悪役令嬢の願い

なむそ

文字の大きさ
7 / 22

6話

しおりを挟む



月日が経ち、気づけば私は十歳になっていた。
この生活も、すっかり板についてしまった。

以前のようにあからさまに虐めてくる人は減った。
けれど、良くはなっていない。

…食事は普通になったと思う。
少なくとも、腐ったものが運ばれてくることはなくなった。

あれから私は、書斎へ行きこの国や占星術のことを調べていた。
だけど、ここの本だけでは限界はある。
しかし、私の待遇ではどうにでもできない。

「…もどかしい」

小さく呟いた声は、誰にも届かず書斎に溶けた。
この環境が急に変わることは、ない。

私と公爵の関係も、あの日から何ひとつ変わっていない。
私から会いに行くことはないし、公爵が私のもとを訪ねて来ることなど、あるはずもなかった。

―――それでいいんだ。

そう思おうとして、胸の奥がほんの少しだけ痛んだ。

私は本を閉じ、背もたれに体を預ける。
窓の外では、夕暮れの空がゆっくりと色を変えていた。

外の世界は動いているはずなのに、私のいる場所だけが、動けずにいるようだった。

「もっと……知りたい」

誰に聞かせるでもなく、静かに呟く。

この国のこと。星のこと。そして―――お母様のことも。

知らなければきっと私は、あの"箱"も、この想いも―――
ずっと引き出しの奥に閉じ込めたままになってしまう。


すると、扉を叩く音が響いた。

「…ネメシア様、こちらにいらっしゃいましたか」

入ってきたのは、執事長のクロードだ。
この屋敷に長く仕えている人物で、感情を表に出すことは少なく、常に冷静に物事を見ている。

彼が私を見る視線は厳しくもなく、優しくもない。
けれど、その声は淡々としていながらも、私を気にかけているのがほんの少しだけ、伝わってきた。

「公爵様が、皆様をお呼びです」

先日、公爵は屋敷を留守にしていた。
どうやら今頃帰宅されたらしい。

「……私も?」

思わず、そう口にしてしまう。
今まで一度も、私が呼ばれることなんて無かったのに―――。

「…わかったわ」

返事をしてから私はゆっくりと歩き出した。
重い足取りで、呼ばれている場所へと向かった。


向かった先には、公爵と―――見覚えのない二人が立っていた。

公爵の隣には、桃色の髪に緑色の瞳をした、整った顔立ちの女性。
そしてその隣には同じ髪色を持つ、澄んだ藍眼の少女がいた。

―――何故か、その少女から目を逸らすことができなかった。

公爵は皆が集まったことを確認した。

「皆に紹介しよう!新しく妻として迎えるサビーネと、我が娘のルミナだ!」

皆に聞こえるよう声を張る公爵のその言葉に、私は思わず目を見開いた。

―――妻。
―――娘。

私には居場所がないのだと、突きつけるには十分だった。

それと同時にルミナと呼ばれる少女は、私と背格好が変わらないことに気づく。

―――いつから?

そういえばこの数年、公爵は外出が明らかに増えていた。
領地の為かと、当時はそう思っていた。

本当は違った。

それよりも…お母様のことは?
あれほど愛していたはずなのに…。

私は別の黒い何かがじわりと、胸の奥に湧き上がるのを感じた。

「承知いたしました。それでは別の部屋へとご案内いたします」

沈黙を破ったのは、執事長のクロードだった。
クロードはサビーナとルミナを促し、静かに別室へと向かう。

その背を追うように、公爵も歩き出す。
しかし公爵は一度だけ、私に視線を向けた。

「…後で来い」

そう言葉を残し、公爵は三人の後へと続き、私だけがその場に残された。



何を話すことがあるのか…。
それが、私にとって幸なのか、それとも―――また不幸なのか。
公爵の考えは私にはわからない。

その気持を抱えたまま私は、公爵に呼ばれた。
執事長のクロードに案内され、扉を開ける。

部屋の中央に置かれたソファには、
先程、広間にいたサビーナとルミナ、そして公爵が並んで座っていた。

私は集まる視線の中で、一歩だけ足を進める。
礼儀カーテシーは必要ない。立ったまま口を開いた。

「……何か、ご用でしょうか」

「…この子に、私の娘を任せてよろしいのでしょうか?」

すると、口を開いたのはサビーナだった。

任せる―――?

その言葉が、胸の奥でひっかかる。
まるで私が、誰かの世話をする役目を与えられるような…。
それとも、ルミナを"預ける"相手として、ここに立たされているのか。

私がいない間、すでに話は進んでいるようだった。

「こいつは日頃から身の回りのことをしているからな」

公爵はそう言って私を一瞥する。

「……公爵令嬢のくせにな」

その一言で、すべてを理解してしまった。
なぜ、今まで私は捨てられてこなかったのか。

私は"娘"としてではなく、便利に使える存在として見ていたのだと―――。

ここに呼ばれた理由も、きっと同じだ。

「……」

何か言い返すべきなのだろう。
けれど喉がひりついて、言葉が形にならなかった。

「それにこいつだけではない。他の侍女もルミナの面倒を見させる」

淡々と告げられたその言葉が、私の胸に落ちる。

―――ルミナの面倒を見る、他の侍女と一緒に。
やはり私は、最初からその役として、ここに呼ばれていたのだろう。
公爵令嬢ではなく…"新しい娘の世話係"として。

ならば、断ればどうなるのだろうか。
今までと同じ生活に戻れる?それとも―――この屋敷から追い出される?

―――どちらでもいい。

私は重い口を開く。

「……断りま―――」
「貴女が私のお世話をしてくださるの!?」

弾んだ声が、私の言葉を切り裂いた。
思わず声を上げた本人に目を向ける。
そこには、期待に満ちた瞳でこちらを見るルミナがいた。

拒絶も、疑いもない。ただ、嬉しそうに笑っているだけの綺麗な顔。

「…私と同じくらいの歳の子と仲良くしたかったの」

そう言いながら、ルミナは一歩、また一歩と近づいてくる。
そして私の両手を包み込んだ。
小さくて、温かい手。

「……お願い」

ほんの少しだけ声を落として、ルミナは私にしか聞こえない声で囁いた。

「嫌かもしれないけど……ここは、受け入れてほしいの」

その瞳を見て、私は気づいてしまった。
先ほどまでの、何も知らない子どもの目ではない。
ほんの焦りと、必死さが入り混じった目をしていた。

「……」

握られた手をふりほどくことも、必死な瞳をそらすことも、私にはできなかった。

「……わかりました」

自分の声が、ひどく遠くに聞こえた。

「よろしく、お願いいたします。……ルミナ様」

その瞬間ルミナの表情が、ぱっと花が咲くように明るくなった。

「ありがとう!」

年相応の笑顔を見て、私はほんの少し―――ちくりと胸の奥が痛んだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

ここは少女マンガの世界みたいだけど、そんなこと知ったこっちゃない

ゆーぞー
ファンタジー
気がつけば昔読んだ少女マンガの世界だった。マンガの通りなら決して幸せにはなれない。そんなわけにはいかない。自分が幸せになるためにやれることをやっていこう。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

聖女の力は使いたくありません!

三谷朱花
恋愛
目の前に並ぶ、婚約者と、気弱そうに隣に立つ義理の姉の姿に、私はめまいを覚えた。 ここは、私がヒロインの舞台じゃなかったの? 昨日までは、これまでの人生を逆転させて、ヒロインになりあがった自分を自分で褒めていたのに! どうしてこうなったのか、誰か教えて! ※アルファポリスのみの公開です。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

処理中です...