捨てられた救世主の烙印

フィロソフィー

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E級の烙印

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「一応、生きてはいるのね」



やけに呑気な声が耳に響いた。光の届かない地下通路に、アリアが立っていた。彼女の表情は薄く笑っていて、その笑みに俺の最後の良心が削られていくのを感じた。



「随分豹変したわね。まあ、無理もないけど」



言葉は柔らかいのに、刃物のように刺さる。



「俺を…裏切ったな」



震え交じりに吐き出した。拳が自然と握られる。血の匂いが、昔の記憶とともに胸を締め付けた。



アリアは肩越しに俺を見下ろし、冷ややかに首を傾げた。「裏切った、ですって? 間違えないでちょうだい」



「間違い? じゃあ、なぜあのとき俺を助けなかった? なぜ置き去りにしたんだ?」



声が裏返る。あの夜、鋼の匂いと焦熱と、腕が千切れるような痛み――そのときの彼女の背中は、確かに見えたはずだった。



「私はあなたを死なせるつもりはなかったわ」アリアはゆっくりと歩み寄る。「だけど、私たちが個人を優先して組織のルールを破ることもない。今の貴方は、ただ“予言に合致した見た目”をした子に過ぎないの」



言葉は薄く、理屈は冷たい。血の記憶がまた疼く。



「ふざけるな。そんなの理不尽だ!」



拳を振り抜いた。だが、アリアの瞳を見た瞬間、腕が止まった。そこには好奇心があって、慈悲はなかった。



「乱暴ね。本当に救世主なのかしら?」



「こんな理不尽が許されるか!」叫びが通路に響いた。



アリアは淡々と続ける。「マーキュリーには階級があるの。入試の時点で決まるのよ。あなたはE級と判定された。だから実験の対象になっただけ」



頭に血が上る。意味が呑み込めない。俺はただ選ばれたのではなく、捨てられたのだと突きつけられる感覚。



「そんなの…間違ってる」指先が震える。



「そう思うなら思っていてちょうだい。これが地下世界よ」アリアの声には苛烈な確信が染みていた。



「俺がこの世界を変えてやる」



それだけしか言えなかった。



アリアは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに冷たい微笑に戻った。「なら、やってみなさい。本物の救世主ならね」



その言葉を残して彼女は消えた。消え際の背中に、俺は復讐の炎を点した。だが炎は、今の俺の裸の前には小さ過ぎた。野生の獣程度なら倒せる力がついたとはいえ、マーキュリーという組織を壊すには何かが欠けている。学びが、力が、戦術が。



通路の向こうに、石造りの壁とそれを超える建物の屋根が見えた。光がある。街だ。



俺は正門へ向かった。外套で怪物化の痕跡を包み隠し、列に並ぶ。通行人の視線が何度も突き刺さるが、検閲が終わるまで耐えた。



「ビザはありますか?」



「ないです」



警備の男は手を振った。「じゃあお引き取りください」



また門前払いだ。希望が失われる感触に、胸がさらに冷たくなる。どうすれば強くなれるのか。魔術を鍛える方法は野良では見つからない。だがここで諦めれば、復讐の火はただの焦土になる。



「おい、兄ちゃん、困ってるのか?」



軽い声。振り返ると、スリムな男がにやりと笑っていた。年は三十歳手前だろうか。顔には旅の色が刻まれている。



「俺はエイメン。見たところマーキュリーの落第生だろ? 隠れて生きてるんだな。俺らは――政府とは違う“救済”の仕事をしてる。ここで保護して、技術を教えることもある」



疑いが最初に湧いた。あの手の誘いで一度騙されたことがある。だが考える。ここで学べばアリアに立ち向かえる可能性が生まれる。俺は首を縦に振った。



エイメンは門番に何やら短い暗号を打ち、一言の了解で俺たちは街に入った。視界が開く。アラビア風の石造りが連なる市場、人声、軋む木の車輪の音。地下と地上が分かたれた世界でも、人々は縦横に社会を組んでいた。



「ついて来い」エイメンに導かれ、大きな石造りの建物に入ると、そこは古い会社のような匂いがした。受付の女性、メモを取る若者、重心の低い家具。エイメンは俺を二階に連れて行く。



「名前は?」



「ポール・スミスです」



「地上から来たか」エイメンの顔に短い理解の色が差した。「説明が必要だな」



階段の端で、彼は手早く話し始める。断片的に聞くに、この世界はかつて銀河文明の一角だったという。異星での適応技術が“モンスター化”を生み、機械と魔術が溶け合った。地下に残る人々は、その遺産を持ち続ける派閥と、それを危険視して追いやられた派閥に二分されている。マーキュリーはその管理組織であり、改造兵器だった者たちが自我を持ち始めたことで、現代は保護と再教育が重要になったらしい。



説明は要点だけに絞られていた。いい。全てを一度に理解する必要はない。問いは、俺にとって戦うための糧だ。



「さて、適職診断をする。水晶玉に手を」エイメンが指したのは小さな丸い石盤だった。奇妙な光が内側から染みている。



掌を置くと微かな震えが指先から背中へ走った。視界が短いコマ切れの映像で満たされる――金属の匂い、失った腕、アリアの笑い、規律と監視の列。最後に、見知らぬ部屋の扉が開く映像。



エイメンが顔を上げる。「合格なんて言わない。だが、ここで役目を見つけられる」



ドアの向こうで何かが待っている気配がした。俺の胸では、復讐の火が新しい形を取り始めていた。学ぶことで武器を手にするのか、あるいは学ぶことで自分を失うのか。選択はまだ、俺の手の中にある。



階段の扉が開けられ、受付のイナンナがこちらを見て笑った。「では、面接室へどうぞ」



扉の陰から、冷たい笑みが浮かぶかもしれない。だが今は、道が一つ開いた音だけが聞こえた。
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