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5.ドヴェルグ鉱山
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その日、変わった依頼主が現れた。
「先輩っ! ジーク先輩!」
一風変わった銀髪のオーバント。軍服を着用しており、ジークエンドより更に女性的な風貌をしている。
それがジークエンドを目にするなり飛びかかり、すがりつき、
「くんかくんかスーハスーハー」
匂いを嗅ぎだした。オフィスに出社したコトリもジークエンドもぽかんとする。
「し……シグルドか? なぜこんなところに。まさか俺を連れ戻しに来たのか?」
ジークエンドは語らないが、彼が軍部の出身であることは端々から分かっている。まず身のこなしのそれが素人ではないのだ。といっても、この傭兵会社にはそういう軍人くずれは多く在籍している。
ただ、ジークエンドはオーバント特殊部隊の出身ではないかと見当つけられていた。
「依頼ですよお。最近はオーバントの数も減っちゃって」
シグルドと呼ばれたオーバントはころころと笑う。
「先輩一人を連れ戻すより、有名なルロビア傭兵会社に依頼したほうがこちらとしてもお得なわけです。まあ、例の件は当時いたメンバーの秘密になっておりますがあ」
目を細め、コトリを見やるシグルド。コトリは首を傾げた。
「よせ、コトリは何も知らない」
「先輩が言うなら私から言うことは何もぉ。ああっ十年ぶりの先輩のにおい……」
「は、離れろっ」
放心していたコトリだが、シグルドとジークエンドの間に割って入る。
「ジークエンドはコトリのバディだぞ! 馴れ馴れしく触るなっ」
「へーぇ、ほーん。あの時の雛がいっちょまえになったもんですねえ」
「? コトリを知ってるのか、お前」
「シグルド、それ以上はもう……」
「はいはい。可愛い雛ちゃんにちょっかいかけませんて。シグルドは仕事をしにきましたからね」
ぱちんと気色悪くウインクするシグルド。どうもこの男は好きになれない。いや、敵だ。まごうかたなき敵だ。犬のようにうーっと唸ってジークエンドを背に庇う。
「えー、おほん。仕事の話に入るが、今回の依頼はドヴェルグ鉱山の護衛である」
パ……社長が仕切り直した。
「我が国は一見平和なように見えるが、実際は様々な国と係争している。主に豊富な魔晶石の採掘権でな。鉱石樹の森が多いことに関係しているらしいが、詳細は不明。
この魔晶石の採掘は非常に繊細でドヴェルグにしか出来ない。このたび、我がドレイクニルに隣国ダハーカが無知能異形をさしむけてきた。
本隊が到着するまでドヴェルグ鉱山を持ちこたえさせることが我々の今回の任務である」
いつもと違う仕事に困惑の声も上がる。だが、傭兵である以上、これが本来の仕事とも言えた。軍部が目をつけて介入してきたということは、今後こういう仕事も増えるのだろう。
「精鋭のエージェント二十名を派遣する。名を呼ばれた者はただちに準備を、それ以外の者は数十日分の非常食類を用意し、竜馬車を手配せよ」
もちろん、エースのバディであり、社内三位の成績であったコトリも含まれていた。今回のケースではストッパーも必要なかろうから、単純に実力を買われたのだろう。父親に認められたようで、少し嬉しい。
と思った矢先に、
「コトリちゃんは初陣だからあんまり無茶はさせないよーに!」
言い含められた。
デモデモダッテダッテ言わなかっただけましと思うことにする。
コトリは、普段はあまり使わない魔動銃を持ち出した。空撃をする場合、羽で飛ぶことと攻撃することを同時に続けるのは難しいので、銃が必要になる。空中だと銃の反動が厳しいのだが、やるしかない。
それと、自分で生んだ魔晶石を加工したエネルギーパックを装備する。できればシャハクあたりにも渡したほうがいいのだが……
(生んだ卵を他人に渡すのって嫌)
シャハクのほうも、おそらく微妙な顔をするだろう。
「サツキは居残りか」
「全員留守にするわけにもいかないからね。俺とラズウェルは残るみたいよ」
とにかく手数を稼げる人員が手配されたようだ。サツキは体術が得意で、ラズウェルはスナイパーゆえに。この二人が残っていれば、社のほうも安心だ。
「いやー、早いですねえ。軍部じゃ動員するだけで時間がかかるものなのに、あっというまです」
シグルドに感心されたほど素早くルロビア傭兵会社は動き、即刻旅立った。
ドヴェルグ鉱山はこの前に掃霊したばかりのバンシー森を抜ける。多少のバンシーが湧いていたが、それらはすべてシャハクが撃ち落とした。
また、ゴブリン盗賊団などというものにも遭遇しかけたが、
「九時の方向、迂回すれば戦闘なしでいけるぞ」
コトリの偵察で難を脱している。
「飛べる種族がいるのはいいですねえ」
「おそれいったか」
「恐れ入るほどじゃないですがあ……」
そうしてスムーズに現場へ急行したはいいが、
「上空から見渡すかぎりの異形が!」
茶色い赤子がそのまま育って歩いているような異形が津波のように押し寄せている。ドヴェルグたちが鉱山の口で応戦して応戦して応戦しているが、数が尋常ではない。
「おそらく、奴隷用に生産した家畜異形の数が増えて廃棄したかったんだろうな」
ジークエンドが苦い顔で言う。
「ドレイクニルではあまり見ない風習だが、ダハーカのほうでは多いらしい」
ドレイクニルはヒトガタ以外の異形が多い、というか他国から住処を追われてきた異形が多いので、家畜異形は不快らしく、あまり普及していない。
ダハーカでは魔晶石があまりとれず、富裕層でなければ魔動具を使えないことも関係しているらしいが……
とにかく横腹から接近してルロビア傭兵会社は異形の道を切り崩し始めた。コトリだけは飛べるのでドヴェルグ鉱山側の上空から、ドヴェルグの援護射撃をする。前に飛ぶ要領で撃つと空中でも回転せずに済むが、これが疲れる。
コトリは自分の限界を試すのがあらゆる意味で初めてだった。
(と、飛ぶことよりも、引き金を引く手のほうがつらい!)
普段、羽に頼った攻撃をするだけに、指など鍛えていなかった。シャハクなどは普段から指たて伏せなどをして鍛えているのを見かけたが、指の筋力は重要だったのだ。それに腕も痺れてきた……
それと、上空から見たが、ジークエンドとシグルドのオーバント二名は先陣を切って異形に埋もれていた。彼らは敵を溶かし、すりつぶし、なぎ倒し、本能のままに暴れている。久々にリミッターを外したジークエンドの殺しに酔った凄絶な笑顔は、腹にきゅんきゅんきた。
(どうしてジークエンドにだけおなかがきゅんきゅんするのか?)
場違いながら首を傾げた。シグルドを見ても、なんとも思わないというのに。
「コトリ! 一度鉱山に入って休息しろ。高度が下がっている」
だいぶ鉱山に近づいたシャハクが声を上げて警告してきた。前に飛びながらの射撃なので、もう飛び方もよろよろしている。
これ以上頑張っても足手まといにしかならないだろうと判断し、ドヴェルグ鉱山に降り立った。
「嬢ちゃん、頑張ってくれたなあ!」
「コトリはオスだ!!」
「そうなのけ? ドヴェルグの男はみんな髭生えるぞ」
中に入ると慌ただしく働いている幼いドヴェルグですら髭が生えていた。女でさえ、髭とまでは言わないが顔毛が凄い。
「はい、たんとお食べ。外の異形の肉団子だけど」
「はは……」
魔界あるある話。敵は大抵異種族なので、みんなごはん。
しかし、この肉団子のスープが、大鍋で大量に作られているせいか味がしみこんでいて非常に美味い。肉が苦手なコトリもぺろりとたいらげた……空腹と疲れによるものかもしれない。
食事の終わったドヴェルグはエールを喉に注ぎこみ「いってくらあ!」と駆け戻っていく。コトリは体力の限界であったので、皆の邪魔にならぬよう壁際で眠った。
ところが。
「裏手が押し込まれたぞ!」
警備の手薄な裏の穴から入り込まれたらしい。こちらには手すきの男手はない。女子供も武器を持って戦いに出る最中、オスで戦闘員であるコトリが眠っている場合ではない。
空中ではないので魔動銃とともに羽も撃ち込みながら、とにかく倒していく。味方の死体を乗り越えて襲ってくるゾンビのような異形たちは、まさに圧巻。弱いが、その執念に恐怖を覚える。どうやったらここまで統制がとれるのだろう。
幸い、裏手の数はそう多くなかったようだ。道も狭いし押し寄せてくるだけなんで撃ち続ければ……弾切れ。
魔晶石をリロードする間に押してくる敵を羽で撃ちながら、焦燥にかられる。この波はいつまで続くのか? いま、外の戦況はどうなっている?
今戦ってるのは中にいた負傷者や戦える女性だ。他の入り口で突っ張ってるドヴェルグたちはこっちへ来る余裕など全くない。外もだろう。圧倒的に人手が足りていない。
どのくらい戦ったかも分からなくなる頃、急に、異形がゲルに飲み込まれた。外側から。
異形をなぎ倒して現れたのはオーバントの群れだった。
「遅くなって申し訳ありません。オーバント部隊、ただいま到着しました。ドヴェルグの指示に従います」
「ここの穴はあたしたちが守るから他の穴を!」
「はい」
オーバント部隊……黒い髪に黒い唇と黒い爪の、黒い軍服の集団。かつてジークのいた部隊。顔見知りも多いだろう。
彼らは風のように洞窟内を走り去り、別の穴へ向かっていった。
コトリはけっきょく休む暇もなく戦い続ける羽目になり、いつしか倒れ、そのまま戦闘は終了した。
***
本隊が到着した。オーバント部隊とジークエンドはそのまま外で戦うが、ルロビア傭兵部隊の仕事は数多ある小さな裏口の警備となった。
「南の口、押し破られた!」
「いまいく!!」
ということが頻繁にあり、コトリの手はぼろぼろになっていた。ほとんど指は動かず、仕方がないので羽を撃ち込んだが、それも生体エネルギーの流用なので出力が下がっている。
自分がこんなに貧弱で、連戦に弱いとは思わなかった。
そんな状態が10日も続いたころ、表口からドヴェルグの疲れ切った歓声が轟いた。
「我々の勝利だ!!」
本隊が到着した以上、勝利は目前だったが、ドヴェルグにとっては生き残ることこそが戦争だったのだ。
敵が弱かったため、疲れ果ててはいるがルロビア傭兵会社の人員は全員無事。コトリが指を痛めたように、戦っている間に腕やら足を痛めたという者のほうが多かった。それほど長く絶え間ない戦いだったのだ。
そしてオーバント部隊のほうだが、ドヴェルグ鉱山に入るなり、
「食事ィー!!」
と叫んだ。彼ら、ほぼ飲まず食わずで戦い続けたらしい。
ドヴェルグの食欲にも負けぬ食いっぷりで肉団子のスープをたいらげ、優雅な見た目にそぐわぬ粗雑さでばったりと倒れた。ジークエンドもだ。シャツから腹が出ている始末。
「ジークエンド、お疲れ様だ……」
ちゃっかりジークエンドに寄り添って寝るシグルドを引き剥がし、大口を開けて眠る顔に微笑んだ。
「ずいぶん汚れちょるから、拭いてあげましょうねえ」
優しそうなドヴェルグの女性に温かく濡れたタオルを差し出され、頷く。が、ジークエンドの胸元を暴くのはなかなかに背徳的だった。細いが、締まった身体だ……彼の素肌を見る機会はあまりない。
どきどき興奮しながらジークエンドの顔や身体を拭く。
「襲うなよ、コトリ」
「襲うってなんだ。ちゅーしたりするのか」
「……社長、ちょっとは性教育すべきだよな」
「シッ、黙っとけ。コトリはあれでいいんだ」
オーバントたちをベッドに運んであげようという意見に賛成し、ドヴェルグの短いベッドを2つ並べて横に寝かせる。寝づらそうだが仕方がない。
「ふこー、ふこー、すぷー」
鼾まで可愛いとは、なんだこのオーバント。コトリはにこにこしながらジークエンドのよだれの垂れる寝顔を見守った。
「ふぐー、ふぐぅ、うあ……あれ、先輩?」
隣にいたはずのジークエンドがいないもので起き出したシグルド。なんという執念だ。
「ちょっとお、先輩と離さないでくださいよお」
「うるさい」
「はあーあ。妬けちゃいますよね、実際」
眠そうに目をこすりながら、シグルドはふてくされる。
「命令されて生きてきた自分が、初めて守りたいと思った意志を貫きたい、だなんて……かっこよすぎますよ」
「なんだ?」
「でも、そう思われてるうちは君は先輩の雛。私にも望みはあるってもんです」
謎の台詞を残し、シグルドはぽすんとベッドに倒れた。限界だったらしい。
その後、オーバントは目を覚ますと速やかに撤収していった。
「それじゃあ先輩、またお会いしましょー」
「お前は二度とくるな!」
舌を出したが、シグルドは笑っていた。ジークエンドは始終不思議そうにしている。
「朴念仁もここまでくると罪だな」
社員一同に笑われても、まだジークエンドは首を傾げていた。
「先輩っ! ジーク先輩!」
一風変わった銀髪のオーバント。軍服を着用しており、ジークエンドより更に女性的な風貌をしている。
それがジークエンドを目にするなり飛びかかり、すがりつき、
「くんかくんかスーハスーハー」
匂いを嗅ぎだした。オフィスに出社したコトリもジークエンドもぽかんとする。
「し……シグルドか? なぜこんなところに。まさか俺を連れ戻しに来たのか?」
ジークエンドは語らないが、彼が軍部の出身であることは端々から分かっている。まず身のこなしのそれが素人ではないのだ。といっても、この傭兵会社にはそういう軍人くずれは多く在籍している。
ただ、ジークエンドはオーバント特殊部隊の出身ではないかと見当つけられていた。
「依頼ですよお。最近はオーバントの数も減っちゃって」
シグルドと呼ばれたオーバントはころころと笑う。
「先輩一人を連れ戻すより、有名なルロビア傭兵会社に依頼したほうがこちらとしてもお得なわけです。まあ、例の件は当時いたメンバーの秘密になっておりますがあ」
目を細め、コトリを見やるシグルド。コトリは首を傾げた。
「よせ、コトリは何も知らない」
「先輩が言うなら私から言うことは何もぉ。ああっ十年ぶりの先輩のにおい……」
「は、離れろっ」
放心していたコトリだが、シグルドとジークエンドの間に割って入る。
「ジークエンドはコトリのバディだぞ! 馴れ馴れしく触るなっ」
「へーぇ、ほーん。あの時の雛がいっちょまえになったもんですねえ」
「? コトリを知ってるのか、お前」
「シグルド、それ以上はもう……」
「はいはい。可愛い雛ちゃんにちょっかいかけませんて。シグルドは仕事をしにきましたからね」
ぱちんと気色悪くウインクするシグルド。どうもこの男は好きになれない。いや、敵だ。まごうかたなき敵だ。犬のようにうーっと唸ってジークエンドを背に庇う。
「えー、おほん。仕事の話に入るが、今回の依頼はドヴェルグ鉱山の護衛である」
パ……社長が仕切り直した。
「我が国は一見平和なように見えるが、実際は様々な国と係争している。主に豊富な魔晶石の採掘権でな。鉱石樹の森が多いことに関係しているらしいが、詳細は不明。
この魔晶石の採掘は非常に繊細でドヴェルグにしか出来ない。このたび、我がドレイクニルに隣国ダハーカが無知能異形をさしむけてきた。
本隊が到着するまでドヴェルグ鉱山を持ちこたえさせることが我々の今回の任務である」
いつもと違う仕事に困惑の声も上がる。だが、傭兵である以上、これが本来の仕事とも言えた。軍部が目をつけて介入してきたということは、今後こういう仕事も増えるのだろう。
「精鋭のエージェント二十名を派遣する。名を呼ばれた者はただちに準備を、それ以外の者は数十日分の非常食類を用意し、竜馬車を手配せよ」
もちろん、エースのバディであり、社内三位の成績であったコトリも含まれていた。今回のケースではストッパーも必要なかろうから、単純に実力を買われたのだろう。父親に認められたようで、少し嬉しい。
と思った矢先に、
「コトリちゃんは初陣だからあんまり無茶はさせないよーに!」
言い含められた。
デモデモダッテダッテ言わなかっただけましと思うことにする。
コトリは、普段はあまり使わない魔動銃を持ち出した。空撃をする場合、羽で飛ぶことと攻撃することを同時に続けるのは難しいので、銃が必要になる。空中だと銃の反動が厳しいのだが、やるしかない。
それと、自分で生んだ魔晶石を加工したエネルギーパックを装備する。できればシャハクあたりにも渡したほうがいいのだが……
(生んだ卵を他人に渡すのって嫌)
シャハクのほうも、おそらく微妙な顔をするだろう。
「サツキは居残りか」
「全員留守にするわけにもいかないからね。俺とラズウェルは残るみたいよ」
とにかく手数を稼げる人員が手配されたようだ。サツキは体術が得意で、ラズウェルはスナイパーゆえに。この二人が残っていれば、社のほうも安心だ。
「いやー、早いですねえ。軍部じゃ動員するだけで時間がかかるものなのに、あっというまです」
シグルドに感心されたほど素早くルロビア傭兵会社は動き、即刻旅立った。
ドヴェルグ鉱山はこの前に掃霊したばかりのバンシー森を抜ける。多少のバンシーが湧いていたが、それらはすべてシャハクが撃ち落とした。
また、ゴブリン盗賊団などというものにも遭遇しかけたが、
「九時の方向、迂回すれば戦闘なしでいけるぞ」
コトリの偵察で難を脱している。
「飛べる種族がいるのはいいですねえ」
「おそれいったか」
「恐れ入るほどじゃないですがあ……」
そうしてスムーズに現場へ急行したはいいが、
「上空から見渡すかぎりの異形が!」
茶色い赤子がそのまま育って歩いているような異形が津波のように押し寄せている。ドヴェルグたちが鉱山の口で応戦して応戦して応戦しているが、数が尋常ではない。
「おそらく、奴隷用に生産した家畜異形の数が増えて廃棄したかったんだろうな」
ジークエンドが苦い顔で言う。
「ドレイクニルではあまり見ない風習だが、ダハーカのほうでは多いらしい」
ドレイクニルはヒトガタ以外の異形が多い、というか他国から住処を追われてきた異形が多いので、家畜異形は不快らしく、あまり普及していない。
ダハーカでは魔晶石があまりとれず、富裕層でなければ魔動具を使えないことも関係しているらしいが……
とにかく横腹から接近してルロビア傭兵会社は異形の道を切り崩し始めた。コトリだけは飛べるのでドヴェルグ鉱山側の上空から、ドヴェルグの援護射撃をする。前に飛ぶ要領で撃つと空中でも回転せずに済むが、これが疲れる。
コトリは自分の限界を試すのがあらゆる意味で初めてだった。
(と、飛ぶことよりも、引き金を引く手のほうがつらい!)
普段、羽に頼った攻撃をするだけに、指など鍛えていなかった。シャハクなどは普段から指たて伏せなどをして鍛えているのを見かけたが、指の筋力は重要だったのだ。それに腕も痺れてきた……
それと、上空から見たが、ジークエンドとシグルドのオーバント二名は先陣を切って異形に埋もれていた。彼らは敵を溶かし、すりつぶし、なぎ倒し、本能のままに暴れている。久々にリミッターを外したジークエンドの殺しに酔った凄絶な笑顔は、腹にきゅんきゅんきた。
(どうしてジークエンドにだけおなかがきゅんきゅんするのか?)
場違いながら首を傾げた。シグルドを見ても、なんとも思わないというのに。
「コトリ! 一度鉱山に入って休息しろ。高度が下がっている」
だいぶ鉱山に近づいたシャハクが声を上げて警告してきた。前に飛びながらの射撃なので、もう飛び方もよろよろしている。
これ以上頑張っても足手まといにしかならないだろうと判断し、ドヴェルグ鉱山に降り立った。
「嬢ちゃん、頑張ってくれたなあ!」
「コトリはオスだ!!」
「そうなのけ? ドヴェルグの男はみんな髭生えるぞ」
中に入ると慌ただしく働いている幼いドヴェルグですら髭が生えていた。女でさえ、髭とまでは言わないが顔毛が凄い。
「はい、たんとお食べ。外の異形の肉団子だけど」
「はは……」
魔界あるある話。敵は大抵異種族なので、みんなごはん。
しかし、この肉団子のスープが、大鍋で大量に作られているせいか味がしみこんでいて非常に美味い。肉が苦手なコトリもぺろりとたいらげた……空腹と疲れによるものかもしれない。
食事の終わったドヴェルグはエールを喉に注ぎこみ「いってくらあ!」と駆け戻っていく。コトリは体力の限界であったので、皆の邪魔にならぬよう壁際で眠った。
ところが。
「裏手が押し込まれたぞ!」
警備の手薄な裏の穴から入り込まれたらしい。こちらには手すきの男手はない。女子供も武器を持って戦いに出る最中、オスで戦闘員であるコトリが眠っている場合ではない。
空中ではないので魔動銃とともに羽も撃ち込みながら、とにかく倒していく。味方の死体を乗り越えて襲ってくるゾンビのような異形たちは、まさに圧巻。弱いが、その執念に恐怖を覚える。どうやったらここまで統制がとれるのだろう。
幸い、裏手の数はそう多くなかったようだ。道も狭いし押し寄せてくるだけなんで撃ち続ければ……弾切れ。
魔晶石をリロードする間に押してくる敵を羽で撃ちながら、焦燥にかられる。この波はいつまで続くのか? いま、外の戦況はどうなっている?
今戦ってるのは中にいた負傷者や戦える女性だ。他の入り口で突っ張ってるドヴェルグたちはこっちへ来る余裕など全くない。外もだろう。圧倒的に人手が足りていない。
どのくらい戦ったかも分からなくなる頃、急に、異形がゲルに飲み込まれた。外側から。
異形をなぎ倒して現れたのはオーバントの群れだった。
「遅くなって申し訳ありません。オーバント部隊、ただいま到着しました。ドヴェルグの指示に従います」
「ここの穴はあたしたちが守るから他の穴を!」
「はい」
オーバント部隊……黒い髪に黒い唇と黒い爪の、黒い軍服の集団。かつてジークのいた部隊。顔見知りも多いだろう。
彼らは風のように洞窟内を走り去り、別の穴へ向かっていった。
コトリはけっきょく休む暇もなく戦い続ける羽目になり、いつしか倒れ、そのまま戦闘は終了した。
***
本隊が到着した。オーバント部隊とジークエンドはそのまま外で戦うが、ルロビア傭兵部隊の仕事は数多ある小さな裏口の警備となった。
「南の口、押し破られた!」
「いまいく!!」
ということが頻繁にあり、コトリの手はぼろぼろになっていた。ほとんど指は動かず、仕方がないので羽を撃ち込んだが、それも生体エネルギーの流用なので出力が下がっている。
自分がこんなに貧弱で、連戦に弱いとは思わなかった。
そんな状態が10日も続いたころ、表口からドヴェルグの疲れ切った歓声が轟いた。
「我々の勝利だ!!」
本隊が到着した以上、勝利は目前だったが、ドヴェルグにとっては生き残ることこそが戦争だったのだ。
敵が弱かったため、疲れ果ててはいるがルロビア傭兵会社の人員は全員無事。コトリが指を痛めたように、戦っている間に腕やら足を痛めたという者のほうが多かった。それほど長く絶え間ない戦いだったのだ。
そしてオーバント部隊のほうだが、ドヴェルグ鉱山に入るなり、
「食事ィー!!」
と叫んだ。彼ら、ほぼ飲まず食わずで戦い続けたらしい。
ドヴェルグの食欲にも負けぬ食いっぷりで肉団子のスープをたいらげ、優雅な見た目にそぐわぬ粗雑さでばったりと倒れた。ジークエンドもだ。シャツから腹が出ている始末。
「ジークエンド、お疲れ様だ……」
ちゃっかりジークエンドに寄り添って寝るシグルドを引き剥がし、大口を開けて眠る顔に微笑んだ。
「ずいぶん汚れちょるから、拭いてあげましょうねえ」
優しそうなドヴェルグの女性に温かく濡れたタオルを差し出され、頷く。が、ジークエンドの胸元を暴くのはなかなかに背徳的だった。細いが、締まった身体だ……彼の素肌を見る機会はあまりない。
どきどき興奮しながらジークエンドの顔や身体を拭く。
「襲うなよ、コトリ」
「襲うってなんだ。ちゅーしたりするのか」
「……社長、ちょっとは性教育すべきだよな」
「シッ、黙っとけ。コトリはあれでいいんだ」
オーバントたちをベッドに運んであげようという意見に賛成し、ドヴェルグの短いベッドを2つ並べて横に寝かせる。寝づらそうだが仕方がない。
「ふこー、ふこー、すぷー」
鼾まで可愛いとは、なんだこのオーバント。コトリはにこにこしながらジークエンドのよだれの垂れる寝顔を見守った。
「ふぐー、ふぐぅ、うあ……あれ、先輩?」
隣にいたはずのジークエンドがいないもので起き出したシグルド。なんという執念だ。
「ちょっとお、先輩と離さないでくださいよお」
「うるさい」
「はあーあ。妬けちゃいますよね、実際」
眠そうに目をこすりながら、シグルドはふてくされる。
「命令されて生きてきた自分が、初めて守りたいと思った意志を貫きたい、だなんて……かっこよすぎますよ」
「なんだ?」
「でも、そう思われてるうちは君は先輩の雛。私にも望みはあるってもんです」
謎の台詞を残し、シグルドはぽすんとベッドに倒れた。限界だったらしい。
その後、オーバントは目を覚ますと速やかに撤収していった。
「それじゃあ先輩、またお会いしましょー」
「お前は二度とくるな!」
舌を出したが、シグルドは笑っていた。ジークエンドは始終不思議そうにしている。
「朴念仁もここまでくると罪だな」
社員一同に笑われても、まだジークエンドは首を傾げていた。
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