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駆け出し冒険者の章

32.買い取り

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「はい、ではこちらが今回の依頼達成の報酬と、モンスターの素材の買い取り価格を合わせた金額になります」


 冒険者ギルドの受付カウンターでは、受付嬢のイリアーナが冒険者に報酬を支払っていた。その報酬を受け取るのは、Dランク冒険者のスナイプのパーティ。


「どうも。素材は随分買い叩かれたよなー」
「適正価格ですよ?また次も宜しくお願いしますね」


 そう言ってスナイプに微笑むイリアーナ。たとえ相手を内心でどう思っていても、この微笑みを絶やさないのが冒険者ギルドの受付嬢としての素質であり、矜持でもある。受付嬢が冒険者を不快な気持ちにさせてはならないのだ。


「んじゃあ分配するぞ。一人頭……えーと……どれくらいだ?」
「やれやれ。一人銀貨一枚と大銅貨三枚だよスナイプ。君はもう少し算術を覚えた方がいい」


 スナイプが計算出来ずに困っていると、金色の髪の槍使い、カロンが助け舟を出す。だが、一言チクリと言っておく事を忘れない。


「ああ悪い、うちは貧乏だったから本とか無くてさ」
「まあ、別にいいわよ。わたしもカロンもエストも算術出来るんだから、スナイプ一人出来なくても困らないでしょ。それにしても、あんなに苦労して一人銀貨一枚と大銅貨三枚ってショボいわよね………」


 カロンの横から口を出して来たのは、赤い髪の三つ編み魔道士のメリッサ。目つきが鋭く、お世辞にも美少女とは言えない顔立ちの少女。そんなメリッサが少し機嫌が悪そうにそう漏らす。


「仕方ねえって。『赤水の大空洞』のモンスターって経験値はそこそこだけど、モンスターはコウモリ系とかトカゲ系のモンスターばっかで素材は安いし。だからみんな『風鳴きの山』を目指すんじゃねえか」


 メリッサの愚痴に対してスナイプがもっともらしく答える。このファルディナの冒険者が辿る手順として、先ず駆け出しのEランク冒険者は街道脇の弱いモンスターを倒しつつレベルを上げて、『グリーグの森』の薬草採取などで生計を立てる。
 次にレベルをある程度まで上げてワイルドウルフの討伐。そしてDランクにランクアップした冒険者が次に目指すのは、今日もスナイプ達が訪れたという『赤水の大空洞』と呼ばれる天然のダンジョン。ここでモンスターを倒しながら徐々にレベルを上げて、およそレベル二十前後になった所で『風鳴きの山』と呼ばれる場所を目指す。


「今日で全員レベル十五になりましたね」


 ポツリと呟くのは、白い髪の美少女。パーティでは貴重な回復術士のエストだった。


「十五か……早く風鳴きの山に挑戦したいな」


 Dランク冒険者が風鳴きの山に一日でも早く挑戦したい理由。それはDランク冒険者がCランクに上がる為のランクアップモンスターが居るからに他ならない。そのモンスターは山頂に群れを成していて、敵を確認すると集団で襲って来る。それ故、冒険者ギルドが適正レベルとしているのはレベル二十。それよりも極端に低いと相手にすらならないのだ。


「まあ、今の我々なら倒せると思うけど、念の為にもう二つ三つレベルを上げといた方が無難だろうね」
「そうね。確かランクアップモンスターって鳥でしょ?遠距離攻撃が出来るわたしはともかく、スナイプとカロンは相手が近付いて来ないと攻撃も出来ないんだから、攻撃力も防御力も上げとかないとキツいわよね」


 近付いて来ないと攻撃出来ないという事は、反面すると相手の攻撃も食らうかもしれないという事だ。それに耐え得る防御力は何より、近付いて来た時に確実に致命傷を与えるだけの攻撃力も必須となる。近距離戦闘の能力しか持たない二人は、どうしたってカウンター攻撃しか方法が無いのだから。


「分かってるって!だから今は素直にレベルをーーーー」


 スナイプが何かを言い掛けたその時、ギルドホール内に四人の美少女達が現れた。その立ち振舞は何故か昨日会った時よりも堂々としており、とても昨日Dランクに上がったばかりだとは思えない程の、謎の覇気を纏っているようにも感じた。
 そんな四人の美少女達は、誰にも目もくれずにカウンターを目指す。目の前を通り過ぎて行く彼女らに、いつも皮肉を飛ばすスナイプも何も言えずに立ち尽くした。


(何だ……?昨日までと雰囲気違わないか?)


 誰からも声を描けられずにカウンターに到着する四人。受付嬢のイリアーナが微笑みを浮かべながらいつも通りに対応する。


「こんばんはミクさん、アイリさん、リーシャさん、サフィーさん。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「こんばんはイリアーナさん。実は買い取りをお願いしたいのですけど、大丈夫でしょうか?」


 リーシャに買い取りと言われ、改めて四人を見るイリアーナ。だが、いつもリーシャとサフィーが背負っている木製の籠は、何故か今日は背負っていない。見たところ、他に何か持っているようにも見えないのだが、一応マニュアル通りに対応する。


「はい買い取りですね。どんな物の買い取りを希望でしょうか?」
「えっとね、ワイルドウルフまるごとだよ!」


 未来が声高々にそう告げる。その声を聞き、一瞬静まり返るホール内。しかし次の瞬間には、ドッと笑い声が沸き起こった。笑っているのは主に四人を快く思っていないDランクの冒険者達。その中でもスナイプ達が大声で笑い飛ばしている。


「おいおいお前、頭大丈夫か!?何処にワイルドウルフが居るんだよ!?泥人形でも作って来たんじゃねぇのか!?」
「ぷっ、やめなさいよスナイプ。泥人形じゃあまりにも酷いわ。きっと木製の置物とかよ」
「はっはっはっ!それは面白い!おそらく奇をてらっての発言だろうけど、ワイルドウルフ一匹まるごとというのはいくら何でも嘘が過ぎるよね」


 矢継ぎ早に四人を笑い飛ばすDランクの冒険者達。だがCランク以上の冒険者は誰一人として笑っていない。ワイルドウルフなど持っていないのは見ても明らかだが、もしかしたらギルドの外に持って来ているのかもしれない。
 この話を笑い話にするにしても、それは真偽の程を確かめた後だという事を、Cランク以上の冒険者達は弁えているのだ。


「えっと……ワイルドウルフですか。それはどちらに?何処か別の場所に置いてあるという事で宜しいんですよね?」
「あ、いえ、この鞄に入ってます」
「……鞄に……?」


 愛莉の言葉を受けて愛莉の鞄に視線を送るイリアーナ。そしてハッと顔を上げ、愛莉を見ながら口を開く。


「まさか……魔法鞄マジックバッグ……?」


 にっこりと笑う愛莉。そして「出しますね」と一言だけ告げ、鞄の中に手を入れる。次の瞬間ーーーーー


 ドンッ!!


 大きな振動と共にカウンターの上に現れたのは、巨大な狼型のモンスターワイルドウルフ。突然の事に思わず腰が引けるイリアーナと、それとは対象的に椅子から立ち上がる冒険者達。そしてカウンターの上に置かれたワイルドウルフにワラワラと集まる。


「マジでワイルドウルフじゃねぇか!久しぶりに見たぜ」
「おいこれ……胴体がほぼ無傷だぞ?すげー綺麗な倒し方してんなぁ……」
「ほんとだ……え?これほんとにリーシャ達が倒したの?凄くない?」


 しきりに未来達を褒め称えるCランク以上の冒険者達。そんな中、振動と騒ぎを聞きつけて鑑定と解体担当のカタールが部屋の奥から現れる。


「おい、一体何を騒いでやが………うぉっ!?ワイルドウルフじゃねぇか!!」
「あ……カ、カタールさん……」


 イリアーナが椅子に座ったままカタールを見上げる。どうやら腰が引けてしまっていて、身体に上手く力が入らないらしい。それでも、何とか要件は告げる。


「え、えっと……そのワイルドウルフの鑑定を……」
「まあ、そりゃあそうだろうな。ってか綺麗に倒したなおい!これなら文句なしの満額鑑定でーーーー」
「あ、すみません。あと六匹居るんですけど」


 愛莉が突然発したその一言に、その場に居る者達は全員「は?」と首を傾げる。そんな皆には目もくれずに、愛莉が二匹目のワイルドウルフをカウンターに取り出す。ワイルドウルフの重みでカウンターがミシッと音を立てた。


「お、おい、カウンターが壊れちまう!」
「ご、ごめんなさい……じゃあ残りは床に」


 ドンッ!ドンッ!


 三匹目、四匹目をホールの床に取り出す愛莉。その光景を見て、誰もがゴクリと唾を飲み込んだ。


 ドンッ!ドンッ!

 
 五匹目、六匹目を取り出すと、大半の者達が大きく目を見開いたり、顔を引き攣らせていた。


 ドンッ!


 そして最後の七匹目を取り出す頃には、イリアーナ、カタール、ホールの冒険者達、そしてカウンター内のギルド職員全員、驚愕の表情を浮かべて立ち尽くしていたのだったーーーー



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