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【子育て編2】
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この嬉し恥ずかしセックスを、コトリとジークエンドはほぼ毎日続けた。卵は三度産んで、どれも大事にあたためたが、雛は孵らなかった。
「今回は残念だったな。だが、次の発情期もある」
「うん」
卵はすべて、魔晶石になってしまった。
憂鬱な気分でオフィスでため息ついていると、サツキが声をかけてくる。
「まさか、まだヤッてないとか」
「ううん。ほとんど毎日してた。でも、雛孵らなかった」
「そればっかりはね、授かりものだから。ジークエンドが種なしって可能性は?」
「サツキ、オフィスだぞ」
「いや、大事なことじゃない。一度検査してもらうとかさ」
「……それは大丈夫と思うが」
ジークエンドがもそもそ言う。
「え、大丈夫ってどういうこと。まさか隠し子がいるとか」
「いない! ただ……その、お前たちより若いとき、年上の女性と遊びで……」
「あ、出来ちゃって、そんで中絶?」
「ああ」
「えー、それほんとにジークの子? もしかして別の男の子だったかもよ」
「その可能性は否定しないが」
ジークエンドの種の有無より、ジークエンドの初経験がショックだった。コトリが生まれる前なのだから、どうしようもないのは分かっているが。
「ぴぃあぁ」
生まれて半年強。スズはずいぶん大きくなった。といってもまだまだ小さな赤ちゃんだが。
「はあー、スズかわいいな。いいな、いいな」
「大丈夫だよう。そのうちコトリにも雛出来るよう」
ところが本当に残念なことに、次の発情期にも雛が出来なかった。コトリはショックでショックで、食事も喉を通らなくなってしまった。
「コトリちゃん。パパとママも、結婚して何年も子供が出来なかったんだよ。だからママは頑張りすぎて、一生懸命卵を産んだんだけど、死産で、ママも死んじゃったんだ。あんまり気負いすぎちゃいけないぞ」
落ち込むコトリをパパが励ましてくれた。そんな悲しい結末にならないといいのだが。
ジークエンドのほうも気に病んで、検査に行ったようだ。結果は、問題なし。
「もしかしたらコトリのほうに問題があるのかも……」
とは思っても、バーレルセルの検査など出来る医者はいない。
殆ど諦めかけていた、三度目の発情期だ。氷の季節の寒い寒い時期、ほとんど自棄で卵をあたためたタオルでくるんでいたところ、10日目あたりで何か中から聞こえてきた。
「ジーク大変、卵が」
「出来たのかっ」
「あ、だめ。体あっためてから部屋入って! 雛にさわったら大変」
ジークエンドはラズウェルと一緒に見回りから帰った直後で、冷え切っていた。
風呂を浴びてほかほかになってから、ジークエンドは帰ってきた。そわそわした様子で歩みよってくるので、手招きし、タオルの中の卵に耳をすませるよう言う。
「……確かに、かすかに音がする」
「ね!」
「社長にも知らせないと」
それからが大変だった。ヒナも産んだはいいが、卵の管理はすべて研究員が行っていたらしく、孵化のさせかたを知らなかった。
「温めるって、何度くらいがいいんだろ」
「鳥類異形の卵を孵化させるには平均38度だそうだよ。ああっ、孵化器買っておけばよかったなあ! いやまてよ、そうだ、古いけどママの時に買った孵化器があるかもしれない!」
本当に古い、埃をかぶった丸い孵化器を磨いて、魔晶石を入れ、装置を動かす。徐々に温度が上がり、コトリは中に卵を置いた。
「な、何日くらいで孵るの?」
「けっこうかかったよ。もしかしたらひと月くらいだったかも。ヒナは檻の中にいて、時間とか分からなかったけど」
「困ったぞ」
サントネースが温度計を見て唸る。
「この寒さで、孵化器の温度が思うように上がらない。鳥の卵は温度が下がると、孵化率が下がるんだ」
「じゃあストーブで……」
「それをすると、今度は熱くなりすぎる。だから交代で温度を見張って、熱くなりすぎたらストーブの側から外す必要があるな」
これは、社員全員の仕事になった。もとより氷の季節で、街が結界に阻まれ、冬眠する種族も多いので、仕事は減っていた。
「うっかり生まれて、俺のことパパだと思ったらどうしよう!」
割と暇な交代番でも、社員たちはそんなことを妄想してそわそわしていた。ジークエンドは気が気ではなかったという。
一週間たち、二週間たち、あるときシャハクが、
「すまん、居眠りしてしまった!」
と言ってぐったりした雛を抱えて連れてきた時には、オフィスにいた全員がひっくりかえるほど仰天した。まさかのオチだった。
「ちょっと冷えてる! お湯わかして」
「わああぁ」
小さな小さな雛。頼りない、柔らかい雛。ジークエンドと同じ黒髪だった。雄である。初めて見た我が子はしんなりしていて、コトリは泣きそうになった。ジークエンドはもう泣いていた。
たらいにぬるま湯を張り、タオルをひたして、雛をあたためる。
「がんばれー、がんばれー」
全員がささやくように念じ、何時間したろうか。
雛がかすかに目を開けて、動き出した。
「こんなに大変だったなんて」
ヒナも泣いている。
雛はうにうにと蠢き、コトリの指にふれる。その小さな指ときたら。子リスの手くらいしかない。
哺乳類の赤ん坊が母親の腹の中で育つのに対し、鳥類は卵の中で早く育つ。そのため、この程度の大きさなのだろう。
「名前をつけないとな」
泣きながら微笑み、ジークエンドが言う。コトリはもう喋れないほど嗚咽を漏らしていた。社員も貰い泣き。社長は男泣き。
数時間もすると、ぐんにゃりしていた雛がしっかりしてきた。コトリは、赤ちゃんが生まれた時用にと作っておいた小さなおしめと服を着せたが、
「大きいや」
「救出時のスズのサイズで測ったからな。だが、すぐ大きくなるさ」
とにかく疲れていたが、これからもっと大変になる。雛は目を離せない。
「こんなに弱くて、自然界でどうやって生きてたんだろ」
不思議になるほどバーレルセルの雛は弱く小さかった。だから滅びてしまったのだろうか。
「名前……どうしよっか」
タオルの中ですやすやと手を上げて眠る雛を見つめ、コトリは頬杖ついた。
「コトリの名前、ジークエンドがつけてくれたんだろ」
「ああ。研究所では番号でしか呼ばれていなかったから……我ながら可愛い名前をつけたと思うが」
「どうする?」
「……コノコ、というのはどうだろう」
ジークエンドのネーミングセンスは、相変わらず可愛い。採用。
「今回は残念だったな。だが、次の発情期もある」
「うん」
卵はすべて、魔晶石になってしまった。
憂鬱な気分でオフィスでため息ついていると、サツキが声をかけてくる。
「まさか、まだヤッてないとか」
「ううん。ほとんど毎日してた。でも、雛孵らなかった」
「そればっかりはね、授かりものだから。ジークエンドが種なしって可能性は?」
「サツキ、オフィスだぞ」
「いや、大事なことじゃない。一度検査してもらうとかさ」
「……それは大丈夫と思うが」
ジークエンドがもそもそ言う。
「え、大丈夫ってどういうこと。まさか隠し子がいるとか」
「いない! ただ……その、お前たちより若いとき、年上の女性と遊びで……」
「あ、出来ちゃって、そんで中絶?」
「ああ」
「えー、それほんとにジークの子? もしかして別の男の子だったかもよ」
「その可能性は否定しないが」
ジークエンドの種の有無より、ジークエンドの初経験がショックだった。コトリが生まれる前なのだから、どうしようもないのは分かっているが。
「ぴぃあぁ」
生まれて半年強。スズはずいぶん大きくなった。といってもまだまだ小さな赤ちゃんだが。
「はあー、スズかわいいな。いいな、いいな」
「大丈夫だよう。そのうちコトリにも雛出来るよう」
ところが本当に残念なことに、次の発情期にも雛が出来なかった。コトリはショックでショックで、食事も喉を通らなくなってしまった。
「コトリちゃん。パパとママも、結婚して何年も子供が出来なかったんだよ。だからママは頑張りすぎて、一生懸命卵を産んだんだけど、死産で、ママも死んじゃったんだ。あんまり気負いすぎちゃいけないぞ」
落ち込むコトリをパパが励ましてくれた。そんな悲しい結末にならないといいのだが。
ジークエンドのほうも気に病んで、検査に行ったようだ。結果は、問題なし。
「もしかしたらコトリのほうに問題があるのかも……」
とは思っても、バーレルセルの検査など出来る医者はいない。
殆ど諦めかけていた、三度目の発情期だ。氷の季節の寒い寒い時期、ほとんど自棄で卵をあたためたタオルでくるんでいたところ、10日目あたりで何か中から聞こえてきた。
「ジーク大変、卵が」
「出来たのかっ」
「あ、だめ。体あっためてから部屋入って! 雛にさわったら大変」
ジークエンドはラズウェルと一緒に見回りから帰った直後で、冷え切っていた。
風呂を浴びてほかほかになってから、ジークエンドは帰ってきた。そわそわした様子で歩みよってくるので、手招きし、タオルの中の卵に耳をすませるよう言う。
「……確かに、かすかに音がする」
「ね!」
「社長にも知らせないと」
それからが大変だった。ヒナも産んだはいいが、卵の管理はすべて研究員が行っていたらしく、孵化のさせかたを知らなかった。
「温めるって、何度くらいがいいんだろ」
「鳥類異形の卵を孵化させるには平均38度だそうだよ。ああっ、孵化器買っておけばよかったなあ! いやまてよ、そうだ、古いけどママの時に買った孵化器があるかもしれない!」
本当に古い、埃をかぶった丸い孵化器を磨いて、魔晶石を入れ、装置を動かす。徐々に温度が上がり、コトリは中に卵を置いた。
「な、何日くらいで孵るの?」
「けっこうかかったよ。もしかしたらひと月くらいだったかも。ヒナは檻の中にいて、時間とか分からなかったけど」
「困ったぞ」
サントネースが温度計を見て唸る。
「この寒さで、孵化器の温度が思うように上がらない。鳥の卵は温度が下がると、孵化率が下がるんだ」
「じゃあストーブで……」
「それをすると、今度は熱くなりすぎる。だから交代で温度を見張って、熱くなりすぎたらストーブの側から外す必要があるな」
これは、社員全員の仕事になった。もとより氷の季節で、街が結界に阻まれ、冬眠する種族も多いので、仕事は減っていた。
「うっかり生まれて、俺のことパパだと思ったらどうしよう!」
割と暇な交代番でも、社員たちはそんなことを妄想してそわそわしていた。ジークエンドは気が気ではなかったという。
一週間たち、二週間たち、あるときシャハクが、
「すまん、居眠りしてしまった!」
と言ってぐったりした雛を抱えて連れてきた時には、オフィスにいた全員がひっくりかえるほど仰天した。まさかのオチだった。
「ちょっと冷えてる! お湯わかして」
「わああぁ」
小さな小さな雛。頼りない、柔らかい雛。ジークエンドと同じ黒髪だった。雄である。初めて見た我が子はしんなりしていて、コトリは泣きそうになった。ジークエンドはもう泣いていた。
たらいにぬるま湯を張り、タオルをひたして、雛をあたためる。
「がんばれー、がんばれー」
全員がささやくように念じ、何時間したろうか。
雛がかすかに目を開けて、動き出した。
「こんなに大変だったなんて」
ヒナも泣いている。
雛はうにうにと蠢き、コトリの指にふれる。その小さな指ときたら。子リスの手くらいしかない。
哺乳類の赤ん坊が母親の腹の中で育つのに対し、鳥類は卵の中で早く育つ。そのため、この程度の大きさなのだろう。
「名前をつけないとな」
泣きながら微笑み、ジークエンドが言う。コトリはもう喋れないほど嗚咽を漏らしていた。社員も貰い泣き。社長は男泣き。
数時間もすると、ぐんにゃりしていた雛がしっかりしてきた。コトリは、赤ちゃんが生まれた時用にと作っておいた小さなおしめと服を着せたが、
「大きいや」
「救出時のスズのサイズで測ったからな。だが、すぐ大きくなるさ」
とにかく疲れていたが、これからもっと大変になる。雛は目を離せない。
「こんなに弱くて、自然界でどうやって生きてたんだろ」
不思議になるほどバーレルセルの雛は弱く小さかった。だから滅びてしまったのだろうか。
「名前……どうしよっか」
タオルの中ですやすやと手を上げて眠る雛を見つめ、コトリは頬杖ついた。
「コトリの名前、ジークエンドがつけてくれたんだろ」
「ああ。研究所では番号でしか呼ばれていなかったから……我ながら可愛い名前をつけたと思うが」
「どうする?」
「……コノコ、というのはどうだろう」
ジークエンドのネーミングセンスは、相変わらず可愛い。採用。
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