ルロビア魔界傭兵カンパニー

いみじき

文字の大きさ
16 / 20

16.旅の一座

しおりを挟む
「シーラちゃんと別れた?」

 最近コトリがコイバナコイバナと言わなくなったので、サツキが例の女の子はどうしたと聞いたところ、あっさり別れたと言われた。

「そういえばサツキに言ってなかったなー」

「そうだよ……」

「泣かせるなって言われたけど、けっきょく泣かせちゃった。コトリ、シーラちゃんに恋できなかったから」

 付き合ってみたら好きになるかもしれないと言われて、付き合ってみたが恋にはならなかった。

 それは相手の女の子もコトリも責められない。

「それに……コトリはジークのだからもう恋はしないんだ」

「へあ!?」

「ジークエンドがな、コトリに誰のものにもならないで、ずっとジークのコトリでいてくれって。酔ってたけど」

「そ……そんな話ってあるか」

 サツキは呆れた。そしていくら本人同士の話とはいえ、由々しき事態だと感じた。

「相手を束縛するだけして責任とらないってどーゆーことだ!」

 コトリのいない社の廊下で問い詰められたジークエンド、注目を浴びながら目を瞬いた。

「ああいや、あれはただの……その、願望で。そんなことがあるはずがないというのはよく理解している」

「でも、コトリはその気だし、ずっとお前のものでいる気だぞ。だったらいい加減責任とって異種同性結婚でもしちゃいなよ」

「け……っこん?」

 ジークエンドがいつになく間抜けな顔をした。美形の間抜けな顔というのは本当に間抜けだ。

「考えてみなよ。子供は親元から巣立つもの。コトリはたまたまサントネース社長の跡を継ぐつもりでいるけど、ジークエンドだって親元出てんじゃん」

「そうだな……?」

「でも! 結婚したらずっと家族だよ!」

「そうか? そうか……?」

 混乱の極みにあるらしく、ジークエンドが鈍く頭を傾げている。

 とはいえ、ジークエンドが本当にコトリを「雛」としか見られないのなら、無理にくっつけてもシーラとコトリの二の舞になるかもしれないと思った。

 ところが。

「ということは、コトリが俺の嫁に……」

 頬を赤らめた。なんだその気があるんじゃないか!

「えー、おほん。そろそろいいかね」

 出社時間に誰も来ないので社長のほうから廊下に出てきた。いいところだったのに。

 すると、シグルドがいた。あのコトリのライバルのオーバントだ。ただし、本日は妙に硬い表情をしている。

「実はな。背徳宮のほうで魔晶石の卵が多数出品された」

「えっ……」

 ベテラン及び、サツキなど事情を知る者たちがざわめく。コトリがバーレルセルであることを知らない社員は「だから?」という表情だが。

「そ、それってバーレルセルがいるってことですよね」

「そうです。それも急に流出したということは、最近やっと発情期を迎えたバーレルセルです」

 シグルドが答え、スと机に一枚の写真を載せた。

 そこには、コトリにそっくりな、しかしおとなしそうなバーレルセルの少年が写っていた。

「隣国に潜んでいるエージェントからの情報です。バーレルセルの希少性と年齢からいって、確実にコトリちゃんの弟でしょう」

「コトリの弟……?」

「そうです。更にまずいことに、この子が雛を産んだという情報も掴みました」

「………!」

 オスのバーレルセルが雛を産んだ。それは繁殖させて魔晶石を産む存在を増やせるという意味だ。

「……なんでも、好きなオスの子なら産めるそうですよ」

 シグルドはなんとも言えない、悲しそうな顔で微笑んだ。

「正確には産みたいと思った相手との子ですね。この子にもそういう相手がいるらしいです。

 で、コトリちゃんならびにそのお相手が狙われることにもなるのですがあ……困ったことにこちらに軍部から依頼です。

 このバーレルセルと雛を救出してください。できればお相手ごと」

「なぜ我々に?」

「バーレルセルは自然保護条約といって、見かけたら捕まえたりせず自然に見守りましょーって条約があるのですが、ダハーカはこれを無視しています。

 しかし、だからといって我が国の軍が動けば内政干渉になり、宣戦布告と取られてしまいます。

 そこで、民間企業である皆さんの出番というわけです。なんだかオーバントが増えているようですし?」

「どっかで見た顔だなあ」

「あなたもね」

 シザードは一体どこに所属していたオーバントなのだろうか。ジークエンドたちと違ってエリートではなさそうだが。

 コトリは顔を上げて凛々しく眉根を上げた。

「大人数で行くわけにはいかない。オーバントの二人はコトリがストッパーになる」

「行くつもりか、コトリちゃん!」

「現状、コトリほどオーバントをうまく扱える人材はいないから仕方ない。それに、コトリが兄弟を助けにきたという構図はわかりやすく大義名分になる」

(コトリ成長したなあ)

 サツキとしては少々置いていかれた気分に陥る。

「オーバント二名とコトリ、それとサツキとラズウェルとシャハク。それでいいな、社長」

「だめだよコトリちゃん! 捕まったら何されるかわかんないんだよ!?」

「これは決定事項である」

 社長の扱いもうまくいっている、というより力関係が逆転してしまっているような。

「兄弟の収容施設につくまで正体は隠さなければならない。何か良い案はないか」

「国に身分証を発行させればいい」

 と、ジークエンド。

 そうして数日後、再びやってきたシグルドに渡された身分証が、性別・女になっている。

「また女装じゃん!」

 今度はジークエンドもだ。顔を覆って自分の殻に閉じこもってしまっている。

「やー、出来るだけ確実に正体隠したいと言ったら先輩なら行けるだろうという話になりまして……コトリちゃんとサツキちゃんは素でいけると話しておきました」

 そんな軽い理由で性転換されたほうの立場はどうなる。

「まあ……この面子であれば、旅芸人でも化ければいけるだろう………」

「ジークの女装! コトリたのしみだ!」

 もともとオーバントは女もごつい。多少は衣装でごまかせるだろう。その衣装を調達するのもサツキの役目だったが。

 それにしても流石にジークエンドは背が高かったが。

「なに、俺のかみさんってことにでもしときゃいいだろう」

 シザードはジークエンドの父親と同じく大柄だ。シグルドやロカリオンのサイズからしても決してジークエンドの背がオーバントの中で低い訳ではなかろうが、大柄タイプとは違うらしい。並ぶと本当に夫婦にでも見えてくるから不思議だ。

「ジークはコトリのだぞ!」

「フリだろうがよ。お前さんと並ぶと駄目だ、こいつのデカさが目立っちまう」

「むう!」

 こればかりはサツキにもフォローしようがなかった。

 旅芸人の一座は、思ったよりうまくいった。

 ジークエンドはいいところの坊っちゃんらしく、竪琴などたしなんでいたようで、ロングスカートでぽろんぽろん弾いている。シザードは世にも珍しいオーバントのゲル芸で客を沸かせ、シャハクはリンゴを撃つ芸などをした。コトリは飛び回って羽を撃つだけで見る者を楽しませる。サツキは器用なのでナイフでジャグリングなど披露した。

「案外それっぽく見えるもんだね」

「殺しがしたい」

「暴れたい」

 オーバント二名が非常にストレスを溜めているようなので、やはりオーバントの一座というのは現実的な存在ではないようだ。

 と、そんな旅路のある夜、サツキはコトリとジークエンドが焚き火を囲んで寄り添っているところを目撃した。

「――――例えば。コトリは俺と家族になりたいと思うか?」

(例の話じゃん!)

 サツキは馬車の影に身を隠し、そっと様子を窺う。

「家族に? でもどうやって。コトリのパパはサントネースだし……養子縁組とか? ジークもサントネースの子になるか?」

「い、いや違う。たとえば……結婚だとかだ」

「けっこん!」

 コトリの羽がぴよと跳ねた。

「それって、パパとママがしてたやつ!」

「さすがに結婚の意味はわかってるよな……?」

「一緒に住んで、えと、一緒に住んで子供とか育てる!!」

「大体あっている」

「でも子供……あっ」

 そこで、ようやく自分がジークエンドの子供を産めるかもしれないことを思い出したらしい。そう、シグルドのもたらした兄弟の情報は、そういうことなのだ。

「ジ……ジークエンド、赤ちゃんってどうやって作るの」

「それは……おしべとめしべがだな」

「主にコトリはどうやって作ればいいのか?」

「そ……それは、それはだな」

(がんばれジークエンド!)

 なんてやりにくい相手だ、コトリ。これではジークエンドが今まで子供扱いしていたのも無理はない。

「作り方は……俺が知ってる」

「ほんとに? コトリ、ジークの子供産める?」

「そう、らしい」

「………!!」

 コトリは感極まったようにジークエンドに抱きつき、ジークエンドはそれを抱き返した。

(やれやれ。やっとあの二人も落ち着くとこに落ち着くんかね)

 見ていてもどかしい輩であったから、サツキも一息ついた。

 ただ翌朝、

「コトリ、帰ったらジークエンドと結婚する!」

 シャハクに死亡フラグを述べていたのには呆れた。



***



「通行証を」

 関門で提出を要求され、いかつい門兵にそれぞれ手渡した。

 シザードはジークエンドの背の高さをごまかすため、わざとらしく肩を抱いている。コトリは「ぐぬぬ」と呻いたが、逆にコトリとサツキは「姉妹ですよ」と言うように手を繋いでおいた。

「通ってよし」

 ごまかせたようだ。

 関門を通った後は、ジークエンドとシザードを剥がし、ジークエンドにひっついた。

「ジークはコトリんだからな!」

「誰もとったりゃしねえよ。おいさん、コトリちゃんのほうが好み」

「おいふざけるな」

「まあそりゃジークエンドが俺を好きってんなら悪い気しねえけど?」

「気色の悪いことを言うな」

 今現在の女装姿だと、それなりにお似合いのカップルに見えるのが腹立たしい。コトリのなのに。

 そう、いわゆるプロポーズをされた。

(コトリがジークエンドと結婚して、夫になる?)

 ジークエンドを嫁に迎える気でいるコトリ。まだその意味はよくわかっていない。ジークエンドの雛は可愛いだろう、くらいのふわふわした気持ちだった。

「―――相手ごと救い出せという話だが」

 あるとき、皆が集まっているときにジークエンドがぽつんと切り出した。

「俺はあまり賛成できない」

「どうして? コトリの兄弟が好きな相手だぞ」

「おそらく相手は研究員だ。研究の一環で発情期を迎えたバーレルセルをかわるがわる犯した中に、その研究員が混じっていたと考えるのが自然だろう」

「おかし……?」

 何のことだか分からず、コトリは首を傾げる。

「まあ事情があるかもしれないよね。その子が好きだって言うなら、泣く泣くってこともあるかもだし」

「そうであることを祈るが、本当に好きなら逃げることを考えるはずだ」

「それも出来ない状況ってのもあんだろうよ。まず見てみねえとな……面倒なら殺して最初からいなかったことにしちまおう」

 シザードの暴論にジークエンドまで頷いた。オーバントというやつはどうしてこう。

「さしあたって、どうやって潜入するか?」

「建物を見てみねえと分からねえてとこもあるが、魔動セキュリティがある場合は陽動と潜入で分けたほうがいいだろうな。まあ入る方はオーバントとコトリちゃんで、陽動はそれ以外だわな」

 潜入などは初めてだ。オーバントたちの足を自分が引っ張らねばいいが。

「場合によっちゃ殲滅もありと思うよ。ただし出国しにくくなる。最悪、バーレルセルたちには飛んで帰ってもらう」

「この数で殲滅できるか?」

「相手がたにオーバントがいなければな」

 この場でオーバント相手に戦えるのはジークエンド、シザード、コトリの三人。研究所という施設にそれほどオーバントが詰めているとは思えないが、最悪のケースを想定すると、弟と相手だけ救出して逃げておきたい。

「シグルドからの情報は?」

「内部の構造だけだな。魔動セキュリティなどは把握しきれていないらしい。あるかどうかも分からないケースもあるしな……オーバントの情報はなかったが」

「ないのかよ。だったら殲滅でいいじゃん」

「最悪を想定しろ。軍部に居た頃とは訳が違うんだぞ」

 こういうところが士官とそれ以外の差なのかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」 魔王討伐の祝宴の夜。 英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。 酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。 その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。 一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。 これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...