。禿頭に羊の角を持つマスターが静かにきゅっきゅとグラスを磨いている。
「な、言った通りだろ」
「そのまんでおれよ、コトリ」
「う?」
「そうだ、コトリはこのままでいい!」
唐突にジークエンドが動いた。きゅうとコトリのまるい金色の頭を抱き寄せ、頬ずりをする。
「いつまでも俺の可愛い雛でいてほしいんだ!!」
「わー出た本音」
「コトリは! 雛なんだあ!」
「コトリは雛じゃないぞう」
抱きつかれたままぶうと文句を言うコトリの上で、ジークエンドはぐす、と泣き出した。
「助け出した頃はほんのこのくらいで……」
「いやそれ胎児レベルのサイズ」
「抱えて走った……ルロビアに着くまでが大変で、何を食べさせようとしてもイヤイヤするんだ」
「コトリ、木の実か果物か花の蜜くらいしか食べないもんね。あとは酒やミルク」
「肉も食べれるようになったぞう」
「色々食べれるようになるまで、社長とジークエンドが苦労しとったの覚えとるわ」
まあ、サツキとラズウェルに理性が残っていたのもこのあたりまで。
「コトリぃー、呑んでるう?」
「るう!」
「わっはっは、ジークエンドは本当に与えれば与えるだけ呑むのう!」
「うー、うー?」
「コトリぃ、えっちなことって言うのはねえ、こうしてああして」
「ふぉー! ふぉうふぉう!(聞いても全部忘れる」
収集がつかなくなるのはいつものこと。
「そろそろ帰ろうかいねえ」
年長のラズウェルが僅かに残った理性で「ほれ帰るど」と若い連中を追い立てる。金を置いていくことも忘れない。この街で金絡みのトラブルはどんな少額でも即座にマフィアが絡んで非常に厄介だということを知っているからだ。
「ジークぅ、だいじょぶかー」
「うー」
名を聞けばマフィアも震え上がるエース様もかたなし。ふらふらした足取りでコトリに支えられながら歩く。
「ちょっとー、そっち会社じゃないよー」
「仕方のねえ奴らじゃの……おっ、美人のバンパイア!」
「うそー、この服これでこの値段!? 買いじゃん!」
といったふうにサツキとラズウェルが目を離した隙に、コトリとジークエンドはこつ然と姿を消してしまった。
***
「うぐうう」
ひどい頭痛に見舞われて目を覚ますと、檻馬車の中だった。ぐすぐす泣いているヒトガタ異形の子供たちと、青い顔のジークエンドがいる。
「コトリ、起きたか。どうやら捕まってしまったらしい」
「ええ……俺はとにかく、オーバントのジークエンドを捕まえるなんて凄い奴もいたもんだな」
体表から殺人ゲルを生み出すオーバントは、それこそ拘束不能。ちゃちな手かせ足かせでどうにかできる種族ではない。
「一応、逃げればコトリに危害を加えると脅されている」
が、コトリもコトリで拘束しておける種族ではないわけで。
「薬物を打たれて、手足が思うように動かない」
「お酒呑んだのに薬打たれたのか!」
「とりあえず様子を見よう」
馬車は快楽者の街の周りをぐるりと回って奥、背徳宮と呼ばれるマフィアたちの温床へ向かった。ここには公安もルロビアもおいそれと手出しができない。街の悪事はおよそここで行われていると言われているが、コトリたちも潜入するのは初めてだ。脱出できるかもわからない。
ジークエンドは二日酔いと薬のせいでぐったりしていた。
「よくもオーバントなんざ仕入れたもんだな」
「凶暴な種族ですが、麻酔を仕込んだ魔動具の首輪でもつけてしまえば……」
恐ろしい会話をしている。この街ではオーバントすら売買できる体制が整っているのだ。住人であるコトリたちですら知らなかった暗部だ。
背徳宮の門を通ってすぐ、実際にジークエンドは首輪をはめられた。白い喉を締め付けるその姿が大変そそr……いや痛々しく、コトリはハラハラした。きゅんきゅんもした。
「はわぁ、なんてえっちなものをジークエンドに……!」
「コトリ?」
まだ酒が残っているのかもしれない。
そのまま一同、背徳宮の裏手からどこへ続くとも知れぬ地下階段を降りさせられた。
「おい! ジークエンドに乱暴するな。薬を打たれて動きが鈍いんだぞ」
「いや、ほとんど二日酔いだ……」
可哀想なジークエンド。いったい誰がそこまでアルハラしたのやら。
地下に下って暫くすると、また昇る羽目になる。これが二日酔いに辛かった。
幕の下がった場所に連れ込まれ、マフィアらしき偉そうで上等なスーツを着る淫魔に一人ひとり検分された。
「ジークエンドじゃないか。ルロビアの」
さすがにバレた。
「ど、どこで捕まえたんだ?」
「酔ってぶっ倒れていたところをそのまま……」
「間違いなく今回の目玉だ! よくやったぞ」
ジークエンドが目玉商品! なんて破廉恥な響き!!
「こっちの雛もなかなかいい品じゃねえか。小汚いストリートキッズとは違うな」
「こっちもオーバントと一緒に倒れてたんで、たぶんルロビアかと」
「ルロビアから二名か……報復も怖いがそれ以上に美味いな」
淫魔はちょび髭をしごき満足そうにコトリを眺める。
「かわいい雛だ。俺がかわいがってやってもいいくらいだな」
「コトリに触れるな!!」
毛を逆立てるジークエンドに、淫魔はふふんと笑う。
「どのみちこれからコイツは金持ちのひひ爺にベッドで飼われる運命なんだよ」
「―――なんだかわいこちゃん、今度はこんなとこで捕まってんのかい」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはいつかのオーバント、シザードがいた。
「って、今度はそっちのオーバントもか。何やってんだかなあ。潜入捜査かい?」
「ほっとけ」
「今はオーバントの数が足りてねえから、買ってやりたいとこだが高値がつくだろうな。この顔じゃなあ」
「ジークに触るな、ばか!!」
ジークエンドの顎に触れて眺めるシザードに頭突きをかます。力なくぽふんと当たるだけだったが。
「ま、うまく切り抜けなよ」
ひらひらと手を振ってシザードは去っていった。なんだったんだ、あいつは。
さて、商品が次々と運び込まれてきた。ほとんどヒトガタ異形のストリートキッズだ。さしずめここは奴隷市場といったところだろう。
あとはどこで暴れるか、だが……今回のケース、ジークエンドの助けは見込めない。コトリの羽だけでこれだけの警備を切り抜けねばならないのだ。しかも、客も入るわけで。
(どーしたものかな……)
そうこうしている間に子供たちがどんどん競りにかけられていく。オークションが終わるまで客は外に出られない仕様のようで、そこは安心した。
幕の向こうをちらと覗くと、客席にはまさに地獄、異形の坩堝だった。見目の悪い異形、ヒトガタではないが知性はヒトという異形は犯罪者になりやすい。そうした者たちが一同に会しているのだろう。
彼らはヒトガタ異形を憎んでいるところもあり、ヒトガタ異形を買うのは意趣返しの意味もあるのだ。
「―――さて次はかわいらしい小鳥ちゃん! ごらんください、この金色の色彩」
ひったてられてスポットライトの中に出た。異形たちがおお、とどよめく。コトリほど整った異形は魔界では珍しいのだ。
尤も、コトリがバーレルセルであることが知れれば、この程度のどよめきで済まなかったろうし、ジークエンドどころの話でもなかったろう。正体がばれていないことに安堵するしかない。
「一万!」
「五万!」
「八万!」
「八万五千!」
信じられないような値段でせり上がっていく。さきほどまでの子供たちの十倍やそこらだ。一体どこからその金が出るのやら。叩けば埃の出る連中ばかりだろう。一斉検挙したい。
「十万三千!」
「十万三千! 他にいらっしゃいませんか!」
というわけで、コトリは競り落とされた。タコの頭をした異形がブヒブヒと喜んでコトリの腰を抱き、席に連れ帰り、膝に乗せる。ぬるぬるした吐息がうなじにかかって非常に気持が悪い……
「さあ、オオトリです。なんとルロビア傭兵会社のエース! 恐怖の代名詞、オーバントのジークエンド!!」
その名が挙がった時には、もはや歓声やどよめきで済まない驚愕の声が響いた。「はあ?」とか「なんで?」とか困惑の声も多い。そりゃあそうだ。
しかし、二日酔いと薬でぐったりしたジークエンドの様子は非常に退廃的で美しく艷やかで、客らは購買意欲をそそられたようである。
「二十万!」
いきなりコトリの倍額が出た。
「三十万」
「五十万!」
信じられないような値段がついた。メタ的に円で説明すれば、億単位にもなる。それだけ美しいオーバントは魅力的なのだろう。
コトリはそのときに動いた。
側頭部の羽を伸ばし、観客席を飛んでジークエンドの首輪を狙って壊す。色々考えたが、このタイミングがベストだ。コトリに監視の目がなく、ジークエンドの警備も薄く、意識がそれている。
途端、ジークエンドは手かせも足かせも溶かして暴れ始めた。まずステージ上にいる者は全滅。詳細は省くが溶けて飛んで跳ねた。観客席に悲鳴があがり、我先にと逃げ出した。その客らも追ってジークエンドは暴れ狂う。
「そうはいかねえよっ」
シザードがステージ裏から躍り出たのを、コトリが待ち受ける。
「お前の相手はコトリだ!」
「雛ちゃんに俺の相手ができんのかねえ!」
見くびられたものだ。コトリは幼い時から社員にかわるがわる戦闘訓練を受けていた。もちろん、ジークエンドにもだ。傭兵にするためではなく、自分の身を守れるように。
コトリはオーバントとの戦い方を知っている。その弱みも。
「ゲルは熱に弱いっ」
光の羽の温度を上げて射出されるゲルを溶かす。
「なんだこのガキ! ゲルを溶かすほどの温度だと、どれだけ魔力素を溜め込んでるってんだ。そんな種族がいるのか!」
魔力素の結晶である魔晶石を生むバーレルセルならではの芸当だ。
だが、バーレルセルはおとぎ話の種族。魔界には多種多様な種族や雑種、突然変異種がおり、特定するのはまず不可能だろう。
「コトリ、子供は逃した。撤退するぞ!」
無作為に暴れているように見えたが、ストッパーのコトリがいるジークエンドには理性が残っていた。可愛い雛のコトリを守るという強い意志が、ジークエンドを繋ぎ留めているのだ。
シザードを羽で牽制しながら後ろ飛びし、ジークエンドと合流して一目散に逃げる。途中、当然マフィアの構成員が出たが、魔動銃の弾丸などゲルに溶かされてしまう。高出力の銃でもなければゲルは止められない。それこそ、コトリの生んだ魔晶石の銃でもなければ。
背徳宮を子供たちと一緒に出て、一息つく。ここから先は公安の手が届く。マフィアもおおっぴらに悪事は出来ないわけだ。
「おにいさんたち、ありがとー」
手を振って元気に走り去っていく子供たち。快楽者たちにぽこぽこと計画性なく生み出された彼らは、今日も逞しく生きていくのだろう。
「うう……頭痛い」
「吐きそうだ」
言いながら二人でもつれあって何とか会社に帰り着き、社長に泣かれた。だが、二人はやり遂げた達成感を得て、額をつけあって笑ってしまったのだった。
「おーし、今日は非番の奴らで呑みにいくぞー」
ということは日常茶飯事であり、それはコトリもジークエンドも変わらないのだった。
「ジークと呑みにくるの久しぶりだなっ」
「そうだったか……そもそもコトリと来た覚えがあまり」
「コトリと飲むと泥酔するからねえ、ジークエンドはさ」
サツキの言うとおり。
なぜならコトリがジークエンドに呑ませるからだ。
「いい呑みっぷり。はい次な!」
「うー、うー?」
ジークエンドはそれほど酒に強くない。与えると底なしに呑みはするが。コトリはジークエンドが人間であれば酒で殺しているくらいにはジークエンドに呑ませる。
「はー、やっぱり酔ってるジークかわいい」
酔ったジークエンドはぽーっとして、頭をふらふらさせ、子供のように素直になる。このまま置いていけば確実に誰ぞの餌食になるくらいには……ただし酔ったオーバントの本能の有無については未確認なので、この状態のジークエンドを襲った者の末路は不明。
「ジーク、かわいいっ」
コトリも酔ってジークエンドに遠慮なく擦り着く。ジークエンドもジークエンドでそれを嬉しそうにふにゃふにゃ笑っている。
なので社員一同はコトリの想いなどお見通しで、お似合いだと思っているのだが……
「まだデキてないんじゃろ」
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「コトリが子供すぎるのと、ジークエンドはコトリのことまだ雛だと思ってるからさあ」
「このままじゃとコトリのほうがジークを襲いそうじゃな」
「そうでもないと思うよ? 試してみようか。コトリ、お前えっちなことジークエンドにするなよ」
「えっちなこと!」
しゅば、と起き上がったコトリが金色の目をきらきらさせながら頬を染め、カウンターテーブルをばんばん叩く。並んだ安酒のボトルが浮き上がった。
「えっちなこと、コトリ知ってるぞ! ちゅーするんだ」
「ほお、ちゅー」
「それであれらろ、せ……性器に触ったりするんだ!!」
ひゃー、と顔を覆うコトリ。禿頭に羊の角を持つマスターが静かにきゅっきゅとグラスを磨いている。
「な、言った通りだろ」
「そのまんでおれよ、コトリ」
「う?」
「そうだ、コトリはこのままでいい!」
唐突にジークエンドが動いた。きゅうとコトリのまるい金色の頭を抱き寄せ、頬ずりをする。
「いつまでも俺の可愛い雛でいてほしいんだ!!」
「わー出た本音」
「コトリは! 雛なんだあ!」
「コトリは雛じゃないぞう」
抱きつかれたままぶうと文句を言うコトリの上で、ジークエンドはぐす、と泣き出した。
「助け出した頃はほんのこのくらいで……」
「いやそれ胎児レベルのサイズ」
「抱えて走った……ルロビアに着くまでが大変で、何を食べさせようとしてもイヤイヤするんだ」
「コトリ、木の実か果物か花の蜜くらいしか食べないもんね。あとは酒やミルク」
「肉も食べれるようになったぞう」
「色々食べれるようになるまで、社長とジークエンドが苦労しとったの覚えとるわ」
まあ、サツキとラズウェルに理性が残っていたのもこのあたりまで。
「コトリぃー、呑んでるう?」
「るう!」
「わっはっは、ジークエンドは本当に与えれば与えるだけ呑むのう!」
「うー、うー?」
「コトリぃ、えっちなことって言うのはねえ、こうしてああして」
「ふぉー! ふぉうふぉう!(聞いても全部忘れる」
収集がつかなくなるのはいつものこと。
「そろそろ帰ろうかいねえ」
年長のラズウェルが僅かに残った理性で「ほれ帰るど」と若い連中を追い立てる。金を置いていくことも忘れない。この街で金絡みのトラブルはどんな少額でも即座にマフィアが絡んで非常に厄介だということを知っているからだ。
「ジークぅ、だいじょぶかー」
「うー」
名を聞けばマフィアも震え上がるエース様もかたなし。ふらふらした足取りでコトリに支えられながら歩く。
「ちょっとー、そっち会社じゃないよー」
「仕方のねえ奴らじゃの……おっ、美人のバンパイア!」
「うそー、この服これでこの値段!? 買いじゃん!」
といったふうにサツキとラズウェルが目を離した隙に、コトリとジークエンドはこつ然と姿を消してしまった。
***
「うぐうう」
ひどい頭痛に見舞われて目を覚ますと、檻馬車の中だった。ぐすぐす泣いているヒトガタ異形の子供たちと、青い顔のジークエンドがいる。
「コトリ、起きたか。どうやら捕まってしまったらしい」
「ええ……俺はとにかく、オーバントのジークエンドを捕まえるなんて凄い奴もいたもんだな」
体表から殺人ゲルを生み出すオーバントは、それこそ拘束不能。ちゃちな手かせ足かせでどうにかできる種族ではない。
「一応、逃げればコトリに危害を加えると脅されている」
が、コトリもコトリで拘束しておける種族ではないわけで。
「薬物を打たれて、手足が思うように動かない」
「お酒呑んだのに薬打たれたのか!」
「とりあえず様子を見よう」
馬車は快楽者の街の周りをぐるりと回って奥、背徳宮と呼ばれるマフィアたちの温床へ向かった。ここには公安もルロビアもおいそれと手出しができない。街の悪事はおよそここで行われていると言われているが、コトリたちも潜入するのは初めてだ。脱出できるかもわからない。
ジークエンドは二日酔いと薬のせいでぐったりしていた。
「よくもオーバントなんざ仕入れたもんだな」
「凶暴な種族ですが、麻酔を仕込んだ魔動具の首輪でもつけてしまえば……」
恐ろしい会話をしている。この街ではオーバントすら売買できる体制が整っているのだ。住人であるコトリたちですら知らなかった暗部だ。
背徳宮の門を通ってすぐ、実際にジークエンドは首輪をはめられた。白い喉を締め付けるその姿が大変そそr……いや痛々しく、コトリはハラハラした。きゅんきゅんもした。
「はわぁ、なんてえっちなものをジークエンドに……!」
「コトリ?」
まだ酒が残っているのかもしれない。
そのまま一同、背徳宮の裏手からどこへ続くとも知れぬ地下階段を降りさせられた。
「おい! ジークエンドに乱暴するな。薬を打たれて動きが鈍いんだぞ」
「いや、ほとんど二日酔いだ……」
可哀想なジークエンド。いったい誰がそこまでアルハラしたのやら。
地下に下って暫くすると、また昇る羽目になる。これが二日酔いに辛かった。
幕の下がった場所に連れ込まれ、マフィアらしき偉そうで上等なスーツを着る淫魔に一人ひとり検分された。
「ジークエンドじゃないか。ルロビアの」
さすがにバレた。
「ど、どこで捕まえたんだ?」
「酔ってぶっ倒れていたところをそのまま……」
「間違いなく今回の目玉だ! よくやったぞ」
ジークエンドが目玉商品! なんて破廉恥な響き!!
「こっちの雛もなかなかいい品じゃねえか。小汚いストリートキッズとは違うな」
「こっちもオーバントと一緒に倒れてたんで、たぶんルロビアかと」
「ルロビアから二名か……報復も怖いがそれ以上に美味いな」
淫魔はちょび髭をしごき満足そうにコトリを眺める。
「かわいい雛だ。俺がかわいがってやってもいいくらいだな」
「コトリに触れるな!!」
毛を逆立てるジークエンドに、淫魔はふふんと笑う。
「どのみちこれからコイツは金持ちのひひ爺にベッドで飼われる運命なんだよ」
「―――なんだかわいこちゃん、今度はこんなとこで捕まってんのかい」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはいつかのオーバント、シザードがいた。
「って、今度はそっちのオーバントもか。何やってんだかなあ。潜入捜査かい?」
「ほっとけ」
「今はオーバントの数が足りてねえから、買ってやりたいとこだが高値がつくだろうな。この顔じゃなあ」
「ジークに触るな、ばか!!」
ジークエンドの顎に触れて眺めるシザードに頭突きをかます。力なくぽふんと当たるだけだったが。
「ま、うまく切り抜けなよ」
ひらひらと手を振ってシザードは去っていった。なんだったんだ、あいつは。
さて、商品が次々と運び込まれてきた。ほとんどヒトガタ異形のストリートキッズだ。さしずめここは奴隷市場といったところだろう。
あとはどこで暴れるか、だが……今回のケース、ジークエンドの助けは見込めない。コトリの羽だけでこれだけの警備を切り抜けねばならないのだ。しかも、客も入るわけで。
(どーしたものかな……)
そうこうしている間に子供たちがどんどん競りにかけられていく。オークションが終わるまで客は外に出られない仕様のようで、そこは安心した。
幕の向こうをちらと覗くと、客席にはまさに地獄、異形の坩堝だった。見目の悪い異形、ヒトガタではないが知性はヒトという異形は犯罪者になりやすい。そうした者たちが一同に会しているのだろう。
彼らはヒトガタ異形を憎んでいるところもあり、ヒトガタ異形を買うのは意趣返しの意味もあるのだ。
「―――さて次はかわいらしい小鳥ちゃん! ごらんください、この金色の色彩」
ひったてられてスポットライトの中に出た。異形たちがおお、とどよめく。コトリほど整った異形は魔界では珍しいのだ。
尤も、コトリがバーレルセルであることが知れれば、この程度のどよめきで済まなかったろうし、ジークエンドどころの話でもなかったろう。正体がばれていないことに安堵するしかない。
「一万!」
「五万!」
「八万!」
「八万五千!」
信じられないような値段でせり上がっていく。さきほどまでの子供たちの十倍やそこらだ。一体どこからその金が出るのやら。叩けば埃の出る連中ばかりだろう。一斉検挙したい。
「十万三千!」
「十万三千! 他にいらっしゃいませんか!」
というわけで、コトリは競り落とされた。タコの頭をした異形がブヒブヒと喜んでコトリの腰を抱き、席に連れ帰り、膝に乗せる。ぬるぬるした吐息がうなじにかかって非常に気持が悪い……
「さあ、オオトリです。なんとルロビア傭兵会社のエース! 恐怖の代名詞、オーバントのジークエンド!!」
その名が挙がった時には、もはや歓声やどよめきで済まない驚愕の声が響いた。「はあ?」とか「なんで?」とか困惑の声も多い。そりゃあそうだ。
しかし、二日酔いと薬でぐったりしたジークエンドの様子は非常に退廃的で美しく艷やかで、客らは購買意欲をそそられたようである。
「二十万!」
いきなりコトリの倍額が出た。
「三十万」
「五十万!」
信じられないような値段がついた。メタ的に円で説明すれば、億単位にもなる。それだけ美しいオーバントは魅力的なのだろう。
コトリはそのときに動いた。
側頭部の羽を伸ばし、観客席を飛んでジークエンドの首輪を狙って壊す。色々考えたが、このタイミングがベストだ。コトリに監視の目がなく、ジークエンドの警備も薄く、意識がそれている。
途端、ジークエンドは手かせも足かせも溶かして暴れ始めた。まずステージ上にいる者は全滅。詳細は省くが溶けて飛んで跳ねた。観客席に悲鳴があがり、我先にと逃げ出した。その客らも追ってジークエンドは暴れ狂う。
「そうはいかねえよっ」
シザードがステージ裏から躍り出たのを、コトリが待ち受ける。
「お前の相手はコトリだ!」
「雛ちゃんに俺の相手ができんのかねえ!」
見くびられたものだ。コトリは幼い時から社員にかわるがわる戦闘訓練を受けていた。もちろん、ジークエンドにもだ。傭兵にするためではなく、自分の身を守れるように。
コトリはオーバントとの戦い方を知っている。その弱みも。
「ゲルは熱に弱いっ」
光の羽の温度を上げて射出されるゲルを溶かす。
「なんだこのガキ! ゲルを溶かすほどの温度だと、どれだけ魔力素を溜め込んでるってんだ。そんな種族がいるのか!」
魔力素の結晶である魔晶石を生むバーレルセルならではの芸当だ。
だが、バーレルセルはおとぎ話の種族。魔界には多種多様な種族や雑種、突然変異種がおり、特定するのはまず不可能だろう。
「コトリ、子供は逃した。撤退するぞ!」
無作為に暴れているように見えたが、ストッパーのコトリがいるジークエンドには理性が残っていた。可愛い雛のコトリを守るという強い意志が、ジークエンドを繋ぎ留めているのだ。
シザードを羽で牽制しながら後ろ飛びし、ジークエンドと合流して一目散に逃げる。途中、当然マフィアの構成員が出たが、魔動銃の弾丸などゲルに溶かされてしまう。高出力の銃でもなければゲルは止められない。それこそ、コトリの生んだ魔晶石の銃でもなければ。
背徳宮を子供たちと一緒に出て、一息つく。ここから先は公安の手が届く。マフィアもおおっぴらに悪事は出来ないわけだ。
「おにいさんたち、ありがとー」
手を振って元気に走り去っていく子供たち。快楽者たちにぽこぽこと計画性なく生み出された彼らは、今日も逞しく生きていくのだろう。
「うう……頭痛い」
「吐きそうだ」
言いながら二人でもつれあって何とか会社に帰り着き、社長に泣かれた。だが、二人はやり遂げた達成感を得て、額をつけあって笑ってしまったのだった。
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当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
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