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18.東の巫女 18
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ーーー時は僅かに戻る。
たまに少し強い風が吹くこの日の昼下がり、ミリリアに会うために家を出たロアだったが、そんなミリリアの家の前には見た事も無い豪華な馬車。
(何だよこれ………)
ミリリアの家の玄関には、見た事も無い立派な甲冑を纏った兵士。しかし目的はミリリアに会う事。意を決したロアはミリリアの家へと訪問を試みるが、当然のように玄関に立ち塞がる兵士に止められる。
「あの………何で入れないんですか……?」
兵士の説明では、現在ミリリアの家にとても高貴なお方が訪問中との事だった。
高貴なお方。つまり貴族、それもおそらく上級貴族で間違い無いが、では何故、貴族でもないミリリアの家へと訪れたのか。
幸いにも、ミリリアの家の玄関を守護していた兵士達は人が良かったらしく、一度は「詮索しないように」と釘を刺されたが、真剣なロアの表情を見て心変わりしたのか、ロアの疑問に知っている限りを答えてくれた。
「総領主様の………長男……」
「ああ。何でも英雄の印を持つらしい」
「侯爵家の長男に生まれ、そして英雄でもあらせられるのだエトワール様は。我々も仕えていて、これ以上のお方など居ないさ」
兵士達の言葉、その後半部分はロアの耳に入っていなかった。
つまり現在、ミリリアの家の中には、『巫女』てあるミリリアと『英雄』であるエトワールが、同じ屋根の下に居るという事だ。
(ミリリアと………英雄が…?)
ドクンっと心臓が大きく跳ねる。『巫女』と『英雄』が今、同じ場所に居る。ミリリアと、そのエトワールとか言う総領主の長男が今現在、同じ家の中で顔を突き合わせている。
(お、落ち着け……家の中には、おじさんとおばさんも居るんだ……)
そう、決して二人きりという訳では無い。流石にミリリアの両親が居る家の中で、事に及ぶとは思えない。そうでなくても相手は総領主の長男、超が付く程の大貴族なのだ。そんな相手が、言っては悪いが、こんな何処にでもある小さな家の中で(自分の家も同じくらいの大きさだが)そういう行為をするとは思えない。
だがそんな考えに至った直後、ロアの脳裏に違う可能性が浮かんで来る。
ーーもしも、エトワールがミリリアを家の外へと連れ出したら?
総領主が暮らす屋敷のある街は、この東地区で一番大きな街。このエルトナの街からだと、馬車で一週間は掛かる距離だ。なので当然だが、エトワール自身(お供の兵士達も含めて)この街に宿を取っている筈なのだ。
もしもその宿屋の一室に、ミリリアを連れ込んだら?宿屋の一室で二人きりになったら?
再びロアの心臓がドクンッと跳ね上がる。幼馴染で恋人の自分でさえ、未だ見た事の無いミリリアの生まれたままの姿。それをもしかすると今日にでも、『英雄』である総領主の息子に見られてしまうかもしれない。そしてその先に待つのは当然ーーーーーー
自分の顔から血の気が引いて行くのが分かった。更には酷い目眩と突然の頭痛。よほど酷い顔色なのか、兵士達が心配そうに声を掛けてくれるが、ロアの耳には届かない。
やがて無意識のうちに踵を返すと、時たま吹く少し強い風に背中を押されるように、フラフラとした足取りで自分の家へと帰った。そのままリビングのソファーに腰を降ろすと、がっくりと項垂れる。
覚悟はしていた筈だ。あの日、ミリリアと喧嘩別れしてしまったあの日から、いずれ近いうちにこの日が来る事を。
見た事も無い『英雄』に………ミリリアの処女を奪われてしまう事を。
だが実際にその瞬間が来ると、こんなにも動揺してしまう。それだけミリリアの事が大好きだし、相手が誰であろうとも、やはり奪われるのは絶対に嫌だった。
「ミリリア……」
ふと、座ったリビングのソファーの後ろの窓を見ると、例の豪華な馬車がミリリアの家の前に停車しているのが視界に映り込む。
そうだ、この窓から外を見ていれば、いずれミリリアの家の中から総領主の息子が出て来る筈だ。そこにミリリアの姿が無ければ、今日は何事も無く一日が終わるという事だ。
はっきり言ってその行動には何の意味も無いが、今ロアに出来る事は、そうやって心の安寧を保つ事のみ。覚悟したつもりでも、こうして辛い現実を突きつけられて、想像以上に心のダメージが大きかったのだ。
それから何時間も、ロアは窓の外を見続けた。いつエトワールがミリリアの家から出て来てもいいように、トイレも極力我慢して片時も目を離さなかった。
しかしずっとそうしている訳にはいかない。もちろんロア本人はそれで良いのだが、母親がそれを許してはくれない。
「いつまでそうしてるの!晩御飯、冷める前に食べちゃって!」
仕方なく窓際のソファーからダイニングテーブルへと移動して夕食の席に着く。そして母の手料理を味わう余裕も無い程に急いで胃へと流し込むと、再び定位置へと戻ってゆく。呆れてモノも言えない母を尻目に、再び外を監視するロア。
すると、窓から見えるギリギリの範囲に居た、ミリリアの家の玄関ドアに立っていた二人の兵士のうち、一人が居なくなっていた。
ロアの中に緊張が走る。もしかすると、中に居るであろう主を呼びに行っている可能性も考慮しながら、注意深く外を監視する。
しかしそれから少し経つと、全然別の方角から、兵士の一人が帰って来た。そして入れ替わるように、今度はもう一人の兵士が街の中心部へと消えてゆく。
(何だ……交代で飯の時間か………)
理由が判明し、どっと緊張がほぐれる。そしてそのタイミングで、今度は母親から早く風呂に入るように冷たい声を掛けられた。
(仕方ない……まだ動きは無さそうだし)
渋々といった感じで、風呂に入る為の着替えを自分の部屋に取りに行くロア。
それにしても、もう外も完全に暗くなるような時間だ。それなのにまだ、『英雄』であり総領主の息子でもあるエトワールは、一向にミリリアの家から出て来る気配が無い。
(くそ……何してるんだよ……早く帰れよ)
動きが全く無いのは無いで、それも逆に不安になる。こんなに長時間、ミリリアやその両親と話し込んでいるのだろうか?だとしたら、一体どんな話を?
(考えるな……ミリリアならきっと………)
何かあっても拒む筈だ。それが神から与えられた使命であっても、初めて会った男とその日の内に………そんな娘ではない事など、誰よりも知っている筈だ。
(落ち着け………まずは風呂に入らないと……)
気を落ち着かせる為にも、とりあえず風呂に入る事にした。もちろん外の状況は気になるが、これ以上は母親を激怒させてしまうかもしれない。それはそれで、出来れば極力回避したい事案だ。
もう十何年と登った階段を登り切り、すぐ横の自分の部屋へと着替えを取りに行く。ドアを開けて部屋に入った瞬間、夏特有の生暖かな風がロアの全身を撫でながら通り過ぎた。
「あ、そう言えばカーテン……開けたままだった」
部屋を吹き抜ける風は、部屋の左側の窓から吹き込んでいた。朝起きて開けたカーテンは、その後この部屋に誰も入って居なかったので開けっ放しだった。
「ふぅ……」っとため息を一つ吐き、カーテンを閉める為に窓に近づくロア。この部屋の左側の窓から見えるのは、幼馴染のミリリアの部屋の窓。なので一晩中カーテンを開けていても問題無いと言えば問題無いが、自分とて年頃の男子。ミリリアに見られたくない行動の一つや二つは存在する。
なので夏場は窓こそ開けっ放しだが、カーテンは毎日閉めるようにしているので、今も普段通りにカーテンを閉めようと窓へと近づいた。
「はぁ……は……んっ……あっ……あぁ」
ーー聞いた事のある、聞いた事の無い声が聞こえて来た。
「…………え?」
とても聞き覚えのある声。でもその声音は、聞いた事も無い程に甘い声だった。
無意識に窓辺へと向かうロア。すると窓の向こうにあるミリリアの部屋の窓から、灯りが漏れていた。
「ミリリア………?」
ミリリアが自分の部屋に居る。幼い頃からこの光景を知るロアは、何の疑いもなくそう確信した。
部屋に居ないのに灯りを点けっぱなしにする娘では無い事など、ロアはとうの昔に知っている。だから現在、ミリリアは自分の部屋に居るのだ。
ーーその時、この風の強い日の、一番強い風がロアの家とミリリアの家の間を吹き抜けた。その風に押され、ミリリアの部屋のカーテンが激しく揺れながら僅かに横にズレる。
その瞬間、ロアの視界に映るミリリアの部屋の現状。それはーーーーー
たまに少し強い風が吹くこの日の昼下がり、ミリリアに会うために家を出たロアだったが、そんなミリリアの家の前には見た事も無い豪華な馬車。
(何だよこれ………)
ミリリアの家の玄関には、見た事も無い立派な甲冑を纏った兵士。しかし目的はミリリアに会う事。意を決したロアはミリリアの家へと訪問を試みるが、当然のように玄関に立ち塞がる兵士に止められる。
「あの………何で入れないんですか……?」
兵士の説明では、現在ミリリアの家にとても高貴なお方が訪問中との事だった。
高貴なお方。つまり貴族、それもおそらく上級貴族で間違い無いが、では何故、貴族でもないミリリアの家へと訪れたのか。
幸いにも、ミリリアの家の玄関を守護していた兵士達は人が良かったらしく、一度は「詮索しないように」と釘を刺されたが、真剣なロアの表情を見て心変わりしたのか、ロアの疑問に知っている限りを答えてくれた。
「総領主様の………長男……」
「ああ。何でも英雄の印を持つらしい」
「侯爵家の長男に生まれ、そして英雄でもあらせられるのだエトワール様は。我々も仕えていて、これ以上のお方など居ないさ」
兵士達の言葉、その後半部分はロアの耳に入っていなかった。
つまり現在、ミリリアの家の中には、『巫女』てあるミリリアと『英雄』であるエトワールが、同じ屋根の下に居るという事だ。
(ミリリアと………英雄が…?)
ドクンっと心臓が大きく跳ねる。『巫女』と『英雄』が今、同じ場所に居る。ミリリアと、そのエトワールとか言う総領主の長男が今現在、同じ家の中で顔を突き合わせている。
(お、落ち着け……家の中には、おじさんとおばさんも居るんだ……)
そう、決して二人きりという訳では無い。流石にミリリアの両親が居る家の中で、事に及ぶとは思えない。そうでなくても相手は総領主の長男、超が付く程の大貴族なのだ。そんな相手が、言っては悪いが、こんな何処にでもある小さな家の中で(自分の家も同じくらいの大きさだが)そういう行為をするとは思えない。
だがそんな考えに至った直後、ロアの脳裏に違う可能性が浮かんで来る。
ーーもしも、エトワールがミリリアを家の外へと連れ出したら?
総領主が暮らす屋敷のある街は、この東地区で一番大きな街。このエルトナの街からだと、馬車で一週間は掛かる距離だ。なので当然だが、エトワール自身(お供の兵士達も含めて)この街に宿を取っている筈なのだ。
もしもその宿屋の一室に、ミリリアを連れ込んだら?宿屋の一室で二人きりになったら?
再びロアの心臓がドクンッと跳ね上がる。幼馴染で恋人の自分でさえ、未だ見た事の無いミリリアの生まれたままの姿。それをもしかすると今日にでも、『英雄』である総領主の息子に見られてしまうかもしれない。そしてその先に待つのは当然ーーーーーー
自分の顔から血の気が引いて行くのが分かった。更には酷い目眩と突然の頭痛。よほど酷い顔色なのか、兵士達が心配そうに声を掛けてくれるが、ロアの耳には届かない。
やがて無意識のうちに踵を返すと、時たま吹く少し強い風に背中を押されるように、フラフラとした足取りで自分の家へと帰った。そのままリビングのソファーに腰を降ろすと、がっくりと項垂れる。
覚悟はしていた筈だ。あの日、ミリリアと喧嘩別れしてしまったあの日から、いずれ近いうちにこの日が来る事を。
見た事も無い『英雄』に………ミリリアの処女を奪われてしまう事を。
だが実際にその瞬間が来ると、こんなにも動揺してしまう。それだけミリリアの事が大好きだし、相手が誰であろうとも、やはり奪われるのは絶対に嫌だった。
「ミリリア……」
ふと、座ったリビングのソファーの後ろの窓を見ると、例の豪華な馬車がミリリアの家の前に停車しているのが視界に映り込む。
そうだ、この窓から外を見ていれば、いずれミリリアの家の中から総領主の息子が出て来る筈だ。そこにミリリアの姿が無ければ、今日は何事も無く一日が終わるという事だ。
はっきり言ってその行動には何の意味も無いが、今ロアに出来る事は、そうやって心の安寧を保つ事のみ。覚悟したつもりでも、こうして辛い現実を突きつけられて、想像以上に心のダメージが大きかったのだ。
それから何時間も、ロアは窓の外を見続けた。いつエトワールがミリリアの家から出て来てもいいように、トイレも極力我慢して片時も目を離さなかった。
しかしずっとそうしている訳にはいかない。もちろんロア本人はそれで良いのだが、母親がそれを許してはくれない。
「いつまでそうしてるの!晩御飯、冷める前に食べちゃって!」
仕方なく窓際のソファーからダイニングテーブルへと移動して夕食の席に着く。そして母の手料理を味わう余裕も無い程に急いで胃へと流し込むと、再び定位置へと戻ってゆく。呆れてモノも言えない母を尻目に、再び外を監視するロア。
すると、窓から見えるギリギリの範囲に居た、ミリリアの家の玄関ドアに立っていた二人の兵士のうち、一人が居なくなっていた。
ロアの中に緊張が走る。もしかすると、中に居るであろう主を呼びに行っている可能性も考慮しながら、注意深く外を監視する。
しかしそれから少し経つと、全然別の方角から、兵士の一人が帰って来た。そして入れ替わるように、今度はもう一人の兵士が街の中心部へと消えてゆく。
(何だ……交代で飯の時間か………)
理由が判明し、どっと緊張がほぐれる。そしてそのタイミングで、今度は母親から早く風呂に入るように冷たい声を掛けられた。
(仕方ない……まだ動きは無さそうだし)
渋々といった感じで、風呂に入る為の着替えを自分の部屋に取りに行くロア。
それにしても、もう外も完全に暗くなるような時間だ。それなのにまだ、『英雄』であり総領主の息子でもあるエトワールは、一向にミリリアの家から出て来る気配が無い。
(くそ……何してるんだよ……早く帰れよ)
動きが全く無いのは無いで、それも逆に不安になる。こんなに長時間、ミリリアやその両親と話し込んでいるのだろうか?だとしたら、一体どんな話を?
(考えるな……ミリリアならきっと………)
何かあっても拒む筈だ。それが神から与えられた使命であっても、初めて会った男とその日の内に………そんな娘ではない事など、誰よりも知っている筈だ。
(落ち着け………まずは風呂に入らないと……)
気を落ち着かせる為にも、とりあえず風呂に入る事にした。もちろん外の状況は気になるが、これ以上は母親を激怒させてしまうかもしれない。それはそれで、出来れば極力回避したい事案だ。
もう十何年と登った階段を登り切り、すぐ横の自分の部屋へと着替えを取りに行く。ドアを開けて部屋に入った瞬間、夏特有の生暖かな風がロアの全身を撫でながら通り過ぎた。
「あ、そう言えばカーテン……開けたままだった」
部屋を吹き抜ける風は、部屋の左側の窓から吹き込んでいた。朝起きて開けたカーテンは、その後この部屋に誰も入って居なかったので開けっ放しだった。
「ふぅ……」っとため息を一つ吐き、カーテンを閉める為に窓に近づくロア。この部屋の左側の窓から見えるのは、幼馴染のミリリアの部屋の窓。なので一晩中カーテンを開けていても問題無いと言えば問題無いが、自分とて年頃の男子。ミリリアに見られたくない行動の一つや二つは存在する。
なので夏場は窓こそ開けっ放しだが、カーテンは毎日閉めるようにしているので、今も普段通りにカーテンを閉めようと窓へと近づいた。
「はぁ……は……んっ……あっ……あぁ」
ーー聞いた事のある、聞いた事の無い声が聞こえて来た。
「…………え?」
とても聞き覚えのある声。でもその声音は、聞いた事も無い程に甘い声だった。
無意識に窓辺へと向かうロア。すると窓の向こうにあるミリリアの部屋の窓から、灯りが漏れていた。
「ミリリア………?」
ミリリアが自分の部屋に居る。幼い頃からこの光景を知るロアは、何の疑いもなくそう確信した。
部屋に居ないのに灯りを点けっぱなしにする娘では無い事など、ロアはとうの昔に知っている。だから現在、ミリリアは自分の部屋に居るのだ。
ーーその時、この風の強い日の、一番強い風がロアの家とミリリアの家の間を吹き抜けた。その風に押され、ミリリアの部屋のカーテンが激しく揺れながら僅かに横にズレる。
その瞬間、ロアの視界に映るミリリアの部屋の現状。それはーーーーー
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