悪役令嬢の願い

なむそ

文字の大きさ
8 / 16

7話

しおりを挟む




あれから私は、公爵に「下がれ」と言われ、何も言えないまま自室へ戻った。

心を落ち着かせたくて、夜空を見上げる。
夕暮れ時はすでに遠く、星の明かりだけが静かに部屋を満たしていた。

引き出しの奥にしまった箱のことが、ふと頭をよぎった。
私は一度、ためらってから箱を取り出す。
そして、そっと鍵を差し込んだ。

しかし、鍵はまだピクリとも動かない。
―――まだ、その時ではない。
そう、箱そのものに拒まれているようだった。

「……」

私は、ほんの少しだけ心に安らぎを覚えた。
そして、もう一度箱を引き出しの奥へとしまい込む。

すると、扉を叩く音が響いた。

「…私、ルミナです」

聞き覚えのある、少し遠慮がちな声だった。

「少しお話が、あります」

私は一度だけ深く息を吸い、扉へと向かった。
そして、扉を手に掛ける。

「……入っていいですよ」

扉を開けると、先程と同じ装いをしたルミナが一人で立っていた。
付き添いの侍女の姿は、どこにもいない。

私はルミナを部屋の中へと招き入れる。
部屋の真ん中にあるソファに、私たちはテーブルを挟むように向かい合って座った。

「…話とは何でしょうか?」

そう聞くと、ルミナは一瞬だけ視線を泳がせた。
その仕草に、少しだけ緊張しているのが伝わってくる。

「……先程は、私の提案に賛同していただき、ありがとうございます」

そう言って、ルミナは深々と頭を下げた。
あまりに丁寧すぎるその動作に、私は言葉を失い、ただ目を見開くことしかできなかった。

「…やめてください」

「いえ…。ネメシア様にとって、私たちは許されない存在だと、そう思っています」

その言葉に、胸の奥がざわりと揺れた。
どうして、この子がそんな言葉を選ぶのか。
どうして、私の顔色をうかがう必要があるのか。

―――そんなもの、私には決められないのに。

「それでは、なぜ…私を侍女として傍に置こうとしたのですか」

たくさん言いたいことはあった。
けど、喉を通り抜けたのは、それだけだった。

するとルミナは頭を上げて一瞬、言葉を失ったように唇を閉じる。
そして、膝の上で組んだ指先に、ぎゅっと力を込めた。

「……ネメシア様を、助けたかったからです」

澄んだ藍色の瞳は、まっすぐに私を射抜いていた。

「なぜ…」

私には、貴女に助けられるようなことを、何もしていない。

そう思って口にしたはずだった。
けれど、ルミナはゆっくりと首を振る。

「いいえ。していました」

その声は、はっきりとしていた。

「誰にも縋らず、誰にも守られず……それでも、ここに立っていた」

そう言いながら、瞳は優しく私を見つめている。

「……それは、ただ生きていただけです」

私は、そう返すしかなかった。
誇れるようなものじゃない。逃げることもできず、ここに"残されていた"だけだ。

「違います」

ルミナは即座に否定した。

「貴女は生きることをやめなかった。それはとても強い選択だと、私は思ったからです」

その言葉に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。

―――強い?私が?

「…そんなふうに言われたのは、初めてです」

ぽつりとこぼれた声は、自分のものなのに、ひどく他人事のように感じた。

ルミナは、少しだけ頬笑む。
その表情は、年相応の無邪気さとは違う。―――何かを覚悟した人の、静かな笑みだった。

「…なぜ、私がネメシア様を侍女にしたか…のお話でしたね」

そう言って、ルミナは一度ゆっくりと息を整えた。

「それは…ネメシア様の環境を、変えたかったからです」

そう告げると、ルミナは私の部屋へと静かに目を巡らせた。
飾り気のない調度品。
最低限の家具だけ置かれた、ひどく静かな空間。

「ネメシア様は公爵令嬢であるはずなのに、ここには物が少なすぎます」

「それに…」と、ルミナは一度、言葉を切った。
まるで、どこまで踏み込んでいいのか測っているように。

「……周りの人たちの態度が、気に触りました」

そう言うと、ルミナは思い出したように頬を膨らませた。
先程までの落ち着いた表情とは違う、年相応の仕草。

「だって、おかしいじゃないですか!ネメシア様は、何も悪いことをしていないのに…。挨拶をしても視線をそらされたり、話しかけても返事が遅かったり……」

一つ一つ数えるように、指を折っていく。

「特に、公爵様!」

するとルミナはテーブルに両手を置き、身を乗り出した。

「自分の娘なのに、あの冷たい態度!命令だけしておいてあとは知らん顔とか……」

次々と溢れる言葉に、私はただ目を瞬かせていた。
誰かが、こんなふうに私のために怒っていくれるなんて―――考えたこともなかった。

「……ルミナ様」

思わず名前を呼ぶと、ルミナははっとしたように口を閉じる。
そして、少しだけ気まずそうに、身を乗り出した体を元に戻した。

「……ごめんなさい。出すぎたことを言いました」

反省をしているかのような表情をしている。

「……クスッ」

私は百面相のルミナを見て、思わず小さく笑ってしまった。

「…コホン。……それでもルミナ様の侍女になって、改善することはできるのでしょうか?」

久しぶりに浮かんだ笑みが、ひどく居心地悪くて。
私は咳払いをして、無理やり話を戻した。

「そうですね…。まず、食事は私と同じ物を食べれるように手配はしやすいかと…。そして服装の横流し、というより"共有"という形にすれば問題ありません」

さらりと言っているけれど、それは今までの私の生活では考えられないことだった。

「それに、ネメシア様の存在が大きくなります」

私の存在?

「私の傍にいれば、必然的にと虐めてくる人もいなくなるでしょう」

確かに…公爵が選んだ、ルミナの侍女という肩書き。
もし、私をいじめる者がいれば、ルミナが直接叱ることもできる。

彼女なりにいろいろと考えていることが伝わってきた。
私にとっても、この肩書きはプラスになるかもしれない。

「…わかりました。ルミナ様の熱意が伝わりました」

そう言うと、ルミナはぱっと笑みを浮かべる。

「…改めて、よろしくお願いします。ルミナ様」

私はルミナ様に、そっと手を差し出した。
それを見たルミナは少し戸惑いながらも、私の手を握り返す。

「…もし、嫌でなければ、お姉様と呼んでも?」

そう言って、ルミナは少し恥ずかしそうに私から目をそらした。

「ええ…いいですよ」

その表情を見て、私はほんの少しだけ、胸の奥が温かくなるのを感じた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

愛を騙るな

篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」 「………」 「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」 王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。 「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」 「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」 「い、いや、それはできぬ」 「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」 「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」 途端、王妃の嘲る笑い声が響く。 「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

処理中です...