悪役令嬢の願い

なむそ

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8話

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公爵家に訪れる少し前の話。



ママと、たまにお家に来るパパと一緒に、綺麗な馬車に乗る。
座席はふかふかで、窓の外の景色がゆっくり流れていく。

「ママ、これからどこに行くの?」

そう聞くと、ママは一瞬だけ黙ってから、にこっと笑った。
でも、その笑顔はいつもより少しだけ硬い気がした。

「新しいお家よ」

そう言われて、胸がすこしだけ高まった。
新しい場所は、わくわくするから。

―――でも、なんでママはそんな顔をしているんだろう。

やがて馬車が止まり、扉が開いた。
外に出た瞬間、思わず息をのむ。

そこにあったのは、小さい頃に絵本で見たお城みたいな、とても大きな家だった。
高い壁に、きらきらした窓。
すごい、と思うのと同時に、少しだけ背中がぞわっとする。

「……ここが、私たちの新しいお家?」

胸の奥で小さな不安が、揺れていた。

「そうだ、ルミナ。これからはルーインハイト家の娘として過ごせるからな!」

パパはそう言って、いつものように笑いながら大きな手で私の頭を撫でた。
少し乱暴だけど、あたたかい手。

―――ルーインハイト…?

その名前を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。
理由はわからないのに、息が一瞬だけうまくできなくなった。

―――ネメシア・ルーインハイト―――

私はその名前を、知っている。
次の瞬間、頭の奥を針で刺されたみたいな痛みが走る。

「……っ」

言葉にならないまま、私は目を伏せた。


私がで読んでいた、恋愛小説。
その中に出てきた―――悪役令嬢の名前。

そうだ。
私はかつて、社会人として生きていた。

毎日、残業に追われてくたくたになって帰る生活。
それでも、眠る前にページをめくる時間だけが私の楽しみだった。

この世界の物語も、その中の一つ。

主人子は、ルミナ。
王子と出会い、想い合い、困難を乗り越えて結ばれる―――
よくある、幸せな結末の物語。

けれど、物語の中には、もう一人の少女がいた。

その名も
―――ネメシア。

公爵家に生まれながら、愛されず、守られず。
蔑ろにされ続けた末に、心を壊し悪役令嬢として書かれる存在。

主人公の邪魔をし、妬み、そして最後には断罪される。
私はその展開がありきたりでも苦しかった。

特に、エピローグ。
断罪の後に、ほんの数ページだけ書かれた、ネメシアの想い。

「誰かに、必要とされたかっただけなの」

その一文に、私はページを閉じたまましばらく動けなくなった。
涙が、止まらなかった。

―――あの子は、悪役なんかじゃない。

そう思ったことを、はっきりと覚えている。
そして今。私は。ルミナとしてこの世界にいる。
あの物語の主人公として。

―――ネメシア・ルーインハイト

胸の奥が、ずきりと痛んだ。

私はこの後の物語を知っているからこそ、わかってしまう。
彼女が、どんな未来をたどるのか…。どんなふうに、追い詰められてしまうのか。

…私が結末を変えてみせる。

私は、ぎゅっと拳を握りしめた。


「ルミナ、体調悪い?」

黙り込んでしまった私を、ママは心配そうに覗き込む。
はっとして、私は顔を上げた。

「大丈夫だよ!」

気づけば私たちは広間にいて、より皆へ紹介をされていた。
あまりに展開が早くて、心が追いつかないまま、私は執事に促され、別室へと案内される。

ここはただの物語でもなく、ページの向こう側じゃない。

―――私は、ここにいる。
―――そしてネメシアも。
―――私が、ネメシアを助ける。

たとえ物語が違う道に辿ったとしても、神様がそれを許さなくても。

―――私はネメシアを、悪役令嬢にはさせない。

その決意だけは、揺らぐことはなかった。

「パパ、ママ…。お願いがあります」

まずは、ネメシアを私の傍に置ける理由を作らなければならない。

「私と歳が近い、女の子を侍女として置いてほしいです」

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