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4.東の巫女 4
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エルトナの街に【大魔】が現れたとの情報がもたらされて一週間が過ぎた。
「はぁ……」
その間、ミリリアとロアは只の一度も会話を交わしていない。
その原因は一週間前のあの日、二人だけの秘密の場所でロアがミリリアに放った一言。
ーー自分は英雄とやる事やっておいて、僕は英雄様のお下がりって事?
ロアにしてみれば、それは決して本心では無かった。だがあの時は頭が混乱し、大切なミリリアを他の男に奪われてしまうという焦りと、自分の考えに同調してくれなかったミリリアに対して、自分でも気づかないような仄暗い気持ちが芽生えてしまった。
だからあの言葉を発した直後は激しく後悔した。ミリリアは自分が発した言葉に深く傷ついて涙をポロポロポロと流し、その表情に悲しみと絶望が浮かんでいた。
咄嗟に手を伸ばしたが時は既に遅く、謝罪をする事すら出来ないままミリリアは去ってしまい、そして顔を合わせる事無く一週間近くが経過してしまった。
「何で……あんな事言っちゃったんだろ……」
本心では無かった。思ってすらいなかった。なのに、口から出て来る非情の言葉を抑える事も出来なかった。
それは嫉妬だったのだろう。ミリリアを大切に思うからこそ、ミリリアの事を心の底から愛しているからこそ、ミリリアが自分以外の誰かに奪われてしまう事が許せなかった。
しかしだからと言って、あのセリフは言っても良い理由にはならない。言われたミリリアは深く傷ついて、それでも誰かに愚痴をこぼす事も出来ずに今もきっと自分の部屋で、悲しみに塞ぎ込んでいる事は容易に想像出来た。
「くそっ………僕は何をしてるんだ………」
あの時、ミリリアの口からは『結婚』という単語が聞き取れた。自分の初めては『英雄』に捧げなくてはならない。だから貴方に初めては捧げられないけど、全てが終わった将来は貴方と結婚したいーーーーー
「僕が……言わないといけない言葉だったのに……ッ!!」
その言葉をミリリアに贈るどころか、最低な言葉で拒否してしまった。
ほとんど生まれた時から一緒に居るので、年齢が一緒に居た年月のミリリアとロア。つまり今年で17年も一緒に過ごして来たのに、その絆を壊してしまうのには数秒を要するだけだった。
「…………ッ!!」
ぶんぶんと激しく首を横に振るロア。
「謝らないと………」
許してもらえるとか、許してもらえないとか、そんな事はどうでもいい。とにかく謝らなくてならない。床に頭を擦りつけて、最終的には許してもらえなくても、それでも謝らないといけない。
かけがえのない17年間の絆を、僅か数秒でぶち壊してしまった愚かな自分の発言に、誠心誠意込めて謝らなくてはならない。
「あらロア、出掛けるの?」
「ちょっと……すぐ近くまで」
母親にそう告げると、ロアは勢い良く玄関ドアを開けて外へと飛び出す。
すぐ隣、幼馴染の住むその家へと向かう為にーーーーー
■■■
ざわざわとした喧騒が、エルトナの街の一角に湧き上がる。
何も特筆する事の無い田舎の住宅街。そんな片田舎の住宅街にはあまりに不釣り合いな豪華な馬車が、威風堂々と停車しているのだ。
馬車の周りには甲冑に身を包んだ数人の騎士たち。このエルトナの街にも騎士は居るが、あんなにも立派な甲冑ではない。
豪華な馬車、立派な甲冑の騎士、その二点でけでも、ただならぬ何かが起こっているのだと悟るエルトナの人々。
しかもだ、この豪華な馬車が停車している場所は、街の長の家の前でも、冒険者ギルドの前でも無い。何て事の無い住宅街の、何て事の無い一軒家の前。
「何だ………これ」
出掛けて来ると家を出たロアの目に飛び込んで来たのは、そんな異様な光景だった。
豪華な馬車、立派な甲冑を纏った兵士達を見た後にロアの視線は隣の家、つまりはミリリアの家の玄関へ辿り着く。
何度も叩いたノッカー、何度も開けたドア、その玄関ドアの左右には、馬車の近くに佇む立派な甲冑を纏った兵士と同じ甲冑に身を包んだ兵士が二人、無表情で立っている。
「何で……ミリリアの家に……」
ふらふらと、慣れ親しんだミリリアの家の玄関へと向かうロア。しかしその行く手は、玄関の左右に立つ兵士達によって遮られる。
「止まれ!この家に何の用だ!」
何の用?何の用って………お前らこそ何の用があってそこに立っているんだよ……?
「あ……僕………この家の娘と幼馴染で……」
だが兵士達の迫力に圧倒されて、一言そう絞り出すのが精一杯だった。
だが無理も無い。極東にほど近い東の片田舎の街の、何の取り柄もない青年が、今まで見た事も無い立派な甲冑に身を包んだ兵士に威圧的に詰問されたのだから、これが普通の反応だろう。
「この家には現在、何人も通す事は出来ない。後日、出直して来るといい」
後日出直す………?
何故?今まで家族同然の付き合いで、いちいち許可など要らなかった幼馴染の家に入るのに、なんで出直さないといけないのか?
何故………恋人の家に入るだけなのに、身も知らない兵士に止められなくてはならないのか。
「あの……なんで入れないんですか……?」
緊張からか、カラカラに乾いた喉を通って、その言葉が口から吐き出される。この言葉を聞いた兵士が激昂でもしようものなら、自分の身はどうなってしまうのか分からない。
「現在この家には、とても高貴なお方が訪問中だ。なので何人たりとも通す事は出来ない」
ロアの心配を他所に、兵士は特に激昂はしておらず、丁寧に教えてくれた。だが、その言葉を聞いてロアの思考は考える事を忘れて混乱してしまう。
「こ……高貴なお方………?」
この家は間違いなく幼馴染のミリリアの住む家だ。幼い頃から何度も出入りした、ほとんど実家に近いような家。
当たり前だが、ミリリアの両親は貴族でも何でも無く、普通の街人である。父親は街の小さな商会勤め、母親は専業主婦をやりながら、たまに商店街の手伝いをしている。
つまり、ミリリアの両親の元に『高貴なお方』が訪ねて来る理由など一つも存在しない。
「いずれ街中で話題になるだろうが………今は詮索しないように」
初めて見た時は圧倒された兵士だが、何となく言葉に優しさが見て取れた。つまり余計な事に首を突っ込むなと、遠回しに諭してくれているのだ。
そしてこの頃には、ロアの中でほとんど確信めいた考えが浮かんでいた。
ミリリアの両親に「高貴なお方」が訪問して来る事は無い。ならば、その「高貴なお方」が会いに来た人物とはーーーーーー
(ミリリア………!!)
この世界で東西南北に一人ずつ、四人しか存在しない『巫女』であるミリリアに「高貴なお方」が会いに来たと言うのであれば………有り得ない話では無い。
そして、現在街中で話題になっている話、【大魔】が現れたという話が事実ならば、その【大魔】を殲滅する為に、唯一【大魔】を倒せる存在である『英雄』は、必ず『巫女』に会いに来る。
(つまり……その高貴なお方っていうのが………)
この大陸東に存在する『英雄』。そしてそれはーーーーー
(ミリリア!!)
『英雄』の真の力を解放する為に、『巫女』であるミリリアとーーーーー
ーーー性行為を行う男。
「はぁ……」
その間、ミリリアとロアは只の一度も会話を交わしていない。
その原因は一週間前のあの日、二人だけの秘密の場所でロアがミリリアに放った一言。
ーー自分は英雄とやる事やっておいて、僕は英雄様のお下がりって事?
ロアにしてみれば、それは決して本心では無かった。だがあの時は頭が混乱し、大切なミリリアを他の男に奪われてしまうという焦りと、自分の考えに同調してくれなかったミリリアに対して、自分でも気づかないような仄暗い気持ちが芽生えてしまった。
だからあの言葉を発した直後は激しく後悔した。ミリリアは自分が発した言葉に深く傷ついて涙をポロポロポロと流し、その表情に悲しみと絶望が浮かんでいた。
咄嗟に手を伸ばしたが時は既に遅く、謝罪をする事すら出来ないままミリリアは去ってしまい、そして顔を合わせる事無く一週間近くが経過してしまった。
「何で……あんな事言っちゃったんだろ……」
本心では無かった。思ってすらいなかった。なのに、口から出て来る非情の言葉を抑える事も出来なかった。
それは嫉妬だったのだろう。ミリリアを大切に思うからこそ、ミリリアの事を心の底から愛しているからこそ、ミリリアが自分以外の誰かに奪われてしまう事が許せなかった。
しかしだからと言って、あのセリフは言っても良い理由にはならない。言われたミリリアは深く傷ついて、それでも誰かに愚痴をこぼす事も出来ずに今もきっと自分の部屋で、悲しみに塞ぎ込んでいる事は容易に想像出来た。
「くそっ………僕は何をしてるんだ………」
あの時、ミリリアの口からは『結婚』という単語が聞き取れた。自分の初めては『英雄』に捧げなくてはならない。だから貴方に初めては捧げられないけど、全てが終わった将来は貴方と結婚したいーーーーー
「僕が……言わないといけない言葉だったのに……ッ!!」
その言葉をミリリアに贈るどころか、最低な言葉で拒否してしまった。
ほとんど生まれた時から一緒に居るので、年齢が一緒に居た年月のミリリアとロア。つまり今年で17年も一緒に過ごして来たのに、その絆を壊してしまうのには数秒を要するだけだった。
「…………ッ!!」
ぶんぶんと激しく首を横に振るロア。
「謝らないと………」
許してもらえるとか、許してもらえないとか、そんな事はどうでもいい。とにかく謝らなくてならない。床に頭を擦りつけて、最終的には許してもらえなくても、それでも謝らないといけない。
かけがえのない17年間の絆を、僅か数秒でぶち壊してしまった愚かな自分の発言に、誠心誠意込めて謝らなくてはならない。
「あらロア、出掛けるの?」
「ちょっと……すぐ近くまで」
母親にそう告げると、ロアは勢い良く玄関ドアを開けて外へと飛び出す。
すぐ隣、幼馴染の住むその家へと向かう為にーーーーー
■■■
ざわざわとした喧騒が、エルトナの街の一角に湧き上がる。
何も特筆する事の無い田舎の住宅街。そんな片田舎の住宅街にはあまりに不釣り合いな豪華な馬車が、威風堂々と停車しているのだ。
馬車の周りには甲冑に身を包んだ数人の騎士たち。このエルトナの街にも騎士は居るが、あんなにも立派な甲冑ではない。
豪華な馬車、立派な甲冑の騎士、その二点でけでも、ただならぬ何かが起こっているのだと悟るエルトナの人々。
しかもだ、この豪華な馬車が停車している場所は、街の長の家の前でも、冒険者ギルドの前でも無い。何て事の無い住宅街の、何て事の無い一軒家の前。
「何だ………これ」
出掛けて来ると家を出たロアの目に飛び込んで来たのは、そんな異様な光景だった。
豪華な馬車、立派な甲冑を纏った兵士達を見た後にロアの視線は隣の家、つまりはミリリアの家の玄関へ辿り着く。
何度も叩いたノッカー、何度も開けたドア、その玄関ドアの左右には、馬車の近くに佇む立派な甲冑を纏った兵士と同じ甲冑に身を包んだ兵士が二人、無表情で立っている。
「何で……ミリリアの家に……」
ふらふらと、慣れ親しんだミリリアの家の玄関へと向かうロア。しかしその行く手は、玄関の左右に立つ兵士達によって遮られる。
「止まれ!この家に何の用だ!」
何の用?何の用って………お前らこそ何の用があってそこに立っているんだよ……?
「あ……僕………この家の娘と幼馴染で……」
だが兵士達の迫力に圧倒されて、一言そう絞り出すのが精一杯だった。
だが無理も無い。極東にほど近い東の片田舎の街の、何の取り柄もない青年が、今まで見た事も無い立派な甲冑に身を包んだ兵士に威圧的に詰問されたのだから、これが普通の反応だろう。
「この家には現在、何人も通す事は出来ない。後日、出直して来るといい」
後日出直す………?
何故?今まで家族同然の付き合いで、いちいち許可など要らなかった幼馴染の家に入るのに、なんで出直さないといけないのか?
何故………恋人の家に入るだけなのに、身も知らない兵士に止められなくてはならないのか。
「あの……なんで入れないんですか……?」
緊張からか、カラカラに乾いた喉を通って、その言葉が口から吐き出される。この言葉を聞いた兵士が激昂でもしようものなら、自分の身はどうなってしまうのか分からない。
「現在この家には、とても高貴なお方が訪問中だ。なので何人たりとも通す事は出来ない」
ロアの心配を他所に、兵士は特に激昂はしておらず、丁寧に教えてくれた。だが、その言葉を聞いてロアの思考は考える事を忘れて混乱してしまう。
「こ……高貴なお方………?」
この家は間違いなく幼馴染のミリリアの住む家だ。幼い頃から何度も出入りした、ほとんど実家に近いような家。
当たり前だが、ミリリアの両親は貴族でも何でも無く、普通の街人である。父親は街の小さな商会勤め、母親は専業主婦をやりながら、たまに商店街の手伝いをしている。
つまり、ミリリアの両親の元に『高貴なお方』が訪ねて来る理由など一つも存在しない。
「いずれ街中で話題になるだろうが………今は詮索しないように」
初めて見た時は圧倒された兵士だが、何となく言葉に優しさが見て取れた。つまり余計な事に首を突っ込むなと、遠回しに諭してくれているのだ。
そしてこの頃には、ロアの中でほとんど確信めいた考えが浮かんでいた。
ミリリアの両親に「高貴なお方」が訪問して来る事は無い。ならば、その「高貴なお方」が会いに来た人物とはーーーーーー
(ミリリア………!!)
この世界で東西南北に一人ずつ、四人しか存在しない『巫女』であるミリリアに「高貴なお方」が会いに来たと言うのであれば………有り得ない話では無い。
そして、現在街中で話題になっている話、【大魔】が現れたという話が事実ならば、その【大魔】を殲滅する為に、唯一【大魔】を倒せる存在である『英雄』は、必ず『巫女』に会いに来る。
(つまり……その高貴なお方っていうのが………)
この大陸東に存在する『英雄』。そしてそれはーーーーー
(ミリリア!!)
『英雄』の真の力を解放する為に、『巫女』であるミリリアとーーーーー
ーーー性行為を行う男。
応援ありがとうございます!
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