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エピローグ
ファイナルショット
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『まじめ優等生JDと純愛エロ教授の複雑怪奇なお話』というタイトルのAVが発売されたのは、撮影が終わって3ヶ月後のことだった。大ヒット作がなかなか出ない業界において、このVは近年では桁違いの売上を記録し、ダブル主演のなずなとアカリは一躍時の人になった。
その後、なずなは第二作、第三作と続けてヒットを飛ばし、一流の単体女優としての地位を確立したが、アカリの方は膨大な数の出演オファーにも遂に首を縦に振ることはなく、一作限りの出演を守り抜いた。一説には8ケタというオファーもあったと聞く。いずれにしてもアカリの出演がこの一作限りということが、桁違いに売れた理由のひとつになっていた。
横浜の大桟橋。久々に現場で顔を合わせたアカリとグロザワは、どちらからともなく誘い合い、スタジオにほど近い桟橋を歩いていた。
「相当いい条件だったんだろう。あと1作くらい頑張ってもよかったんじゃないか?」
グロザワの軽口に、
「私が?それは無理だよ。あれは、あの時のあの瞬間だから出来たことだからさ」
ジーンズに飾り気のないTシャツ姿のアカリが答える。
「勿体ないなあ。そんな恰好して売れない小説書いてるより、贅沢な暮らしがすぐに出来るだろうに」
そう言いながら、今や大女優への階段を昇っているオーラ満点のなずなよりも、相変わらず素のままのアカリの方に強く惹かれているグロザワがいた。俺が撮りたいのはやっぱりこっちだな。
「アカリ先生。俺はあの作品で随分いい思いをさせてもらったんだ。アカリ先生には恩返しがしたいとホントにずっと思ってたんだよ。だけど、さ、ほら俺に出来るのはこいつだけだろう」
グロザワは自分のカメラを撫でながらそんなことを言い出した。
「お礼だなんて。あんな騙し打ちをしておいて今更よく言えるよね」
「それは言わない約束だろう。今度は正真正銘。アカリ先生の脚本、アカリ先生の主演で、ビシッと頭から決めさせてくれないか。男優も誰だって絶対に口説き落としてくるからさ。なあ、頼むよ俺の映画に出てくれないか」
ふ、とアカリはグロザワを振り向いた。
「映画って言った」
「ああ。とうとう俺の夢が叶うんだよ」
「夢?」
「そうだ夢だ。俺、この業界に入ったのも将来映画を撮りたいっていう夢への通過点のつもりだったんだ。とんでもなく長い通過点になっちまったが、あの作品を見た配給会社からオファーが来たんだ。そんなに大きな話じゃないが、監督としてカメラを回せる」
「そうなんだ。それはおめでとう。頑張ってきた甲斐があったね。だけどそれと私は関係ないじゃない」
「だから言ったろう。アカリ先生の脚本、アカリ先生の主演で映画が撮りたいって」
私の脚本で、映画?まさかね。
「ねえ、それって私のハダカ込みってことだよね」
「ば、馬鹿だな。そりゃ先生の脚本次第じゃねえか」
「ふっ、わかりやすー」
「なあ、頼むよ。俺の夢とアカリ先生の夢を、ここからもっとでっかくぶち上げねえか」
「どうしようかなあ」
「まったく、いけずな女だなあ」
アカリはフフッと笑って後ろを向いた。遠くに白い帆をあげた船が見える。あの船はどこまで行くんだろうか。
「いいよ」
アカリが呟いた。
「なあ、ホントにさあ、そんなこと言わないで頼むよ、なっ……って、今、何て言った?」
「だから、いいよって」
グロザワの表情がまるで子供のように弾ける。
「まじか。ホントにか。アカリ、お前ってやつは。だから好きだよ。愛してるよ」
「でも、条件がある」
アカリはグロザワを振り向いてそう言った。
「やっぱりか。何だ、何でも言ってくれ。あ、ハダカはなしっていうのはやめてくれよ。そこが俺のカメラの一番の見せ場なんだからさ」
「ハハ、分かってるよ。ウン千万のボディだからね、なんてったって」
アカリはくるりと回ってポーズを取った。
「何だよ何だよ、それ以外なら何でも聞いてやるから」
「男優は今度こそ監督がやって」
「あ、あ、あああっ。俺が?そりゃあ俺もVでハメ撮りはしたけど、お前、映画だぞ。いくらなんでも役不足だろう」
「じゃあ、やんない」
「わ、わかったよ。つ、つまり、絡みのとこだけ俺がやればいいってことだな」
「そう。よく分かったね」
「何でだよ」
「聞く?」
「分からねえものは聞くしかないだろう」
「じゃあもう一つ条件言っていい」
「はいはい、勿論。何だよ次は」
「その映画が成功したら……」
「成功したら何だよ」
「したらだよ」
アカリは少し頬を赤らめて後ろを向くと、空に向かってこう言った。
「私を監督のお嫁さんにすること」
「はあ?」
「バカね、嘘よ」
そう言ってアカリはあかんべえをして桟橋を駆け出した。
「待てよ」
もう50歳を過ぎているグロザワが真面目に走るアカリに追い付くことは出来ない。グロザワはカメラを構えてアカリを追った。遠く小さくなったアカリがこちらを向いて手を振っている。グロザワのカメラに気が付くとポーズを始めた。
ズームアップ。
アカリのポーズは両手でVサイン。おいおいプロの女優だろうが。そう思いながら、その自分のカメラに向けられた可憐な笑顔に、グロザワはシャッターを切った。カシャカシャという連射の音の中で、温かな涙が零れるのを、もう誰に見られてもいいかとグロザワは天を仰いだ。
初夏の海風に乗ったカモメが、大きく手を広げて、バーカ、こっからだぞ、と鳴いた。分かってるさ。絶対成功させてみせるぜ。なっ、愛してるぜ、アカリ。
(完)
その後、なずなは第二作、第三作と続けてヒットを飛ばし、一流の単体女優としての地位を確立したが、アカリの方は膨大な数の出演オファーにも遂に首を縦に振ることはなく、一作限りの出演を守り抜いた。一説には8ケタというオファーもあったと聞く。いずれにしてもアカリの出演がこの一作限りということが、桁違いに売れた理由のひとつになっていた。
横浜の大桟橋。久々に現場で顔を合わせたアカリとグロザワは、どちらからともなく誘い合い、スタジオにほど近い桟橋を歩いていた。
「相当いい条件だったんだろう。あと1作くらい頑張ってもよかったんじゃないか?」
グロザワの軽口に、
「私が?それは無理だよ。あれは、あの時のあの瞬間だから出来たことだからさ」
ジーンズに飾り気のないTシャツ姿のアカリが答える。
「勿体ないなあ。そんな恰好して売れない小説書いてるより、贅沢な暮らしがすぐに出来るだろうに」
そう言いながら、今や大女優への階段を昇っているオーラ満点のなずなよりも、相変わらず素のままのアカリの方に強く惹かれているグロザワがいた。俺が撮りたいのはやっぱりこっちだな。
「アカリ先生。俺はあの作品で随分いい思いをさせてもらったんだ。アカリ先生には恩返しがしたいとホントにずっと思ってたんだよ。だけど、さ、ほら俺に出来るのはこいつだけだろう」
グロザワは自分のカメラを撫でながらそんなことを言い出した。
「お礼だなんて。あんな騙し打ちをしておいて今更よく言えるよね」
「それは言わない約束だろう。今度は正真正銘。アカリ先生の脚本、アカリ先生の主演で、ビシッと頭から決めさせてくれないか。男優も誰だって絶対に口説き落としてくるからさ。なあ、頼むよ俺の映画に出てくれないか」
ふ、とアカリはグロザワを振り向いた。
「映画って言った」
「ああ。とうとう俺の夢が叶うんだよ」
「夢?」
「そうだ夢だ。俺、この業界に入ったのも将来映画を撮りたいっていう夢への通過点のつもりだったんだ。とんでもなく長い通過点になっちまったが、あの作品を見た配給会社からオファーが来たんだ。そんなに大きな話じゃないが、監督としてカメラを回せる」
「そうなんだ。それはおめでとう。頑張ってきた甲斐があったね。だけどそれと私は関係ないじゃない」
「だから言ったろう。アカリ先生の脚本、アカリ先生の主演で映画が撮りたいって」
私の脚本で、映画?まさかね。
「ねえ、それって私のハダカ込みってことだよね」
「ば、馬鹿だな。そりゃ先生の脚本次第じゃねえか」
「ふっ、わかりやすー」
「なあ、頼むよ。俺の夢とアカリ先生の夢を、ここからもっとでっかくぶち上げねえか」
「どうしようかなあ」
「まったく、いけずな女だなあ」
アカリはフフッと笑って後ろを向いた。遠くに白い帆をあげた船が見える。あの船はどこまで行くんだろうか。
「いいよ」
アカリが呟いた。
「なあ、ホントにさあ、そんなこと言わないで頼むよ、なっ……って、今、何て言った?」
「だから、いいよって」
グロザワの表情がまるで子供のように弾ける。
「まじか。ホントにか。アカリ、お前ってやつは。だから好きだよ。愛してるよ」
「でも、条件がある」
アカリはグロザワを振り向いてそう言った。
「やっぱりか。何だ、何でも言ってくれ。あ、ハダカはなしっていうのはやめてくれよ。そこが俺のカメラの一番の見せ場なんだからさ」
「ハハ、分かってるよ。ウン千万のボディだからね、なんてったって」
アカリはくるりと回ってポーズを取った。
「何だよ何だよ、それ以外なら何でも聞いてやるから」
「男優は今度こそ監督がやって」
「あ、あ、あああっ。俺が?そりゃあ俺もVでハメ撮りはしたけど、お前、映画だぞ。いくらなんでも役不足だろう」
「じゃあ、やんない」
「わ、わかったよ。つ、つまり、絡みのとこだけ俺がやればいいってことだな」
「そう。よく分かったね」
「何でだよ」
「聞く?」
「分からねえものは聞くしかないだろう」
「じゃあもう一つ条件言っていい」
「はいはい、勿論。何だよ次は」
「その映画が成功したら……」
「成功したら何だよ」
「したらだよ」
アカリは少し頬を赤らめて後ろを向くと、空に向かってこう言った。
「私を監督のお嫁さんにすること」
「はあ?」
「バカね、嘘よ」
そう言ってアカリはあかんべえをして桟橋を駆け出した。
「待てよ」
もう50歳を過ぎているグロザワが真面目に走るアカリに追い付くことは出来ない。グロザワはカメラを構えてアカリを追った。遠く小さくなったアカリがこちらを向いて手を振っている。グロザワのカメラに気が付くとポーズを始めた。
ズームアップ。
アカリのポーズは両手でVサイン。おいおいプロの女優だろうが。そう思いながら、その自分のカメラに向けられた可憐な笑顔に、グロザワはシャッターを切った。カシャカシャという連射の音の中で、温かな涙が零れるのを、もう誰に見られてもいいかとグロザワは天を仰いだ。
初夏の海風に乗ったカモメが、大きく手を広げて、バーカ、こっからだぞ、と鳴いた。分かってるさ。絶対成功させてみせるぜ。なっ、愛してるぜ、アカリ。
(完)
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