ルロビア魔界傭兵カンパニー

いみじき

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17.ヒナ

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 結論から言うと、ラボのセキュリティはビービー鳴るだけだった。ダハーカには魔晶石が少なく、派手な魔動装置などあるわけもなかったのだ。

 そのかわり、陽動のサツキたちを大量のハウンドが襲った。そちらも気になったが、コトリたちには無事でいることを祈るしかない。

 殺風景な内部に入ると強化異形の群れが現れる。魔動装置がないぶん、異形で補うダハーカらしいセキュリティであった。

 研究員を見つけるたび、シザードがその首根っこを掴み上げ、

「お前はバーレルセルのお相手かい? 違うんなら教えてくれよ。どいつだ?」

「話すわけ」

「なら死ね」

 というやりとりが数度。

 ほとんど殲滅の様相で先へ先へと進んでいく。地図は頭に入れていたので、方向音痴のオーバント二名をなだめすかしながら先導するのがコトリの役目だった。

「まず、雛!」

 雛がいるはずの狭くゴチャゴチャした部屋に入り、そこにいた所員を締め上げてから雛を探す。

 ところが、赤ん坊がいる気配がない。

「なんだ……貴様らっ、は!」

「バーレルセルのお相手かい? なら殺したくないんだがな」

「ヒナ、のことか?」

 ヒナ。それがコトリの兄弟の名前だろうか。

「こ……子供の父親なら、俺、だっ。殺さないでくれ」

「そうかい。ヒナちゃんと雛と一緒に逃げる気は?」

「ある……! 雛は、そこだ。そのケージの中の……タオルの中にいる」

 所員が眺めていた小さな、小動物を飼うようなケージがある。その中のタオルがもこもこと動き、

「ぴあっ」

 手のひら程度の大きさのヒトガタが現れた。金色の髪に瞳、側頭部の小さな羽。まごうかたなき、コトリの親族である。

「バーレルセルって生まれた時こんなに小さいんだ」

「………!」

 ジークエンド。気持ちはわかるが悶えている場合ではない。

 コトリはケージの中からタオルごと雛を抱き上げた。雛は嬉しそうにきゃあきゃあ言っている。おそらく、ママに似ているからだろう。

「ではバーレルセルの救出へ向かう。シザードは所員とコトリの護衛を」

「あいよ」

 強化異形をゲルで溶かし殺しながら、ジークエンドが飛び出した。

「待って、場所、わかるか! まずそこまっすぐな!」

「まっすぐ、まっすぐ」

「次は右な!」

「右、右」

 心配になる先頭だった。

 目的の地区には、絶滅危惧種の檻が数多並んでいた。全員逃してやりたいところだが、こうも強化異形の数が多いとかえって危険になるだろう。

「ヒナ!」

 所員がヒナの檻に近づき、鍵を開けようとする。奥にへたり込んでいるバーレルセルが不安そうにこちらを見ていた。

「逃げよう、ヒナ!」

「どうして……」

「迎えにきたぞ!」

「え?」

 ヒナはコトリを見て、混乱したようだ。その手に雛をもたせてやる。

「ぴあー!」

「あ、あかちゃん……ぼくの」

「ヒナ、さあここから出よう!」

「……近寄らないで!」

 檻に入ってこようとする所員から逃れるように、ヒナは後ずさった。

「貴方はぼくと雛を引き離した! ぼくのことなんか愛してないの知ってる……!」

「愛してるよ、愛してるとも」

「違う、あなたが愛してるのは研究だけだ。雛が生まれてから一度も会いに来なかったくせに図々しい!」

「というわけみたいなんでぇ」

 シザードが所員の首根っこを掴み、外へ放り捨てた。

「ヒナ、ヒナぁ!!」

「ぼくと雛を連れてって、お願い」

 ヒナは、コトリに頼んだ。頷いて兄弟の手をとる。

「本当に好きだった人だけど、あの人が育った雛をどうするかって考えたら怖くなって」

 ヒナは言った。そういうこともあるらしい。

 研究所を出る。敷地のハウンドはほとんどサツキたちの手によって片付けられていた。

 ただし、入るときにはなかった影がある。

「オーバント……!」

 警報が慣ればすぐに駆けつけられる仕様になっていたのだろう。サツキたちの姿はなく、オーバントたちが立ちはだかっている。

「コトリ! バーレルセルを連れて飛んで逃げろ!」

 選択肢はなかった。戦闘訓練を受けていないヒナを逃がすにはそれしかない。

 コトリは雛を抱く兄弟の手を握り、空へと飛び上がった。ヒナも、下手くそながら翼を出して必死にコトリについてくる。

 上空から敵オーバントの数に絶望する。十数名は揃っている……いくらジークエンドとシザードといえど、突破できるかわからない。

 それでも飛ぶしかなかった。いまコトリに出来るのはそれだけだった。

(どうする? ヒナを安全な場所に隠してから戻るべきか? それともこのまま国境を越えるべきか!)

 しかし、もし戻ってコトリが倒れれば、ヒナはなすすべもない。行く場所もない。とにかくこの子をパパの元まで届けなければならないのだ。

 コトリはジークエンドを信じ、国境を越えることを決意した。



***



 帰還して、ヒナと子供をサントネースに預け、コトリはとんぼ帰りした。だが、戦闘は当然とうに終わっている。

 もう一度会社に戻ったが、ジークエンドはおろか、サツキたちさえ帰っていなかった。

「ジークエンド……サツキ」

 居場所がわからないのでは、バーレルセルのコトリが隣国をうろつく訳にもいかない。

「ごめんね、ごめんねコトリ。ぼくのせいで」

 ヒナの前で暗い顔をすると、ヒナが気に病んでしまい、雛も泣き出すので出来るだけ明るく振る舞った。

 この状況の中、雛の可愛さだけが救いだった。サントネースはさっそくヒナを養子にする手はずを整え、子供と孫がいっぺんに出来たと喜んでいる。

「喜んでばかりもいられないが……ジークエンドたちは今頃どうしているのか」

「………」

「しぶとく生きていることを祈るしかないな。うちの社員だもの」

「ぴあっ」

「そうかそうか雛たん、遊んでほちいのかあ」

「ぴあー」

 社長机の上に置いたタオルの中でうごうごしている雛を抱き上げ、社長がんーっと小さな小さな頬にキスをする。

「この子にも名前をつけてあげないとなあ。ヒナちゃん、考えてるのかい」

「いえ……雛が生まれてからすぐに引き離されてしまったので、まだ」

「スズメ、とかどうか?」

 コトリが窓の外を眺めながら言う。

「むかし、魔界じゃない土地にはそういう鳥がいたんだって」

「スズメ。スズ、のほうが好きかも」

「じゃあスズにしよう」

「スズちゃんかあ。かぁわいいん。スズちゃーん、おじいたんですよー、ちゅー」

「ぴあー!」

 サントネースはすっかりジジ馬鹿になっている。

 程なくしてシグルドが現れた。

「先輩の消息は確認できません……ただ、朗報です。研究所を襲った者は逃げた、と」

「それは何人で、無事だったのか」

「そこまでは。ただ、捕まった者の情報はないので、後は全員無事であることを祈るしかないですね」

 祈るしか無い。そればかりだ。どうかどうか無事でいてほしい。



「たっだいまぁ」



 というサツキの声が響いたのは、それからひと月も経ったころ。コトリは転げるように社長室を出、ずたぼろの一団を泣いて出迎える。

「うわぁああああん!」

「ごめんごめんコトリ。心配させちゃって。あのあと、隠れて背後から攻撃しかけてね。なんとか隙見て逃げたはいいけど、ダハーカから出られなくてさあ。けっきょく北のミスティルにいったん逃げてから帰ってきたわ」

 それで帰るのが遅くなったらしい。コトリは鼻水を垂らしながら、くたびれた様子のジークエンドに抱きついた。

「もう、もうもう!」

「すまない、コトリ。心配かけてすまない」

「まったくよ、えらい目にあったわ。俺なんか腕一本持ってかれちまったよ」

「シザード! 大丈夫なのか!!」

 見れば、シザードが見事な隻腕になっている。腕の根本からいかれたようで、着ているものの袖が垂れ下がっていた。

「腕一本で命繋いだようなもんよ」

「……俺をかばったんだ」

 サツキが言い、シザードにススと寄り添った。これは……?

「も、もしかして」

「う……うん。まあ、その、そう」

 サツキは真っ赤になって俯いた。シザードは晴れがましく笑っている。なんということだ……

 とにかく皆の傷の手当をし、食事をふるまい、休ませた。

「パパ。ジークエンドが帰ったら言おうと思ったけど、コトリ、ジークと結婚する」

「……そうかぁ」

 サントネースはさして驚きもしなかった。感慨深そうですらある。

「いずれそうなると思ってたしねえ。でも、コトリちゃんはいつまでもパパの子だからな!」

 きゅむと抱き寄せられる。

 結婚式は社内の食堂でささやかに行われた。これといって衣装を変えるわけでもなく、儀式ばった何かをするでもなく、ただパーティーを開いただけという様相。それでもコトリは嬉しかった。

「結婚てあれだろ、籍を入れなきゃだろ!」

「そうだな」

 ジークエンドは優しい目で興奮するコトリを撫でる。まだ、親が子を見る目だ。解せぬ。

「社長……新居を考えているのだが」

「あ、いい。出てっちゃイヤ。空いてる部屋ぶちぬいて防音にしてあげるから、出てっちゃイヤ!!」

 という社長のわがままで、部屋の工事が始まった。

「一緒の部屋で寝起きするのか!」

 コトリは興奮したが、まだその意味はよくわかっていない。

 この頃は、ヒナも受付として働き始めた。料理や掃除など、慣れない裏方の仕事をこなしながら活き活きとしている。社員の皆からも可愛がられ、幸せそうだ。シャハクのことが気になっているようだが、はてさてどうなることやら。

 今日もルロビア傭兵カンパニーは出動する。



「ルロビア傭兵カンパニーである。これ以上抵抗するなら容赦をしないぞ!」



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