パンジャンゴーレム

いみじき

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 シグマの合体ゴーレムが一応形になった。
 ただし変形・合体が非常に遅い。ホバーで飛び、変形して、位置調整をし、ドッキングする。一連の動作で十分かかる。
「で、これは何処で何者と戦うことを想定して作ったんだ?」
「………ろまん」
 ちなみに合体後の動作はもっさりしており、各部位を別々の人間が操作するため、動きがめちゃくちゃになりバランスが非常に悪い。
「複数人が乗る理由は?」
「ろまん」
「飛行型だったらまだよかったかもな」
 合体後はヘッドの操縦者以外は射撃体勢に入れる。しかし、この合体ゴーレムは……右足と左足の操縦者がそれぞれ別。歩くのも大変そうだ。
 こういうものは、商品として売り込むことはない。のでルベルカが手入れをすることもない。ただ技術として蓄積するのだ。ばかばかしいと切り捨てては進捗がない。
 今までは彼らの「浪漫」ゆえの制作を生暖かい目で見ていたが……
 要するに浪漫でいいのだ、原動力は。そういうことが、ようやくルベルカにも分かってきた。自分がやりたい、作りたいという強い欲望がいい製品につながっていくと、アオイたんの一件で学んだ。
「それでルベルカは今度は何を作ってるんだ?」
「ヴィルトレンの技術流用して認識した相手の顔をコピーするゴーレム」
「それ出来たら凄すぎるんじゃねえか!?」
 目処は立っていない。あまりに複雑すぎて。通常業務の傍らに作っているだけだ。
「そんなものがなくとも俺はここにいるのに」
 背後から囁かれた。ばっと振り返ると、所長が穏やかに微笑んでいる。
「それが原動力になるなら、いいがな。あとここの記述は間違ってないが直したほうがいい」
「ねえ、それって写真じゃ駄目なのかい?」
 ヴィルトレンにまで突っ込まれた。リアルにあるからいいんだろう、こういうのは! 好きな人の顔を眺めてにやにやしたいだけなのだ。
 いや、キスくらいはするかもしれないが……
 そう。リアルに顔があれば、キスが出来る。うまくいけばゴーレムの頭部にも使えるだろう。やはり問題は皮膚の材質になってしまうが。
(キス……したいなあ)
 先日の、お出かけデートでのライスバーガー。それに夕食。アオイは優雅に肉を切り分けてフォークを口に運んでいた。エロスであった。
「なあルベルカ。それがもし完成したら、俺にご褒美をくれないか?」
「はあ?」
 所長の突然すぎる提案にルベルカは眉を顰めた。
「なんで俺の制作物が完成したらあんたにご褒美なんですか。俺がご褒美もらうんじゃなく」
「うん。俺のご褒美。もしそれが完成したら、ルベルカにキスがしたい」

 バァアアアアアアー!!

 顔からいろんな液が噴射しそうになった。寸でのところで抑えてアオイをまじまじ見つめる。
 キスがしたいがための制作物を完成させるとアオイとキスをすることになる。なんだそれは。なんだそれは?
「……もう十年待ったんだ。いいだろう?」
 寂しそうに目を細めて微笑むアオイ。ルベルカはそれを間抜け面で見上げるばかりだった。
(キス。キスだと。ご褒美にキス。それって粘膜と粘膜が重なるってことじゃねえか……えっ、アオイの唇に? アオイの唇にキスするってことだよな? そういう……なんていうかミラクルっぽいことで)
「所長ー。また爆弾投下するからルベルカが役に立たなくなるー」
「はっはっは。そろそろ俺もしびれを切らしてなあ」

 あばばばば

 とりあえず材質はスライムゴムで。未来の技術なんか待っちゃいられない。今だ。今作るしかないのだ。
 皮膚下にスライムゴムの材質と合わせて皮膚っぽく見える色の循環液を流す。表面がどうしてもつるっとしてしまうが、そこは仕方がない。
 人によって骨格が変化する。肉のボリュームも。それらを認識だけでどう再現すべきか。
「ははは、ルベルカは本当に可愛いなあ。ひとことキスがしたいと言ったら一晩中でもしてやるのに」
 うるさい黙れこっちは真剣なんだ!!
「所長が余計なことを言うからまた未完成のゴーレム増えるぅ」
「はっはっは、まあ俺が作っておくか」
 キスがしたい一心で一心不乱に制作に打ち込むルベルカ。
 だが、早くも壁にぶちあたった。
 顔を認識させる、という技術がどうしてもどうしても難しい……というより不可能に近いのだ。
 ヴィルトレンの技術は、あくまで元となる頭蓋骨を再現するだけ。ルベルカの作ろうとしているものにはモデルがない。視る、という行為は二次元的だ。陰影から空間把握しているだけで。
(陰影をゴーレムに認識させる技術なんか、俺には無理だ)
 いや、それどころか今の技術では到底不可能だ。
 呆然とした。ではキスは? アオイゴーレムにちゅっちゅする夢は。更にご褒美のキスは。
「死にたい……」
「所長ー、またルベルカが鬱ってるー」
「あはははは、ルベルカは可愛いなあ」
(キス。したかったなあ)
 涙が出てきた。出来もしないことに手を出して。アオイは出来ないと分かっていたからあんなことを言い出したのだろうか?
 あまりの憂鬱さに机で呆けていると、頬に柔らかいものが当たった。ふふ、というアオイの吐息混じりの笑い声が耳元で聞こえる。
「頑張ったご褒美な」

 ぶべべべべべべ

 ほっぺに、ちゅ……ちゅうだと。アオイの唇が頬に触れ……触れ?
「ルベルカがオーバーヒートした!」
「ねえ、やるなら部屋でやっておくれよ」
 その後のことはよく覚えていない。またこのパターンか。

***

 気がつくと部屋に立ち尽くしてぽかーんとしていた。いつ帰ったのか覚えていない。どうやらシャワーも浴びず、白衣も脱がずに来たようだ。夕食も食べていないかもしれない。
 いやもう顔も洗いたくないからいいのだが。震える手で頬に触れる。ここにアオイの唇が。唇、が、が、ぁ……あ、ああ。
「ルベルカ?」
「ひい!」
 入ってきたアオイに竦み上がる。豪快に後ずさって壁に張り付き、がちがち歯を鳴らす。アオイは苦笑した。
「そう怯えられると悲しいぞ。なあ」
「ひ」
 アオイが歩み寄ってくる。そう広くない部屋だ。逃げようにも逃げ場はない。横へ逃げようと身を捩ったとき、アオイが腕でそれを遮った。反対方向も。いわゆる壁ドン状態。
「俺はルベルカとキスがしたい……君は違うかい?」
「ひ、う」
「なあルベルカ。俺が下心だけではないと証明するために、十年も待った。その間、君を他に奪われないように守り、毎晩のように君の部屋に訪れて君に術をかけた。俺が君に本気なのはもう十分伝わっただろう?」
「ひえ? あ? え、なに?」
 この状況に混乱しすぎて言葉が脳にまで入ってこない。
 返答の代わりに、アオイは身を屈めてルベルカの唇にキスをした。ちゅ、とリップ音をたてて離れる唇。
「…………」
 ずるずる、とへたり込む。キス。したのか。今。
 それは、ルベルカは十年前まで爛れた人生を送っていて。キスなどサービスで。客の望むままに様々なプレイをしてきた。淫魔だから。でも。
 アオイは本当に特別で……
「泣かれると困ってしまうんだがなあ」
 苦笑するアオイ、笑う唇、しゃべる唇。それが触れたのだ。
「……ずるい。俺の、俺の想い、知ってるくせに」
「知っているよ、十年前から」
「淫魔は本気のやつとは付き合わないんだ。壊れたら死んじゃうから」
「じゃあ死ねばいい」
 アオイはルベルカを引っ張り起こし、腰を抱き寄せ、顎を上げさせた。
「駄目になったら死ねばいい。そのときは一緒に死んでやる」
「………」
「ルベルカ」
 また唇が重なった。今度は舌先でちろと舐められる。
「あ、あ」
「だめか?」
「だめ、だ………」
 涙が滝のように溢れ落ちた。
「こわい。俺にもわからないほどこわい。アオイ、たすけて。どうしたらいい?」
「ルベルカ……」
 アオイはそっとルベルカを抱きしめた。
「すまない、急すぎたな。キスに留めるべきだった。怖がらせるつもりはなかった」
「うん、うん……」
 髪を撫でられてアオイにしがみつく。
 しばらく部屋にはルベルカの嗚咽だけが響いた。

***

 淫魔と恋をしよう特装版。
 淫魔と恋のメカニズム。
 実は奥手な淫魔。

 アオイはこれまで、様々な淫魔の本を買いあさり、読み漁ってきた。
 淫魔との恋は焦らずじっくり時間をかけること。
 信頼関係が重要であること。
 淫魔は好きな相手にとても怯えるものだということ。
(時間はおそらく十分……あとは馴らしていくしかないな)
 泣きながら眠ったルベルカの、濡れた頬にキスをする。キスを出来るようになっただけ前進だ。
 アオイは待った。ずっと待った。淫夢を見て艶かしく身をくねらせるルベルカを毎晩見ながら、何もしなかった。自分を褒めてやりたい。
 まあ、夢魔は夢を見せることで精気を受け取ることができる。だからこそ耐えられたというのはある。淫魔と夢魔は相性がいいのかもしれない。
「愛してるよ、ルベルカ……愛してる」
 ルベルカの手を握り、何度も囁いてキスをする。アオイも泣きそうだった。想い合っていて何の障害もないのに結ばれない。ルベルカ自身、淫魔の性に難儀していることだろう。
 ルベルカが初めて「たすけて」と言った。怖くて、アオイに助けを求めた。あれほど我慢強いルベルカが。
「………」
 アオイはある決意をした。今まで絶対に手を出さなかった禁断の術を使う。それがルベルカを救うことに繋がると信じた。
 ルベルカの無意識を呼び起こす。
 それは人の心を無断で暴く行為。最悪の裏切り行為だ。だが、ルベルカ自身にも分からない恐怖を理解してやるためにはこうする他ない。
 額をつけ、術をかける。
「う……?」
 呻いたルベルカがうっすらと目を開いた。ぼんやりと天井を見上げ、視線を動かし、アオイを見ると微笑んだ。安心したように。
「あおい……きすして」
 アオイは口元をゆるめ、キスをした。くすくすとルベルカが楽しそうに笑う。
「もっとして。いっぱいして」
 なんと可愛い本音。望む通りにたくさん、たくさんキスをしてやった。
「ルベルカ、他にしてほしいことは?」
「ぎゅってして」
「そうか、ぎゅ、か」
 ルベルカの身を起こさせ、抱きしめる。ルベルカは安心したように凭れかかってきた。
「なにか怖いことはないか?」
「……こわい」
 ルベルカはアオイの胸に顔を埋めた。
「おれはあおいをすきすぎるから、きっとあおいはおれがいやになる」
「そうか」
「あおいにきらわれたらいきていけない……」
「そうかぁ」
「だからせめて、あおいのやくにたつ所員でいたい。でもあおいのほうがすごいし、おれはみみずもつくれない」
「ミミズのことはもう解決しただろう?」
「つくれもしないゴーレムにてをだして、ばかみたいだ」
 昨日のあれか。
 しかし、途中までは上手く行っていたのだ。骨格を変形させ、肉の増減を再現する。あらゆる顔に対応できる。さすがの技術としか言いようがない。顔認識は無理でも、十分他に流用できるだろう。だからこそ無駄な研究はないのだ。
 しかし、今の眠ったルベルカにそれを言っても混乱させてしまう。起きているときにしっかり言い聞かせねば。
「あおいにひつようとされてたい。でもがんばってもがんばってもあおいのほうがすごいんだ」
「うん」
「あおいにいらないっていわれたら、どうしよう。おれにはゴーレムしかないのに。なんにもないのに。どうやってあおいにすかれたらいいかわからない」
「愛してるよ、ルベルカ」
「しってる。でも、どうしてなのかわからない……こわい。おれのどこがあいされてるかわからないから、あきられるんじゃないかとおもう。おれはおもいし、めんどうくさいし……」
(どうして好かれているか分からない、ということか)
 ルベルカは魅力的な淫魔だ。小作りな整った顔にきつい大きな瞳。さくらんぼのような唇。淫魔でありながら我慢強くて堅実で、大好きな相手のことしか考えられない。
 重い、面倒くさいは本人も自覚しているように事実だ。だが、そこもアオイには愛しい要素。それを辛抱強く分からせていくことが鍵になるだろう。
 それにしてもこのルベルカは可愛い。
 アオイにすりすりと頭を寄せ、幸せそうに微笑んでいる。本当はこういうふうにしたいのだろう。
「あおい……せっくすしたい」
「そうか」
 アオイはルベルカを横にしてキスをし、一度術をといた。すぅと寝息をたてるルベルカ。それへ、淫夢の術をかける。甘い夢の続きを見せるように。
「さすがに罪悪感だな」
 ルベルカの心を覗いてしまった。
 しかし十年。やっと進展したかと思えば触れるだけのキス。こうでもしなければ一生結ばれることがないと判断した。そんなことは御免だ。
「俺には君が必要だし、ラボにも必要だ。俺は君を愛してる。十年間ずっと、君に負けないくらい」
「んん」
「こうして据え膳の前でずーっと耐えてる俺の身にもなってくれ。そろそろ限界だ」
「は、ぅ」
 夢の中でルベルカを抱いているであろう自分に嫉妬する。
 その日はルベルカを最後まで見守らず、部屋を後にした。

***

 バスローブで寝なかった為に下着の中が酷いことになっている。
(なんかいい夢見たな……)
 朝になればさっぱり忘れてしまうはずが、部分的に覚えている。アオイが抱きしめて、キスしてくれた。自分は目一杯アオイに甘えて……愛してると囁かれた。
 それに昨日は確か、夢でなければ頬にキスされて唇にもキスされた。他にも何か色々言われた気がするが、キスが衝撃的で覚えていない。
(もう顔洗いたくない)
 とは言え不衛生で嫌われるのも嫌だ。
 唇にふにと触れる。緊張しすぎてパニックで感触など覚えていない。触れるだけのキスだった。他の男とは濃厚に舌を絡めていたというのに、相手がアオイというだけであんな……
「うう」
 思い出しても緊張してお腹が痛い。ベッドに突っ伏した。ベッド下からアオイたんを取り出し、額をつけて睨みつける。
「……俺なんか滅茶苦茶好きだ、ばか」
 アオイたんの繊維の口元にキスをした。
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